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ドグラ・マグラ (31/47)

作 夢野久作

「えっ、ナナが何を言ったって? ブルブル……もう、この事件の真犯人がわかったというのか……」

驚きのあまり、私は思わず声を上げた。いくら名探偵とはいえ、そんなに早く頭が働くなんて困ったものだ。第一、私と若林が困ることになる。

「まあまあ、急がずに待ってくれ。たとえ君たちが目指す人物が、この事件の真犯人で、若林君の言う仮想の怪魔人だとしても、それはあくまで推測に過ぎない。確かな証拠があるわけではないからね。また、たとえ確固たる証拠があったとしても、犯人が今どこにいて、何をしているのかを知っていたとしても、その犯人を捕まえて、驚くべき新事実を発見したなら、君たちはどうするつもりだろうか。フフフフフ……」

だからこそ言っておくが、こんな深刻で不可解な事件を、ちょっとした証拠や概念的な推理で判断するのは絶対に危険だ。少なくとも、この事件がどのように発生し、私の手に滑り込んできたのか、そして私がどのように観察し、研究を進めてきたのかを徹底的に見極めなければ、犯人の有無は決定できないだろう。「さて、そんなことだったのか……う――ん」と目を眩ませることになるだろう……とまずは一つ言っておいて……さて、この事件に対する私の研究が、その後どのように進展していったのかを、引き続き説明することにしよう。

ところで、私のような田舎の活弁士が、しかも新米の映画説明から「ございます」を抜いてしまったら、何のことはない、素人の書いたシナリオの朗読のようになってしまうだろう。私は不幸にもシナリオや中華料理を作ったことがないので、様子がよくわからないが、まだ夜が明けるまでには時間があるから、今のうちにそのシナリオを一つやっつけてみよう。ただ、ここで改めて断っておくが、事件の核心である心理遺伝の内容を後回しにして、外側の事実から順に中身に進めていくのは、筋がチャンポンという洒落ではない。この事件に関する私の記録は、すべて事件そのものが私の眼前に現れた当時のプロットによって並列されているので、この順序を研究するだけでも事件の真相はほぼわかるという……この点については、極めて科学的で、絶対に誤魔化しのない、天地に恥じざる真実の記録だと信じている次第で……ございます……かね……やれやれ。

【字幕】 呉一郎の精神鑑定=大正十五年五月三日午前九時、福岡地方裁判所応接室にて。

【映画】 正木博士は羊羹色の紋付羽織、セルの単衣にセル袴、洗い晒しの白足袋という村長のような装いで、入口と正反対の窓際の椅子に悠然と座り、葉巻を吹かしている。

中央の丸卓の上には、正木博士が持っていると思われる古い洋傘と、古山高が投げ出してある。その傍に、フロック姿の若林博士が立っていて、厳めしい制服姿の警部と、セルずくめの優雅な紳士を正木博士に紹介している。

「大塚警部……鈴木予審判事……いずれもこの事件に最初から関わっている方々です……」

正木博士は立ち上がり、二人の名刺を受け取ると、気軽に頭を下げた。

「私が、お召しによりお伺いしました正木です。残念ながら名刺は持っておりませんが……」

警部と予審判事は一層威儀を正して礼を返した。

その時、紺飛白の袷一枚を素肌にまとった呉一郎が、二人の廷丁に腰縄を引かれながら入ってくると、三人の紳士は左右に道を開いて正木博士の前に立った。

呉一郎はその場に立ち止まり、黒ずんだ憂鬱な眼差しで室内を見回した。彼の白い腕や首には、無理に押さえつけられた時の擦り傷や痣がいくつも残っていて、世にも稀な端麗な姿を一際異様に引き立てているように見えた。その背後から二人の廷丁が揃って挙手の礼をした。

正木博士は目礼を返し、葉巻の煙を長々と吹かし終えた後、手錠のかかった呉一郎の両手を無造作に引き寄せ、顔と顔を一尺ほど近づけて瞳と瞳をピッタリと合わせた。その瞳の底を覗き込みながら、何かを暗示するかのように……または呉一郎の眼の光を、自分の眼の光で押し返して、その瞳孔の底に押し込むかのように……。こうして二人は目を合わせたまま、しばらく動かなかった。

