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ドグラ・マグラ (3/47)

作 夢野久作

「……精神科学……応用の犯罪……」

「そうですね……ただ、それだけではあまりにも新しいテーマですから、内容が理解できないかもしれませんが、こう申し上げれば大体はご理解いただけるでしょう。……つまり、私がこのテーマについて研究を始めた動機は、正木先生が提唱された『精神科学』そのものの内容が、あまりにも恐ろしい原理や原則に満ちていることに気づいたからです。たとえば、その精神科学の一部門である『精神病理学』には、一種の暗示作用によって人間の精神状態を突然、別人のように変化させることができる……その人の現在の精神生活を一瞬で消し去り、深いところに潜んでいる何代も前の祖先の性格と入れ替えることができる……といった恐ろしい理論や実例が数多く含まれています。しかも、その理論は、実験の効果が科学的に的確で深刻であるにもかかわらず、その作用の説明や実行方法は、従来の科学とは異なり、非常に平易で、説明次第では子供でも面白がって納得できる程度のものです。考えてみれば、これほど危険な研究や実験はないでしょう。……もちろん、その詳細は近いうちにあなたの目の前に展開されることでしょうから、ここでは詳しく説明しませんが……」

「……えっ……えっ……そんな恐ろしい研究の内容が……僕の目の前に……」

若林博士は、重々しくうなずいた。

「そうです。あなたは、その学説の真理を身をもって証明された方ですから、そうした原理が描き出す恐怖や戦慄に対して、一種の免疫を持っているのです。そして、近い将来、自分の過去に関する記憶を取り戻した際には、必然的にこの新しい学問の研究に参加する権利と資格を持つことを自覚されるでしょう。しかし、それ以外の人々に万が一、この秘密の研究の内容が漏れた場合、どのような事態が発生するか、全く予想がつかないのです。……たとえば、ある人間の心理の奥底に潜む恐ろしい遺伝心理を発見し、それに適した暗示を与えることで、その人を一瞬で狂わせることができるとしたら、その人が狂った理由や記憶までも消し去ることができる時代が来たとしたら、どうなるでしょう。その害は、ノーベルが発明した火薬の製造法が引き起こした戦争を激化させたことに比べても、はるかに大きなものになるでしょう。

ですから、私は法医学の立場から考えると、将来的にこのような精神科学の理論が、現代の唯物科学の理論と同様に一般社会の常識として普及することは非常に危険だと思います。その時には、現代において唯物科学が応用された犯罪が横行しているのと同じように、精神科学が応用された犯罪も流行することは避けられないでしょう。しかし、そうなった場合、もう取り返しがつかないでしょう。この精神科学応用の犯罪が実現されると、最近の唯物科学応用の犯罪とは異なり、ほとんど絶対に検察や調査が不可能な犯罪が、世界中のあらゆる場所に現れることは明らかです。ですから、正木先生の新しい学説は、絶対に外部に公表されないように注意していただく必要があります。……同時に、非常に勝手な申し出のようですが、万が一の事態を想定して、この種の犯罪の予防方法や検出方法をできる限り周到に研究しておく必要があると考えました。そのため、私は以前から正木先生の指導のもとに『精神科学応用の犯罪と、その証跡』というテーマで、極度の秘密を厳守しつつ、あらゆる方面から調査を進めていたのです。要するに、正木先生と私の二人の共同の事業という形で……。

正木先生と私の間には、何か油断があったのだろうか。用心していたはずなのに、いつ、どのようにして盗まれたのか、精神科学の中でも特に強烈で深刻な効果を持つ理論が、鮮やかに実地に応用されるという不可思議な犯罪事件が、大学の近くで突然発生したのだ。

その事件の外観は、ある裕福な一家に属する男女が、何の理由もなく互いに殺し合ったり、発狂させ合ったりするという、残忍で冷酷な行為が中心となっている。さらに、その凶行の手段が私たちの研究している精神科学と関係していることが確認されたのは、その裕福な一家の最後の血統に属する一人の温和で頭の良い青年に起こった事件からだった。

その青年は、滅びかけている一家の血統を繋ぎ止めるために、自分を慕っている美しい従妹と結婚することになっていた。しかし、その前の晩、彼は思いもよらぬ夢中の遊行により、その少女を絞殺してしまったのだ。そして、彼女の遺体を目の前にしながら、冷静な態度で紙を広げて写生をしていたという、非常に特異で不可思議な事実が明らかになり、大評判となった。

