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ドグラ・マグラ (44/47)

作 夢野久作

「すみませんが、僕にみんなの仇を取らせてください……」

静寂が広がる中、誰も返事をしない。

「この研究を神聖にしてください……」

また、静けさが続く。

……コツコツ……コツコツ……と、入口の扉を叩く音が響く。

その音に、私はハッと我に返った。慌ててポケットからハンカチを取り出し、涙に濡れた顔を拭いながら正木博士の顔を見上げると、驚愕で息を呑んだ。

それは、私の昂ぶった感情を一瞬で縮み込ませるほど恐ろしい、鬼のような形相だった。血の気を失った顔には、蒼白い汗が光り、額の皺は逆立ち、青筋がうねり、目はしっかりと閉じられ、義歯を噛み締めていた。両手は椅子の肘にしっかりと掴まり、首や肘、膝はそれぞれ別々の方向に震えていた。

……コツコツコツコツ……。

私はドタリと回転椅子に崩れ落ちた。

そのノックの音は、何かの宣告のようで、地獄の音のようで、この世の終わりのように感じられ、心臓に直接触れているかのようだった。扉の向こうに立っている者の姿を透視しようとしてもできず、救援を叫ぼうにも叫べないまま、ただその音を睨みつけていた。

コツコツコツコツ……。

やがて正木博士は、全身の震えを押し鎮めるために、一層激しく震えながら、恐ろしい努力を始めた。少し身体を起こし、桃色に充血した目を力なく見開いた。灰色の唇が震え、返事をしようと振り返ったが、その声は痰に絡まったように上がったり下がったりし、結局は喉の奥に沈んでしまった。気がつくと、彼は椅子の中に縮こまり、死人のようにぐったりと首を垂れていた。

コツコツコツ……コトコトコトコト……コツンコツンコツンコツン……。

私はその時、自分で返事をしたような気がしなかった。何か鳥とも獣ともつかぬ奇妙な声が、どこからか飛び出して室内に響き渡ったように思った。同時に、頭の毛が一本一本にザワザワと走り出したように感じたが、そのザワザワが消えないうちに、入口の扉が半分開かれ、ガタガタと動く真鍮のノブの横から、赤茶色の丸いものがテカテカと光って現れた。それは、先ほどカステラを持ってきた老小使の禿頭だった。

「……ヘイヘイ……御免なさいまっせい。お茶が冷えましつろう。遅うなりまして……ヘイヘイ……ヘイ……」

そう言いながら、まだ湯気を吹いている新しい土瓶を大卓子の上に置いた。弓なりに曲がった腰をさらに低くし、白く霞んだ目をショボショボとしばたたきながら、皺だらけの首を伸ばして恐る恐る正木博士の顔を覗き込んだ。

「……ヘヘ……ヘイヘイ。ちっと遅うなりまして……ヘイ……。昨晩から他の小使がみんな休んで、今朝から私一人で御座いますもんじゃけん。ヘイ。まことに……」

老小使の言葉がまだ終わらないうちに、正木博士は最後の力を振り絞るように、椅子からヒョロヒョロと立ち上がった。死人のように力のない表情で私を振り返り、何か言いたそうに唇を引きつらせ、微かに頭を左右に振った。しかし、忽ち涙がハラハラと両頬を流れ落ち、私に目礼をするように目を伏せて、また頭をぐったりとうなだれた。小使が開け放った扉の縁に掴まりながらフラフラと室を出て行き、今にも倒れそうによろめきながら、入口の柱に手をかけて、ようやく廊下の板張りの上に立ち止まった。すると、その後から追いかけるようにギイギイと閉まっていった扉が、まるで壊れたかのように激しい音を立て、室中の硝子窓が向こうの隅まで一斉に共鳴して、ドット大笑いをするかのように震動し、鳴動し、戦慄した。