そのうちに正木博士の表情が、どことなく緊張してきた。立ち会っている紳士たちの表情も、それに伴って緊張していった。

しかし、その中で若林博士だけは眉一つ動かさず、青白い瞳を冷ややかに伏せて、正木博士の横顔を凝視していた。正木博士の表情の中から、人知れず何かを探し求めるかのように……。

けれども呉一郎は平然としていた。正気を失った人間特有の澄み切った眼差しで、何の苦労もなげに正木博士の顔から視線を外し、すぐ横に立っている若林博士の長大なフロック姿を下から上へとゆっくりと見上げていった。

正木博士の表情が、みるみる柔らいでいった。呉一郎の横顔を見ながら微笑み、消えかかった葉巻を吸い上げつつ、気軽な調子で口を開いた。

「そのおじさんを知っているかね、君は……」

呉一郎は、若林博士の青白く長い顔を見上げたまま、少しうなずいた。夢を見るような眼つきになりつつ……。それを見ると正木博士の微笑が一層深くなった。その時、呉一郎の唇がムズムズと動いた。

「……知っています。僕のお父さんです。」

……と……。その言葉が終わるか終わらないかのうちに、若林博士の表情は驚くべき変化を見せた。もともと青白い顔が、見る間に血の気を失い、白い粉のように光を失った額の真ん中には、青筋が二本も盛り上がっていた。憤怒とも驚愕とも形容しがたい形相に変わり、彼は顳を震わせながら正木博士を振り返った。その眼は、今にも噛み付きそうなほど凄まじいものだった。

しかし、正木博士はそんなことには気づかないかのように、四方構わず大声で笑い出した。

「ハッハッハッハッ。お父さんはよかったね。……それじゃ、このオジサンは誰だか知っているかね?」

そう言いながら、自分の鼻を指さした。

呉一郎は、そのままマジマジとした眼差しで正木博士の顔を見つめていたが、しばらくして唇をムズムズと動かした。

「……お父さん……です……」

「アッハッハッハッハッハッハッハッ」

正木博士は一層愉快そうに笑い、しまいには呉一郎の手を離して、堪えきれない様子で笑い崩れた。

「アーッハッハッハッハッ。どうも驚いたな。それじゃ君のお父さんは二人いる訳だね。」

呉一郎は考えるともなく躊躇したが、やがて黙ってうなずいた。正木博士はますます腹を抱えて笑った。

「ワッハッハッハッ。とても素敵だ。珍無類だ。……それじゃ君は、その二人のお父さんの名前を覚えているかね?」

正木博士が冗談半分でそう言うと、今まで煙に巻かれて面食らっていた一座の人々の顔が一瞬にして緊張感を示した。

しかし、呉一郎はこの質問を受けると、ふっと暗い表情になった。静かに目を外らし、窓の外に広がる五月晴れの空を飽かず眺めているようだったが、やがて何かを思い出したらしく、その大きな目に涙が浮かんできた。その様子を見ていた正木博士は再び呉一郎の手を取って、葉巻の煙を一服ゆったりと吐き出した。

「いや、もういいよ。無理に君のお父さんの名前を思い出さなくてもいいから。どちらを先に思い出しても、えらく不公平なことになるわけだからね。ハハハハハハ」

今まで異様な緊張感に囚われていた人々が一斉に笑い出した。やっと元の表情を取り戻した若林博士も、変に泣きそうな、硬ばった笑い方をした。

その笑い顔を、どうにも注意深い眼差しで見回していた呉一郎は、やがて何か失望したようにため息をつき、伏し目になって涙をハラハラと落とした。その涙の珠は、手錠の上から汚れた床に落ちていった。

その手を取ったまま、正木博士は無造作に人々の顔を見回した。

「とにかく、この患者は私がお預かりしたいと思いますが、いかがでしょうか。この患者の頭の中には、事件の真相に関する何らかの記憶がきっと残っていると思います。今お聞きの通り、誰の顔でも父の顔に見えるということは、この事件の裏面の真相を暗示している、ある重要な心理の表れかもしれませんからね……できれば私の力で、この少年の頭を回復させて、事件の真相に関する記憶を引き出してみたいと思うのですが、いかがでしょうか……」