だが、同時にその青年の一家がなぜそんな悲惨な状態に陥ったのか、そして犯人が誰であるのかという二つの根本的な問題は、今もなお不明のままである。事件は奇怪で深刻を極めており、九州の警視庁である福岡県の司法当局も、この事件に関しては無能の道を選んでしまった。正木先生の援助を受けて全力で調査に取り組んでいる私も、今日まで事件の真相に対する手掛かりを掴めず、五里霧中に彷徨っているような状態だ。

このような状況の中、私が持っている唯一の手段は、事件の中心人物であるあなた自身が、正木先生の遺徳によって過去の記憶を回復し、その真相を直接判断してもらうことだ。犯行の目的や犯人の正体を指示してもらう以外に方法はない。事件の犯人は、神変自在な手段を使って、その足跡を隠しているのだから。

私がこの事件について具体的に説明できない理由は、私自身がその真相を確かめていないからだ。また、精神病科の専門外の仕事に立ち入って、あなたの介抱を申し出ているのも、重大な秘密の漏洩を警戒するためだ。万が一、あなたの記憶が回復した際には、誰よりも早く駆けつけて、その真相を聞かせてもらわなければならない。その事件の真相を隠している怪魔人の正体を暴露してもらわなければならないのだ。

もしあなたが過去の記憶を取り戻し、この事件の真相が明らかになれば、それは二重、三重の深い意味を持つ研究発表となり、現代の科学界や一般社会に大きな影響を与えることになるだろう。正木先生が表面上『狂人の解放治療』と名付けた研究は、実際には現代の物質文化を一撃で精神文化に転化するほどの大実験の結論となるべき重要な事実が科学的に立証されることになる。また、私が研究している『精神科学応用の犯罪と、その証跡』という論文の中でも、最も重要な例証の一つを完備させることができるのだ。そして、正木先生と私がこの二十年間心血を注いできた精神科学に関する研究が、同時に公表される機会を得ることになる。

だからこそ、あなたが果たして自分の名前を思い出せるか、過去の記憶を回復し、その事件の真相を明らかにできるかということは、非常に重要な意味を持つのだ。大学内部や福岡県の司法当局だけでなく、全世界の視線があなたに集中している。

ここまで一気に説明した若林博士は、ふと奇妙な青白い目で私を見つめた。すると、また横を向き、ハンカチを顔に押し当てながら、一生懸命に咳を始めた。

その皺だらけで痙攣した横顔を眺めながら、私は煙に巻かれたように茫然としていた。今朝から私の周囲で起こる出来事は、どれも新たな不安や驚きを与えるもので、若林博士の説明はますます大袈裟で超自然的に拡大していくばかりで、事実とは思えない。私に関係しているように聞こえるが、実際には全く無関係な夢物語のように感じられた。

そのうちに咳を収めた若林博士は、また一つジロリと青白い目礼をした。「御免ください。疲れますので……」と言いながら、背後の華奢な籐椅子に振り返り、ソロソロと腰を下ろした。その姿を見て、私は思わず目を反らさずにはいられなかった。

初めて、その籐椅子を見たとき、若林博士の背後に置かれているのを見て、少し大きな人が座ったら、すぐに潰れてしまいそうだと思った。誰か女性でも来るのだろうかと考えていた。しかし、今目の前で見ると、若林博士の長い体は、その椅子の狭い肘掛けの間に、何の苦もなくすっぽりと収まった。彼は胸と腹を二重に折り畳み、ハンカチから顔だけを出して、膝の上に乗せるように低くしていた。その姿はまるで、私がこの怪事件の裏に潜む怪しい人物です、とでも言っているかのように、縮こまって椅子の中に収まってしまった。

その全体の大きさは、どう見ても今までの半分ほどしかない。どんなに痩せていても、その外套の毛皮がどれほど薄くても、普通の人間にはできない芸当だと思えた。しかも、その中からは声だけが元の通りに、いや、腰を落ち着けたせいか一層冷静に響いてくる。「何もかも私が知っています」と言わんばかりに。

