ドグラ・マグラ (28/47)
作 夢野久作
ある日のこと、四月二十五日、福岡因幡町の記念館という立派な西洋館で、高等学校の生徒たちによる英語の演説会が開かれました。若旦那様はその際、卒業生の代表として最初の演説をすることになっていました。彼は高等学校の制服を着て行くつもりでしたが、お八代さんがそれを止めて、大学生の新しい服を着せようとしました。若旦那は苦笑いを浮かべながら、「まだ早い」と言って逃げようとしましたが、お八代さんは無理やり彼に服を着せ、見送りながら嬉しそうに涙を拭いていました。その光景は、今でも私の目に焼き付いています。振り返れば、あの時が若旦那の大学服の着納めだったのでしょう。
さて、その翌日、つまり今日が若旦那様とオモヨさんの特別な日となっていました。私たちも一昨日から泊まり込みで手伝いに来ていました。オモヨさんは高島田に結い上げ、草色の振袖に赤い襷をかけて働いていましたが、その美しさは先祖の六美様の画像にも劣らないと評判でした。彼女の性格も非常に柔和で、「綺倆千両、気質が千両、あとの千両は婿次第」と子守女が歌うほどでした。
若旦那様は二十歳ですが、分別や物腰は三十近い者でも及ばないほどしっかりしていて、特にその男らしさはお公卿様にも引けを取らないほどでした。博多でもこれほどの夫婦は珍しいという噂が立つほどでした。お支度も贅沢で、若旦那の婿入りの形を整えるために、土地の畠を潰して立派な家が建てられました。着物は福岡一の京屋呉服店から仕立てられ、料理も福岡一の魚吉という仕出し屋が持ち込んで賑やかでした。後家さんの気合いは大したものでした。
ところが、昨日の演説会での若旦那様の役目はほんの少しで、どんなに遅くなっても二時までには帰ると約束して出かけたのですが、時間が過ぎても姿が見えませんでした。若旦那は決して遅れるような性分ではなかったので、私は年寄り役として少し不審に思い、皆に尋ねると「おそらく演説が遅れたのだろう」と気にしない様子でした。しかし、こんなことは今まで一度もなかったので、心配せずにはいられませんでした。
忙しさに紛れているうちに、空が曇り始め、長い春の日が急に夕方のように暗くなりました。その時、お八代さんが私を呼び寄せ、「二十歳にもなったのだから間違いはないでしょうが、まだ帰らないようなので、そこらまで見に行ってくれませんか」と頼みました。私もちょうどそう思っていたところだったので、やりかけていた蒸籠の修繕を片付け、煙草を一服吸ってから草鞋を履いたまま出かけました。時刻は四時頃だったでしょうか。
軽便鉄道で西新町まで行き、今川橋の電車の終点にある煮売屋を営む弟のところに立ち寄り、「うちの若旦那を見かけなかったか」と尋ねると、「ああ、その若旦那なら、今から二時間ほど前にここを通って、軌道には乗らずに西の方へ歩いて行った。初めて大学の服を着ているのを見たので、二人でしばらく見送っていた。良い婿だ」と夫婦で言いました。
若旦那は普段からこの軌道の煙のにおいが嫌いで、高等学校に通うときも運動になるからと、毎日姪の浜から田んぼ伝いに歩いていました。しかし、今川橋から姪の浜までは一里ほどですから、二時間もかかるはずはありません。心配しながら帰りかけたのが四時半頃だったでしょうか。国道沿いの軌道伝いに帰っていると、ちょうど姪浜から近い道端の海岸にある山の裾に石切場がありました。切り出されている石は姪浜石と呼ばれる黒く柔らかい石で、福岡方面から来るにも、こちらから福岡へ出るにも必ず通らなければならない場所でした。
その石切場の石が屏風のように立ち並び、西日を赤々と受けている奥の方で、四角い帽子をかぶった洋服の姿がちらりと動いているのが見えました。私は目が悪いのですが、これだと思い近寄ってみると、案の定若旦那様で、高岩の陰に腰をかけて、何か巻物のようなものを見ていました。私はその周りに積み重なった切石の上を伝って、ちょうど若旦那の頭の上に出ました。そっと首を伸ばして覗いてみると、それは長い巻物の途中のようでしたが、不思議なことに、それはただの白い紙のようで、何も書いてないように見えました。しかし、若旦那の目には何かが見えているらしく、その白い部分を一心に見つめていました。
私は呉様のお家に祟る絵巻物があるという噂を聞いていましたが、それはもうずっと昔のことだと思っていました。今の世の中にそのようなことがあるはずはない、あっても噂だけだと思っていましたが、まさかその巻物がこれだとは夢にも思いませんでした。やはり目が悪いのだろうと思い、若旦那に気取られないように顔を近づけてみましたが、白い紙はやはり白い紙で、いくら目をこすっても、物が書いてある様子は見えませんでした。
