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二 (1/4)

作 夏目漱石 · 2026-07-04

僕は新年を迎えたことで、少し有名になったらしく、猫でありながらちょっと鼻が高くなっているのを感じている。ありがたいことだ。

元日の早朝、主人のもとに一枚の絵はがきが届いた。これは彼の友人である画家からの年始の挨拶状だ。上部は赤、下部は深緑に塗られ、その真ん中には一匹の動物が蹲っている絵がパステルで描かれている。主人はいつもの書斎でその絵を横から見たり、縦から眺めたりして、「うまい色だな」と感心している。すでに一度感服したようなので、もうやめにしようかと思うのだが、やはりまた横から見たり、縦から見たりしている。体をひねったり、手を伸ばして年寄りが三世相を見るようにしたり、窓の方に向けて鼻の先まで持ってきたりしている。早くやめてくれないと、膝が揺れて落ち着かない。ようやく動揺が少し収まったと思ったら、小さな声で「一体何が描いてあるのだろう」と呟いた。主人は絵はがきの色には感心しているが、描かれている動物の正体が分からず、ずっと悩んでいるようだ。そんな分からない絵はがきかと思いながら、寝ていた目を上品に半分開いて落ち着いて見ると、紛れもなく自分の肖像だ。主人のようにアンドレア・デル・サルトを極めたわけではないが、画家だけに形も色彩もちゃんと整っている。誰が見ても猫であることは間違いない。少し目が肥えた者なら、猫の中でも他の猫ではない僕であることがはっきりとわかるように描かれている。このくらい明瞭なことを分からずにここまで苦心するとは、少し人間が気の毒になる。できることなら、その絵が僕であることを知らせてあげたい。僕であることは分からなくても、せめて猫であることだけは理解してほしい。しかし、人間というものは、到底僕たち猫の言葉を理解できるほどの天の恵みを受けていない動物だから、残念ながらそのままにしておくしかなかった。

ちょっと読者に断っておきたいが、元来人間が何かというと、猫々と軽蔑の口調で僕を評価する癖があるのは、実に良くない。人間の糞から牛や馬が生まれ、牛や馬の糞から猫ができたと考えるのは、自分の無知に気づかず高慢な顔をする教師などにはありがちなことだが、周りから見るとあまり見苦しいものだ。いくら猫だって、そんな粗末にできるわけがない。外見上は一列一体、平等無差別に見えるが、猫の社会に入ってみると、実に複雑で、十人十色という人間界の言葉がそのまま当てはまる。目つきでも、鼻の形でも、毛並みでも、足の形でも、みんな違う。髭の張り具合から耳の立ち具合、尻尾の垂れ加減に至るまで、同じものは一つもない。器量や好み、粋や野暮の数を挙げれば千差万別と言っても過言ではない。そのように明確な区別が存在しているにもかかわらず、人間の目はただ向上とか何とか言って空ばかり見ているから、僕の性質はもちろん、顔の特徴すら識別できないのは気の毒だ。同類相求むという言葉があるが、その通りで、餅屋は餅屋、猫は猫で、猫のことならやはり猫でなければ分からない。いくら人間が発達しても、こればかりはどうしようもない。ましてや、実際には彼らが自ら信じているほど偉くも何ともないのだから、なおさら難しい。また、同情に乏しい僕の主人のような男は、相互を理解することが愛の第一義であることすら分からないのだから仕方がない。彼は性の悪い牡蠣のように書斎に張り付いて、外の世界に向かって口を開いたことがない。それで自分だけはすこぶる達観したような顔をしているのは少しおかしい。達観していない証拠に、実際に僕の肖像が目の前にあるのに、少しも悟った様子もなく、今年は征露の第二年目だから大方熊の画だろうなどと気の知れないことを言ってすましているのがわかる。

