ドグラ・マグラ (42/47)
作 夢野久作
その運命の魔神がもたらした出来事は、まさに運命的なものであった。明治四十年の十一月二十二日、福岡市外の松園にある皮革商の離れで、二人が隠れ住んでいた場所で男の子が生まれた。彼はまるで玉のように美しい子供だった。その声を聞いた瞬間、今まで静かにしていたMは、初めてT子に謎を投げかけてみた。「呉家の男の子を呪う絵巻物があると聞いたが」と言ったのだ。ここで、少しだけWがMに先を越された形になった。
すると、さすがのT子も母親としての情が溢れ出たのか、すっかり白状することになった。彼女の告白はこうだった。
「私は小さい頃から、本を読むことや絵を描くことが大好きでした。物心がつく頃から、よく一人でお寺に行って、虹汀様が描いたという襖の絵や、自分で彫った欄間の天人を眺めたり、写したりしていました。そんな中で、参詣に来た村の人たちが私のことを知らずに、お寺の由来について話しているのを聞いて、子供心に非常に感動しました。お寺の由来について詳しく書かれたものが残っているという話を聞くと、それが見たくてたまらなくなりました。人がいない時を見計らって、絵を見に行く振りをしながら、和尚様の部屋の本箱を探していると、案の定、由来の書が見つかりました。」
「その書を見た時、焼かれたという絵巻物が惜しくてたまらなくなり、本堂に行って御本尊様を揺すってみると、確かに巻物のようなものが入っているのが感じられました。驚きと興奮で胸がドキドキしました。」
「しかし、このことを和尚様に話したら、一度で叱られてしまいました。それから一週間ほど経った後、学校の帰りにお線香を上げに行く振りをして、御本尊様の首を抜いて、絵巻物を取り出しました。」
「ところが、その絵巻物を人のいない倉庫の二階で開いてみると、思いもよらない恐ろしい絵ばかりで、私は二度驚きました。すぐにお寺に返しに行こうと思ったのですが、表装を見ているうちに、その美しさに惜しくなってしまいました。それからは、一人で留守番をするたびに、少しずつ裏面の紙を剥がして、壊れた幻燈の眼鏡で糸の配りを覗いては、絳絹の布片に写していました。見つかると大変なので、作ったものはすべて焼き捨てたり、室見川に流したりしました。」
「そして、ついにその刺繍の作り方を自分の手に覚え込むと、剥がした紙を元通りに修繕って、絵巻物を御本尊様の胎内に返しましたが、盗む時よりも返す時の方がずっと怖かったです。それから間もなく福岡に出てきたので、絵巻物はやっぱりあの如月寺の弥勒様の胎内にあるはずです。」
「しかし、こうして子供が生まれてみると、あの絵巻物の恐ろしさが身にしみてわかるようになりました。姉のY子も私のように男の子を生んで、あの絵巻物の存在を知っていたら、同じ思いをするに違いありません。虹汀様があの絵巻物を焼かなかったことを恨む気持ちもわかります。」
「とはいえ、あの絵巻物の存在を知っている者は誰もいないのです。私一人だけです。だから、私の一存で、あの絵巻物をあなたの学問の研究材料に差し上げます。私の家の血統を引いた男の子にだけ祟るという、その恐ろしい絵巻物の力を、科学の力で打ち破って、その呪いがこの子にかからないようにしてください。どうか、お願い申し上げます。」
涙ながらの彼女の話に、Mは驚きつつも喜びを感じた。なるほど、そうであれば、いくら探しても見つからないはずだ。彼らの捜索方針と絵巻物の隠れ場所が、まるで鼬ごっこのようにすれ違っていたのだ。偶然の作用を推理の力で追いかけた結果、見つからなかったのも無理はない。
独りで北叟笑みながら、MはT子にも内緒で姪の浜に行き、如月寺の本堂に忍び込んで、御本尊の首を抜いてみると……。
その後のことは説明しない。説明しても意味がないからだ。
「裁判長の判断に任せます。」
