ドグラ・マグラ (43/47)
作 夢野久作
正木博士は、今までコツコツと床を歩き回っていたが、突然立ち止まった。彼が立ち止まった場所は、東側の壁にかかっている斎藤博士の肖像と、「大正十五年十月十九日」と書かれたカレンダーの前だった。私がその場に突っ伏していると、博士の足音が止まった瞬間、言葉も途切れ、部屋は思いがけない静寂に包まれた。私はその静けさの中で、正木博士がどこかへ消えてしまったかのように感じた。
しかし、その静寂を感じ取っていたのはほんの数秒のことだった。すぐに、その静けさが持つ恐ろしい意味が私の心に迫ってきた。
……その時、私はふと気づいた。今朝から抱えていた様々な疑問が、一気に頭の中で閃き始めた。思わず両手で髪を掴み、次に出てくる正木博士の言葉を、針の先のように待ち焦がれた。
……十月十九日の秘密……。
……その日に発見された斎藤博士の変死体の秘密……。
……斎藤博士の変死が正木博士の精神科教授就任にどのように関わっているのか、その裏に隠されたカラクリの秘密……。
……そして、一年前の同じ日、正木博士を自殺の決意に追い込んだ運命の魔手の秘密……。
……さらに、正木博士が一ヶ月前に自殺したと明言した若林博士の意識の混乱、心理状態の秘密……。
……そして、それらの秘密の背後に隠れている、全てを支配する大きな秘密……。
……すべては一人の所業……。
……それはWか……Mか……。
……次に正木博士が発する一言によって、すべてが明らかになるのではないかという、言いようのない恐怖の前の暗黒的な沈黙……静寂……。
しかし、正木博士はその後、何事もなかったかのように歩き出し、私が恐れていた説明の部分を飛び越えて話を続けた。
「……こうしてMが、斎藤博士の後任として九大に着任すると、すぐにこの学界空前の実験が実行された。その結果が、こうして私の前に示されたのだ」
「……………」
「……だから、現在のところWとMの二人は同罪である。同罪でないと言っても、逃れられるだけの証拠はない」
「……………」
「……だから私は覚悟を決めた。そして、君が先ほど読んだ心理遺伝の附録の草案によって、直方事件の真相をすっかり隠してしまった。ロクロ首や屍体鬼を引き合いに出し、苦しみを重ねた結果、学術研究の参考材料として公表しても無罪といえる程度にまで辻褄を合わせておいた」
「……………」
「……そんな裏の事情を、二人の間の絶対の秘密として葬り去るために……怨みも猜みも忘れて……学術のために……人類のために……」
「……………」
「……これもまた、菩提心と言えるかもしれない。……あの呉一郎の狂った姿を見て、たまらなくなったからだろう……」
正木博士の声は、ここまで来ると急に涙に濡れ、私の目の前に近づいてきた。彼が椅子に腰を下ろす音がしたかと思うと、鼻眼鏡をテーブルの端に置き、ポケットからハンカチを取り出して涙を拭こうとした。
しかし、その時、なぜか私の全身を貫いていた震えが、ぴたりと止まった。代わりに、今までとは全く違った、何とも言えない不快な感情が、正木博士の涙声に触発されて、腸の底から湧き上がってくるのをどうすることもできなかった。私はただ、今まで通りの姿勢で机に突っ伏しながら、正木博士に対して「何を言おうが泣こうが、勝手にすればいい。私には全く関係のないことだが、聞くのは構わない」と言いたくなるような、冷淡で他人事のような気持ちになってしまった。この心理状態の変化は、後から考えても不思議なもので、自分でもなぜそうなったのか分からなかった。しかし、私はそのまま身動き一つせずに突っ伏していたので、正木博士には私の気持ちの変化が気づかれることはなかった。
正木博士は、私の前で軽く咳払いをし、声を整えたと思うと、今度は極めて荘重な調子で、一言一言を切りながら話し始めた。
「……ただ……ここに一人……君という人間がいる……」
「……………」