その後を振り返って見送っていた小使は、やがてオズオズとこちらに向き直り、呆れたように私を見上げた。

「……先生は……どこか、お加減が、お悪いので……」

私も最後の勇気を振り絞り、無理に泣くような笑い声を絞り出した。

「ハハハハハ。何でもないんだよ。今ちょっと喧嘩をしたんだ。……つい先生を憤らせちゃったんだ。心配しなくてもいいよ。すぐに仲直りができるから……」

と言っているうちに、両脇の下から冷たい水滴がバラバラと落ちた。嘘をつくのがこんなに辛いものとは知らなかった。

「……ヘエイ……そうでしたか。それならば安心致しました。初めてあのようなお顔をお見上げ申しましたもんじゃけん……ヘイヘイ、どうぞ御ゆるりと、なさいまっせえ。私一人では誠に行き届きませんで……ヘイ。先生は本当に良いお方でございます。よくお叱りになりますが、まことに親切なお方で……それに昨日からは、あの解放治療場で大層な心配ごとができまして、そのために今一人しかおりません小使が、足を踏み挫いて休んでおりますようなことで……先生様もお気の毒でございます……ヘイヘイ……ヘイ……どうぞ御ゆるりと……」

禿頭の小使は冷めた方の茶瓶を提げて、曲がった腰を一つヤットコサと伸ばしつつ、ヨチヨチと出て行った。私は、私の魂を喰いに来た鬼が出て行くかのように、その後姿を見送った。

小使が出て行った後の扉がガチャガチャと閉まると、私はまた思い出したようにぐったりとなった。長い長い震えた呼吸を腹の底から吐き出しながら、大卓子に両肘を突いた。両手でしっかりと顔を覆い、指先で強く二つの目の球を押さえた。頭の芯が乾燥したような、一種名状しがたい疲労を覚えながら、強く押さえた目の前にいろいろな幻影が現れるのを見た。その中を縦横無尽に、電光のように駆け巡る…… ? ……を見た。そうしてその…… ? ……を頭の中で押さえつけようと焦燥した。

……解放治療場の白い砂の光……?……

……その真ん中に枯れ葉を一杯に着けた桐の木……?……

その向こうに立っている呉一郎の姿が見えた。煉瓦塀の上、屋根の上にそびえる二本の巨大な煙突が、青い空に向かってそびえ立っている。そこから吐き出される黒い煙が、空にうねりを描いているのが見える。

白いベッドの上には、白い患者服を着た少女が泣き伏している。緑の平面の上には、若林博士の調査書類が開いたまま置き忘れられている。紫色に渦巻く葉巻の煙が漂い、若林博士の奇妙な微笑が思い出される。正木博士の鼻眼鏡が光を反射しているのも、はっきりと浮かんでくる。

私は頭を強く振った。目の前にあるものを繋ぎ合わせようとする、見えない因果の網を掻き払うように、目を閉じたまま両手を動かした。狂人の暗黒時代を背景に、私を捕らえようと糸を操るその網の主は、学術界に棲む二匹の大きな毒蜘蛛、精神科学者のMと法医学者のWだ。特にMが私に投げかけた網の恐ろしさには、今まで全力で抵抗してきた。全身の血を逆流させ、冷たい汗と熱い涙を絞り出して戦ってきたが、同時に力も尽きてしまった。自分の行為の善悪を判断する力すら失い、この大テーブルから離れる元気もなくなっていた。精神的にも肉体的にも、再び立ち上がる勇気があるかどうかも分からないほど疲れ果てていた。

しかし、私の背後にはもう一つの強敵が控えている。その強敵Wは、私の状況を見透かして冷笑しているかもしれない。私が落ち込んでくるのを待ち構え、巧妙に私を押さえつけているのだ。正木博士ですら気付かないほどの、行き届いた智慧の力で私を押さえ込み、血も涙も、骨も抜き取って、虚偽と穢れによって作り上げられた学術の犠牲に供すべく、刻一刻と迫ってくるのを感じる。

あの蒼白い、大きな手に掴まれるくらいなら、私は正木博士に反抗するだろう。なぜか分からないが、若林博士よりも正木博士の方が好きだ。二人とも私を餌食にしようとしている毒蜘蛛であるのに、正木博士の方が何となく懐かしく、親しみやすい気がする。今でも正木博士が戻ってきて、「私が悪かった」と言ってくれさえすれば、私は喜んで何もかも忘れ、正木博士の奴隷になってしまうかもしれない。若林博士の卑怯さを暴露し、正木博士に同情した記録を発表することもあるだろう。若林博士の蒼白い手で、私の心臓を握られたくないからだ。

