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二 (2/2)

作 太宰治

東京に大雪が降った夜のことでした。私は酔っ払って、銀座の裏通りを歩きながら、「ここはお国を何百里、ここはお国を何百里」と小声で繰り返し、雪を靴先で蹴散らしていました。すると、突然、吐いてしまったのです。それは私にとって初めての喀血でした。雪の上には、大きな日の丸の旗のような赤い染みができました。私はしばらくしゃがみ込み、汚れていない雪を両手で掬い取り、顔を洗いながら泣きました。

「こうこは、どうこの細道じゃ?」

哀れな童女の歌声が、まるで幻聴のように、かすかに遠くから聞こえてきます。この世には、さまざまな不幸な人がいて、いや、不幸な人ばかりだと言っても過言ではありません。しかし、その人たちの不幸は、世間に対して堂々と抗議でき、世間もその抗議を理解し同情します。けれども、私の不幸はすべて自分の罪から来ているので、誰にも抗議することができません。口ごもりながら一言でも抗議めいたことを言いかけると、周りの人たちは驚き、私がそんなことを言えるなんてと呆れ返るに違いありません。私は一体「わがまま者」なのか、それとも気が弱すぎるのか、自分でもわからなくなってしまいました。とにかく、罪悪の塊のような存在で、どこまでも不幸になっていくばかりで、どうしようもありませんでした。

立ち上がり、何か適当な薬を求めて近くの薬屋に入りました。そこで奥さんと顔を見合わせた瞬間、彼女は驚いたように目を見開き、棒立ちになりました。しかし、その目には驚愕や嫌悪の色はなく、むしろ救いを求めるような、慕うような色が浮かんでいました。ああ、この人もきっと不幸な人なのだ。不幸な人は他人の不幸に敏感なのだから、と思った時、ふと彼女が松葉杖をついて危うく立っていることに気がつきました。駆け寄りたい気持ちを抑えながら、彼女と顔を見合わせているうちに涙がこぼれました。すると、彼女の大きな目からも涙がぽろぽろと溢れ出ました。

それ以降、一言も口をきかずに私はその薬屋を出て、よろめきながらアパートに帰りました。ヨシ子に塩水を作らせて飲み、黙って寝ました。翌日も風邪気味だと嘘をついて一日中寝ていましたが、夜になると自分の秘密の喀血がどうにも不安でたまらず、起き上がってあの薬屋に行きました。今度は笑いながら、奥さんに素直に体調のことを告白し、相談しました。

「お酒をおやめにならなければ」

私たちは、まるで肉体のようでした。

「アル中になっているかもしれません。今でも飲みたいです」

「いけません。私の主人も、酒で菌を殺すなんて言って酒びたりになり、自分から寿命を縮めました」

「不安でたまらないんです。怖くて、どうしようもないんです」

「お薬を差し上げます。お酒だけはおやめなさい」

奥さんは、松葉杖をコトコトと突きながら、自分のためにあれこれと薬品を用意してくれました。

「これは造血剤です。これはビタミンの注射液。注射器はこれ。これはカルシウムの錠剤です。胃腸を壊さないようにジアスターゼもあります」

五、六種類の薬品の説明を愛情を込めてしてくれましたが、その不幸な奥さんの愛情もまた、私にとっては深すぎました。最後に彼女が、「これはどうしてもお酒を飲みたくてたまらなくなった時のお薬」と言って、素早く紙に包んだ小箱を差し出しました。

それはモルヒネの注射液でした。

「酒よりは害にならない」と彼女も言い、自分もそれを信じました。さらに、酒の酔いも不潔に感じられてきた矢先でもあり、久しぶりにアルコールというサタンから逃れられる喜びもあり、何の躊躇もなく、私は自分の腕にそのモルヒネを注射しました。不安も焦燥も、恥じらいも、すっかり消え去り、私はとても陽気な能弁家になりました。そして、その注射をすると、体の衰弱も忘れ、漫画の仕事に精を出し、自分で描きながら笑い出してしまうほど珍妙なアイデアが次々と生まれました。

一日一本のつもりが、二本になり、四本になった頃には、私はもうそれがなければ仕事ができないようになっていました。

「いけませんよ、中毒になったら大変です」

薬屋の奥さんにそう言われると、私はすでにかなりの中毒患者になってしまったような気がしました。私は人の暗示に非常に弱いのです。「このお金は使っちゃいけないよ」と言われても、「お前のことだものなあ」と言われると、何だか使わないと悪いような期待に反するような錯覚が起こり、必ずそのお金を使ってしまうのです。その中毒の不安のため、かえって薬品をたくさん求めるようになりました。

