二 (2/4)
作 夏目漱石
今朝、見た通りの餅が、今朝見た通りの色で椀の底にくっついている。正直に言うと、餅というものを口にしたことは一度もない。見た目は美味しそうでもあり、少し気味が悪くもある。前足で上にかかっている菜っ葉を掻き寄せてみると、爪に餅の表面が引っかかって、ねばねばしている。嗅いでみると、釜の底のご飯を御櫃に移すときのような香りがする。
食べようか、やめようかと周りを見回すと、幸いにも誰もいない。御三は春も冬も同じような顔をして羽根をついている。小供は奥座敷で「何とおっしゃる兎さん」を歌っている。食べるなら今だ。この機会を逃すと、来年まで餅の味を知らずに過ごすことになる。私はこの瞬間に、猫でありながら一つの真理を悟った。「得難き機会は、すべての動物に好まざることを敢えてさせる。」実を言うと、そんなに雑煮を食べたいわけではないのだ。椀の底をじっと見つめるほどに、気味が悪くなり、食べるのが嫌になってしまった。
もしこの時、御三が勝手口を開けて、奥の小供の足音がこちらに近づいてくるのを聞いたなら、私は躊躇なく椀を見捨てただろうし、雑煮のことは来年まで思い出さなかっただろう。しかし、誰も来ない。いくら躊躇していても、誰も来ない。早く食べろと急かされているような気持ちになる。私は椀の中を覗き込みながら、早く誰か来てくれればいいと願ったが、やはり誰も来てくれない。とうとう雑煮を食べなければならない。
最後に、体全体の重さを椀の底に落とすようにして、あぐりと餅の角を一口だけ食い込んだ。これだけ力を込めて噛んだのだから、大抵のものなら噛み切れるはずだが、驚いたことに、もうよかろうと思って歯を引こうとすると、引けない。もう一度噛み直そうとすると、動けなくなる。餅は魔物だと悟ったときには、すでに遅かった。沼に落ちた人が足を抜こうと焦るたびに、どんどん深く沈むように、噛めば噛むほど口が重くなり、歯が動かなくなる。歯の感触はあるが、どうしても始末をつけることができない。
美学者の迷亭先生がかつて私の主人を「君は割り切れない男だ」と評したことがあるが、なるほど、うまいことを言ったものだ。この餅も主人と同じように、どうしても割り切れない。噛んでも噛んでも、三で十を割るように、尽きることのない苦しみが続く。この煩悶の中で、私は無意識に第二の真理に出会った。「すべての動物は直感的に事物の適不適を予知する。」真理はすでに二つまで発見したが、餅がくっついているので、全く愉快ではない。歯が餅の肉に吸収されて、抜けるように痛い。早く食べ切って逃げないと、御三が来る。小供の歌も止んだようだ、きっと台所に駆け出してくるに違いない。
煩悶の極みで、尻尾をぐるぐる振ってみたが、何の役にも立たない。耳を立てたり寝かしたりしても無駄だった。考えてみると、耳と尻尾は餅とは何の関係もない。要するに、振り損の、立て損の、寝かし損であると気づいたので、やめにした。ようやく、これは前足の助けを借りて餅を払い落とすしかないと考えついた。まず右の方を上げて、口の周りを撫で回す。撫でたくらいでは割り切れるわけがない。今度は左の方を伸ばして、口を中心に急激に円を描いてみる。そんな呪文では魔は落ちない。
辛抱が肝心だと思って左右交互に動かしたが、やはり歯は餅の中にぶら下がったままだ。ええ、面倒だと両足を一度に使ってみる。すると不思議なことに、この時だけは後足二本で立つことができた。何だか猫でないような気がする。猫であろうが、なかろうが、こうなったら構うものか、餅の魔が落ちるまでやるべきだという意気込みで、無茶苦茶に顔中を引っ掻き回す。前足の動きが猛烈なので、中心を失って倒れかかる。倒れかかるたびに後足でバランスを取らなければならないから、一つの場所にいるわけにもいかず、台所中をあちらこちらと飛び回る。自分でもよくこんなに器用に立っていられたものだと思う。
