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ドグラ・マグラ (13/47)

作 夢野久作

まず最初に言っておくが、この探偵の物語を聞いても、理解できるかどうかは保証できない。なぜなら、これは脳が脳を追いかける、最高に難解な探偵小説だからだ。解決は最初からしっかりと用意されているのに、読者には全くわからない。ただ、奇抜で突飛な幻覚や錯覚、倒錯した観念の渦巻きが感じられるだけかもしれない。それが、この脳をテーマにした小説の真髄なのだ。ハハハハハ。

さて、探偵小説の定番として、まず一つの難解な謎を提示し、読者を驚かせることが求められる。その謎は「人間の脳」に関するものでなければならないと考えるのが自然だ。

果たして、ここで一つ驚かせることがある。ハハハハハ。実はその「脳」とは、現代の科学界における最大の謎であり、残虐で横道に逸れた「謎の御本尊」なのだ。人体の器官の中で唯一、正体がわからない巨大な蛋白質のスフィンクスであり、地球上の数十億の頭蓋骨を朝から晩まで鳴らし続ける怪物そのものだ。

この脳は、身体の最も高い位置に鎮座し、全身の器官を奴隷のように使いながら、最高の血液と栄養を搾取している。脳が命じることは何でも行われ、脳が求めるものは何でも手に入る。つまり、脳のために人間が存在しているのか、人間のために脳があるのか、考えてもわからないほど、徹底した専制を発揮しているのだ。人類文化の独裁者、それがこの脳なのだ。

しかし、ここに一つ不思議なことがある。

それは、脳と呼ばれるこの蛋白質の塊が、古今東西、人体の中でどのような役割を果たしているのか、何の役に立っているのかを厳密に科学的に調べてみると、結局「わからない」という結論に至ることだ。逆に言えば、この脳と名付けられた怪物は、古今の学者たちの脳にすら、その本当の機能を感じさせていないのだ。さらに、その脳自体は、まるで一キロや二キロの物質の塊とは思えないほどの超科学的な力を放射し、科学者たちの脳に対する研究を次々と混乱させている。要するに、「脳が、自らの機能を自らに理解させないように努力している」とでも言えるだろう。そのため、脳は現代の人類文化の中心を次第に無意味化させ、各方面にわたって衰退させ、堕落させ、混乱させつつ、何食わぬ顔で頭蓋骨の中にうずくまっている、まさに悪魔のような存在なのだ。

もちろん、これは私の一流の法螺や戯言ではない。私の名誉にかけて断言する。

え? 脳は物を考えるところだ……と言うのかい。

そうだ。みんなそう思っている。現代の一流の科学者はもちろん、世界中のあらゆる人々が、プロもアマも、みんな脳で物を考えているつもりで生きている。ラジオも、飛行機も、相対性理論も、ジャズも、安全剃刀も、赤い理論も、毒ガスも、すべてこの一二〇〇ワット以上、一九〇〇ワット以下の蛋白質の塊から生み出されたものだと確信している。

確かに、人間の死体を解剖して脳を覗いてみると、その考え方は間違いないように見える。大脳、小脳、延髄、松果腺など、無限に重なり合った奇妙な形をした細胞が、奇想天外に変形した神経細胞の突起によって全身の三十兆の細胞とつながっている。その連絡系統を研究していくと、結局、人体の各部を統合する細胞全体が脳を中心にして、緻密で整然とした形になっているのだ。だから、人間のすべての行動を支配する精神や生命意識は、脳の中にあるのではないかと考えられる。少なくとも「脳は物を考えるところ」と考えても差し支えないだろう。

この考え方は、今や人類全体の動かすべからざる信念、あるいは常識となっている。この「脳が物を考えるところ」という事実について、今さら疑いを持つ者はどこを探してもいない。現代の文化や物質は、針一本、紙一枚に至るまで、一つ残らずこの「物を考える脳」によって考え出されたものであると演説しても、誰も異論を唱える者はいないほど、頭万能主義の世の中になってしまったのだ。