「君は私と若林に選ばれた、この事業の後継者である。……いや……実を言うと、私や若林はこの事業の成果を社会に公表する資格を持っていない。ただ君だけが、その神聖なる使命を担うべく選ばれ、私たちの前に送られた唯一無二の天使である。君はその天命が何であるかを知らない……徹底的に何も知らない……本当の意味で純真無垢な青年である」
「……………」
「……というのは、他でもない。私も若林も、正直に言うと、この事件の真相をこんな形で偽って発表したくはないのだ。できれば私たちが死んだ後に、適切な第三者の手で真実を明らかにしてもらいたい……それが私たち二人の生涯の願いであり、純粋な学者としての良心から出た希望なのだ。だから、私と若林は、言葉にしなくても協力し合い、君の頭脳を回復させるために全力を尽くしているのだ。
君が過去の記憶を取り戻し、以前の意識に戻ることができれば、この仕事の後継者は君以外にいないことを、きっと自覚するだろう。そして、君が驚愕と感激の中で、この空前絶後の大研究を発表し、全人類を驚かせることになるだろう。その発表によって、太古以来の狂人の暗黒時代を一瞬で照らし出し、全世界の精神的な混乱を根底から覆し、この唯物的な科学の暗黒世界を、精神文化の光明の世界へと引き上げてくれるに違いない。
さらに、それによって精神科学の応用による犯罪の横行を未然に防ぎ、可憐な少年、呉一郎をはじめとする犠牲者たちを無駄な犠牲として葬るだけでなく、全人類が彼らに感謝と哀悼を捧げることになるだろう。そして最後には、私たち二人の死後に、永遠に消えない冷笑を唇に含ませてくれることを確信しながら、限りある余命を一瞬に縮めつつ努力しているのだ。」
「……………」
「……とはいえ、これは現在の君の頭から考えると、実に不可解で不合理な註文に思えるかもしれない。私と若林が、君を代わりに使って虚偽の学術研究を完成させ、それをまた虚偽の方法で発表しようとしているのではないかと誤解されるかもしれない。しかし……私は天地の霊に誓って言う。私たちの間の私的な駆け引きには虚偽が含まれているかもしれないが、行っている学術の実験と、それによって証明すべき学理、原則の中には、一点の虚偽も含まれていない。ただ、その内容とは無関係な発表の形式にだけ、どうしても虚偽が混じっていたのだが、それも今、真実の形に訂正して君に報告したばかりなのだ。
だから、これだけは、どこまでも私たちを信じてもらいたい。君は疑いもなくこの実験の経過を真実の形に直して発表すべき、唯一の責任者なのだ。すなわち、若林の調査書類と私の遺言書を一まとめにして結論をつけ、学界に発表すべく神様の思し召しによって選ばれた無二の資格者であることが、君の過去の記憶の回復と共に明らかになるだろうと、私も若林も信じて疑わないのだ。いや、私たちだけでなく、一般社会の人々も、万が一君の名前を知ることがあれば、君の名前はこれまでの話の中に何度も出てきたもので、世間にも相当記憶されているはずだ。その名前を聞いただけでも、君以外にこの仕事の適任者が絶対にいないことを確認するだろう。それが明らかにわかるのだ。だから私は、君が精神状態を回復しつつあることを知ると同時に、安心してこの遺言書を書くことができたのだ。
しかし、私が自殺を決意したのは全く別の理由からだ。それは昨日の正午、あの解放治療場内で起こった大悲惨事が、私の責任感を刺激したからでもなく、この日が偶然にも斎藤先生の命日であったために、一種の天意や無常を感じたからでもない。正直に言うと、私は人間が嫌になったのだ。こんな研究をしていなければ、他に頭を使う道のない人間世界の浅薄さ、低級さに、たまらなくうんざりしてしまったのだ。
