二十四〜二十五
作 夏目漱石
私は奥さんからの扱いを受けるうちに、次第に元気を取り戻していきました。その変化を自覚していた私は、同じことを今度はKに試してみようと考えました。Kと私の性格には大きな違いがあることは、長い付き合いの中でよく理解していましたが、私がこの家庭に入ってからは、少しずつ自分の神経が和らいでいくのを感じていました。Kの心も、ここにいればいつか落ち着くのではないかと思ったのです。
Kは私よりも強い決意を持った男でした。彼は私の倍以上勉強してきたでしょうし、持って生まれた頭の良さも私よりずっと優れていました。専門が違ったため、後に何とも言えませんが、同じ学年にいる間は、中学でも高等学校でも、Kは常に上の席にいました。私はいつも、何をしてもKには及ばないという自覚を持っていました。しかし、私が無理にKを自宅に引き込んだ時には、自分の方が物事をよく理解していると信じていました。私の目には、彼は我慢と忍耐の違いを理解していないように見えたのです。
この点を特にあなたに伝えたくて、聞いてほしいのです。私たちの肉体や精神は、外部からの刺激によって成長したり、逆に壊されたりしますが、刺激を徐々に強めていく必要があるのは当然です。考えなしに進むと、非常に悪化した方向に向かってしまい、自分自身も周囲も気づかない恐れが生じます。医者の話によれば、人間の胃ほど怠け者なものはないそうです。粥ばかり食べていると、硬いものを消化する力がいつの間にか失われてしまうのです。だから、何でも食べる訓練をしておくべきだと医者は言います。しかし、これはただ慣れるという意味ではないと思います。刺激が増すことで、栄養機能の抵抗力が強くなるという意味でなければなりません。もし逆に胃の力がじりじりと弱まっていったら、結果はどうなるかすぐに想像できます。Kは私よりも偉大な男でしたが、彼はそのことに全く気づいていなかったのです。困難に慣れれば、そのうち困難は何でもなくなると信じていたようです。艱難を繰り返せば、それだけの価値があると考え、艱難が気にならなくなる時が来ると信じていたのです。
私はKにそのことを明らかにしたかったのですが、言えば必ず反発されるだろうと感じていました。また、昔の人の例を引き合いに出されるに違いないと思いました。そうなれば、私もその人たちとKとの違いを明確にしなければなりません。Kがそれを納得してくれるならいいのですが、彼の性格上、議論がそこまで進むと簡単には引き下がらないのです。さらに話が進むと、彼は口で言ったことを行動で実現しようとします。彼はそうなると恐ろしい男でした。偉大でした。自分自身を破壊しながら進んでいくのです。結果的には、彼は自己の成功を打ち砕く意味で偉大であったのですが、それでも決して平凡ではありませんでした。彼の気性をよく知っていた私は、結局何も言えなくなってしまいました。その上、私から見ると、彼は少し神経衰弱に陥っているように思えました。仮に私が彼を説得できたとしても、彼は必ず激怒するに違いないのです。私は彼と喧嘩をすることを恐れてはいませんでしたが、自分が孤独に耐えられない境遇を考えると、親友の彼を同じ孤独に追い込むのは忍びないことでした。さらに孤独な境遇に突き落とすのはもっと避けたかったのです。それで、彼が私の家に引っ越してきてからも、しばらくの間は彼に対して批評めいたことを言わず、穏やかに彼の周囲に与える影響を観察することにしました。
私は影で、奥さんとお嬢さんにKともっと話をするように頼みました。彼の無言の生活が彼に悪影響を及ぼしているのではないかと信じていたからです。使わない鉄が錆びるように、彼の心には錆が出ているとしか思えなかったのです。
奥さんは「取り付き把のない人だ」と笑っていました。お嬢さんもその例を挙げて私に説明してくれました。火鉢に火があるかと尋ねると、Kは「ない」と答え、持って来ようと言うと「要らない」と断るそうです。寒くはないかと聞くと「寒いけれども要らない」と言って、それ以上応対しないのだそうです。私はただ苦笑するしかありませんでした。気の毒だから、何とかその場を取り繕わなければならないと思いました。もっとも、それは春のことですから、無理に火にあたる必要もなかったのですが、こうなると「取り付き把がない」と言われても仕方ないと思いました。
そこで私は、できるだけ自分が中心になって、奥さんとお嬢さんとKとの連絡を図るように努力しました。Kと私が話しているところに家族を呼んだり、家族と私が一つの部屋にいるところにKを引っ張り出したり、その時々に応じた方法で彼らを近づけようとしました。もちろん、Kはそれをあまり好みませんでした。ある時はふいに立ち上がって部屋の外に出て行きました。またある時は、いくら呼んでもなかなか出てきませんでした。「あんな無駄話をして、何が面白いのか」と思っていたのです。私はただ笑っていましたが、心の中では、Kがそのために私を軽蔑していることがよく分かりました。
私は、ある意味では彼の軽蔑に値していたのかもしれません。彼の目が向けられる先は、私のそれよりも遥かに高いところにあったと言われるでしょう。私もそれを否定するつもりはありません。しかし、目だけが高くて、外の世界と釣り合わないのは、どうしようもない欠陥です。私は何よりも、彼を人間らしくすることが最も重要だと考えました。いくら彼の頭の中が偉人のイメージで埋め尽くされていても、彼自身が偉くならなければ、何の役にも立たないということに気づいたのです。
そこで、私は彼を人間らしくするための第一の手段として、まず異性のそばに彼を座らせることを考えました。そうして、そこから漂う空気に彼をさらし、錆びついてしまった彼の血液を新しくしようと試みたのです。
この試みは徐々に成功を収めていきました。初めは融合しにくいように見えたものが、次第に一つにまとまっていくようでした。彼は少しずつ、自分以外に世界が存在することを悟り始めているようでした。ある日、彼は私に向かって、女性は軽蔑すべき存在ではないというようなことを言いました。どうやら彼は、最初は女性にも私と同じような知識や学問を求めていたらしく、それが見つからないとすぐに軽蔑の念を抱いていたようです。今までの彼は、性別によって立場を変えることを知らず、同じ視線で全ての男女を一様に観察していたのです。
私は彼に言いました。「もし我々二人だけが男同士で永遠に話をしているなら、ただ直線的に先へ進むだけだろう」と。彼はその通りだと答えました。その時、私はお嬢さんのことで少し夢中になっていたので、自然とそんな言葉を使うようになったのかもしれません。しかし、私の心の内は彼には一言も打ち明けませんでした。
今まで書物の中に閉じ込められていた彼の心が、少しずつ打ち解けていく様子を見るのは、私にとって何よりも嬉しいことでした。私は最初からそうした目的でこの行動を始めたのですから、自分の成功に伴う喜びを感じずにはいられませんでした。私は彼に直接伝える代わりに、奥さんとお嬢さんに自分の考えを話しました。二人も満足そうでした。