Mは黙々と寒風に吹かれながら、姪の浜から帰ってきた。いつかその絵巻物の魔力が、六体の腐敗美人像に呪われて、学術の名のもとに実験の十字架に架けられ、愛らしい男の子の顔が目の前に浮かんでくる。彼は同時に、その母子の将来に必然的に落ちかかるであろう大悲劇に直面した時に、ビクともしない覚悟と方針を考え巡らせていた。
彼は松園の隠れ家から何事もなかったかのように帰ってくると、無邪気に授乳をしているT子に向かって、真面目な顔で出鱈目を並べた。絵巻物は和尚か誰かが取り出してどこかに隠したようで、弥勒様の胎内にはもう見当たらなかった。しかし、こちらから請求して取り戻すわけにもいかず、そのまま諦めて帰ってきた。いずれ自分が学士になって大学に奉職することになれば、その時に大学の権威を借りて学術研究の材料として提供させることもできるだろう。絵巻物の問題はそれでいいとして、実は故郷の財産の整理がこの年末に迫っていて、困っている。とにかく急いで帰らなければならないのだ。そのついでに、お前たちの戸籍のことも都合よく片付けてきたいと思うから、用事ができたら、こういうところに連絡をするがいい……といった具合に話を合わせ、渋々納得させると、彼はその翌々日の福岡大学の初めての卒業式をすっぽかして上京してしまった。しかもそのまま故郷には帰らず、東京で転籍の手続きをし、全速力で旅行免状を手に入れて海外に飛び出した。これがこの時、すでにMの心の中に芽生えていた、来るべき悲劇に対する戦闘準備の第一歩であった。Wにだけわかる宣戦布告だったのだ。
……しかし、これに対するWの応戦態度は、非常に落ち着いたものであった。殊勝に白い服を着込み、母校の研究室に居座っていた。すべてを洞察しながら、何事もないかのように顕微鏡を覗いていたのだった。
WとMの性格の違いは、その後も引き続き発揮された。Mは、欧米の大学を渡り歩き、心理学や遺伝学、またその頃から興隆し始めていた精神分析学を研究しつつ、一方で国内の官報や新聞を通じてWの動静に注意を払い、時期を待っていた。これは、Mが自分の子どもに自分の苗字をつけるのを嫌ったのと、もう一つはT子の追求を避けるためであった。というのも、女としては珍しい冴えた頭脳を持つT子が、もしMの行方不明と如月寺の絵巻物の紛失事件を結びつけて考えた場合、遅かれ早かれ恐ろしい疑念に直面することは明らかだった。WとMがなぜあの絵巻物を欲しがったのか、様々な理由を考え巡らすに違いない。そして、万が一にも女性の敏感な頭脳と母性愛の強さで、二人が絵巻物を欲しがる本当の理由を想像するようなことがあれば、何はともあれMに疑いをかけ、目の色を変えて追いかけてくるに違いない。場合によっては国境を越えてでも追求しかねない女であることを、Mは十分に理解していた。
……それに対するWは、知ってか知らずにか、相変わらず悠々と落ち着いていた。自分の名前や行動を公然と曝露していたのはもちろんのこと、『犯罪心理』や『二重人格』、『心理的証跡と物的証跡』といった有名な研究を次々に発表し、これ見よがしに海外にまで名を馳せていた。しかし、これがまたWの得意とする常套手段であり、この方面での大家として名を売っておけば、将来、恐るべき精神科学の実験が行われる際にも、逆に世間から疑われない一種の「精神的現場不在証明」となるばかりか、事件が発生した時にすぐに飛び込んで行ける口実ができるという、W流の巧妙な思惑だったのだろう。いずれにせよ、その大胆かつ細心な行動は、後年、恐るべき実験の経過報告を、当の相手の面前に投げ出した手口によっても察しられるのではないか。