僕が主人の膝の上で目を閉じながら考えていると、やがて下女が第二の絵はがきを持ってきた。見ると、活版で描かれた舶来の猫が四、五匹ずらりと並び、ペンを握ったり書物を開いたりして勉強している。その中の一匹は席を離れ、机の角で西洋の猫じゃ猫じゃを踊っている。その上に日本の墨で「吾輩は猫である」と黒々と書かれ、右側には「書を読むや踊るや猫の春一日」という俳句まで認められている。これは主人の旧門下生から来たもので、誰が見ても一目で意味がわかるはずなのに、迂闊な主人はまだ気づかないようで、不思議そうに首をかしげて、「はて、今年は猫の年かな」と独り言を言った。僕がこれほど有名になったのをまだ気づいていないようだ。

その時、下女がまた第三のはがきを持ってきた。今度は絵はがきではない。「恭賀新年」と書かれ、その傍らには「乍恐縮かの猫へも宜しく御伝声奉願上候」とある。いかに迂遠な主人でも、これほど明白に書かれていれば分かるものと見えて、ようやく気が付いたように「フン」と言いながら僕の顔を見た。その目つきが今までとは違って、少し尊敬の意を含んでいるように思われた。今まで世間から存在を認められなかった主人が、急に一個の新しい面目を得たのも、全く僕のおかげだと思えば、このくらいの目つきは当然だろうと考えた。

チリン、チリン、チリリリリンと、門の格子が鳴る。おそらく来客だろう。来客なら下女が取次ぎに出るはずだ。私は肴屋の梅公が来る時以外は出ないと決めているので、平気で主人の膝に座っていた。

すると、主人が高利貸にでも飛び込んだかのように不安な顔をして玄関の方を見つめた。どうやら年賀の客を迎えて酒の相手をするのが嫌らしい。人間もこれくらい偏屈になれば申し分ないが、だったら早く外出でもすればいいのに、それほどの勇気もない。いよいよ、牡蠣のような根性をさらけ出している。

しばらくすると、下女が来て「寒月さんがおいでになりました」と告げた。この寒月という男は、主人の旧門下生だそうだが、今では学校を卒業し、何でも主人より立派になっているという話だ。彼はどういうわけか、よく主人のところに遊びに来る。来ると、自分を恋い慕っている女がいるかのような、世の中が面白そうで、つまらなそうで、凄いような艶っぽいような話を並べては帰っていく。主人のようなしなびかけた人間を求めて、わざわざこんな話をしに来るのが理解できないが、あの牡蠣的な主人がそんな談話を聞いて時々相槌を打つのは、なお面白い。

「しばらく御無沙汰しました。実は去年の暮から大いに活動しているものですから、出よう出ようと思っても、ついこの方角へ足が向かないので」と、寒月は羽織の紐をいじりながら言った。「どっちの方角へ足が向くのかね」と、主人は真面目な顔をして黒木綿の紋付羽織の袖口を引っ張る。この羽織は木綿で、ゆきが短く、下からべんべら者が左右に五分ほどはみ出している。「エヘヘヘ、少し違った方角で」と寒月は笑う。見ると、今日は前歯が一枚欠けている。

「君、歯をどうかしたのかね」と主人が尋ねる。「ええ、実はあるところで椎茸を食べましてね」「何を食ったって?」「その、少し椎茸を食ったんです。椎茸の傘を前歯で噛み切ろうとしたら、ぼろりと歯が欠けましたよ」「椎茸で前歯が欠けるなんて、何だか爺臭いね。俳句にはなるかもしれないが、恋にはならんようだな」と、主人は私の頭を軽く叩いた。「ああ、その猫が例のですか。なかなか肥ってるじゃありませんか。それなら車屋の黒にだって負けそうもありませんね、立派なものだ」と寒月は私を大いに褒める。「近頃、大分大きくなったのさ」と、私は自慢げに頭をぽかぽか叩かれた。褒められたのは嬉しいが、頭が少々痛い。