「頼む! もう一箱。勘定は月末に必ず払いますから」

「勘定なんて、いつでも構いませんけど、警察の方がうるさいのでねえ」

ああ、いつも私の周囲には、何やら濁って暗く、うさん臭い日陰者の気配がつきまとっています。

「そこを何とかごまかして、頼むよ、奥さん。キスしてあげよう」

奥さんは顔を赤らめます。

私はさらに追い打ちをかけて、

「薬がないと仕事が全然はかどらないんだ。僕には、あれは強精剤みたいなものなんだ」

「それじゃ、いっそホルモン注射がいいでしょう」

「馬鹿にしちゃいけません。お酒か、そうでなければあの薬か、どちらかでなければ仕事ができないんだ」

「お酒は、いけません」

「そうだろう? 僕はね、あの薬を使うようになってから、お酒は一滴も飲んでいないんだ。おかげで、体の調子がとても良くなった。僕だって、いつまでも下手な漫画を描いているつもりはない。これからは酒をやめて、体を治して、勉強して、きっと立派な絵描きになってみせる。今が大事な時なんだ。だから、お願い、キスしてあげようか」

奥さんは笑い出した。

「困るわね。中毒になっても知らないわよ」

松葉杖の音を響かせながら、その薬を棚から取り出し、

「一箱はあげられないわ。すぐ使ってしまうから。半分だけね」

「ケチだなあ、まあ、仕方ないか」

家に帰ると、すぐに一本、注射を打つ。

「痛くないの?」

ヨシ子はおどおどしながら自分に尋ねる。

「痛いよ。でも、仕事の効率を上げるためには、いやでもやらなきゃいけないんだ。最近、僕はとても元気だろう?さあ、仕事だ。仕事、仕事」

彼ははしゃいでいた。

深夜、薬屋の戸を叩いたこともあった。寝巻き姿で、松葉杖をついて出てきた奥さんに、いきなり抱きついてキスし、泣く真似をした。

奥さんは黙って一箱手渡してくれた。

薬もまた、焼酎同様、いや、それ以上に不潔なものだと痛感したときには、すでに自分は完全な中毒患者になっていた。真に、恥知らずの極みだった。自分はその薬を得たいばかりに、また春画のコピーを始め、あの薬屋の不具の奥さんと文字通りの醜い関係を結んでしまった。

死にたい、いっそ死にたい、もう取り返しがつかないんだ。どんなことをしても、何をしても、ダメになるだけなんだ、恥の上塗りをするだけなんだ。自転車で青葉の滝など、自分には望むべくもないんだ。ただ、けがらわしい罪が重なり、苦悩が増大し強烈になるだけなんだ。死にたい、死ななければならない、生きていることが罪の種なのだ、などと思いつめても、やっぱりアパートと薬屋の間を半狂乱の姿で往復しているばかりだった。

いくら仕事をしても、薬の使用量は増えるばかりで、薬代の借金が恐ろしい額に達していた。奥さんは自分の顔を見ると涙を浮かべ、自分も涙を流した。

地獄。

この地獄から逃れるための最後の手段、これが失敗したら、あとはもう首をくくるしかない、という決意を持って、自分は故郷の父に長い手紙を書き、自分の実情を告白することにした(女のことは、さすがに書けなかったが)。

しかし、結果はさらに悪く、待てど暮せど何の返事もなく、自分はその焦燥と不安のために、かえって薬の量を増やしてしまった。

今夜、十本、一気に注射し、そして大川に飛び込もうと、ひそかに覚悟を決めたその日の午後、ヒラメが、悪魔の勘で嗅ぎつけたかのように、堀木を連れて現れた。

「お前、喀血したんだってな」

堀木は自分の前にあぐらをかいてそう言い、今まで見たこともないくらい優しく微笑んだ。その優しい微笑が、ありがたくて、うれしくて、自分はつい顔をそむけて涙を流した。そうして彼のその優しい微笑一つで、自分は完全に打ち破られ、葬り去られてしまった。

自分は自動車に乗せられた。とにかく入院しなければならない、あとは自分たちに任せなさい、とヒラメも、しんみりした口調で(それは慈悲深いとでも形容したいほど、もの静かな口調だった)自分に勧め、自分は意志も判断も何もない者のように、ただメソメソ泣きながら唯々諾々と二人の言いつけに従った。ヨシ子も入れて四人、自分たちはずいぶん長いこと自動車に揺られ、あたりが薄暗くなった頃、森の中の大きな病院の玄関に到着した。

サナトリアムだと思っていた。

自分は若い医師のいやに柔らかな、丁寧な診察を受け、それから医師は、

「まあ、しばらくここで静養するんですね」

と、まるで恥じらうように微笑んで言った。ヒラメと堀木とヨシ子は、自分ひとりを置いて帰ることになったが、ヨシ子は着替えの衣類を入れた風呂敷包を自分に手渡し、それから黙って帯の間から注射器と使い残りのあの薬品を差し出した。やはり、強精剤だとばかり思っていたのだろうか。