第三の真理が突然に現れた。「危機に臨めば、普段できないことを成し得る。これを天祐という。」幸運にも天祐を受けた私は、一生懸命餅の魔と戦っていると、何だか足音がして奥から人が来る気配がする。ここで人に見られては大変だと思い、さらに躍起になって台所を駆け回る。足音はだんだん近づいてくる。ああ、残念だが天祐が少し足りない。とうとう小供に見つけられた。「あら、猫が御雑煮を食べて踊っている」と大きな声をあげる。この声を最初に聞きつけたのが御三である。羽根も羽子板も打ち捨てて、勝手から「あらまあ」と飛び込んでくる。細君は縮緬の紋付で「いやな猫ねえ」と言う。主人さえ書斎から出てきて「この馬鹿野郎」と言った。面白いと笑っているのは小供だけである。
みんなが申し合わせたようにげらげら笑っている。腹が立つ、苦しい、踊りをやめるわけにはいかない、弱った。ようやく笑いが収まりそうになると、五つになる女の子が「お母様、猫も随分ね」と言ったので、狂瀾が再び起こるように、また大笑いされた。人間の同情に乏しい実行もかなり見聞したが、この時ほど恨めしく感じたことはなかった。ついに天祐もどこかへ消え失せて、いつもの通り四つ這いになり、目を白黒させる醜態を演じるまでに閉口した。さすがに見殺しにするのも気の毒と見え、「まあ餅を取ってやれ」と主人が御三に命じる。御三はもっと踊らせようじゃありませんかという目で細君を見る。細君は踊りを見たいが、殺してまで見る気はないので黙っている。「取ってやらんと死んでしまう、早く取ってやれ」と主人は再び下女を顧みる。
御三は御馳走を半分食べかけて夢から覚まされた時のように、気のない顔をして餅をつかんでぐいと引く。寒月君じゃないが、前歯がみんな折れるかと思った。どうも痛いの痛くないのって、餅の中に固く食い込んでいる歯を情け容赦なく引っ張るのだからたまらない。私は「すべての安楽は困苦を通過せざるべからず」という第四の真理を経験し、けろけろとあたりを見回した時には、家人はすでに奥座敷に入ってしまっていた。
失敗をしたとき、家の中にいるのは何となく気まずい。御三に顔を見られるのも、なんだか恥ずかしい。そこで、思い切って気を楽にして、新道の二絃琴の師匠のところにいる三毛子を訪ねることにした。台所から裏に出ると、三毛子はこの辺りで有名な美しい猫だ。私は猫ではあるが、物の情けは一通り心得ている。主人の苦い顔を見たり、御三の厳しい言葉を受けて気分が優れないときは、必ずこの異性の友人のところに行き、いろいろな話をする。すると、いつの間にか心が晴れ、今までの心配や苦労も忘れて、生まれ変わったような気持ちになる。女性の影響というものは、実に大きいものだ。
杉垣の隙間から、三毛子がいるかと思って見渡すと、正月だから新しい首輪をつけて、きちんと椽側に座っている。彼女の背中の丸みは、言葉では表せないほど美しい。曲線の美しさが際立っている。尻尾の曲がり具合や、足の折り具合、物憂げに耳を振る姿など、どれも形容しきれない。日が当たる場所で暖かそうに、品よく控えている彼女は、静かで端正な態度を保ちながらも、春の光を反射して、風もないのにふわふわと微動しているように見える。
私はしばらく恍惚として眺めていたが、やがて我に返り、低い声で「三毛子さん、三毛子さん」と呼びかけながら前足で招いた。三毛子は「先生」と言って椽を下りてくる。赤い首輪につけた鈴が、ちゃらちゃらと鳴る。正月になったら鈴までつけたのか、なんとも良い音だと感心しているうちに、彼女は私のそばに来て「おめでとう」と尾を左に振る。猫同士の挨拶では、尾を棒のように立てて、それを左にくるりと回すのだ。町内で私を「先生」と呼んでくれるのは、この三毛子だけだ。私はまだ名前がないが、教師の家にいるため、三毛子だけは私を尊敬して「先生、先生」と呼んでくれる。私も「先生」と呼ばれるのは悪い気はしないので、「はいはい」と返事をする。