私は不思議でたまらなくなりました。若旦那が何を見ているのか、一度聞いてみようと思い、急いで岩の角を降りて、わざと遠回りして若旦那の前に出ました。顔を合わせると、若旦那は私が近づいても気づかない様子で、半開きの巻物を両手に持ちながら、西の空を見上げて何かをぼんやりと考えているようでした。
そこで、私は咳払いを一つして「もし若旦那」と声をかけると、驚いた様子で私の顔をじっと見つめていました。「おお、仙五郎か。どうしてここに来たのか」と、ようやく気づいたようにニッコリと笑いました。そして、裏向きにして持っていた巻物を巻き直し、紐でしっかりと結びました。
その時、若旦那が何か大切なことを考えていたのだろうと思い、特に気にせずに、お八代さんが心配していることを話し、「一体それは何の巻物ですか」と指を指して尋ねました。すると、またいつの間にか背振山の方を振り返り、何かを考えていた若旦那は、ハッとしたように私の顔と巻物を見比べて言いました。「これかね。これは僕がこれから仕上げなければならない巻物で、出来上がったら天子様に差し上げなければならない大切な品物だ。誰にも見せるわけにはいかん」と言いながら、外套の下のポケットにしまいました。
私はますます訳がわからなくなりましたが、「しかし、その中には何が書いてあるのですか……」と尋ねると、若旦那は少し赤くなり、苦笑いをしながら「それは今にわかる。とても面白いお話と、恐ろしい絵が描いてある。僕たちが式を挙げる前に、ぜひとも見ておかなければならないものだとその人が言った……今にわかる……今にわかる……」と繰り返しました。私は何だか理解したような、しないような妙な気持ちになりましたが、若旦那の様子がいつもとは違って、上の空であることに気づきました。
そこで、念のためにもう一度「へえ、そのようなものを誰が差し上げましたか」と尋ねると、若旦那は私の顔をじっと見つめ、ハッと正気を取り戻したように目を丸くして、数回まばたきをしました。そして、何を考えたのか、少し涙ぐんで口ごもりながら「これを僕にくれた人かね……それは亡くなったお母さんの知り合いの人で、お母さんから秘密に預かった巻物を私に返しに来たのだ。その人はまたそのうちにきっと私に巡り会う。名前はその時に言って聞かせよう……と言ったきりで、どこかへ消えてしまったが、私はその人が誰だかちゃんと知っている。しかし……まだ何も言われん言われん。お前もこのことを他人に言うことはならん。よいか……さあ行こう行こう」と言いながら、若旦那は急にそわそわし始め、石の上を飛び跳ねるように往来に出て、私の前を歩き始めました。その足取りの速さはまるで何かに取り憑かれたようで、普段とはまったく違っていました。今思うと、あの時からすでに少し妙な兆しがあったように感じます。
若旦那が家に着くと、すぐにお八代さんに「ただいま……遅くなりました」と言いましたが、お八代さんが「仙五郎に会いなすったか」と尋ねると、「はい。石切場のところで会いました。今そこに帰ってきております」と答え、後ろから入ってきた私を指し示しました。若旦那はさっさと離家の方へと向かいました。お八代さんはそれで安心したらしく、私には特に何も尋ねず、「ご苦労」とだけ言いました。そして、横の板張りに親椀を並べて拭いていたオモヨさんに目で合図を送りました。オモヨさんは大勢に見られながら恥ずかしそうに立ち上がり、若旦那の後から鉄瓶を提げて離家の方へ向かいました。
それからもう一つ、これは後からわかったことですが、日が暮れる前に少し妙なことがありました。私はその後、裏口の梔子の陰に莚を敷いて煙管をくわえ、先ほどの蒸籠の繕い残りを綴じていました。そこから梔子の枝越しに離家の座敷の内部が真正面に見えるので、見るともなく見ていると、若旦那は離家のお座敷の机の前で着物を着替え、オモヨさんが入れたお茶を飲みながら、何かをオモヨさんに話しているようでした。硝子雨戸の中なので声はわかりませんが、若旦那の顔色は普段とは違って青ざめ、眉がひくひくと動いている様子は、まるで何かを叱っているようにも見えました。しかしよく見ると、そうでもありませんでした。オモヨさんはその前で洋服を畳みながら、赤い顔をして笑い、「いやいや」と頭を横に振っているようで、本当に変な雰囲気でした。
