ドグラ・マグラ (15/47)
作 夢野久作
「皆さん、彼女たちに話しかけてはいけません。」
彼女たちは、全身の細胞の中から選ばれた反射交感術の専門家です。だから、普通の交換局の彼女たちと同じように、自分が何を反射交感しているのか、全く知らないまま、休む暇もなく呼び出され、呼び出し、切り替え、継ぎ直しをさせられています。内閣が変わろうが、戦争が始まろうが、大地震や大火事が起ころうが、暑かろうが寒かろうが、頭に蜂が刺さろうが、尻に火がつこうが、彼女たちにはそんなことを気にする余裕はありません。彼女たちは、ただそうした意識や判断、感覚を、全身で反射交感する機械のような存在なのです。
だから、皆さんは彼女たちに話しかけてはいけないのです。彼女たちに考えさせてはいけません。余計な仕事をさせて、彼女たちを二重に疲れさせてはいけないのです。
彼女たちが他のことを考えなければ考えないほど、単純な反射交感の仕事に一心不乱になればなるほど、全身の反射交感機能は敏活で迅速になっていきます。頭が疲れず、ちらつかず、頭脳は明晰になっていくのです。
なんと簡単明瞭なことでしょう。頭が、まるでアンポンタン・ポカンのようになってしまいます。
私は、ここにいるアンポンタン・ポカン局長として、明言します。この簡単明瞭な脳髄局の反射交感組織において、頭脳が明晰になり、意識がすっきりとしたアンポンタンたちの頭なら、もう二度と脳髄のトリックに引っかかることはないでしょう。脳髄で物を考えることもなくなるでしょう。そして、最先端の脳髄学のトップに立ち、あらゆる脳髄に関する不可思議現象を、一挙にアンポンタン・ポカン化することができるのです。この人類文化の命運を握る大怪魔『脳髄』の正体を、ここまで的確に探り出し、暴露してきた私、アンポンタン・ポカンの名に、再び頭を下げざるを得ないでしょう。
しかし、皆さんの中には、まだ頭を下げない人もいるかもしれません。
この説明だけでは、精神病や心霊に関する様々な怪奇、不可思議現象について首をひねっている学者がいるかもしれません。
「よろしい、非常に良い。」
そういう人々こそ、共に怪奇を語るにふさわしい人々です。この地上で最大の神秘的な存在、すべてのエロ、グロ、ノンセンスの主人公である脳髄を、徹底的にアンポンタン・ポカン化しなければなりません。
「よろしい、非常に良い。」
そのような人々には、もう一度頭を下げて、脳髄局の大玄関に戻ってもらいたい。ここに掲示されている『脳髄局、ポカン式反射交感事務、加入規約』を読んでみてください。
どうですか、皆さん。この規約は、たった三つの条項しかありません。普通の電話交換局の加入規約の何十分の一にも満たない、非常にシンプルなものです。しかも、この三つの条項は、人間の全身の三十兆の細胞が、祖先から受け継いだ不文律として、非常識なほど極端に遵守しています。この簡単な三つの条項を理解さえすれば、皆さんは立派な脳髄学の博士になれるのです。現在、地球上で展開されている脳髄に関するあらゆる不可解な劇や皮肉な劇、侮辱虐待劇、ノンセンス劇、恐怖劇などの裏側が、いかに些細なものであるかを、何の抵抗もなく見抜くことができるのです。
◇第一条 脳髄局からの反射交感による報道は、たとえ事実でなくとも、事実と信じて記憶すべし。
泥棒が入った夢を見て、大声で家中を起こす人々は、この第一条に支配されているのです。
◇第二条 脳髄局からの反射交感がない場合は、たとえ自分が行ったことであっても、事実と認めてはならず、記憶にも留めてはならない。
「昨夜、君の布団を引ったくった覚えはない」と言い張る人々は、この第二条を厳守している正直者です。
この二つの条項は、現在の精神病学界で重大な疑問となっている「ねぼけ状態」を引き起こす規約です。もちろん、普通の人にもよくあることで、文句も簡潔なので記憶しやすいのですが、第三条は少しややこしいように見えます。しかし、意味は前の二つの条項と同じく非常に明確です。すなわち……
「脳髄の反射交感機能に異常が起きた場合、脳髄のない下等動物と同様に、脳髄以外の全身の細胞の反射交感作用を脳髄の代わりに活用せよ」