……こうして十年の歳月が流れ、大正六年になると、二三年前から英国に留学していたWが帰国する。それを知ったMもすぐに後を追って帰ってきたのだが、このWの留学と帰国の時期は、Mにとって非常に重大な問題であった。なぜなら、T子母子はMに振り捨てられた後、十中八九は松園の隠れ家を引き払ってどこかに姿を隠しているはずだが、たとえ天に隠れ、地に潜んでも、その行方を見逃すようなWでは絶対にないはずだからだ。また、もしWが海外に留学するようなことがあれば、それはWがT子母子を確実に掌握できた証拠になる。換言すれば、T子母子がどこかに定住し、当分動く気配がないという見込みが立ったからこそ、安心して留学できるわけで、そうなるとWの帰国は、疑いの目で見れば、何かしらその点に関するWの心配や計画が発動する時期が来たことを意味しているのではないか。言い換えれば、MはWの行動によってT子母子の行方を比較的容易に探り出すことができるわけで、海外留学中のMが常に国内の新聞や官報に注意を払っていたのは、そのためだった。
……しかし、Wがそんな気配を見せるような男でないことは明らかだった。帰国後はちょっとした出張以外には福岡を離れる様子もなく、毎日大学に腰を据えているうちに、間もなく助教授から教授に昇進する。続いて様々な難事件を解決し、名声はますます高まった。その合間には喘息が起こる……といった調子で、なかなか忙しかったが、その態度は依然として悠々たるもので、彼もまた昔の夢のように、明け暮れ試験管や血液と親しんでいた。
……しかし、Mは困ることはなかった。Wの帰国後の態度から、T子とその子どもが福岡市を中心に住んでいることを、なんとなく察知していたのだ。T子はまだ三十歳になるかならないかで、相変わらず美しいとすれば、どこにいても少しは噂になっているに違いない。また、その子のIも、父親が誰かわからないまま母親の元で無事に育っているのなら、特別な事情がない限り、Mの計画通りに母方の姓を名乗っているはずだ。年齢は私生児のことだから届出が遅れているかもしれないが、たぶん尋常小学校の三、四年生程度であろうと、帰国当時から見当がついていた。
あとは足を使って根気よく調べることにした。福岡を中心にしたWの出張先を第一の目標として、地道に調査を進めていくと、なんと帰国から半年も経たないうちに、直方小学校の七夕会の陳列室で、五年生の成績品の中にIの名前を見つけた。もっとも、その時までMはうっかりしていて、Iの成績が抜群で、年齢はまだ十一歳のままに、一級飛び級した五年生になっていることに気づかなかった。そのため、もしかすると別人ではないかと疑ってしまった。
……だが、そこに何かの天意が働いたのだろうか。間もなくその陳列室に入ってきた一人の生徒が、偶然にも背後を振り返り、その視線がMの視線とぴったり合った。その瞬間、Mは思わず視線を逸らさずにはいられなかった。逃げるように校門を出ると、思わず目を覆い、科学者としての自分の生涯を呪わずにはいられなかった。その生徒は全く母親似で、目鼻立ちや風貌のどこにも、Wの子どもらしい面影がなかった。そして、Mに似たところすらもなかったことを確かめ、ほっと安心のため息をついたが、すぐにそのため息を呪わずにはいられなかった。
……遠からず学術実験の十字架に架けられ、無残な姿に変わるであろうその子の顔立ちが、驚くほど可愛らしくて美しかったこと……その成長が順調であったこと……そしてその風貌が、たまらなく優しく無邪気であったこと……菩提心とはこれを言うのだろうか……その子の清らかで澄んだ眼差しが、自分の目の前にちらつくのを、払っても払っても払い切れなくなったMは、その子が将来、間違いなく投げ込まれるであろう『キチガイ地獄』の歌を歌い、自らの恥を大道にさらしながら、罪を償おうとしていた。木魚を叩き、その子の後生を弔って回った。……それほどその子は美しく清らかに育っていたのだった。