「一昨夜も合奏会をやりましてね」と寒月は話を戻す。「どこで」「どこでも、そりゃ御聞きにならんでもよいでしょう。ヴァイオリンが三挺とピアノの伴奏で、なかなか面白かったです。ヴァイオリンも三挺くらいになると、下手でも聞かれるものですね。二人は女で、私がその中に混じりましたが、自分でもよく弾けたと思いました」「ふん、そしてその女というのは何者かね」と、主人は羨ましそうに尋ねる。元来、主人は普段は枯木寒巌のような顔をしているが、実は決して女性に冷淡な方ではない。かつて西洋のある小説を読んだ際、その中の一人物が大抵の女性には必ずちょっと惚れるという描写を見て、これは真理だと感心したくらいな男である。そんな浮気な男が何故牡蠣的な生涯を送っているのか、私には到底理解できない。ある人は失恋のためだと言い、またある人は胃弱のせいだとも、また別の人は金がなくて臆病な性格だからだとも言う。どちらにしても、明治の歴史に関係するほどの人物でもないのだから、構わない。しかし、寒月が女連れを羨まし気に尋ねたことだけは事実である。

寒月は面白そうに口取の蒲鉾を箸で挟んで半分前歯で食い切った。私はまた欠けはせぬかと心配したが、今度は大丈夫だった。「なに、二人とも去る所の令嬢ですよ。御存じの方じゃありません」と、余所余所しい返事をする。「ナール」と、主人は引っ張ったが、「ほど」を略して考えている。寒月はもういい加減な時分だと思ったのか、「どうも好い天気ですな。御閑ならご一緒に散歩でもしましょうか。旅順が落ちたので市中は大変な景気ですよ」と促がしてみる。主人は旅順の陥落よりも女連の身元を聞きたいという顔で、しばらく考え込んでいたが、ようやく決心をしたようで「それじゃ出るとしよう」と思い切って立ち上がった。やはり黒木綿の紋付羽織に、兄の記念とかいう二十年来着古した結城紬の綿入れを着たままである。いくら結城紬が丈夫でも、こう着続けではたまらない。所々が薄くなり、日に透かして見ると裏からつぎを当てた針の目が見える。主人の服装には師走も正月もない。普段着も余所行きもない。出るときは懐手をしてぶらりと出る。ほかに着る物がないからか、有っても面倒だから着替えないのか、私には分からない。ただし、これだけは失恋のためとも思われない。

二人が出て行った後、私は少し失礼して寒月君が食べ残した蒲鉾をいただくことにした。最近の私は、普通の猫とは言えない存在になっている。桃川如燕以降の猫か、グレーの金魚を盗んだ猫くらいの資格は十分にあると思っている。車屋の黒猫などは、もはや私の眼中にはない。蒲鉾の一切れくらいもらったところで、誰かに何か言われることもないだろう。それに、人目を忍んで間食をするという癖は、私たち猫族だけのものではない。うちの御三などは、細君が留守の間によく餅菓子を失敬しては食べ、また失敬しては食べている。御三だけでなく、実際に上品な教育を受けていると細君から吹聴されている小さな子供たちも、この傾向がある。

数日前のことだったが、二人の小供が早くから目を覚まし、まだ主人夫婦が寝ている間に食卓に着いた。彼らは毎朝、主人が食べるパンに砂糖をつけて食べるのが常であるが、この日はちょうど砂糖壺が卓の上に置かれ、匙まで添えてあった。いつものように砂糖を分けてくれる者がいないので、大きい方の子がやがて壺から一匙の砂糖をすくい、自分の皿にあけた。すると小さい方も姉の真似をして、同じ量の砂糖を自分の皿にあけた。しばらく二人は睨み合っていたが、大きい子がまた匙を取って一杯を自分の皿に加えた。小さい子もすぐに真似をして、姉と同じ量を皿に加えた。姉がまた一杯すくうと、妹も負けじと一杯を追加する。姉が再び壺に手を伸ばし、妹もまた匙を取る。見る間に砂糖が一杯、また一杯と重なり、ついには二人の皿には山盛りの砂糖が堆くなり、壺の中には一匙の砂糖も残っていない状態になった。その時、主人が寝ぼけ眼を擦りながら寝室から出てきて、せっかく盛り上がった砂糖を元の壺に戻してしまった。こんな光景を見ると、人間は利己主義から生まれた公平感は猫よりも優れているかもしれないが、知恵は逆に猫より劣っているように思えた。そんなに山盛りにしないうちに早く食べてしまえばいいのにと思ったが、私の言うことなど通じないのだから、気の毒ながら御櫃の上から黙って見ているしかなかった。