「……失礼いたしました。さて、私が今お伺いして、あなたの様子を拝見すると、正木先生の予言がまるで神のごとく的中していることが、専門外の私にもよくわかります。あなたは現在、自分の過去の記憶を回復しようと努力しているのに、何一つ思い出せずに困っていることでしょう。それは、あなたがこの実験に参加する前の健康な精神状態に戻る過程に過ぎません。正木先生の研究によれば、あなたの脳の中で過去の記憶を反射し交感している部分の中に、最も古い記憶を支配しているある一箇所に、遺伝的な弱点、つまり非常に敏感な部分が存在していたのです。

ところが、そのことを以前から知っている不思議な人物がどこかにいたのでしょう。その最も敏感な弱点を底まで刺激する、極めて強烈な精神科学的暗示材料を用いて、その一点を極度の緊張に追い込んだ結果、あなたの古い先祖、一千年前の怪奇で深刻なロマンに関する記憶が完全に遊離し、あなたの意識の表面に浮かび上がり、深い夢中遊行状態に陥ることになったのです。そして今日に至ると、その潜在意識から遊離して現れた夢中遊行心理がすべて発揮され、空虚な状態に戻ったため、今のように夢遊状態から離脱することができたのです。しかし、その異常な活躍を続けていた潜在意識の部分と、その近くにある過去の記憶を反射し交感する脳の一部は、長い間の緊張からくる深刻な疲労が残っているため、今は全く自由が利かない状態です。つまり、古い記憶ほど思い出せない状態に陥っているのです。そこで、今までそれほど疲れていなかった、非常に印象の新しい最近の出来事を反射し交感する部分だけが今朝から覚醒し、もっと以前の記憶を回復しようと焦っているのに、何一つ思い出せないでいるというのが、現在のあなたの精神状態だと考えられます。正木先生はそのような状態を仮に『自我忘失症』と名付けておられましたが……」

「……自我……忘失症……」

「そうですね……あなたは、その怪事件の裏に潜む犯人の精神的な手法に影響を受けた結果、数ヶ月の間、今のあなたとはまったく異なる別の人間として、ある異常な夢遊状態を続けていたのです。もちろん、このような深い夢中遊行状態や極端な二重人格の実例は、一般の人に見られる軽度の二重人格的な夢遊、つまり『寝言』や『寝ぼけ』とは違い、非常に稀なものです。しかし、古くからの記録には、明確に残された事実が存在します。たとえば、『五十年目に故郷を思い出した老人』や、『証拠を突きつけられて初めて自分が殺人犯だったことを自覚した紳士の感想録』、『生んだ記憶のない実子に会った孤独な老嬢の告白』、『列車の衝突で気絶している間に禿頭の大富豪になっていた貧しい青年の手記』、『たった一晩一緒に寝たはずの若い夫人が、翌朝には白髪の老婆に変わっていた話』、『夢と現実を逆に考えたために大罪を犯した聖僧の懺悔譚』など、さまざまな奇妙な実例が文献に残されています。これらは人々を半信半疑の境地に迷わせていますが、正木先生の独自の学理に照らし合わせると、もはや誰も疑う余地がなくなります。こうした現象の実在が、科学的に可能であることが明白に証明されているだけでなく、そうした人々が以前の精神意識に戻る際には、必ず一定の『自我忘失症』を経ることも、学理と実際の両方から立証されているのです。つまり、厳密に言えば、私たちの日常生活の中で、私たちの心理状態は、見るものや聞くものによって刺激され、絶えず変化していきます。そして、一人で怒ったり、悲しんだり、笑ったりするのも、実は一種の夢中遊行であり、その心理の変化の瞬間には、こうした『夢中遊行』『自我忘失』『自我覚醒』という過程が、極めて短い間隔で繰り返されています。一般の人々はそれを意識していないだけなのです……という事実も、正木先生は証明されています。ですから、もちろんあなたもその過程を経て、遠からず今日の状態に回復されるだろうと、正木先生は明確に予見されていました。残るはただ、時間の問題だったのです。」

若林博士はここで一息つき、唇を舐めるようにした。

その時、私は自分がどんな顔をしていたのか分からなかった。ただ、何が何やら分からないまま、学術的な権威を持って急激に迫ってくる若林博士の説明に圧倒され、高圧電気にかけられたように全身が固まっていた。……もしかして、今の話の怪事件は、自分のことだったのか……そして、今まさにその恐ろしい過去の事件を、自分の名前と共に思い出さなければならない立場にいるのか……といったような、言い知れぬ恐怖から冷や汗が左右の脇の下ににじみ出て、目の前の蒼白で長い顔に全神経を集中させていた……そんな気がした。