しかし、ここで私の脳探偵小説は、こうした世界的な流れを横目で見ながら、一人の青年名探偵、そして古今未曾有の脳科学の大博士を登場させている。脳に関する従来の迷信を一挙に覆し、この大悪魔「脳」の怪作用、つまり無意味の行き止まり、単純明快な錯覚の真相を、明るい科学の光の下にさらけ出し、読者の頭を一撃でグワ――ンと打ちのめすという筋書きなのだ。さて、読者に受け入れられるかどうか……。

何? まだわからない……もう少し聞いてみなければ……。

何だって……これは空想小説じゃないかって……。そんなことを言うなんて、信じられない……。だから、最初に「科学探偵事実小説」と断っているじゃないか。空想なんて少しでも取り入れたら、全篇の興味がゼロになってしまうじゃないか。もちろん、そうだとも……初めから一分一厘のノンセンスなものじゃないんだから、安心して聞いてほしい。そんな甘いものじゃないことが、その中にわかってくるんだよ。いいかい……。

さて、その青年名探偵、兼、脳髄学の大博士は、私が仮に「アンポンタン・ポカン君」と名付けている、二十歳くらいの美青年だ。いいかい……もちろん、実在の人物なんだよ。しかもその美青年は、古今無双の素晴らしい頭脳を持っているにもかかわらず、非常に危険な遺伝的精神病の発作にかかってしまったため、この大学に入学すると間もなく、この教室の附属病院に収容されることになった。

……何だって……冗談じゃないか……恐ろしく疑い深い読者だね、君は……もし虚構だと思うなら、いつでも本人に紹介してあげるよ。すぐこの向こうの七号室にいるんだから、訳はない。「おい、ポカン君……」と呼ぶと、驚いたように振り返る横顔がたまらなく可愛いよ。

さて、このシークボーイ……アンポンタン・ポカン君は、その遺伝的発作を起こして人事不省に陥った後、やっと正気を取り戻すと、すぐに自分の生まれ故郷や両親の名前はもちろん、自分自身の名前までもきれいに忘れてしまっていることに気が付いた。そこで、取りあえず私から「アンポンタン・ポカン博士」という名誉ある称号をいただくことになったが、ポカン博士自身も元々頭が良いだけに、このことが非常に気になるらしく、毎日毎日、昼も夜も病室の中の人造石の床を歩き回り、自分の脳髄のことばかり考えているようだ。「わからない、わからない。いったい僕の脳髄は今まで何をしていたのだろう……何を考えていたのだろう」とか、「僕の脳髄が僕の全身を支配しているのか……それとも僕の全身が僕の脳髄を支配しているのか……わからない、わからない」といったことを口走りながら、ふさふさと伸びた自分の髪の毛を掻き回したり、拳で後頭部を軽く叩いたりして、一分間も休まずに、部屋の中をぐるぐると歩き回っているのだ。

ところが、そのうちに、そんな発作がだんだんと高潮してくると、ポカン博士は、やがて部屋の中の人造石の床の上に立ち止まり、不思議そうにキョロキョロと周りを見回し始める。そして、自分のふさふさした頭の中から、何か目に見えないものを掴み出して、床の上に力いっぱい叩きつける真似をする。それから、その床の上に叩きつけたものを指して、脳髄に関する演説を滔々と、身振り手振りを交えながら始めるのだが、そのうちに自分の演説に感激して、興奮の絶頂に達してくると、つい今しがた自分の頭の中から掴み出して床の上に叩きつけた目に見えない何かを、片足を上げて一気に踏み潰す真似をすると同時に、うんと目を眩ませて床の上に引っくり返ってしまう。そうして、約三四十時間も前後不覚の状態に陥り、昏々と眠り続けると、またもや、アンポンタン・ポカンとして目をこすりながら起き上がるのだ。そして、前の通りに「わからない、わからない」を繰り返しながら部屋の中をぐるぐると歩き回る。その中でまた、頭の中から目に見えないものを取り出して足元の床の上に叩きつける。前後左右を見回しながら拳を振り上げ、脳髄の演説を開始する。そして、何だかわからないものを床の上で踏み潰しては、うんと声を上げて引っくり返る……というのが、この青年名探偵アンポンタン氏の日課になっているのだ。