という意味の規約で、いわば脳髄の非常時に対する応急手段とも言えるでしょう。さらに、彼の「物を考える脳髄」がこれまで、幽霊や妖怪、幻覚錯覚、精神異常、泣き中気、笑い中気、夢中遊行、朦朧状態など、あらゆる超科学的、もしくは超説明的な怪現象を演出し、全世界の科学者の脳髄を翻弄してきた手品の種は、実にこの簡単明瞭な第三条の規約の逆用そのものでした。すなわち、
◇第三条 脳髄局の反射交感機能に故障が生じた場合、その故障が生じた一箇所において反射交感していたある意識は、他の意識との連絡を絶ち、全身の細胞が元始以来保有している反射交感作用を、脳髄の反射交感作用とは無関係に使用し、他の意識に先んじて感覚し、判断し、考慮し、また全身を支配して運動させることができる。
脳髄に関する規則がある。急を要する状況、例えば無意識のうちに目を閉じたり、飛び退いたりするような場合、また麻酔がかかっているとき、脳全体の反射機能が停止しているときには、無意識の行動や言語が現れることがある。そして、脳が異常な深い睡眠に入っているとき、夢中で歩き回ったり、寝言を言ったり、歯ぎしりをしたりすることもある。これらの三つの状態は、特に注意が必要だ。
学生の皆さんには、これを忘れないうちにノートに書き留めておくことを強く勧める。この第三条は脳髄衛生学の基本であり、皆さんが抱える神経衰弱は、この規則から生まれた病気に他ならない。実際、文化を自称する多くの人々が、この第三条に引っかかり、精神的な破産や滅亡の状態に陥っているのだ。
これは他の理由からではない。脳髄の反射機能は非常に繊細にできているため、様々な故障を引き起こしやすい。その故障を修理するのは簡単ではないため、こうした応急的な規則が設けられているのだ。
また、脳髄における反射機能の応急規則、つまり第三条の存在を証明するのに最も適した例が、「笑い中気」や「泣き中気」といった現象である。脳の特定の部分、例えば「笑い係り」が脳出血によって麻痺すると、反射的に生じていた「笑いの電流」が他の意識との連絡を失い、全身の細胞がその電流を無視して勝手に笑い出す。こうして、他の感情が芽生える隙がなくなるのだ。これが俗に言う「笑い中気」であり、「怒り中気」や「泣き中気」も同じ理屈で起こる。
もちろん、これは脳出血による故障なので、病理解剖を行えばすぐにわかる。「ここが笑いの電流を交感するところだな」と一目瞭然だ。しかし、肉眼で見える脳の故障は例外的で、目に見えない故障が引き起こす怪奇現象の種類は数え切れない。エロティックでグロテスクなものから、ノンセンスな現象まで、科学文明の裏側から地下室に至るまで、昼夜を問わずさまよっているのだ。
さらに、その怪奇現象の一つ一つが、目に見えない脳の故障を証明しているのだから、興味深いではないか。
まず第一に、現代の「物を考える脳髄」の皆さんが、脳と全身の細胞との間にこうした第三条の応急規則が存在することに気づいていないのが残念だ。「脳髄なんかいくら使ったって減るもんじゃない」と言って、無理に脳に考えさせようとする習慣を持っている。脳は物を考える場所ではなく、単純な反射機能を持つ場所であるという事実に気づかず、脳に考えさせようと努力しているのだ。
そのため、脳の交換手たちがどれほど事務の負担に悩まされているか、想像もつかないだろう。過重な負担が、幻覚や錯覚、倒錯観念の渦を生んでいるのだ。
事実は目の前にある。脳で物を考えすぎると、電流が通り過ぎたコイルのように、脳の組織全体が熱を持ち、反射機能が弱まる。すると、全身の細胞に含まれる意識が互いに連絡を失い、それぞれが勝手に行動を始める。これが軽い半自覚的な意識の夢中遊行となり、全身の細胞が作り出す意識の空間を無限に駆け巡るのだ。皆さんが何かを考え込んでいるときに感じる、止まらない空想や妄想はこの状態から来ている。そして、脳が疲れて眠り込むと、意識同士の連絡も次第に途絶えていく。こうして、辻褄の合わない夢に変わっていくのは、小説を読みながら眠りかけるときや、教室や電車の中で舟を漕いでいるときに体験していることだろう。