「おめでとう、立派に化粧ができましたね」と言うと、三毛子は「去年の暮に師匠に買ってもらったの。いいでしょう」と鈴を鳴らして見せる。「なるほど、良い音ですね。私は生まれてから、そんな立派なものは見たことがありません」と言うと、「あらいやだ、みんなぶら下げるのよ」とまた鈴を鳴らす。「いい音でしょう、嬉しいわ」と続けて鳴らす。「あなたの師匠は、あなたを大変可愛がっているようですね」と、私は少し羨ましさを込めて言った。三毛子は無邪気に「ほんとよ、まるで自分の子供のようよ」と笑う。猫だって笑わないとは限らない。人間は自分以外に笑えるものがないように思っているのは間違いだ。私が笑うときは、鼻の孔を三角にして喉を震わせるから、人間にはわからないだろう。
「あなたのところのご主人は、どんな方ですか?」と尋ねると、三毛子は「御師匠さんだわ。二絃琴の御師匠さんよ」と答える。「それは知っていますが、その身分は何ですか?昔は立派な方だったのでしょうか?」と聞くと、「ええ」と三毛子は頷く。
その時、障子の内で御師匠が二絃琴を弾き始めた。「良い声でしょう」と三毛子は自慢する。「良いようだが、私にはよくわからない。全体、何というものですか?」と尋ねると、「あれは何とかってものよ。御師匠はあれが大好きなの。……御師匠はあれで六十二よ。随分丈夫だわね」と三毛子は言った。六十二歳で生きているのだから、丈夫と言わなければならない。私は「はあ」と返事をした。少し間が抜けたようだが、特に名答も出てこなかったので仕方がない。「あれでも、もとは身分が大変良かったんだって。いつでもそうおっしゃるの」と三毛子は続ける。「へえ、元は何だったんですか?」と私は尋ねる。「何でも天璋院様の御祐筆の妹の嫁に行った先の御っかさんの甥の娘なんだって」と三毛子は答える。「何ですって?」と私は驚く。「あの天璋院様の御祐筆の妹の嫁に行った……」と、言葉が続かない。「なるほど、少し待ってください。天璋院様の妹の御祐筆の……」と私は混乱する。「あらそうじゃないの、天璋院様の御祐筆の妹の……」と三毛子が言う。「よろしい、分かりました。天璋院様のでしょう」「ええ」「御祐筆のでしょう」「そうよ」「御嫁に行った」「妹の嫁に行ったですよ」「そうそう、間違った。妹の嫁に入った先の」「御っかさんの甥の娘なんですとさ」「御っかさんの甥の娘なんですか」「ええ。分かったでしょう」「いいえ。何だか混乱して要領を得ないですよ。結局、天璋院様の何になるんですか?」と私は尋ねる。「あなたもよっぽど分からないのね。だから天璋院様の御祐筆の妹の嫁に行った先の御っかさんの甥の娘なんだって、最初から言ってるじゃありませんか」と三毛子は言う。「それはすっかり分かっているんですがね」「それが分かればいいんでしょう」と、仕方がないから私は降参した。私たちは時には理詰めの虚言を吐かなければならないことがある。
障子の向こうで二絃琴の音が突然止むと、御師匠さんの声が響いた。「三毛や、三毛や、御飯だよ」と呼ばれると、三毛子は嬉しそうに言った。「あら、御師匠さんが呼んでいらっしゃるから、私、帰るわ。いいかしら?」悪いとは思ったが、仕方がない。「それじゃ、また遊びにいらっしゃい」と鈴の音を鳴らしながら、庭先まで駆けて行った。しかし、急に戻ってきて心配そうに言った。「あなた、大変色が悪いわ。どうかしやしなくって?」まさか雑煮を食べて踊りを踊ったわけではないだろうから、「何も特別なことはありませんが、少し考え事をしていたら頭が痛くなってね。あなたと話をしたら直るだろうと思って、実は出かけてきたのですよ」と答えた。「そう。御大事になさいまし。さようなら」と少し名残惜しそうに見えた。これで雑煮の元気もすっかり回復した。気分が良くなった。