【字幕】 解放治療場に呉一郎が現れた最初の日(大正十五年七月七日撮影)

【映画】 解放治療場の真ん中に立った五六本の桐の木の真青な葉が、真夏の光にヒラヒラと輝いている。

その東側の入口から、八名の狂人が行列を作って順々に入ってくる。中には不思議そうに周囲を見回している者もいるが、やがてそれぞれに取りどり様々な狂態を始める。

その一番最後に呉一郎が入ってくる。

憂鬱で孤独な顔をして、しばらく呆然と四方の煉瓦塀や足元の砂を見回していたが、そのうちにふと自分の足元の砂の中から何かを見つけたらしく、急に目をキラキラと輝かせて拾い上げ、両手の間に挟んでクルクルと揉み、眩しい太陽に透かしてみた。

それは青く、美しいラムネの玉だった。

呉一郎は太陽に向けた顔をニッコリとさせながら、その玉を黒い兵児帯の中にクルクルと巻き込んだが、大急ぎで裾を持ち上げて前に屈み、両手でザクザクと焼けた砂を掘り返し始めた。

入口のところに立ってその様子を見ていた正木博士は、小使いに命じて鍬を一挺持って来させ、呉一郎に与えた。

呉一郎は嬉しそうにお辞儀をしながら鍬を受け取り、前よりも数倍の熱心さでギラギラ光る砂を掘り返し始めた。それにつれて濡れた砂が日光にさらされ、片端から白く乾いていった。

その態度を熱心に見守っていた正木博士は、やがてニヤリと笑ってうなずきつつ、サッサと入口の方へ立ち去った。

【字幕】 それから約二ヶ月後の解放治療場における呉一郎(同年九月十日撮影)

【映画】 解放治療場中央の桐の葉にチョイチョイ枯れたところが見える。その周囲の場内の平地には、真黒く墓穴のように砂を掘り返したところが重なり合って散在している。

その穴と穴の間の砂の平地の一角に立った呉一郎は、鍬を杖にしつつ腰を伸ばし、苦しそうにホッと一息ついた。その顔は真黒く秋日に焦げている上に、連日の労働に疲れ切っているらしく、見違えるほどやせ細り、目だけがギョロギョロと光っている。流れる汗は止めどもなく、喘ぐ呼吸は火焰のよう……特に、その手に杖ついている鍬の刃先が、この数十日の砂掘り作業の熱狂的な激しさを物語るかのように、波形に薄く磨り減り、銀のようにギラギラと輝いている様子は、まるで生きながら焦熱地獄に堕ちた亡者の姿そのものであった。

その呉一郎はやがて、何者かに追いかけられるように、真黒な腕で鍬を取り直した。新しい石英質の砂の平地に、ザックとばかり打ち込んで別の穴を掘り始めたが、そのうちに大きな魚の脊椎骨を一個掘り出すと、また急に元気を取り戻し、前の倍の勢いで鍬を振り続けた。

舞踏狂の女学生が、呉一郎の背後にある大きな穴の一つに落ち込み、両足を空中に振り回しながら悲鳴をあげた。ほかの患者たちが手を叩いて喝采した。

呉一郎は、振り返ることもなく、ひたすら土を掘り続けていた。彼の手元には、何か見えないものを掘り出したようで、両手の指でしきりに捻じくり回していたが、すぐに鍬を取り直し、目を火のように輝かせ、白い歯を噛み締めながら、必死の形相で足元を掘り返し始めた。

その背後から、正木博士が悠然と近づいてきた。鼻眼鏡をキラキラと光らせながら、しばらく呉一郎の作業を見守っていたが、やがて近くに歩み寄り、鍬を振り上げた右肩を軽く叩いた。

呉一郎は驚いて鍬を下ろし、呆然と正木博士を振り返りながら、流れる汗を拭った。

その隙を狙った正木博士は、素早く片手を呉一郎の懐に突っ込み、汚れたハンカチに包まれた丸い物体と、さっき掘り出した魚の脊椎骨を掴み出して、すぐに背後に隠してしまった。しかし、呉一郎は全く気づかない様子で、流れる汗を拭いながら、穴の中から見上げた。正木博士はその顔を見下ろし、微笑んだ。