……ところで、面白いのはこのポカン博士の演説なんだ。

ポカン博士が演説をする時は、何でもどこかの往来の激しい、電車の交差点か何かで、繁華な人混みの中に立ち止まっているつもりらしい。交通巡査のように大きく手を広げて、前後左右の群衆を睨み回す恰好をすると、いきなり拳を空中に舞わせながら、金切声を振り絞り始めるのだ。

「……止まれッ……。

……止まれッ……。

電車も、自動車も、自転車も、オートバイも、バスも、トラックも、人力車も、皆止まれッ……。紳士も、淑女も、若者も、年配者も、サラリーマンも職業婦人も、ブルもプロも、掏摸も、巡査も動いてはいけない。

……皆さんは、たった今、非常な危険と直面しているのだ。

……皆さんは現在、たった今、脳髄で物を考えつつ歩いているだろう。……その脳髄の判断力で交通巡査のゴー・ストップを聞き分け、旗振りの青と赤を見分け、飾り窓の最新流行を批判し、ポスターに新人の出現を知り、夕刊記事の掲示に話題を発見し、掏摸を警戒し、債権者を避け、香りを追いかけつつ……いやが上にもその脳髄の感触を高めつつ、文化人のプライドを持っている……つもりでいるだろう。

……それが危険だというのだ。それが非常だと警告するのだ。……脳髄の非常時……。

……見よ。聞け。驚け。呆れよ……

……現代の二十億の人類は、皆、あなたたちと同じような阿呆である。郵便局に自分の引越し先を尋ねに行く頓馬である。電話口でこちらの番号を怒鳴る慌て者である。「脳髄」を「物を考えるところ」と錯覚している低能児である。

そうして、そんなトンチンカンな幻覚錯覚を得意げに肩の上に乗せて、その錯覚のたった一つを唯一無上の頼りにしつつ「頭は最上の、最後の資本」「現代は頭のスピード時代」という倒錯観念の競争場裡に、かくも膨大な電車、自動車、オートバイを飛ばせて、夜を日に継いで人類文化を、混沌の悶絶界に追い込みつつある、あなたたち自身の脳髄である。

とても見ていられないではないか。

……見よ。聞け。驚け。呆れよ……。

これがアンポンタン・ポカンのスローガンだ。

人類文化への罵倒だ。

脳髄文明の覆滅だ。

唯物的科学思想の建て直しだ。

ポカンは宣言する。

「物を考える脳髄」は、人間にとって最大の敵である。宇宙の中で最も恐ろしい悪魔の一つだ。天地が創造されたその瞬間、サタンの蛇がイーブに知恵の果実を食べさせ、その後、アダムとイーブの子孫を呪うために、人間の頭の中に忍び込み、トグロを巻いて隠れている。それが「物を考える脳髄」の正体なのだ。

目を開けて、この恐ろしい脳髄の悪魔をしっかりと見つめよ。そして、脳髄に関するすべての迷信や妄信を清算せよ。

人間の脳髄は自らを誇示する。「脳髄は物を考える場所である」「脳髄は科学文明の創造主である」「脳髄は現実世界における全知全能の神である」と。

脳髄はこうして宇宙の中で最大の権威を僭称し、人体の最上部に君臨し、全身の器官を奴隷のように使役している。最上級の血液や栄養を全身から搾取し、王者の傲慢さを極めている。その一方で、脳髄の権威を盲信する人類は、日々、一歩一歩と堕落の淵に沈んでいく。