ところがそれを見ると、若旦那はますます青い顔になり、オモヨさんにぴったりと寄り添って行きました。そして、ここから見えるあの三つ並んだ土蔵の方角を指さしながら、片手をオモヨさんの肩にかけて、二三度揺すぶると、最初から火のように赤くなって身体をすぼめていたオモヨさんが、ようやく顔を上げて若旦那と一緒に土蔵の方を見ましたが、やがて嬉しいのか悲しいのか分からないような表情で、水々しい島田の頭を少しだけ縦に振ると、首のつけ根まで赤くなり、がっくりとうなだれてしまいました……まるで新派の芝居でも見ているような光景でした……。
若旦那は、オモヨさんの肩に手をかけたまま中腰になり、硝子雨戸越しに周囲をじっと見回していました。やがて、夕空を見上げて思い出したかのように白い歯を見せて、ニヤリと笑いました。その笑顔は青白く、不気味なもので、思わずゾッとしました。しかし、そんなことが何かの前兆だとは夢にも思いませんでした。学問のある人があんな奇妙な素振りをするなんて、考えもしなかったのです。
昨晩のこと、家中の者が一人残らず寝静まったのは午前二時頃だったでしょうか。花嫁のオモヨさんと母親のお八代さんは母屋の奥座敷にいました。一方、花婿の若旦那と私は離家に床を取って寝ました。私は若旦那よりも遅れて、十二時過ぎに湯に入った後、戸締りをして若旦那の隣の茶の間で寝ました。年寄りの癖で、今朝早く、まだ薄暗いうちに目が覚め、便所に行こうと思い立ちました。薄明かりを頼りに若旦那の部屋の前の縁側まで来ると、新しい障子が一枚開いていて、その前の硝子雨戸もまた一枚開いていました。中を覗くと、寝床には若旦那の姿が見当たりません。
「おや、妙なことだ」と思い、少し胸騒ぎがしました。しかし、外は小雨が降っていたので、新しい台所の上り口から自分の下駄を持ってきて、飛び石を伝って母屋の方へ向かいました。すると、奥座敷の戸袋が一枚開いていて、そこに少し砂のついた下駄の跡が薄明かりの中に見えました。私はそこで考え込みましたが、思い切って下駄を脱ぎ、抜き足差し足で廊下を進みました。奥座敷の硝子障子を覗くと、暗い電灯の下でお八代さんが片手を投げ出して寝ていました。その横に敷いてあるオモヨさんの寝床は、まるで空っぽの殻のようで、夜具が裾の方に畳み寄せられ、緋ぐくしの高枕が床の真ん中に置かれていました。
その時、私はようやく前日の夕方に見たことを思い出しました。「ああ、そういうことだったのか。それなら心配しなくてもよかったのに」と、胸を撫で下ろしました。しかし、考え直すと、この道ばかりは別としても、若旦那の行動には少し異様なところがあると気づき、また胸騒ぎがし始めました。やはり虫の知らせというものかもしれません。とにかく、自分の手落ちになってはならないと思い、お八代さんを起こしました。オモヨさんの寝床を指さして「これこれ」と言うと、目をこすっていたお八代さんはハッとした様子で、「この頃、一郎が何か巻物のようなものを持っているのを見かけなかったか?」と不意に尋ねました。私はその時まで何も気づかなかったので、「ええ、昨日、石切場で会った時に、何か白い紙の長い巻物を読んでいたようです」と答えました。しかし、その時のお八代さんの顔色の変わりようは今でも忘れられません。「また出てきたか!」と、かすれた声で言い、唇を噛みしめ、両手を握り固めて震え、目を逆様に釣り上げて、少し取り乱した様子になりました。私は何が起こったのか分からず、尻餅をついたまま見ていると、お八代さんは気を取り直し、涙をハラハラと流しながら袂で拭い、「いや、私の思い違いかもしれない。お前の見間違いかもしれない。とにかく、どこにいるか探しておくれ」と言って立ち上がりました。その時はもう普段と変わらぬ様子で、先に立って縁側から降りて行きましたが、実はかなり動揺していたようで、裸足で表口の方へ向かう後ろから、私は下駄を履いてついて行きました。
小雨はその時にはもう止んでいましたが、しばらくして離家の前、あの一番右側の三番土蔵の前まで来た時、私は土蔵の北向きの銅張りの扉が開いたままになっているのに気づきました。先に行くお八代さんを引き止めて指をさして見せると、お八代さんも頷き、土蔵の戸前に回って行きました。しかし、内側からは何かがかかっているのか、土戸は微塵も動きませんでした。すると、お八代さんは再び頷き、すぐ横の母屋の腰板に引っかけてあった一間半の梯子を自分で持ってきて、土蔵の窓の下にそっと立てかけ、「私が登って見てみるから、手真似で教えて」と言いました。その顔付きは尋常ではありませんでした。その上、窓を見上げると、何かチラチラと灯火が見えるようでした。