しかし、周囲は静まり返っている。正木博士が戻ってくる音も聞こえない。運命を待つより他にない。その運命と闘う力を失ったまま。

ああ、どうしよう。私の呼吸が再び胸を圧迫してきた。やがて、震えながらも力なく静まっていく。身体中が空虚になったようで、耳の奥だけが静寂に包まれている。

「…………………………

…………………………

黒い黒いまっ黒い

トットの眼玉を食べたらば

白い白い真白い

本当の眼玉が飛び出した

ポンチキポンチキポンチキチ……

白い眼玉は可愛いよ

お口の中から飛び出して

お箸の先から逃げ出して

コロコロコロコロ転がって

どこかへ見えなくなっちゃったア

ラアラアラアラアポンチキチ……

白い眼玉は可愛いよ

トットの眼玉は可愛いよ

本当の眼玉は可愛いよ

可愛い可愛い可愛いよオ――

ラアラアラアラアポンチキチ……

ポンチキポンチキポンチキチ……

可愛いヨオ――可愛いヨオ――

…………………………」

南側の硝子窓越しに、舞踏狂の少女の澄んだ声が漏れ聞こえてくる。

突然、素晴らしい考えが頭の中に閃いた。私の頭の中心にこびりついていた無数の疑問が、一瞬にして光って消え失せたような気がした。器械人形のように顔から手を離し、回転椅子に腰をかけ直した。正木博士が出て行った入口の扉を見つめ、正面の壁にかかった黄金と黒の額縁を見た。散らばった様々な書類を見回し、秋の正午に近い光が室内に籠った葉巻の煙を青白く透かし、色々な品物に鮮明な反射を作り出しているのを見た。

「……ナア――ンダ……ナア――ンのコッタイ。……これあ……アッハッハッハッハッハッハッハッハッ……」

私は両脇腹から、たまらない可笑しさが込み上げてくるのを抑えつつ、笑い続けた。

……馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿……大馬鹿の大馬鹿の三太郎だったんだ、俺は……アッハッハッハッハッ……

若林博士も、正木博士も同じだ。いや、俺よりももっと念入りな大馬鹿だ。俺たちは三人とも、飛んでもない誤解をし合っているのだ。何という馬鹿馬鹿しい間違いだ、これは……。

誰が千世子を殺したのか。誰が呉一郎に絵巻物を渡したのか。誰が呉一郎の本当の親なのか。WかMか、それとももう一人、控えているのか……そんな謎はまだ、全く解かれていない。みんな、いい加減な第三者の仕業かもしれないのだ……

否、この事件には初めから一人も犯人がいないに違いない。この事件の内容は、偶然に離れ離れに起こった原因不明の出来事を、一つに重ね合わせて覗いたものに過ぎない。千世子の縊死も、斎藤博士の溺死も、呉一郎の発狂も、みんな自分勝手に起こしたことかもしれないのだ。でなければ、こんなに神秘的で不可解な、底の知れない事件があり得るはずがない。

二人の博士が、互いに誤解し合いながら、無理に一枚の絵巻物を重ね合わせ、一つの焦点を作ろうとしていた。お互いに相手を恐れ、自分の大切な研究材料を奪われまいと、色眼鏡をかけて睨み合っていたため、すべてがまるで相手一人の手柄のように見えてしまったのだ。

可哀想に、二人はそれぞれ自分の思いに囚われすぎていた。いや、今まで手応えのある相手を見つけられなかった二つの天才が、ここで互いに好敵手を見つけ、本能的に戦いを始めてしまったのだ。力を合わせて四つに取り組んで、動くことができなくなっている。

こんな馬鹿げた、間の抜けた争いがこの世に存在するだろうか。事件そのものよりも、二人の博士の研究と争闘の方がずっと真剣で、深刻で恐ろしいのだ。もしかすると、学者たちは皆、こんなつまらないことで本気になって争い合っているのではないか。