帰りにいつもの茶園を通り抜けようと思い、霜柱が溶けかけたのを踏みしめながら建仁寺の崩れから顔を出すと、また車屋の黒が枯菊の上に背を山にして欠伸をしていた。最近は黒を見ても恐怖を感じることはなくなったが、話しかけられると面倒だから、知らん顔をして通り過ぎようとした。黒は、自分を軽んじられたと感じると、決して黙っていない。「おい、名なしの権兵衛、最近は随分高く留まってるじゃねえか。いくら教師の飯を食ったって、そんな高慢な面をしてるねえ。人を見下して面白くもねえ」と言った。黒は、吾輩が有名になったことをまだ知らないようだ。説明してやりたいが、到底理解できる奴ではないから、まず一応の挨拶をして、できる限り早くその場を離れようと決心した。「いや、黒君、おめでとう。不相変元気がいいね」と尻尾を立てて左にくるりと回る。黒は尻尾を立てたまま挨拶もしない。「何がめでたい?正月でめでたいなら、御めえなんざ年中めでたい方だろう。気をつけろ、この吹い子の向う面め」と言った。吹い子の向うづらという言葉は罵詈のようだが、吾輩には理解できなかった。「ちょっと伺うが、吹い子の向うづらというのはどういう意味かね?」と尋ねると、「へん、おめえが悪い体をしてるくせに、その訳を聞くなんて世話あねえ、だから正月野郎ってことよ」と返された。正月野郎という表現は詩的だが、その意味に至ると吹い子の何とかよりも一層不明瞭な文句である。参考のためにちょっと聞いておきたいが、聞いたところで明瞭な答えは得られないに決まっているから、無言で立っているしかなかった。
すると突然、黒の家の奥さんが大きな声を張り上げた。「おや、棚に置いてあった鮭がない。大変だ。またあの黒の畜生が取ったんだよ。本当に憎らしい猫だっちゃありゃあしない。今に帰ってきたら、どうするか見ていやがれ」と怒鳴った。初春の穏やかな空気を無遠慮に揺らし、枝を鳴らさぬ君が御代を大いに俗化させてしまう。黒は怒鳴るなら、思う存分怒鳴っていろと言わんばかりに横着な顔をして、四角い顎を前に出しながら、あれを聞いたかと合図を送る。今まで黒とのやり取りで気がつかなかったが、見ると彼の足元には一切れ二銭三厘に相当する鮭の骨が泥だらけになって転がっていた。「君、不相変やってるな」と今までの行き掛かりを忘れ、つい感嘆の言葉を漏らした。黒はそのくらいではなかなか機嫌を直さない。「何がやってるだ、この野郎。鮭の一切れや二切れで相変わらずたあ何だ。人を見下したことを言うねえ。憚りながら車屋の黒だあ」と腕まくりの代わりに右の前足を逆に肩の辺まで掻き上げた。「君が黒君だと云うことは、始めから知ってるさ」と言うと、「知ってるのに、相変わらずやってるたあ何だ。何だてえ事よ」と熱く吹きかけてくる。人間なら胸倉をつかまれて小突き回されるところだ。少々辟易して内心困ったなと思っていると、再び例の奥さんの大声が聞こえた。「ちょいと西川さん、おい西川さんてば、用があるんだよこの人あ。牛肉を一斤すぐ持って来るんだよ。いいかい、分かったかい、牛肉の堅くないところを一斤だよ」と牛肉の注文の声が四隣の静寂を破った。「へん、年に一度牛肉を誂えると思って、いやに大きな声を出しやがらあ。牛肉一斤が隣近所への自慢なんだから始末に終えねえ阿魔だ」と黒は嘲りながら四つ足を踏ん張る。吾輩は挨拶のしようもないから黙って見ている。「一斤くらいじゃあ、承知が出来ねえんだが、仕方がねえ、いいから取っときゃ、今に食ってやらあ」と自分のために誂えたもののように言った。「今度は本当の御馳走だ。結構結構」と吾輩はなるべく彼を帰そうとする。「御めっちの知った事じゃねえ。黙っていろ。うるせえや」と言いながら突然後足で霜柱の崩れた奴を吾輩の頭にばさりと浴びせ掛けた。吾輩が驚いて体の泥を払っている間に、黒は垣根を潜ってどこかへ姿を隠した。おそらく西川の牛を覗きに行ったのだろう。