こんな出来損ないの世界を、新発明の火薬で爆発させるとか、蛙の卵から人間を孵化させるといった、少しでも気の利いた研究ならまだしも、心理遺伝という三つ子でもわかるような簡単明瞭な原則を一つ証明するために、足が棒になるほどの苦労を重ねなければならない。あらゆる悪因縁に執念深く絡まれ、地獄の苦しみに堕ちながら、やっと真理を証明したとしても、その報酬として何が残るのか。妻子や親族に翻弄され、沈黙の余生を送るどころか、その研究が世に出るときは、自分の一生の破滅の時だ。飛んでもない野郎だと、踏んで蹴られ、唾を吐きかけられる時だ。……まさにこれがザマア見やがれということだ。」
「……………」
「……こんな見っともない、ダラシのない結論に至ることを、今日まで気づかなかった自分に、つくづく愛想が尽きたのだ。人間も学者も、同時に御免こうむって、元のアトムに帰りたくなったのだ。相手の前にすべてを叩きつけて……」
「……………」
「……こうした私の現在の気持ちは、もちろん若林のそれとは全く正反対でなければならない。若林はあくまでもこの実験に固執し、徹底的に私と闘うべく腰を据えているに違いない。殊に若林は自分自身が結核にかかり、余命幾何もないことを知っている。だからこの事件の最後の結論の発表を引き受けるべき君の精神状態が、今朝から回復しかけていることを見て取るや否や、頭を刈ってやったり、大学生の服を着せたり、彼女に引き合わせたりと、いろんなことをして、できるだけ早く君自身を呉一郎と認めさせ、自分の味方に引き入れて、都合のいい発表をしてもらおうと焦っているのだ。いや、現在でも君と私の上下左右に、目に見えない網を張り詰めて、グングンと自分の方へ引き寄せようとしているのだ。」
「……………」
「……しかし、僕は本来、そんな面倒な争いに巻き込まれる必要はなかったんだ。どうせ、僕自身は電子か何かになって、流れ星のように消えてしまうつもりだったし、財産も少しだけ、この真実の発表に対するお礼として、書類と一緒に若林に預けて、君の頭が回復した後に改めて返してもらうつもりだった。発表の内容も同様に、心理遺伝の大まかな要領さえわかっていれば、附録の実例に出てくる事件の犯人の名前なんて、どうでもいい……勝手にやってくれという気持ちでいたんだが……。
……しかし、これが前世の業というものだろうか……先ほどから若林が、彼の独特なやり方で、そろりそろりと催眠術のような暗示を君に与えながら、自分の都合のいい方向に君の頭を引っぱり込もうとしている様子を見ているうちに、僕の持って生まれた癇の虫がじりじりしてきた。若林の見え透いた手の中が、ゾクゾクするほど嫌な感じになってきたので、逆襲してやろうという気になって、ここに出てきたわけなんだが……。
……ところが、こうやって君と話しているうちに……何だか気が変わってきたようだ。理屈はともかく、すべてがやたらに面倒臭くなってきた。どうせ、破れかぶれの罰当たりな仕事だ。後は野となれ山となれだ。何もかも一思いにぶち壊してやれという気になってきた……。
……こうなってはいけない……。
……僕は今日、今すぐに、君とあのモヨ子を、この病室から解放してやろう。そして、こんな書類を全部焼き捨てて、無にしてしまおう。
……僕は断言する……。
……あの六号室の少女モヨ子は、あの解放治療場の一角に立っている美青年の、妻となるべき少女では決してない。法律上から見ても道徳上から見ても、確かに君の未来の妻として運命付けられている女性なんだ。君のベター・ハーフとして、日々、身を悶え、恋い焦がれている可憐な少女であることは、科学的な立場から見ても間違いないことを、若林と僕の専門の名誉にかけて誓う。
……同時に、僕は専門の立場からもう一つ、断言しておく……。
……君がそうしない限り……君自身が進んでモヨ子さんとの結婚生活に入ってみない限り、若林と僕がどれだけ他所から苦心努力しても、現在の自己障害……『自我忘失症』からは脱却できないことが、やっと今になってわかったんだ。それがモヨ子さんと君自身を救う唯一の手段であることが、これまでの様々な実験の結果から明らかになってきた。……もちろん、これは決して君を無理に押し付けるために言っているのではない。君自身の堅固な童貞生活からくる現在の自家障害――『自我忘失症』を回復させるためには、これが最も有効な、最後の精神科学的療法である。この療法の原理については、精神分析のフロイドでも、性科学専門のスタイナハでも、全く僕と同じ見解を持っているのだから……。
