火星との戦争
作 海野十三 · 2026-03-31
フルハタは、ついに棺桶から足を踏み出す時が来た。大地を歩くのは千年ぶりのことだと思うと、感慨が胸に込み上げてきた。
外に出てみると、そこは掘りかけのトンネルのような場所だった。そばには、水鉄砲のような器械が転がっている。
「これは何ですか?」とフルハタが尋ねると、チタ教授は驚くべきことを言った。「これは孔をあける器械です。土でもコンクリートでも鉄壁でも、簡単に孔があきますよ。この洞穴、さっき三十分ほどで私が掘ったのです。」
フルハタはそれが嘘だと思ったが、その水鉄砲のような器械が原子崩壊による巨大なエネルギーを利用していると聞いて、なるほどと納得した。「じゃあ、今の動力はすべて原子崩壊からエネルギーを取るのですね」と尋ねると、教授は「そうです」と答え、まるでそんな古いことを聞くのかという顔をした。
洞穴から外に出ると、かつて科学雑誌で見た一千万年後の世界そっくりの街が広がっていた。まず目に入ったのは、路が縦横無尽に走っていることだった。この道路は、フルハタが知っているような十字に交差するものではなく、上下に食い違っているため、横断することもなく、信号で停められることもなかった。
さらに驚いたのは、この道路の上に自動車のような乗り物が一つも見えないことだった。人々はまるで弾丸のように、しゅっしゅっと走っている。その速さは驚異的だった。
「ずいぶん、あの人たちは駈けだすのが速いですね」とフルハタが感心すると、チタ教授はほほほと笑いながら言った。「違いますよ、フルハタさん。あれは人間が駈けているのではなく、道路が動いているのです。昔の道路はじっと動かず、その上に自動車や列車が走っていたそうですが、今の道路はすべて快速力で動いているのです。人間がその上に乗れば、どこまででも運んでくれます。」
「道路が動くなんて、たいへんな仕掛けですね。動力だけ考えても、ちょっと計算がつかないし、第一資源が……」と言うと、チタ教授はそれを遮り、「いや、今の世の中にはエネルギーはいくらでもあるのです。物質を壊せばいくらでもエネルギーが取れるのです。しかも昔とは比べ物にならないほどの巨大なエネルギーです。そんなことは心配いりません。」
フルハタは、なるほどと感心した。動力の心配がいらない世の中になったのだ。人類はなんという幸福な日を迎えたのだろう。
そこでフルハタは、一つの重大な質問をチタ教授に向けることを考えた。「ねえ、チタ教授。今の世の中でも、戦争はありますか?」
「戦争?ええ、戦争はありますとも。」そう言った瞬間、街中を貫通するような大きな声が響き渡った。何かを早口で喋っている。チタ教授の顔が少し硬くなった。
その大きな声がやんだところで、フルハタは尋ねた。「今のは、どうしたというのですか?あの大きな声は、高声器ですか?」
「そうです。移民指令部からの知らせです。ある番号までの人間は、早く地上に上がって、移民ロケットの前に集まれというのです。」
「ははあ、つまりここは地上じゃないのですか?」
「そうですとも、地下五百メートルのところですよ。」
「地中街というわけですね。チタ教授、私は地上を見たいのですが、どんなふうに地上の様子が変わったのか早く知りたいのです。」
「だめ、だめ」と教授は言い、フルハタの願いを一蹴した。「地上へは命令された人のほか、出られないのです。移民は、命令ですから、ああして上へ出られるのです。」
「移民って、どこへ移民するのですか?」
「金星へ行くのです。定期的に、地球上の人類をどんどん金星へ送っています。」
「へえ、金星。あの星の金星へですか?」とフルハタは驚いた。「とうとう星へ旅行できる日が来たのか。」
「うまくいけば、もうあと三ヵ月のうちに、地球上の人間はすっかり金星へ移ってしまいます。」
「えっ、すると地球は空っぽになるのですか?いったいそれはどうしたわけです。この尊い地球を捨てるなんて。」
「あとちょうど一年後、地球はエックス彗星と衝突して、めちゃめちゃに壊れることが分かっているのです。」
「はあ、なるほど、彗星との衝突ですか。」フルハタはうなずいたが、「それで地球から移民の必要があるんですね。それなら、金星など行かずに、地球と気候もよく似た火星へ行かないのはどうしたわけですか?」
するとチタ教授は、今までにない険しい目をしてフルハタを振り返りながら言った。「あなたも古いだけあって頭脳が悪いのね。今、地球の人類は火星の生物と戦争しているのではありませんか。われわれが金星移民を計画した途端、火星生物は妨害を始めたのです。だから移民ロケットも、今までに七パーセントが金星に到着したばかりで、他の九十三パーセントのロケットは、みんな火星生物によって破壊され、人類は惨殺されてしまったのです。なにしろ火星の生物の方が、悪賢いのだから仕方がありません。いや、人類はもっと早く宇宙戦争に対して準備を進めておくべきだったと思います。地球上の人類だけがこの広大な宇宙で一番賢い生物だと思っていたのが、たいへんな自惚れなんですからね。」
フルハタは、さっきチタ教授が「戦争はあります」と言ったのは、この宇宙戦争を指していたのだと、初めて気がついた。