その時、若林博士は、仄青い瞳を少し伏せ、さらに低い声で続けた。

「……繰り返し申し上げますが、正木先生の予言は、今日まで一つ一つ寸分の狂いもなく的中してきました。あなたは今朝から、完全に夢中遊行的な精神状態を離脱しており、今にも昔の記憶を回復する直前に立っているのです。ですから、私は先ほど看護婦にお尋ねになったあなた自身のお名前を思い出させるために、こうしてお伺いしたのです。」

「……僕の名前を思い出させる……」

私はそう叫び、突然息を詰まらせるほど驚いた。……もしかしたら……その怪事件の真犯人は、私自身なのではないか。……若林博士が特に私の名前に注意を払っているのは、その証拠なのではないか……という瞬間的な閃きに打たれた。しかし、若林博士は静かに答えた。

「……そうです。あなたのお名前が思い出されれば、それに伴って他のすべての記憶も、あなたの意識の表面に浮かび上がってくるはずです。その怪事件の前後を一貫して支配している精神科学の原理が、いかに恐ろしいものであるか、また、どのような理由や動機でそのような怪犯罪が行われたのか、その事件の中心にいる怪人物が何者であるかという真相の底まで、同時に思い出されるはずです。ですから、それを思い出していただくためにお手伝いするのが、正木先生からあなたをお引き受けした私の責任の第一なのです。」

私は再び、形容しがたい恐怖に戦慄した。思わず座り直し、驚いた声を上げた。

「……何というんですか……僕の名前は……」

私がこう尋ねた瞬間、若林博士はまるで機械のように口を閉ざした。私の心の中から何かを探し求めるかのように、または何か重大なことを暗示するかのように、どんよりと光る目で私の目の奥をじっと見つめていた。

後から振り返ると、私はこの時、若林博士の計り知れない策略に乗せられていたのだと思う。彼がここまで続けてきた科学的でありながら、極めて刺激的な話の展開は、決して無意味ではなかった。皆が「私の名前」に対する「私の注意力」を極限まで高め、どうしてもそれを思い出さずにはいられないように仕向けるための精神的な刺激方法だったのだ。

だからこそ、私は夢中になって自分の名前を問う一方で、口を閉ざし、無言の中で自らの焦燥を高めようとしていたのだろう。私の脳裏に凝固している過去の記憶を、私自身に鋭く刺激させようとしていたのだ。

しかし、その時の私は、そのような繊細な計略に全く気づいていなかった。ただ若林博士がすぐにでも私の名前を教えてくれると思い込み、その生白い唇を一心に見つめていた。

私の様子を見守っていた若林博士は、何やら失望したようで、静かに目を閉じた。頭をゆるゆると左右に振りながら軽いため息を一つつき、やがて再び静かに目を開けると、今までよりも一層冷たく、繊細な声で言った。

「……いけません……。私が教えたところで、何の意味もありません。そんな名前を記憶していないとおっしゃるのなら、それまでです。やはり自然に、自分で思い出さなければ……」

私は急に安心したような、同時に心細くなったような気持ちになった。

「……思い出すことができるでしょうか」

若林博士ははっきりと答えた。

「できます。きっとできます。その時には、今まで私が申し上げたことが、決して架空の話ではないことがわかるだけでなく、同時に、あなたはこの病院から全快し、退院されることになります。そして、あなたの法律上と道徳上の権利、つまり立派な家庭とその家庭に属する一切の幸福を受け取る準備が、ずっと以前から整っているのです。つまり、それらのすべてを確実にあなたにお引き渡しするのが、正木先生から引き継がれた私の第二の責任なのです……」

若林博士はそう言い切ると、確信に満ちた目で私を見据えた。私はその目の力に圧され、無意識にうつむいてしまった。まるで自分のことではないような、妙に複雑な話を聞かされ、訳が分からないまま疲れてしまったような気持ちになった。

しかし、若林博士は私のそんな気持ちには頓着せず、軽く咳払いを一つして、話の調子を改めた。

「……では、今からあなたのお名前を思い出していただく実験に取りかかりたいと思います。私たちが、正木先生も同様でしたが、あなたの過去の経歴に最も深い関係を持っていると信じているさまざまなものを、順々にお見せし、それによってあなたの過去の記憶が呼び起こされるかどうかを実験させていただきたいのですが、いかがでしょうか?」