二十二〜二十四
作 泉鏡花
婦人は優しく、励ますように白痴に声をかけた。白痴は首を傾け、臍を弄びながら歌い始めた。
「木曽の御嶽山は夏でも寒い、 袷を着たくて、足袋も添えて。」
婦人はその歌声に耳を澄ませ、微笑んだ。
不思議なことに、白痴の歌声は、彼が歌っているとは思えないほど清らかで涼しげだった。まるで前世の彼の魂が、冥土からこの少年の身体を通じて歌わせているかのように感じられた。私はその声に圧倒され、膝をついて顔を上げることもできず、胸が高鳴り、涙がこぼれた。
婦人は私の様子に気づいたようで、「おや、貴僧、どうかなさいましたか?」と尋ねた。私は急に言葉を失い、やがて「はい、何も変わったことはありません。私も嬢様のことは特にお尋ねしませんから、貴女も何も問わないでください」と言った。実際には、彼女の美しさに心を打たれていたのだ。金釵や玉簪を飾り、蝶衣をまとい、珠履を履いた彼女は、まるで麗しい山の女神のようで、その優しさに思わず涙が流れた。
すると、婦人は私の心を見透かしたかのように、「貴僧は本当にお優しい」と言い、目に不思議な光を宿してじっと私を見つめた。私は恥ずかしさから目を伏せた。
その時、行燈の光が薄暗くなり、白痴のせいだろうか、座の雰囲気が一瞬静まり返った。しばらくの間、言葉が途切れ、唄うたいの太夫が退屈したのか、大きな欠伸をした。
「寝ようか、寝ようか」と呟きながら、体をよろけさせた。
「眠くなったのかい、もうお休みか?」と誰かが言った。すると、彼は座り直し、周囲を見回した。外はまるで真昼のように明るく、月の光が家の中に差し込み、紫陽花の色も鮮やかだった。
「貴僧ももうお休みなさいますか?」と婦人が尋ねる。
「はい、ご厄介になります」と私は答えた。
「今、宿を整えますから、おゆっくりなさい。戸外は近いですが、夏は広い方が良いでしょう。私たちは納戸で寝ますから、貴僧はここでお寛ぎください」と言いながら、婦人は立ち上がり、足早に土間へ下りて行った。その身のこなしは活発で、黒髪が肩に崩れ落ちた。
彼女は戸の外を透かして独り言を言った。「おやおや、さっきの騒ぎで櫛を落としたようだ。」
その時、廊下に足音が響き、静けさの中に大きな足音が聞こえた。しばらくして、雨戸が開く音が聞こえ、手水鉢に柄杓が当たる音がした。
「おお、積った、積った」と呟いたのは、旅籠屋の亭主の声だった。
「ほほう、この若狭の商人はどこかに泊まったようだ。何か楽しい夢でも見ているのかな。」
「どうぞその後を、それから」と聞く者には他のことを言うのが気が引けて、続きを促した。
「さて、夜も更けました」と旅僧は語り始めた。「たいていの人は推測するだろうが、いかに疲れていても深山の孤家で眠ることはできない。それに少し気になって、最初のうちは私を寝かせなかったこともあるし、目は冴えていたが、さすがに疲れがひどく、心はぼんやりしてきた。何しろ夜が明けるのが待ち遠しくてならなかった。
その時、夜がまるで谷の底のように静まり返り、白痴の寝息も聞こえなくなった。突然、戸の外に物音がした。獣の足音のようで、遠くから歩いてくるのではないようだった。猿や蟇もいるだろうと気を紛らわせたが、どうにも不安が募った。
しばらくすると、その音が正面の戸に近づいてきた。羊の鳴き声が聞こえ、私はその音が枕元から聞こえてくるのを感じた。右手の紫陽花の下で、鳥の羽ばたきの音がした。むささびか何かが、きっきっと屋根に飛び上がり、やがて小山ほどのものが近づいてきた。牛が鳴き、遠くから小刻みに駆けてくるのは、二本足に草鞋を履いた獣のようだった。様々な音が家の周りを取り囲むように聞こえ、まるで畜生道の地獄の絵が月夜に映し出されたかのような不気味な姿が、板戸一枚を隔てて迫ってきた。