しかし、考えてみれば無理もない。あの呉一郎と、私とはまるで双子のように似ているのだ。さらに、あの呉モヨ子と、この絵巻物の美人像は瓜二つで、まさにそっくりなのだ。このような二重の偶然がこの地方で、しかも同じ血統の中に存在することを発見したら、誰もが驚くに違いない。そうして、これには何か深い理由があるに違いないと考え、最初から色眼鏡をかけて研究を始めるのだ。本人はそのつもりでなくても、研究を始める気持ちがすでに色眼鏡をかけたようなものだから仕方がない。

この事件を構成する様々な出来事を一つ一つ見てみると、別に二人の博士が手を貸さなくても、それぞれ自由に起こり得る事件ばかりではないか。それを二人の博士が互いに相手の所業だと疑い合っているために、一つに重なり合って見えているだけなのだ。二人の博士のややこしい説明がなければ、単なる二つの変死事件と一つの発狂事件の寄せ集まりに過ぎないのだ。

そうだ、そうに違いない。すべて根のない事件のぶつかり合いに過ぎないのだ。それに気づかず、私はただうんうんと頷いて苛められていたのだ……馬鹿馬鹿しい。馬鹿の、馬鹿の、大馬鹿揃いだった……三人とも。

ふと気づくと、この事件の犯人は、やはり私になるかもしれない。

「……アハハハハハハハハ……」

私は室内に響く自分の笑い声を聞き、ふと口を閉ざした。いつの間にか頬杖をついていた私の目は、鼻先の緑色の平面に転がっている絵巻物に引き寄せられていることに気づいた。

……これが霊感というものだろうか。

私は不意にドキンとして、再び回転椅子に座り直した。今までにない、何とも言えない神聖な気持ちに満たされながら、恭しく絵巻物を取り上げ、じっと見つめて考えた。

……最後に残るものはこの絵巻物の魔力である。すべては否定できる。しかし、この絵巻物の魔力だけは最後の最後まで否定できない……と。

この事件は表面から見ると、すべてがノンセンスに見える。実際、つまらない小事件の寄せ集めに過ぎないと考えられる。しかし、その間に正木博士と若林博士が引っかかり合い、この絵巻物の魔力を中心にしてある怪事業を成し遂げようと試みているために、全体が非常に有意義で、戦慄すべき緊張感を示しているように見える。しかし、一歩退いてこの事件を裏から覗いてみると、実は二人の博士がこの絵巻物に操られているのだ。自分たちが持っている知恵も、度胸も、学問も、地位も、名誉も、生命までも投げ出して、この絵巻物の魔力の前に三拝九拝しているのだ。

他の人間の生死や流転、煩悶も、もし正木博士の話が真実であれば、やはりこの絵巻物から引き起こされた事件に違いない。結局、一切の摩訶不思議を支配する中心的な魔力は、この絵巻物から現れていることになる。すべての現実的事実と一切の科学的説明はノンセンス化できるが、この絵巻物の魔力だけは、誰もがノンセンス化することはできないだろう。

だから、この絵巻物に霊があるならば、すべてを知っているに違いない。同時に自分自身の経歴を、何者よりもよく知っているはずだ。この事件にどのように関係してきたのか、どんな手順で呉一郎の手に渡ったのかを、一分一厘も間違いなく知っているはずだ。そして、どのようにして両博士を悩ませ、私までも苦しめているのか、その裏面の事情も残らず把握しているに違いない。

この絵巻物は、今まで多くの人々を狂乱させ、迷わせ、互いに傷つけ合いながら知らん顔をしてきた。同様に、現在も何一つ知らぬかのように装い、私の掌に乗っかっている……が……しかし……。

千百年以上前、大唐の玄宗皇帝の贅沢な生活は、青年紳士の呉青秀の忠誠心に影響を与え、六体の美人の腐敗した姿をこの一巻の中に描き出しました。その不気味な絵画に込められた芸術家の思いは、遠く日本にまで渡り、呉家の血筋に絡みついて、恐ろしい因果の姿を何世代にもわたって現実に描き続けてきました。