「今掘り出したのは何だね?」

呉一郎は気まずそうに顔を赤らめ、左手の食指を博士の鼻の先に突き出した。博士が鼻眼鏡を近づけてみると、その指の先には、女の髪の毛が一本、ぐるぐると巻きついていた。

正木博士は、それが何を意味するのかを理解しているらしく、真面目な顔でうなずいた。そして、隠していた汚れたハンカチの包みを解き、中身を左手の掌に乗せて、呉一郎の鼻の先に突き出した。その掌の中には、二ヶ月前にこの治療場に入ったときに拾ったラムネの玉と、今日掘り出した魚の骨、さらに赤いゴム櫛の破片と、小指ほどの硝子管の折れたものが光っていた。

「これは、お前が土の中から掘り出したのだろう?」

呉一郎は息を切らしながらもうなずいた。博士の顔と四つの品物を見比べながら……。

「うん……ところでこれは何だね。何の役に立つのかね、これは……」

「それは青琅の玉と、水晶の管と、人間の骨と、珊瑚の櫛です」

呉一郎は特に考えることもなく、無造作にそう答えると、間もなく博士の手から四つのガラクタとハンカチを受け取り、石のように固く結び固めると、まるで大切なもののように懐の奥深く押し込んだ。

「ふむ……ではお前は何のためにそんなに一生懸命に土を掘り返しているのだね?」

呉一郎は再び土に打ち込もうとした鍬に左手をついて、右手で足元を指さした。

「ここいらに女の屍体が埋まっているのです」

「うむ。なるほど。うむ」

正木博士は唸りながら、鼻眼鏡越しに呉一郎の両目をじっと見つめ、厳格な口調で、一言一言、相手の耳に押し込むように尋ねた。

「……ふむ……なるほど……しかし……その女の屍骸が、土の下に埋められたのは……いったいいつのことだね……」

呉一郎は両手に鍬を支えたまま、驚いたように博士の顔を見上げた。その頬の赤みがスーッと消え、唇がムズムズと動いた。

「……いつ……いつ……いつ……いつのこと……」

と、夢遊病者のような口調で繰り返し始めた。しばらく茫然と周囲を見回していたが、やがて何とも言えない寂しげな、途方に暮れた表情に変わった。パタリと鍬を取り落とし、力なく目を伏せると、がっくりとうなだれて穴を這い上がり、ゆっくりと入口の方へ歩み去った。

その後ろ姿を見送った正木博士は、腕を組んで満足げに微笑んだ。

「果たして、心理遺伝が寸分の狂いもなく現れてくるな……しかし、もう一辛抱しなくてはならない。これからが本当の見物だからな……」

再び同年十月十九日、解放治療場内の光景が映し出される。

平らな砂地になった場内の煉瓦塀の前に、畠を打っている老人の儀作が現れた。儀作は、最初の場面に現れたときよりも一畝ほど多く畠を作っているが、傍にいる痩せた少女も、その半分のところまで、枯れ枝や瓦の破片を植えつけている。

その前に立っている呉一郎も、最初の場面と同じように微笑を浮かべ、両手を後ろに回したまま、老人の鍬の上げ下ろしを一心に見守っている。しかし、わずか一ヶ月の間にすっかり色が白くなり、肉が丸々とついているのは、その間じゅう穴掘りの労働を中止し、自分の部屋……第七号室に閉じ込められていたからだろう。