……Wは、こうしたMの行動を、九州帝国大学の法医学教室のガラス窓越しに見透かし、あの蒼白な顔に人知れず、彼独特の冷笑を浮かべていたに違いない。彼は、Mが海外に逃げ出した心理を理解し、Mは遅かれ早かれ必ず日本に帰ってくると確信していた。Iが思春期に達する前に、そしてこの九州に帰ってくるだろうと、彼は確信していたのだ。そして、この実験に関わるあらゆる研究を終え、すべての準備を整えつつ待っていたに違いない。
……というのも、Mも実際のところ、学問の奴隷だった。彼が生涯の研究目標としている『因果応報』や『輪廻転生』の科学的原理、すなわち『心理遺伝』の結論として、この実験の成績を必ず取り入れなければならないと、あくまで望んでいるその熱意は、相手のWが心血を注いでいる名著『精神科学応用の犯罪とその証跡』の実例として、この絵巻物の魔力を取り入れたがっているその熱意に、劣ることはなかった。それほどの研究価値と魅力をこの絵巻物が持っていることを、Wは疑いなく信じていたのだ。
……けれども……けれども……Mはそれでもなお、どれほど深刻な煩悶をその後に重ねたことか。学問のために良心を犠牲にして、罪も報もない可憐な少年が、生きながら魂を引き抜かれていくのを正視する……その生きた死骸を自分の手にかけて検査し、その結果を手柄顔で公表する……という決心がどれほどつき難いことかを思い知ったのだった。彼が大学卒業後の十数年間にわたる死物狂いの研究は、こうした良心の苛責を忘れたいという一念からではなかったのか……自分が死刑立会人である苦痛を忘れるために、一心不乱に断頭刃を磨くのと同じ悲惨な心理の現れではなかったのか。そうして彼の学術研究……断頭刃磨ぎを断然打ち切るために、彼が母校に提出した学位論文の根本主張は、何であったか……曰く……『脳髄は物を考える処に非ず……』
「……………」
「……こうしてMの個人としての煩悶はついに、学術の研究欲に負けた。全世界にわたる『狂人の暗黒時代』と、その中に蔓延する『キチガイ地獄』を、自分の学説の力で打ち破るべく、何もかも忘れて盲進する当初の意気込みを取り戻した。恐らくWに負けないほどの冷静さと残忍さをもって、Iの年齢を指折り数えられるようになったのだ。」
「……………」
「T子の運命は風前の灯火である。……T子はもうその頃までには、かつて自分を中心に描かれたWとMとの恋のロマンが何を意味していたのかを、深く考え抜いているはずだった。その頃の二人の自分に対する情熱が、絵巻物の魔力と自分の肉体の魅力との両方にかけたものであり、それ以外の何ものでもなかったことを疑う余地もなくなっていた。そうして絵巻物を奪い去ったのは、自分から絵巻物の所在を聞いたMか、あるいは失恋の恨みを抱いているであろうWのどちらか、一人に違いないと、余りにも深く確信していた。……同時にその二人が揃いも揃って、繊細な女の手で立ち向かうには、あまりにも恐ろしい相手であることを知りつつ、必死に我が子を抱きしめて震えていたに違いない。
……だから、彼女、T子の想像の奥の奥に、よもやと思いつつも描かれていたであろう絵巻物の魔力の実地試験が、万が一にもIに対して行われたとなれば、T子はすぐに二つの名前を思い出すに違いない。WかMか……。
……だから……T子の死は、この前代未聞の学術実験の準備として、どうしても必要な第一条件なのだ……」
「……ああ……先生、待ってください……もうやめてください……そんな恐ろしい……ことが……」
私は思わず悲鳴をあげた。大きな卓子の上に突っ伏し、頭の中は煮えたぎるように熱く、額は氷のように冷たく、掌は火のように感じながら、喘ぎを抑え込んだ。
「……何を言っているんだ……君が質問してきたから、説明しているのではないか」
正木博士の声は、力強さを含んで私の頭上から降りかかってきた。しかし、すぐにその調子を変え、諭すような口調になった。