……この最後的な治療手段の効果が、二と二を加えて四になる以上に確実なことは、すぐにわかる。論より証拠だ。僕の言葉が全て虚構でない証拠は、彼女と君が幸福な結婚生活に入ると同時に、回復してくる君の記憶の中に、無限に思い出されてくるだろう。今までの神秘と怪奇に満ちた出来事が、決して彼の解放治療場の片隅で微笑んでいる君とそっくりの美青年に関係したことではないと、君自身がはっきりと自覚することによって証明されるだろう。それらの驚くべき出来事が、直接に君自身と関係を持った話であることが、まるで電灯のスイッチを入れるように鮮やかに、一瞬にして判明するだろう。……なぜなら、君は彼の令嬢との新婚生活に入ると同時に、現在、君の頭の中に鬱積し、緊張しているその生理的な原因から解放されることになるからだ……今までどうしても思い出せなかった過去の記憶を、一度に思い出すことになるだろう。同時に、君が疑い、迷い、苦しんでいる事件の真相を裏の裏まで見抜き、思い出して……なるほど……そうだったのかと長い息をつくことになるだろう……そして、物質的にも精神的にも恵まれた、真実に幸福な家庭生活に入ると同時に、他人に頼まれるまでもなく、君自身の理知に基づいた公平な立場から観察した、この事件の真実の記録を学界に発表し、僕と若林の苦心努力の実情を正義の審判にかけると同時に、その発表によって、現代の脱線的な邪悪文化に一大転機をもたらさずにはおかないだろうことを、僕は今一度、僕の専門の名にかけて……君とモヨ子さんとの名誉と幸福のために……」
「……いけませんッ……」
私は突然、非常な力で跳ね起きた。火のような憤激に全身を震わせながら、回転椅子から立ち上がった。正木博士の口をアングリと開いて、呆然としている顔を見下し、ギリギリと歯を食いしばり、唇を震わせた。
「……イ……イ……嫌です。……ま……真平御免です。……ゼゼ……絶対にお断りします」
「……………」
私は先ほどから一所懸命に我慢していた、あらゆる不愉快な思いが、口を衝いて溢れ出るのを止めることができなくなった。
「……ボ……僕は精神病者かもしれません。……痴呆かもしれません。けれども自尊心だけは持っています。良心だけは持っているつもりです。……たとえ、それが、どんなに美しい人であろうとも、僕自身にまだ、誰の恋人だか認めることができないような女と、たかが治療のために一緒になるようなことは断じてできません。法律上、道徳上、学術上、間違いないことがわかっていても、僕の良心が承知しません。……たとえその女の人が、僕を正当な夫と認めて、恋い焦がれているにしてもです。僕自身に、そんな記憶がない限り……そんな記憶を回復しない限り、どうしてそんな浅ましい、恥知らずなことができましょう。……況して……まして……こんな穢らわしい研究の発表なんぞ……ダ……誰が……エエッ……」
「……マ……待て……」
正木博士は座ったまま、顔を真っ青にして両手を上げた。
「……が……学術のために……」
「……ダ……駄目です……駄目です……絶対に駄目です」
私の目からは、涙が止めどなく溢れ出してきた。そのせいで正木博士の顔も、部屋の光景もぼんやりとして見えなくなったが、私は涙を拭うこともせずに叫び続けた。
「学術が何ですか。……研究が何ですか。外国の科学者がどうしたというのですか。……僕はもしかしたら狂っているかもしれませんが、日本人です。日本民族の血を引いているという自覚だけは持っています。そんな残酷で、恥知らずな外国式の学術の研究や実験に関わるくらいなら、死んでも嫌です。……学術の研究というものが、どうしてもこんな穢らわしい、恥知らずなことをしなければならないものであるなら、そして僕がどうしてもその研究に関わらなければならない人間であるなら、僕はその過去の記憶と一緒に、この頭を潰してしまいます……今すぐに……」