その背後から正木博士がニコニコしながら近づいてきて、やおら肩に手を置くと、呉一郎はハッとしたように振り返った。

「……どうだい……久しぶりに出てきたじゃないか。すっかり色が白くなって……おまけに太って」

「……はい……」

呉一郎も相変わらずニコニコしながら、再び鍬の上げ下ろしを見守り始めた。

「何をしているんだね。ここで……」

正木博士はその顔を覗き込むようにして尋ねた。すると、呉一郎は鍬に目を注いだまま静かに答えた。

「……あの人の畠打ちを見ているのです」

「ふむ。だいぶ意識がはっきりしてきたな」

正木博士は独り言のように言いながら、その横顔を見上げ、やがて少し語気を強めて言った。

「……そうじゃあるまい。あの鍬が借りたいのだろう」

この言葉が終わらぬうちに、呉一郎の頬がサッと白くなった。目を丸くして正木博士の顔を見たが、間もなくまた鍬の方を振り返りつつ独り言のように呟いた。

「……そうです……あれは僕の鍬なのです」

「うん。それはわかっているよ」

正木博士はうなずいて見せた。

「……あの鍬は君のものなんだ。しかし折角ああやって熱心に働いているんだから、もう少し待っていてくれないか。そのうちに十二時の鐘が鳴れば、あの爺さんはきっとその鍬を放り出して、飯を食いに行くに決まっているんだから……そうして午後はもう日が暮れるまで決して出て来ないのだから」

「きっとですか」

こう言って正木博士を振り返った呉一郎の目は、何となく不安そうに光った。正木博士は安心せよというように深くうなずいて見せた。

「きっとだよ。……そのうちにもう一挺、新しいのを買ってやるよ」

呉一郎は、鍬を上下させながら不安げにその動きを見つめていた。しばらくして、彼は独り言のように呟いた。

「今、僕はそれが欲しいんです……」

「ふむ、なぜだろう……それは……」

しかし、呉一郎は何も答えなかった。口をしっかりと閉じ、再び鍬の動きに目を戻した。

正木博士は、呉一郎の横顔を緊張した表情でじっと見つめていた。彼は、その表情の中に何かを見つけ出そうとしているようだった。

その時、大きな鳶の影が二人の前を静かに滑っていった。

――――――――――――――――――――

ここまでの状況から、呉一郎の心の奥には、青琅の玉や水晶の管、珊瑚の櫛といった古代の高貴な婦人に関わる心理遺伝があることがわかってきた。そして、彼はその婦人をモデルにした絵巻物を完成させるために、女の死体を求めて熱心に探しているようだということも明らかになった。

しかし、その死体が土の中に埋められたのはいつなのかという正木博士の問いに、呉一郎は呆然とし、答えを見つけられないまま自室に戻り、考え込んでしまったのはなぜだろうか。

そして、一ヶ月後の今日、大正十五年の十月十九日、彼はふらりとこの解放治療場に現れ、老人の鍬が空くのを一心に待っているのはなぜなのか。

この間にも、この狂人解放治療場には危機が迫っている。どこから、どのようにしてその危機がやってくるのか……。

この疑問を解明できるのは、今のところ、この事件を調査している若林博士と、その相談相手である私だけだ。いや、スクリーンの中の正木博士もいる……いや、そうでもない……ああ、面倒だ、私がやってしまおう。ついでに活動写真もやめてしまえ。さらに、九大精神病科の教授室で深夜、一人で遺言書を書いている正木博士のところに帰ってしまおう。

少し冗談が過ぎるかもしれないが、どうせ死ぬ前の暇つぶしに書く遺言書だ。ウイスキーがどれだけ効いても構わない。あとは野となれ山となれ……ここでまた一服させてもらおうか。

……ああ、愉快だ。こうして自殺の前夜に、宇宙のすべてを笑い飛ばす気持ちで遺言書を書いていく。書き疲れると、スリッパのまま回転椅子に座り込んで、膝を抱えながらプカリプカリと、ウルトラマリンやガムボージ色の煙を吐き出す。すると、その煙が朝雲や夕雲のように、ゆらりゆらりと天井に向かって渦巻き上がり、一定の高さに達すると、水面に浮かぶ油のようにゆるりと広がっていく。まるで霊のように結びつき、解けていく様子は、悲しそうにも、嬉しそうにも、さまざまな非幾何学的な曲線を描きながら薄れ、消えていく。

その光景を大きな回転椅子の中からぼんやりと見上げる、まるで小さな骸骨のような私の姿は、まるでアラビアンナイトに登場する魔法使いそのものだ……ああ、眠い。ウイスキーが効いているようだ。ムニャムニャムニャ……窓の外は星だらけだ。……えっと……何だったかな……星一つか……「星一つ、見つけて博士世を終わり」か……ハハン……あまりありがたくないな……ムニャムニャムニャムニャムニャ………………ムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャ…………………………………………………………………………ムニャムニャ ムニャムニャムニャムニャムニャムニャムニャ …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。