私はご存知の通り、大の臆病者ですから、どうも気が進みませんでした。しかし、お八代さんの顔つきは、優しいものではありませんでしたので、仕方なく下駄を脱ぎ、尻を引き締めて梯子を登り始めました。窓の縁に両手をかけ、そっと中の様子を覗いたのですが、その瞬間、足の力が抜けてしまい、梯子から降りることができなくなりました。両手の力も抜けてしまい、スッテンコロリと転げ落ちてしまったのです。腰を強く打ち、立ち上がることも逃げ出すこともできなくなりました。
その時に見た窓の中の光景は、一生涯忘れられないものです。土蔵の二階の片隅には空叺が積まれていて、板張りの真ん中には四角い寝床のようなものが作られていました。その上には、オモヨさんの派手な寝巻きや赤いゆもじが広げられ、さらにその上には、水が滴るような高島田に結ったオモヨさんの死体が、丸裸で仰向けに寝かされていました。前には、母屋の座敷にあった古い経机が置かれ、その左側にはお持仏様の真鍮の燭台が立ち、百匁蝋燭が一本ともれていました。右手には学校道具の絵の具や筆のようなものが並んでいたように思いますが、細かいことはあまり覚えていません。そして、その真ん中には、昨日石切場で見た巻物が行儀よく広げられていました……それは間違いありません。確かに昨日見た巻物で、端の金襴の模様や心棒の色に見覚えがありました。何も書いていない真っ白な紙ばかりでした……若旦那様はその巻物の前に向かい合って真直に座り、白絣の寝巻をきちんと着ていましたが、私が覗くと、どうして気取ったのか静かにこちらを振り向いてニッコリと笑いながら「見てはいかん」と手を左右に振りました。尤も、こうしてお話しするのは後から思い出したことなので、その時は電気にかかったように驚いてしまい、どんな声を出したのか、一切夢中でした。
お八代さんはその時、私を抱え起こしながら何か尋ねていたようですが、返事をしたかどうか、よく覚えていません。土蔵の窓を指して何か言っていたようにも思いますが……するとお八代さんは何かを理解したようで、倒れかかった梯子を掛け直して自分で登って行きました。私は止めようとしましたが、腰が立たず、歯の根も合わず、声も出せず、冷たい土の上に後ろ手を突いたまま見上げていると、お八代さんは前褄をからげたままサッサと梯子を登り、窓のふちに手をかけて、やはり私と同じようにそっと覗き込みました……その時のお八代さんの胆力は、今思い出しても身の毛がよだちます。
お八代さんは窓から中の様子をじっと見回していましたが、「お前はそこで何事をしているのか」と落ち着いた声で尋ねました。すると中から若旦那様が、いつもの通りの平気な声で「お母さん……ちょっと待ってください。もう少しすると腐り始めますから……」と返事が聞こえました。周囲は静まり返っていましたので……お八代さんは少し考えているようでしたが、「まだまだ腐るものではない。それよりももう夜が明けているから、御飯を食べに降りて来なさい」と言いました。すると中から「はい」と返事があり、若旦那が立ち上がった様子で、窓際に映っている火影がふっと暗くなりました……これが現在の娘の死体を前にした母親の言えることなのでしょうか……その後、お八代さんは急いで梯子から降りてきて、私に「お医者、お医者」と言いながら、土蔵の戸前の方へ走って行きましたが……恥ずかしいことに、その時は何が起こっているのか全く理解できませんでしたので、ただ恐ろしさのあまり、立ってもいられず、震えていました。
土蔵の戸前が開くと、中から若旦那が片手に鍵を持ち、庭下駄を履いて出てきました。私たちを見てニッコリ笑いましたが、その目つきはもう、普段とは全く違っていました。待ちかねていたお八代さんは、その手からそっと鍵を取り上げ、何かを囁くように耳に口を当てて二言三言言いながら、サッサと若旦那の手を引いて、家を離れさせて寝かせているのが、私のところからよく見えました。
その後、お八代さんは引き返して土蔵の二階へ上がり、何かコソコソやっているようでしたが、私はその間、たった一人になって、生きた空気もないほど恐ろしかったので、這うようにして土蔵の裏木戸まで来ました。そこに立っている朱欒の木にしがみつき、やっとこさと抜けた腰を伸ばして立ち上がりました。すると頭上の葉の陰で、土蔵の窓の銅張りの扉がパタンと閉まる音がしました。再びギクリとして振り返ると、今度は土蔵の戸前にガッキリと鍵をかける音がしました。間もなく左手に、巻物をしっかりと掴んだお八代さんが裸足のまま髪を振り乱して家の方へ走って行きました。そして泥足のまま縁側から駆け上がり、たった今寝たばかりの若旦那を引き起こし、巻物を差し出しながら恐ろしい顔で何か二言三言責め問うているのが、もう明るくなった硝子戸越しによく見えました。