その「脳髄の罪悪史」を見よ。

私は、アンポンタン・ポカンと名乗る者だが、あらゆる方向から世界の歴史を研究した結果、次のような結論を下した。

脳髄の罪悪史は、以下の五項目に尽きる。

第一に、「人間を神以上の存在だと自惚れさせた」。

第二に、「人間を大自然に反抗させた」。

第三に、「人類を禽獣の世界に追い返した」。

第四に、「人類を物質と本能だけの虚無の世界に狂わせた」。

そして最後に、「人類を自滅の道へと追い落とした」。

事実は何よりも雄弁である。医学の歴史を紐解けば、初めて人間の屍体の中に脳髄を発見したのは、西洋医学の中興の祖と呼ばれる大科学者ヘポメニアス氏であった。

しかし、その偉大な脳髄は、非常に大胆で巧妙なトリックを使って、自らが発見した死人の脳髄の機能を絶対に秘密にしてしまった。まるで「俺の正体がわかるものか」と言わんばかりに、灰白色の渦巻きを持つ「死人の脳髄」と、ヘポメニアス氏自身の豊かな毛髪に覆われた頭蓋骨の中の「生きた脳髄」を見比べながら、あらゆる推理を繰り広げていた。

「これは一体、何の役に立つのだろう。造化の神はなぜ、この灰白色の蛇のようなものを頭の中に納めたのだろうか」と、ヘポメニアス氏は幾日も悩み続けた。

「この蛋白質の塊は、涙と鼻水の製造所のようにも見えるし、章魚の糞に似たもののようにも思える。人間という建築物の屋根裏にあるのだから、貴重な栄養分の貯蔵タンクかもしれないし、小腸のような曲線を描いているから、消化器官の一部かもしれない。何だろう……わからない、わからない……」

と、頭をひねり、苦しみ、疲れ果ててしまった。そうしてついには、何が何だかわからなくなり、頭の中が痛み出した。

偉大なる天才科学者ヘポメニアス氏は、ついに物の美事に、自分の脳髄のトリックに引っかかってしまった。そして、机を叩いて飛び上がった。

「わかった!脳髄は物を考える場所だ!その脳髄を使いすぎたから、こんなに頭が痛くなったんだ!」

そう言って、彼はすぐにメスを取り、脳髄を取り出した屍体を十万分の一ミリメートルの薄さに切り刻んだ。人体の各器官を形成する三十兆の細胞群が、脳髄を中心とした神経細胞の糸で結びついていることを確認すると、死人の脳髄を両手に持ち、勢いよく外に飛び出した。

「わかったぞ!すべてがわかった!生命の本源を神の摂理だなどというのは嘘だ。神は人間の脳髄が考え出したものに過ぎないのだ!」

「この脳髄を見よ……生命の本源は、この千二百瓦、あるいは千九百瓦の蛋白質の塊の中に宿っている。私たちの精神意識は、この蛋白質の分解作用によって生まれた、化学的エネルギーの刺激に過ぎないのだ。すべては脳髄の思召しなのだ……科学が発見した脳髄こそ、現実世界における全知全能の神なのだ!」

当時、キリスト教の迷信や僧侶の堕落にうんざりしていた尖端人種は、これを聞くや否や大喝采で共鳴した。皆がヘポメニアス氏の迷説を受け入れ、「脳髄は物を考えるところ」という錯覚を持ってしまった。

「そうだ、そうだ。この世界には神など存在しない。すべては物質の作用に過ぎない。私たちは、頭の中にある蛋白質の化学作用で新しい唯物文化を創造していくのだ!」

こうして、「物を考える脳髄」は、人間世界から神を抹消し続けた。そして、人間を大自然に反逆させ、唯物文化を創造し始めた。

脳髄はまず人間のためにあらゆる武器を考案し、殺し合いを容易にした。あらゆる医術を開拓し、自然の健康法に反抗させ、病人を増やし、産児制限を自由自在に行わせた。あらゆる機械を動かし、世界を狭くし、あらゆる光を工夫し出して、太陽や月、星を駆逐していった。