「いや、もう要らない」

実に珍しいことだった。勧められてそれを拒否したのは、自分のこれまでの生涯において、その時ただ一度と言っても過言ではない。自分の不幸は、拒否の能力のない者の不幸だった。勧められて拒否すると、相手の心にも自分の心にも、永遠に修復できない白々しいひび割れができるような恐怖におびやかされていた。しかし、その時、自分はあれほど半狂乱になって求めていたモルヒネを、実に自然に拒否した。ヨシ子の言わば「神の如き無智」に撃たれたのだろうか。自分は、その瞬間、すでに中毒でなくなっていたのではないだろうか。

けれども、自分はそれからすぐに、あの恥じらうような微笑をする若い医師に案内され、ある病棟に入れられ、ガチャンと鍵を下ろされた。脳病院だった。

女のいないところへ行くという、あのジアールを飲んだ時の自分の愚かなうわごとが、まことに奇妙に実現したわけだった。その病棟には男の狂人ばかりで、看護人も男だったし、女はひとりもいなかった。

今や自分は、罪人どころではなく、狂人だった。いいえ、断じて自分は狂ってなどいなかった。一瞬たりとも狂ったことはなかった。しかし、ああ、狂人はたいてい自分のことをそう言うものだそうだ。つまり、この病院に入れられた者は気違い、入れられなかった者はノーマルということになるようだ。

神に問う。無抵抗は罪なのか?

堀木のあの不思議な美しい微笑に自分は泣き、判断も抵抗も忘れて自動車に乗り、こうしてここに連れて来られ、狂人ということになった。いまに、ここから出ても、自分はやっぱり狂人、いや、廃人という刻印を額に打たれることだろう。

人間、失格。

もはや、私は完全に人間ではなくなってしまった。

ここに来たのは初夏の頃だった。鉄の格子の窓から、病院の庭に咲く紅い睡蓮の花が見えた。その後、三ヶ月が過ぎ、庭にはコスモスが咲き始めた。そんな折、思いがけず故郷の長兄がヒラメを持って私を迎えに来てくれた。彼は、先月末に父が胃潰瘍で亡くなったことを告げた。そして、「もうお前の過去は問わない。生活の心配もかけないつもりだ。何もしなくていい。その代わり、いろいろ未練もあるだろうが、すぐに東京を離れて田舎で療養生活を始めてくれ。お前が東京で起こしたことの後始末は、渋田がやってくれたはずだから、それは気にしなくていい」と、真面目な口調で言った。

故郷の山々が目の前に広がるような気がして、私はかすかにうなずいた。

まさに、私は癈人だった。

父の死を知ってから、私はますます腑抜けになってしまった。父がもういない。私の胸の中から一瞬も離れなかった、あの懐かしくも恐ろしい存在が、もういないのだ。私の苦悩の壺が空っぽになったように感じた。あの重かった苦悩の壺も、実は父のせいだったのではないかと思えるほどだった。まるで、張り合いが抜け落ちてしまった。苦悩する能力さえ失ってしまったのだ。

長兄は、私に対する約束をきちんと果たしてくれた。私が生まれ育った町から汽車で四、五時間南下したところに、東北では珍しいほど温暖な海辺の温泉地があった。その村の外れに、間取りが五つもある古い家を買ってくれた。壁は剥がれ落ち、柱は虫に食われ、ほとんど修理のしようがない茅屋だった。そして、六十に近い醜い赤毛の女中を一人つけてくれた。

それから三年と少しが経った。私はその間に、テツという老女中に数度変な目に遭い、時には夫婦喧嘩のようなことも始まった。胸の病気は一進一退で、痩せたり太ったり、血痰が出たりした。昨日、テツにカルモチンを買ってきてもらうよう頼んだら、いつもとは違う形の箱のカルモチンを持って帰ってきた。私は特に気に留めず、寝る前に十錠飲んでも一向に眠くならないので、おかしいなと思っているうちにお腹の具合が悪くなり、急いで便所に行った。猛烈な下痢が続き、結局三度も便所に通う羽目になった。不審に思い、薬の箱をよく見ると、それはヘノモチンという下剤だった。

私は仰向けに寝て、お腹に湯たんぽを載せながら、テツに文句を言おうと思った。

「これは、お前が持ってきたのはカルモチンじゃない。ヘノモチンだ」

と言いかけて、思わず笑ってしまった。「癈人」という言葉は、どうやら喜劇的な響きを持っているようだ。眠ろうとして下剤を飲み、その下剤の名前がヘノモチンだなんて。

今の私には、幸福も不幸もない。ただ、日々は過ぎていく。

私が今まで阿鼻叫喚の中で生きてきた「人間」の世界で、ただ一つ真理のように思えたのは、それだけだった。

ただ、日々は過ぎていく。

私は今年、二十七歳になる。白髪が増えたため、ほとんどの人からは四十以上に見られてしまう。

二 (2/2) - 人間失格 (No Longer Human) | WEINOVEL