家に帰ると、座敷の中がいつになく春めいていて、主人の笑い声さえ陽気に聞こえた。はてなと明け放った椽側から上がって主人の傍に寄ってみると、見慣れぬ客が来ていた。頭をきれいに分け、木綿の紋付の羽織に小倉の袴を着けた、至極真面目そうな書生のような男である。主人の手あぶりの角を見ると、春慶塗りの巻煙草入れと並んで「越智東風君を紹介致候、水島寒月」という名刺があったので、この客の名前も寒月君の友人であることが分かった。主客の対話は途中からであるため、前後がよく分からなかったが、どうやら吾輩が前回に紹介した美学者迷亭君のことに関して話しているらしかった。
「それで、面白い趣向があるからぜひ一緒に来てほしいと言われたんです」と、客は落ち着いて言った。「何ですか、その西洋料理に行って昼食を食べることに趣向があるというのですか?」と主人は茶をつぎ足しながら、客の前に差し出した。「さあ、その趣向というのが、その時は私にも分からなかったんですが、あの方のことですから、何か面白いことがあるのだろうと思いまして……」「一緒に行きましたか、なるほど」と主人は興味を持った。「ところが驚いたんです」と、主人はそれを見たかのように、膝の上に乗った私の頭をぽかっと叩いた。少し痛かった。
「また馬鹿な茶番を見たようなことなんでしょう。あの男はあれが癖でね」と、急にアンドレア・デル・サルト事件を思い出す。「へへー。君、何か変わったものを食べようじゃないかと言われたので」「何を食いました?」と主人が尋ねる。「まず献立を見ながら、いろいろ料理についての話がありました」「誂えない前にですか?」と主人が驚く。「ええ」「それからどうなったんですか?」と主人はさらに興味を示した。「それから、首を捻ってボイの方を見て、どうも変わったものはないようだなと言うと、ボイは負けじと鴨のロースや小牛のチャップなどはどうですかと提案しました。すると先生は、そんな月並みなものを食べにわざわざここまで来たわけじゃないと言われて、ボイは月並みという意味が分からずに妙な顔をして黙っていましたよ」「そうでしょうね」と主人は頷く。
「それから、私の方を向いて、君、フランスやイギリスに行くと随分と天明調や万葉調の料理が食べられるが、日本じゃどこへ行っても版で圧したような料理ばかりで、どうも西洋料理に入る気がしないと言うような雰囲気で――全体、あの方は洋行されたことがあるんですか?」と主人が尋ねる。「何、迷亭が洋行なんかするもんですか。そりゃ金もあり、時もあり、行こうと思えばいつでも行けるんですがね。大方、これから行くつもりのところを、過去に見立てた洒落なんでしょう」と主人は自分でうまいことを言ったつもりで笑ったが、客はそれに感心した様子もない。「そうですか、私はまたいつの間に洋行なさったのかと思って、つい真面目に聞いていました。それに、見て来たようにナメクジのスープの話やカエルのシチューの形容をされるものですから」「そりゃ誰かに聞いたんでしょう。うそをつくことはなかなか名人ですからね」「どうもそうのようで」と、花瓶の水仙を眺めながら少し残念そうに言った。「じゃ、趣向というのは、それなんですね」と主人が念を押す。「いえ、それはほんの冒頭で、本論はこれからなんです」「ふーん」と主人は好奇心を持って聞いた。