寒月君と出掛けた主人は、どのように歩いていたのか、その晩遅く帰ってきて、翌日食卓に着いたのは九時頃だった。いつものように御櫃の上から見ていると、主人は黙って雑煮を食べている。代わる代わる食べ、餅の切れは小さいが、何でも六切れか七切れ食べて、最後の一切れを椀の中に残して、もうよそうと箸を置いた。他の人がそんなわがままをすると、なかなか承知しないのだが、主人はその威光を振りかざして得意になり、濁った汁の中に焦げた餅の死骸を見ても平気でいる。妻君が袋戸の奥からタカジヤスターゼを出して卓の上に置くと、主人は「それは利かないから飲まない」と言った。「でもあなた、澱粉質のものには大変効能があるそうですから、召し上がった方がいいでしょう」と飲ませたがる。「澱粉だろうが何だろうが駄目だよ」と頑固に言い張る。「あなたは本当に飽きっぽい」と細君が独り言のように言った。「飽きっぽいのではない、薬が効かないのだ」「それだって、先日も大変よく効くとおっしゃって、毎日毎日飲んでいたじゃありませんか」「この間は効いたのだよ、最近は効かないのだよ」と対句のような返事をする。「そんなに飲んだり止めたりしていたら、いくら効能のある薬でも効果が出るわけがありません。もう少し辛抱しないと、胃弱などは他の病気とは違って直らないわよ」とお盆を持って控えていた御三を振り返る。「それは本当のことです。もう少し召し上がらないと、良い薬か悪い薬かわかりません」と御三は一も二もなく細君の肩を持つ。「何でもいい、飲まないのだから飲まないのだ。女なんかに何がわかるものか、黙っていろ」と主人が言う。「どうせ女ですわ」と細君がタカジヤスターゼを主人の前に突き付けて、是非とも飲ませようとする。主人は何も言わずに立ち上がり、書斎へ入ってしまった。細君と御三は顔を見合わせてにやにやと笑った。こんな時に後からついて行って膝の上に乗ると、大変な目に遭わされるから、そっと庭から回って書斎の縁側に上がり、障子の隙間から覗いてみると、主人はエピクテタスという人の本を開いて見ていた。もしそれが普段通りに理解できるなら、ちょっとは偉いところがある。五六分すると、その本を叩きつけるように机の上に投げ出した。大方そんなことだろうと思いながら、なお注意していると、今度は日記帳を取り出し、次のようなことを書き付けた。

「寒月と、根津、上野、池の端、神田辺を散歩。池の端の待合の前で、芸者が裾模様の春着を着て羽根をついていた。衣装は美しいが、顔はすこぶるまずい。何となくうちの猫に似ていた。」

何も顔のまずい例に特に私を出さなくても、よさそうなものだ。私だって喜多床へ行って顔さえ剃ってもらえば、そんなに人間と異なるところはない。人間はこう自惚れているから困る。

宝丹の角を曲がると、また一人の芸者が来た。これは背のすらりとした、撫肩の恰好よく出来た女で、着ている薄紫の衣服も素直に着こなされて上品に見えた。白い歯を見せて笑いながら「源ちゃん、昨夕は――つい忙しかったもんだから」と言った。ただしその声は旅鴉のように皺枯れていて、せっかくの風采も大いに下落したように感じられたので、いわゆる源ちゃんなるものがどのような人かを振り向いて見るのも面倒になり、懐手のまま御成道へ出た。寒月は何となくそわそわしているように見えた。