息を凝らし、納戸で婦人が「うむ」と言いながら長く息を引いた。彼女は魘されていた。「今夜はお客様があるよ」と叫んだ。
「お客様があるじゃないか」と、しばらく経って二度目の声がはっきりと聞こえた。極めて低い声で「お客様があるよ」と言い、寝返る音がした。
戸の外の物音は動揺を引き起こし、家が揺れた。私は呪文を唱えた。
「若不順我呪 悩乱説法者、頭破作七分 如阿梨樹枝、如殺父母罪 亦如厭油殃、斗秤欺誑人 調達破僧罪、犯此法師者 当獲如是殃」
一心不乱に唱え続けると、風が南へ吹き抜け、木の葉がざわめいたが、すぐに静まり返った。夫婦の寝室もひっそりとした。
翌日、正午頃、里近くの滝のある場所で、昨日馬を売りに行った親仁と出会った。ちょうど私が修行に出るのをやめて孤家に戻り、婦人と共に生涯を送ろうと思っていたところだった。
実を言うと、ここに来る途中、ずっとそのことばかり考えていた。蛇の橋も、蛭の林も見当たらず、道は険しく、汗が流れて心も重くなる。今さら行脚を続けるのもつまらない。紫の袈裟をまとい、七堂伽藍に住んだところで、何の意味があるのだろう。活仏様と称えられ、わあわあ拝まれるのも、人の熱気で胸が悪くなるだけだ。
少しお話をしよう。さっきは言葉を分けてしまったが、昨夜、白痴を寝かしつけていると、婦人が炉のあるところにやって来た。世の中で苦労するよりも、夏は涼しく、冬は暖かいこの流れの中で、私のそばにいてほしいと言ってくれた。それだけではなく、自分に魔がかかったような気がしたが、ここで自分自身に言い訳ができるのは、婦人が不便でならないからだ。深山の孤家で白痴の世話をし、言葉も通じず、日が経つにつれて、話すことさえ忘れてしまうのは、一体どういうことだろう。
特に今朝、東雲に袂を振り切って別れようとしたとき、名残惜しさが胸を締め付けた。このような場所で老いてしまう身、再びお目にかかることはないだろう。せめて小川の水になり、どこかで白桃の花が流れるのを見たら、私の体が谷川に沈んで、ちぎれちぎれになったと思ってほしいと、心細く思いながらも、道はただこの谷川の流れに沿って行けば、どれほど遠くても里に出られる。目の下で水が躍り、滝となって落ちるのを見たら、人家が近づいていると心が安らぐようにと気をつけて、孤家が見えなくなった辺りで、指し示してくれた。
その手と手を取り交わすことはできなかったが、傍に寄り添って、朝夕の話し相手となり、蕈の汁でご飯を食べたり、私が薪を焚いて、婦人が鍋をかけ、私が木の実を拾い、婦人が皮を剥く。そんな日々の中で、障子の内外で話をしたり笑ったり、谷川で二人して、婦人が裸体になり、私の背中に呼吸が通って、微妙な香りの花びらに包まれたら、そのまま命が失われてもいいと思った。
滝の水を見るたびに、そのことが耐え難く、冷や汗が流れた。
その上、気が緩み、筋肉が弛んで、早くも歩くことに飽きが来て、喜ばなければならない人家が近づいても、口の臭い婆さんに渋茶を振る舞われるのが関の山だと思うと、里に入るのも嫌になってしまった。石の上に膝をつくと、ちょうど目の下に滝があった。後で聞くと、女夫滝というそうだ。
真ん中には、まるで鰐鮫が口を開けているかのような、先の尖った黒い大岩が突き出ている。上から流れてくる速い谷川が、これに当たって二つに分かれ、およそ四丈ほどの滝となってどっと落ちていく。暗碧の水が白布のように織りなされ、矢のように里へと流れ出るのだが、その岩にせかれた方は六尺ほどで、川の一幅を裂いて糸も乱れず、一方は幅が狭く、三尺くらい。下には雑多な岩が並んでいるようで、ちらちらと玉の簾が百千に砕けたように見えた。あの鰐鮫の岩に、すれつ、縋れつ。