「それから、とてもナメクジやカエルは食べようっても食べられないから、まあトチメンボウくらいなところで妥協しようじゃないかと相談されたので、私はつい何の気なしに、それがいいでしょうと言ってしまったんです」「へー、トチメンボウは妙ですね」「ええ、全く妙なのですが、先生があまり真面目なので、つい気がつきませんでした」と、あたかも主人に向かって申し訳なさそうに見える。「それからどうしました?」と主人は無頓着に聞く。客の謝罪には全く同情を示していなかった。「それからボイに、『おい、トチメンボウを二人前持って来い』と言うと、ボイが『メンチボウですか?』と聞き直しましたが、先生はますます真面目な顔で『メンチボウじゃない、トチメンボウだ』と訂正されました」「なるほど。そのトチメンボウという料理は一体あるんですか?」と主人が尋ねる。「さあ、私も少しおかしいとは思いましたが、いかにも先生が落ち着いているし、その上あの通りの西洋通でいらっしゃるし、特にその時は洋行なさったものと信じ切っていたので、私も口を添えて『トチメンボウだ、トチメンボウだ』とボイに教えてやりました」「ボイはどうしました?」と主人が興味を持つ。「ボイがね、今考えると実に滑稽なんですが、しばらく思案していて、非常に気の毒そうに『今日はトチメンボウは御生憎様で、メンチボウならお二人前すぐに出来ます』と言うと、先生は非常に残念な様子で、『それじゃせっかくここまで来た甲斐がない。どうかトチメンボウを都合して食わせてもらう訳には行かないか』と、ボイに二十銭銀貨を渡されました。すると、ボイは『それではともかく料理番と相談して参ります』と奥へ行きましたよ」「大変トチメンボウが食いたかったと見えますね」「しばらくしてボイが出て来て、『真に御生憎で、御誂えならこしらえますが少々時間がかかります』と言うと、迷亭先生は落ち着いたもので、『どうせ我々は正月で暇なんだから、少し待って食って行こうじゃないか』と言いながらポケットから葉巻を出してぷかりぷかり吹かし始められました。私も仕方がないから、懐から日本新聞を出して読み始めました。すると、ボイはまた奥へ相談に行きましたよ」「いやに手数がかかりますな」と主人は戦争の通信を読むくらいの意気込みで席を前に進めた。「するとボイがまた出て来て、『近頃はトチメンボウの材料が払底で、亀屋へ行っても横浜の十五番へ行っても買われませんから、当分の間は御生憎様で』と気の毒そうに言うと、先生は『そりゃ困ったな、せっかく来たのになあ』と私の方を見てしきりに繰り返されるので、私も黙っている訳にもいかず、『どうも遺憾ですな、遺憾極まりますな』と調子を合わせました」「ごもっともで」と主人が賛成する。何がごもっともだか私にはわからなかった。「するとボイも気の毒だと見えて、その内材料が参りましたら、どうか願いますと言っていました。先生が『材料は何を使うかね?』と問われると、ボイはへへへへと笑って返事をしないんです。材料は日本派の俳人だろうと先生が押し返して聞くと、ボイは『へえ、さようで、それだものだから近頃は横浜へ行っても買われませんので、まことにお気の毒様です』と言いましたよ」「アハハハ、それが落ちなんですか、こりゃ面白い」と主人はいつになく大きな声で笑った。膝が揺れて私は落ちかかる。主人はそれにも頓着なく笑っていた。アンドレア・デル・サルトに罹ったのは自分一人ではないと知ったので、急に愉快になったのだろう。
「それから二人で表へ出ると、どうだ君、うまく行ったろう、トチメンボウを種に使ったところが面白いだろうと大得意なんです。私は敬服の至りですとお礼を言って別れたようなものの、実は昼食の時刻が延びたので大変空腹になって弱りましたよ」「それは御迷惑でしたろう」と主人は初めて同情を表した。これには私も異存はなかった。しばらく話が途切れ、私の喉を鳴らす音が主客の耳に入った。