人間の心ほど理解しがたいものはない。今の主人の心情は、怒っているのか、浮かれているのか、それとも哲人の遺書に慰めを求めているのか、全く分からない。世の中を冷笑しているのか、それとも世の中に混ざりたいのか、くだらないことで腹を立てているのか、あるいは物事を超然として見ているのか、全く見当がつかない。猫といえば、彼らは実に単純だ。食べたいときは食べ、寝たいときは寝る。怒るときは全力で怒り、泣くときは命がけで泣く。そもそも日記などという無用なものは決してつけない。つける必要がないからだ。主人のように裏表のある人間は、日記を書いて世間に知られない自分の面目を暗室で発揮する必要があるのかもしれないが、私たち猫族にとっては、日常の行動そのものが真実の日記だから、わざわざ面倒なことをして自分の真面目を保存する必要はないと思う。日記をつける暇があるなら、縁側で寝ている方がずっといい。

神田のある店で晩餐をとった。久しぶりに正宗を二、三杯飲んだら、今朝は胃の調子がとても良い。胃が弱い私には、晩酌が一番だと思う。タカジヤスターゼなどはもちろんダメだ。誰が何と言おうと、効かないものは効かないのだ。

無意味にタカジヤスターゼを攻撃している。まるで一人で喧嘩をしているようだ。今朝の腹立ちが少しここに尾を引いている。人間の日記の本質は、こういうところにあるのかもしれない。

先日、ある友人が朝食を抜くと胃が良くなると言ったので、二、三日朝食をやめてみたが、ただお腹がぐうぐう鳴るだけで、全く効果はなかった。別の友人は、ぜひ漬物を断つようにと忠告した。彼の説によれば、すべての胃病の原因は漬物にあるという。漬物さえ断てば、胃病の根本を断つことができるという理屈だった。それから一週間ほど漬物には箸を触れなかったが、特に効果は見られなかったので、最近はまた食べ始めた。別の友人に聞くと、それは按腹揉療治に限るという。ただし、普通のやり方ではダメだ。皆川流という古流の揉み方で一、二度やれば、大抵の胃病は治るという。安井息軒もこの按摩術を非常に好んでいたそうだ。坂本竜馬のような豪傑でも時々治療を受けたというから、早速上根岸まで出かけて揉んでもらった。しかし、骨を揉まなければ治らないとか、臓腑の位置を一度ひっくり返さなければ根治が難しいと言われ、非常に残酷な揉み方をされた。後で体が綿のようになり、昏睡病にかかったような気持ちになったので、一度で閉口してやめにした。A君はぜひ固形物を食べるなと言った。それから一日牛乳だけを飲んで過ごしてみたが、その時は腸の中でどぼりどぼりと音がして、大水でも出たように思われ、終夜眠れなかった。B氏は横隔膜で呼吸して内臓を動かせば、自然と胃の働きが良くなるから、試してみるといいと言った。これも少しやったが、なんとなくお腹の中が不安で困った。それに時々思い出したように一心不乱にやるものの、五、六分立つと忘れてしまう。忘れまいとすると横隔膜が気になって、本を読むことも文章を書くこともできなくなる。美学者の迷亭がこの体を見て、「産気のついた男じゃあるまいし、やめた方がいい」と冷やかしたので、最近はこれをやめてしまった。C先生は蕎麦を食ったらいいと言ったので、早速かけそばともりそばを交互に食べたが、これはお腹が下るばかりで、何の効果もなかった。私は長年の胃弱を治すためにできる限りの方法を試みたが、すべてダメだった。ただ昨夜、寒月と傾けた三杯の正宗は確かに効果があった。これからは毎晩二、三杯ずつ飲むことにしよう。