昔の人々は迷信が深かったため、暗闇の中を歩くときに恐怖から脳を疲れさせ、様々な幻覚や倒錯観念に陥った。そうした幻視や幻感が幽霊や妖怪の話として伝わっているが、これを笑う人々は、現代的な神経の持ち主とは言えない。神経衰弱やヒステリー、制限剤や睡眠薬を持ち歩く紳士淑女の仲間には入れないのだ。
都会の喧騒の中で生活する人々は、真昼の明るさの中でも脳が疲れ果て、さまざまな意識や判断力が遊離している。全身の神経が反応し合い、まるで夢の中を彷徨っているかのようにフラフラしているのだ。大きな煙突の近くを通ると、まるでそれが頭の上に倒れかかってくるような気がして、思わず足早になる。眠っていると、電車の音が枕元で響いてくるように感じ、つい電灯を点けたくなる。ストーブが欠伸をしたり、卵の黄身が皿の中で白目を向いたり、昨夜帰り道に見た赤いポストの位置が変わっていたり、深夜にパン焼き窯がため息をついたり、机の引き出しから白い手が現れて「おいでおいで」と呼んだり、ピストルが自分に向かって「ズドン」と鳴ったりするような奇妙な現象が、科学文化の中で次々と起こるのは、すべて脳の疲労からくる反射の誤作動、つまり意識が夢中で彷徨っているからに他ならない。
さて、こうした精神の異常は、実はあなたたちの中にもよく見られるものだ。多くの人は自分の精神状態に薄々気づいているため、うっかり気違い扱いをすると、かえって症状が悪化する恐れがある。そのため、わざと精神病者の数には入れないのだが、もしこの状態が一歩進むと、もう放っておくわけにはいかなくなる。金箔を施した狂気となり、赤レンガのアパート生活においても、護衛が必要な資格を持つようになるのだ。
私が今までお世話になっている九州帝国大学の精神病科教室には、そんな人々がたくさんいた。彼らを次々と教壇に引き出し、主任の正木博士が生徒たちに講義をするのを聞くと、まるで私が考えていることをそのまま語っているようで、面白くてたまらなかった。
「……エヘン……人間の脳というものは、全身の細胞の意識を反射し、一つの焦点を作り出す複合的な球体のようなものです。脳が全身の三十兆の細胞の意識を同時に照らし出す様子は、蜻蛉の目が大千世界を一望するのと同じです。さて、その脳によって、時々刻々に反射され、精神が形成されていくのですが、その人間の個性や特徴は、先祖代々から受け継がれた心理作用の集積に他なりません。先祖が体験した無数の心理的習慣が、脳の反射作用によって統一され、調和を保ちながら焦点を作っていくのが、いわゆる普通の人間です。しかし、人間の心理作用にはそれぞれ違った癖があり、その癖が先祖から矯正されずに伝わると、代を重ねるうちにますますひどくなることがあります。たとえば、ある女性が一つのことを思い詰める癖を遺伝した場合、特定の男性に恋をすると、寝ても覚めてもその人に会いたい、見たい、一緒になりたいと考え続けるようになります。その結果、恋しい意識を反射していた脳の一部分が疲れ果て、次第にその意識が遊離し、空想や妄想に凝り固まって、執念のような夢中遊行を始めるのです。夜も昼もその人の姿を思い描き、口に出してしまうようになります。そうなると、その恋しい意識を司っていた部分がますます疲れ果て、意識が完全に遊離して活動を始め、発狂の度合いが深まります。外に飛び出し、取り押さえられ、鉄の格子を揺すぶって狂い回ることになるのです……。
これは普通の人間が普通に発狂していく過程であり、こうした傾向を少しでも持っている人間が普通の人であり、より多く持っている人間がいわゆる精神病系統の人間と呼ばれるのです。だから、発明狂や研究狂、収集狂などと呼ばれる人々も、程度の差はあれ、皆この仲間に違いありません。早期の手当てがあれば救われることもありますが、もし彼らが本格的な夢中遊行病に進んでしまうと、まったく趣が異なります。もちろん、精神病の一種であることは間違いありませんが、その活躍ぶりは普通の狂人以上に驚異的です。しかし、その本人は普通の人と少しも変わらず、むしろ鼻の病気か何かで少しぼんやりしていたり、頭が非常にデリケートで学問ができすぎたり、気が弱すぎて虫も殺せなかったりするような特別な善人の中に見られる珍しい病気で、決して「キチガイ」とは呼べないのです。それでも、その人が真夜中になると、むくむくと起き上がり、キチガイ以上の奇抜な行動や残忍な行為をするのだから、ますます驚くべき面白い事態になるのです。