そうして自然の子である人間を、鉄と石の理詰めの家に押し込め、ガスと電気の中で呼吸させ、動脈を硬化させ、鉛と土で化粧させて、機械人形と遊ばせるようにした。

アルコール、ニコチン、阿片、消化剤、強心剤、催眠薬、媚薬、貞操消毒剤、そして毒薬の使い方を教えられ、これらの混沌が生み出す不自然な倒錯美を、本物の人類文化だと信じ込まされてしまった。まるで不自然なしには一日も生きられないかのように、人々は習慣づけられてしまったのだ。

……それだけではない。

人間の世界から『神様』を追い出し、次に『自然』を排除した『物を考える脳髄』は、同時に人類の繁栄や進化、幸福を約束する自然な感情を奪い去った。つまり、父母の愛、兄弟の愛、恋愛、貞操、信義、羞恥、義理、人情、誠意、良心といったものを、「唯物科学的に見て不合理である。だから不自然だ」と錯覚させて否定し、物質と野獣的本能だけの個人主義の世界を作り出した。その結果、人類文化は日に日に無中心化し、自涜化し、神経衰弱化し、精神異常化して、ついには全人類が精神的に自滅、自殺に向かう虚無の世界に、赤い灯や青い灯を求めるノンセンスな幽霊たちが彷徨うようになってしまった。

『物を考える脳髄』は、知らず知らずのうちに人類を滅ぼそうとしているのだ。

その脳髄文化の冷たさ、残酷さを見よ。

これを放任しておくことができるだろうか。

それだけではない。

『物を考える脳髄』は、個々の人間を錯覚の虚無世界に葬り去る一方で、人類全体の頭を特別に念入りな手品で翻弄し、木っ端微塵にしているのだ。

そして同時に、私たちの探偵の目を徹底的に眩ませようとしている。

……見よ……。

『脳髄のトリック』に翻弄されている『脳髄の悲喜劇』が、どれほど多くの人々の目の前で転がり回っているかを見よ。『脳髄のノンセンス劇』が、いかに真剣に全世界を舞台に展開されているかを見届けよ。

……見よ……。

『物を考える脳髄』はこのように人類の文化に君臨している。宇宙のすべての秘奥に至るまで、考え得ないものはないと誇りながら、科学文化の底まで支配し、導いている。

……ところがどうだろう。

その『あらゆる物を考え得る脳髄』が、自ら考え出した学説や、その学説によって生み出された唯物文化の産物を、地球上にギラギラと積み上げている真っ只中で、ただ一つ、肝心な『脳髄自身』に関する科学的研究だけを、疑問の闇の中に放置しているのはどうしたことか。宇宙の神秘を深く考えつくしてきた脳髄が、自分自身のことだけを一つ残して考えていないのはどういうわけか。今日までの科学者の学説や論文の中に、脳髄の働きを的確に説明できた文献が一篇もないのは、何という不思議な現象だろう。

さらに言えば、諸君、あるいは諸君の脳髄の代表者である全世界の科学者たちが、今日までこの矛盾や不可思議に気づかなかったのは、何という迂闊さだろう。

……見よ……人間の脳髄は、人間の肉体に関する研究を徹底的に行っている。解剖、生理、病理、遺伝など、あらゆる面で微細にわたって研究が進められているではないか。病気の治療も同様に、内科、外科、耳鼻科、皮膚科、眼科、歯科と、すべての分野で研究が競われているではないか。

それにもかかわらず、そんな研究を編み出した脳髄と、その脳髄に関する病気の研究だけを、大昔のままの『盲目探りの状態』に放置しているのは、何という間抜けな片手落ちだろう。精神病の研究に必要な精神解剖学、精神生理学、精神病理学、精神遺伝学といった研究分野が、世界中のどの大学にも存在しないのは、何という脳髄の不行届だろう。『人間の生命、もしくは生命意識はどこにどう宿っているのか』『幻覚はどうして見えるのか』『早発性痴呆とはどういう状態を指すのか』といった、誰もが不思議に思う『脳髄』に関する重要な問題を、これほど賢明な人間の脳髄が、片っ端から不得要領の大欠伸の中に葬り去っているのは、何という大きな無調法であろう。