四〜六 (2)
作 泉鏡花 · 2026-03-31
「さて、聞いてください。私はそれから檜の裏を抜け、岩の下から岩の上へと出ました。樹々の中を潜り、草深い小道をどこまでも、どこまでも進んでいきました。
すると、いつの間にか、さっき登った山を過ぎて、また一つの山が近づいてきました。この辺りはしばらくの間、野原が広々としていて、さっき通った本街道よりももっと幅の広い、なだらかな一筋の道がありました。
心持ち西と東に、真ん中に山を一つ置いて二条並んだ道のようで、これならば槍を立てても行列が通れたことでしょう。
この広い場所でも、目の届く限り、売薬の姿は見えず、時々焼けるような空を小さな虫が飛び回っていました。
歩くには、この方が心細いものです。周りがぱっと開けていると、逆に不便に感じます。もちろん、飛騨越と名を打った日には、七里に一軒、十里に五軒という相場で、そこで粟の飯にありつければ、都合も良いということになっていました。それを覚悟して、足は相応に達者で、屈せずに進みました。
すると、だんだんまた山が両側から迫ってきて、肩に支えられそうな狭い場所になりました。すぐに上へと続く道です。
さあ、これからが名代の天生峠だと思い、私もその気になりました。とにかく暑いので、喘ぎながらまず草鞋の紐を緊直しました。
ちょうどこの上口の辺に、美濃の蓮大寺の本堂の床下まで吹き抜けの風穴があると、後になってから聞きましたが、そこはなかなかの場所ではありません。景色も奇跡もあるものか、お天気さえ晴れたのか曇ったのか、訳がわからず、目を凝らしながら急いで上りました。
さて、これからお話しするのは、最初に言った通り、道がいかにも悪いということです。まるで人が通うことがなさそうな上に、恐ろしいのは蛇です。両側の茂みから尾と頭を突き出し、のたりと橋を渡っているのではないかと思いました。
私は真っ先に出会った時、笠を被り竹杖を突いたまま、はっと息を飲んで膝を折り、座り込んでしまいました。
もう本当に大嫌い、嫌というより恐怖でした。
その時はまず人助けにずるずると尾を引き、向こうで鎌首を上げたと思うと、草をさらさらと渡っていきました。
ようやく立ち上がり、道を五六町進むと、また同じように、胴体を乾かし、尾も首も見えないのが、ぬたりと現れました。
あっと驚いて飛び退いたが、それもすぐに隠れてしまいました。三度目に出会ったのは、急には動かず、しかも胴体の太さがあり、たとえ這い出したところで、ぬらぬらとした様子で、尾を出すまでに五分間ほどの間があったと思います。やむを得ず、私は跨ぎ越しました。その瞬間、下腹が突張り、ぞっと身の毛が逆立ち、毛穴が全て鱗に変わったように感じ、顔の色もその蛇のようになったのだろうと、目を塞ぎました。
絞るような冷汗が出る気味の悪さで、足が竦んで立っていられないほどでした。びくびくしながら道を急ぐと、またしてもそこにいました。
しかも今度のは、半分に切られた胴から尾だけの虫で、切口が青くなり、そこから黄色い汁が流れ、ぴくぴくと動いていました。
我を忘れて、ばらばらと後ろに逃げ帰りましたが、気が付けば、例のものがまだいるのではないかと思い、たとえ殺されるまでも、二度とはあれを跨ぐ気にはなれませんでした。ああ、さっきのお百姓が、何かの間違いでも、故道には蛇がいると教えてくれたら、地獄に落ちても来なかったのにと、照りつけられて涙が流れました。南無阿弥陀仏、今でもぞっとします。」と、私は額に手を当てました。