「そんなに気弱でどうする。人の生涯の浮き沈みに関する重大な秘密を、一度聞くと約束して話させておいて、途中で理由もなく『もういい』などと言えるものか。実際にこの事件と闘っている私の立場を考えてみろ……あらゆる不利な状況を乗り越えてきた私の苦しみを察してみろ……まだまだ恐ろしいことが待っているのだ……これから……」
「……………」
「……いいか……T子もこの事件の第一条件の存在を、ある程度は察していたに違いない。その子が私に『お前が大学を卒業するまで、私が無事でいたら、何もかも話してあげる』と言ったのは、T子が私のことを思い、色々と考えた末に、とうとうそこまで気を回していた証拠だ。つまり、その間のT子の生活は、まさに命がけだったに違いない。彼女は一方で、この呪いからIを遠ざけ、I自身がその呪いの正体を理解し、警戒できるようになるまで、何も話さずに待たなければならなかった。そして一方では、人知れずMの行方を探し、絵巻物の有無を突き止めなければならなかった。さもなければ、自分の力と工夫で、WとMを結びつけ、すべてを吐き出させてしまいたいという恐ろしい学術の研究欲と愛情の葛藤を解消したいと思っていたのだ。できることなら、絵巻物を自分の手で消滅させたいという、あらゆる惨憺たる母性愛が、彼女の頭の中に渦巻いていたに違いない。」
……しかし、そのT子の昔の恋人は、二人とも二十年来の……いや、宿命的な仇敵であった。人情の世界の怨敵、学界の怨敵であった。そして、T子とその子を仲に挟んで、お互いに呪い合ってきた結果、二人とも救いようのない学術の鬼となってしまっていた。……お互いに精神的に噛み殺し合うしか生きる道がなくなっていたのだ。……しかも、その怨敵を呪い合う心の、積極と消極の力を合わせて、二人の中のどちらかの子供であるべきIに、絵巻物の魔力を試みるべく……その結果を学界に公表する名誉を自分のものにし、同時にその非人道的な罪責を相手に押し付けるために、一心不乱に爪牙を研ぎ澄ましていたのだ。その犠牲が誰の子であるかなど、もはや問題ではなくなっていた。ただその子が、確実に呉家の血を引いた男の子でさえあれば、学術研究上、申し分ないと考えていたのだ。」
今度こそ、私はもう耐えられない戦慄が全身に湧き起こった。頭をしっかり抱え、緑色の羅紗の上に突っ伏した。悲痛な正木博士の声……解剖刀のように鋭い言葉の一つ一つに、全神経が脅かされていた。
「……結果はついに来た。二十年前にMが予想していたところに落ち着いた。Mが恐れ、戦き、もがき苦しみながら逃げようとしていたその恐ろしいスタート地点に、悪魔的な不可抗力によって立ち戻らざるを得なくなった。二十年前、彼を追い立てた彼の卒業論文『胎児の夢』が、目に見えぬ宿命の力で確実に彼を元の場所へ引き戻してきたのだ。」
私は椅子から飛び上がり、部屋の外へ逃げ出したかった。しかし、私の身体は不思議な力で椅子に密着し、ひたすらに震え続けていた。耳を塞ぐことすらできなかった。その私の耳に、正木博士のかすれた声が、一句一句明瞭に飛び込んできた。
「……こうしてこの実験の進行に関する第一の障害……T子の生命は、完全に取り除かれた。WとMとIの過去を結びつける唯一の証人……Iが誰の子であるかを的確に証言できると同時に、この恐ろしい科学実験の遂行者を一言で立証できる『生き証拠』のT子は、予定通り完全な迷宮の中に葬り去られた。続いて起こる問題は、この実験に必要な第二の条件……すなわち……Mがこの九州帝国大学医学部精神病科の教授の椅子に座ることであった。これは言い換えれば、この実験の結果として、万が一追求されるかもしれないその事件の下手人の所在を隠すためにも……お互いの秘密を完全に保護し、絶対の安全を確保するためにも……また、適当な時機を見計らってその犯行を相手に押し付けるためにも、極めて完全無欠な、用心に用心を重ねた、必要不可欠な条件であった。」