「……ソ……ソ……そんな訳じゃない……実はお前は……君は呉一郎の……呉一郎が……」
正木博士の態度は、次第に崩れていった。天地がひっくり返っても平気だと思われたその大胆不敵な顔色が、みるみるうちに真っ赤になり、また瞬時に真っ青に変わった。中腰になって両手を伸ばし、私の言葉を遮ろうとして狼狽している様子が、新たに湧き出る私の涙の中で揺らめいていた。しかし、私はその言葉を最後まで聞くことはなかった。
「嫌です、嫌です。僕が呉一郎の何であろうと、どんな身の上であろうと同じことです。誰が聞いても罪悪は罪悪です。」
「……………」
「先生方は、そんな学術研究でも何でも好き勝手にやって、勝手に死んだり生きたりなさっても構わないでしょう。しかし、先生方がその学術研究の道具にしてしまった呉家の人たちはどうなるのですか。呉家の人たちは先生方に対して何一つ悪いことをしていなかったじゃありませんか。そればかりか、先生方を信じて、尊敬し、慕ったり、頼ったりしているうちに、先生方に欺かれたり、狂わされたりしているじゃないですか。この世にまたとないくらい恐ろしい学術実験用の子供を生まされているじゃないですか。そんな人々の数え切れない怨みを、先生方は一体どうしてくださるのですか。……死ぬほど愛し合っている親子や恋人が、先生方の手によって無理やり引き離され、地獄よりも非道い苦しみを味わわされているのを、先生方はどうして元に戻してくださるのですか。ただ学術の研究さえできれば、他のことはどうなっても構わないとおっしゃるのですか。」
「……………」
「自分で手を下していなくても、同じことですよ。その罪の告白を他人に発表させておけば、それで何もかも帳消しになると思っているのですか……良心に責められているだけで、罪は浄められると思っているのですか。」
「……………」
「……あまりにも……あまりにも非道いじゃありませんか。」
「……………」
「……セ……先生ッ……」
私は叫ぶと、目がくらみそうになり、思わず大卓子の上に両手を支えた。新たに湧き出る熱い涙で何も見えなくなりながら、呼吸を喘がせた。
「……後生ですから……後生ですから……その罰を受けてくださいませんか……そうして……そんな気の毒な人たちの犠牲を無駄にしないようにしてくださいませんか……喜んで……心から感謝してその研究の発表を、僕に引き受けさせてくださいませんか。」
「……………」
「その罰の手始めには、若林博士を僕が引っ張って来て、先生の前で謝罪させます。恋の怨みだったかどうか……どうしてこんな恐ろしい……非道いことをしたのか……白状させます……」
「……………」
「……それから先生と、若林博士とお二人で、被害者の人たちに謝罪してください。その斎藤先生の肖像と、直方で殺された千世子の墓、そしてあの狂人の呉一郎と、モヨ子と、お八代さんの前に行って、一人一人になさったことを懺悔してください。学術研究のためだった……と心からお二人で謝ってください……」
「……………」
「お願いというのはそれだけです。……どうぞ……どうぞ……後生ですから……僕が……こうして……お願いしますから……」
「……………」
「……そうすれば……僕はどうなっても構いません。手でも足でも、命でも何でも差し上げます。……この研究を引き継げとおっしゃれば……一生涯かかっても……一切の罪を引き受けても……」
私はたまらなくなって両手で顔を覆った。その指の間から涙が迸り流れた。
「……こんな非道い……冷血な罪悪……ああ……ああ……僕はもう頭が……」
私は大卓子の上に崩れ落ちた。声を立てまいとしても抑えきれない声が両手の下から嗚咽として漏れ出た。