これも決して長く続くことはないだろう。主人の心は、私の目のように絶えず変化している。何をやっても長続きしない男だ。その上、日記の中で胃病をこんなに心配しているのに、表向きは大いに痩我慢をしているからおかしい。先日、友人のある学者が訪ねてきて、一種の見地から、すべての病気は先祖の罪や自己の罪の結果にほかならないという議論をした。かなり研究したようで、理論が明晰で秩序が整然としていて立派な説だった。気の毒ながら、うちの主人は到底これを反論するほどの頭脳も学問もない。しかし、自分が胃病で苦しんでいるときだから、何とか弁解して自己の面目を保とうと思ったのか、「君の説は面白いが、あのカーライルも胃弱だったぜ」と、まるでカーライルが胃弱だから自分の胃弱も名誉であるかのように、見当違いの返事をした。すると友人は「カーライルが胃弱だからといって、胃弱の病人が必ずカーライルになれるわけではない」と言い放ち、主人は黙ってしまった。このように虚栄心に富んでいるものの、実際はやはり胃弱でない方がいいと見えて、今夜から晩酌を始めるというのは少し滑稽だ。考えてみると、今朝雑煮をあんなにたくさん食べたのも、昨夜寒月君と正宗を飲んだ影響かもしれない。私も少し雑煮が食べてみたくなった。

私は猫だが、ほとんど何でも食べる。車屋の黒猫のように、横丁の肴屋まで遠出する気力はないし、新道の二絃琴の師匠のところにいる三毛猫のように贅沢を言える立場でもない。だから、意外と嫌なものは少ない方だ。子供が食べこぼしたパンも食べるし、餅菓子も舐める。漬物はすごくまずいが、経験のために沢庵を二切れほど食べたことがある。食べてみると、妙なもので、大抵のものは食べられる。あれは嫌だ、これは嫌だと言うのは贅沢なわがままで、教師の家にいる猫が口にするべきものではない。

主人の話によると、フランスにバルザックという小説家がいたそうだ。この男は大の贅沢屋で――もっとも、口の贅沢屋ではなく、小説家だけに文章の贅沢を尽くしたということだ。ある日、バルザックは自分の書いている小説の中の人物の名前を考えようとして、いろいろ試してみたが、どうしても気に入らなかった。そんな時、友人が遊びに来たので、一緒に散歩に出かけた。友人は何も知らずに連れ出されたのだが、バルザックは自分の苦心している名前を探そうと考えていたので、街に出ると何もせずに店先の看板ばかり見て歩いていた。

しかし、やはり気に入った名前が見つからない。友人を連れて無闇に歩き回る。友人は訳がわからずにただついて行くだけだった。彼らは朝から晩までパリを探検した。その帰り道、バルザックはふとある裁縫屋の看板に目が留まった。見ると、その看板には「マーカス」という名前が書いてあった。バルザックは手を叩いて「これだ、これだ、これに限る。マーカスはいい名前じゃないか。マーカスの上にZという頭文字をつければ、申し分のない名前ができる。Zでなくてはいけない。Z. Marcusは実に素晴らしい。自分で考えた名前はうまくつけたつもりでも、どうも意図的な感じがして面白くない。ようやく気に入った名前ができた」と、友人の迷惑をまるで忘れて、一人で喜んでいた。

小説中の人物の名前をつけるのに、一日もパリを探検しなければならないとは、随分手間のかかる話だ。贅沢もこのくらいできれば結構なものだが、私のように貧しい主人を持つ身では、そんな気にはなれない。何でもいい、食べられさえすればという気になるのも、境遇のせいだろう。だから今、雑煮が食べたくなったのも、決して贅沢からではなく、何でも食べられる時に食べておこうという考えから、主人が食べ残した雑煮が台所に残っていないかと思い出したからだ。

……台所に回ってみる。