その人が目を覚ましている間の意識状態は、普通の人と全く変わらない。全身の細胞の意識は、脳の反射作用によって均一に調和されていく。しかし、日が暮れて夜が深くなると、その人の脳は完全に休止し、熟睡状態に入る。その熟睡は普通の人のそれとは異なり、普通の眠りの深さをはるかに超え、死の世界に近づいていく。つまり、普通の呼びかけや大声では決して目を覚まさない、いわば死人のような状態に陥るのだ。これが夢遊病患者の特徴である。
こうして睡眠が深まるにつれて、必然的に全身の細胞の中に、深く眠りきれない意識が一つか二つ現れる。その眠り遅れた意識は、背景が黒くなるにつれて前景が明るくなるように、深い眠りの中で鮮明に目を覚まし、様々な活動を始めるのだ。
例えば、ある人が特定の感情や意志を強く抱いたまま眠りに落ちたとする。「あのダイヤが欲しい」とか、「憎い奴を殺してやりたい」と思いながら目を閉じていると、やがて脳が熟睡の底に落ちたとき、その脳と共に眠っている細胞の中で、その意識だけが一つだけ目を覚ます。そして、その意識は良心や常識、理性と連絡を失い、片方だけの状態で起き上がり、全身の細胞が持つ反射作用を脳の代わりに使い始める。そうして、必要に応じて勝手に判断し、感覚を呼び起こしながら、見たり聞いたり考えたりして、望み通りの行動をする。欲しいダイヤを盗んだり、憎い相手を殺したりするのだが、そうした行動は脳を通過した印象ではないため、全く記憶に残らない。目を覚ました後も、何事もなかったかのように、普段通りの無邪気な人間に戻ってしまう。たとえ盗んだダイヤや殺した相手の死体を見せられても、知らないことは白状できず、ますます無邪気な状態に戻るだけだ。
その代わり、夢遊病の最中は、全身の細胞が脳の役割とそれぞれの専門的な役割を同時に引き受けて活動しているため、目が覚めた後には異様な疲労感を覚えるのが常である。この理屈は、薬を使って脳だけを麻酔した場合と全く同じであることからも容易に理解できる。しかし、この麻酔後の疲労と夢遊病後の疲労は、同じ性質のものであるため、区別が難しく、非常に興味深い法医学上の研究課題となることがある。
その好例として挙げられるのが、今ここに立って私の講義を聞いているこの青年である。彼は、皆さんの中に知っている人がいるかもしれない。住所や名前は公表できないが、彼はまだ二十歳になったばかりの春に、この大学の入学試験を受け、最高の成績で合格した。しかし、可哀想なことに、先祖から受け継いだ夢遊病の発作に襲われ、結婚式の前夜に自分の花嫁を絞殺してしまった。さらに彼は、十六歳の時にも同じ発作にかかり、実の母親を絞め殺したという、まさに稀有な英雄である。しかし、その後この教室に来て、私の独特な治療を受けるうちに、次第に正気を取り戻してきたようで、最近では自分の髪を掻き回したり、耳の上を叩いたりして「ここはどうなっているのか」と言い始めた。そして時々、教室の中で脳の演説を始めることがあるが、その演説は一から十まで、私が教えたことをそのまま繰り返すので、非常に面白く、私も時々参考のために聞きに行くほどだ。このような人間の記憶力は、想像を超える驚異的なものである。なぜなら、彼は強烈な夢遊病の発作によって過去の記憶から完全に切り離されているため、現在の出来事に対する記憶は何ものにも邪魔されない絶対的な自由の中で浮遊しているからだ。だから、一旦注意を集中すると、どんな細かいことでも超人的な正確さで記憶することができる。しかし普段は、まるで卵から這い出したばかりの生物のように驚いた表情をしているため、「アンポンタン・ポカン博士」という尊称を受けているのだ。
正木教授がここまで講義を進めると、学生たちは一斉にこちらを見て笑い出した。私はそのまま呆然と精神病院を飛び出してしまった。そして今、ここ十字路に立ち、皆さんの脳の異常を観察しているうちに、どうしても放っておけなくなり、こんな警告を発することにしたのだ。時空を超えたポカン式脳論を、思い切って公表することにしたのだ。