そして、十数世紀を経た今、血縁のない正木博士と若林博士の手に渡り、科学の光に照らされる時代にあっても、その魔力は失われるどころか、逆にその影響力を倍増させ、二人の博士の人生をあらゆる方向から蹂躙し、嘲笑しているのです。今、まさに現代文化の中心である九州帝国大学の真っ只中で、私の指先に触れた瞬間、目に見えない魔手が伸びてきて、私の心臓を締め付け、生血と生汗を絞り取るほどの苦しみを与えているのです。

不可解な因縁が私に絡みつき、不可思議な運命の渦に引き込まれようとしています。事実の真相に白い曇りを吹きかけ、その曇りの魅力で私を弄んでいるのです。思い出せないことを思い出させ、考えられないことを考えさせ、見えないものを見させようとしているのです。消えた過去の記憶を求め、自分でない自分を考えさせ、ありもしない事件の真相を無理に探させ、迷わせ、狂わせ、泣かせ、笑わせているのです。まるで狂気の地獄の中で、私はもがき苦しんでいるのです。

何という恐ろしい魔力でしょう。

眼の前の空間を凝視しながら、ここまで考えてきた私の大きく見開いた目の奥に、死後五十日目の黛夫人の冷笑の幻影が再び浮かび上がってきました。それを消え去るまで、私はじっと見つめました。

「畜生、どうするか見ろ…」

そう思いながら、私はこの絵巻物の中から、すべての神秘と不可解を一挙に打ち破る恐るべき秘密の鍵を見つける予感に打たれ、唇を強く噛み締めました。二人の博士と私を苦しめている魔力の正体を一撃で暴露できるものが、まだ誰にも気づかれずに残っているのではないかという霊感に満たされながら、手早く絵巻物の紐を解きました。

その時、腕時計を見ると、ちょうど十二時の十分前でした。正面の電気時計は十一分前ですが、長い針がXの字のところへ飛ぼうとしている瞬間かもしれません。

絵巻物の緑色の石の部分に息を吹きかけてみると、誰のものともわからない指紋が重なり合って見えましたが、これは先ほど私が触った跡だと気づき、苦笑しながら巻物を取り直しました。「こんな迂闊なことではダメだぞ」と自分を叱責しながら。

表装の刺繍と内部の紺色の紙の上には、細く光る繊維のようなものが無数に付着しています。これはかつてこの絵巻物を真綿か何かで包んでいた名残でしょう。鼻を近づけて嗅いでみると、カビ臭い匂いと軽い樟脳の香りが混ざり合い、どこからともなく奥深い別の匂いが漂ってきます。よく嗅ぎ直してみると、それは私が初めて嗅ぎ取ったものではないかと思えるほどの淡く上品な香水の匂いでした。

「面白いな。この調子で行くと、まだいろんな物が発見できそうだぞ。」このカビ臭い匂いと樟脳に似た木の香りが、弥勒様の木像の中で滲み込んだものであることは誰でも考えつくでしょう。しかし、この香水の匂いには気づく者がいなかったのではないでしょうか。この芳香は、この絵巻物の前の持ち主を暗示しているに違いありません。

「もしもこの上に、まだ誰にも気づかれていない何かがあったら、それは一本の髪の毛でも煙草の屑でもいい。犯人を決定する有力な材料になるのだぞ…」

まるで名探偵になったかのように考えながら、私はさらに勢いを増し、絵巻物を頭の方から逆に巻き込みながら、絵の部分から由来記の文章が終わっているところまで、裏表とも丁寧に見ていきました。先ほどは耐え難く見られなかった死美人の腐敗像が、今ではただの顔料の配列にしか見えなくなっていることに驚かされました。それは決して光の具合によるものではありません。黛夫人の腐れた唇から透けて見える美しい歯並びや、臓腑がガスを包んで滑らかに膨れ光っている様子まで、細かく注意して見ましたが、何ともないものは、いくら見ても何ともありません。私は人間の神経作用の馬鹿馬鹿しさに、すっかりやる気を失ってしまいました。