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二十二〜二十三

作 夏目漱石

Kの事件が一段落した後、私は彼の姉の夫から長い封書を受け取りました。Kが養子に行った先は、この人の親類にあたるため、彼を周旋した時や復籍させた時にも、この人の意見が大きな影響を持っていたのだと、Kは私に話してくれました。

手紙には、Kが今どうしているのか知らせてほしいと書かれていました。姉が心配しているので、できるだけ早く返事をもらいたいという依頼も添えられていました。Kは、寺を継いだ兄よりも、他家に嫁いだこの姉を好いていました。彼らは同じ母から生まれた姉弟ですが、姉とKの間にはかなりの年の差がありました。そのため、Kが小さい頃には、継母よりもこの姉の方が、むしろ本当の母のように感じられたのでしょう。

私はKに手紙を見せました。Kは何も言いませんでしたが、自分のところにも姉から同じような内容の手紙が二、三度来たことを打ち明けました。Kはそのたびに心配する必要はないと返事をしたそうです。しかし、運悪くこの姉は生活に余裕のない家庭に嫁いでしまったため、いくらKに同情しても、物質的に弟を助けることはできなかったのです。

私はKと同じような返事を彼の義兄宛に出しました。その中で、万が一のことがあれば私が何とかするから安心するようにと、強い言葉で伝えました。これはもちろん私の一存でした。Kの行く先を心配する姉に安心を与えたいという好意もありましたが、私を軽蔑した彼の実家や養家に対する意地もあったのです。

Kが復籍したのは一年生の時でした。それから二年生の中頃まで、約一年半の間、彼は自分一人で生計を立てていました。しかし、その過度の労力が次第に彼の健康や精神に影響を及ぼし始めたようでした。もちろん、養家を出るかどうかという悩みも影響していたでしょう。彼は次第に感傷的になり、自分だけが世の中の不幸を一身に背負っているように感じることがありました。そしてそれを打ち消そうとすると、すぐに激しくなってしまうのです。また、自分の未来に待ち受ける光明が、次第に遠のいていくように思えて、いらいらしていました。学問を始めた時には誰もが大きな抱負を持って新しい旅に出るものですが、一年と二年が過ぎ、卒業も近くなると、自分の足取りが鈍くなっていることに気づき、失望するのが普通です。Kの場合も同じでしたが、彼の焦り方は普通の人に比べて遥かに激しかったのです。私はついに彼の気持ちを落ち着けることが最も重要だと考えました。

私はKに余計な仕事をするのはやめるように言いました。そして、しばらく身体を休めて遊ぶ方が将来のために良いと忠告しました。頑固なKのことですから、私の言うことを簡単には聞かないだろうと予想していましたが、実際に言ってみると、思ったよりも説得するのが難しくて困りました。Kはただ学問が自分の目的ではないと主張し、意志の力を養って強い人になることが自分の考えだと言いました。そして、そのためにはできるだけ厳しい環境に身を置かなければならないと結論づけました。普通の人から見れば、まるで酔狂のようです。しかし、窮屈な環境にいる彼の意志は、全く強くなっていないのです。むしろ、神経衰弱に陥っているようでした。私は仕方なく、彼に対して非常に同感であるような態度を見せました。自分もそういう点に向かって人生を進むつもりだったと、ついには明言しました。(もっとも、これは私にとってまんざら空虚な言葉でもなかったのです。Kの説を聞いているうちに、次第にそういう考えに引き込まれていくほど、彼には力があったのです)。最後に私はKと一緒に住み、共に向上の道を歩んでいきたいと提案しました。私は彼の頑固さを曲げるために、彼の前に跪くことをあえてしました。そして、徐々に彼を私の家に連れて来ました。

私の座敷には控えの間という四畳の部屋が付属していました。玄関を上がって私のいるところへ通るには、この四畳を横切らなければならないため、実用的には非常に不便な部屋でした。私はここにKを入れました。最初は同じ八畳に二つの机を並べて、次の間を共有するつもりでしたが、Kは狭くても一人でいる方がいいと言って、自分でそちらを選びました。

以前にも話した通り、妻は私のこの決定に対して初めは反対でした。下宿屋ならば、一人より二人が便利で、二人より三人が得になるけれども、商売ではないのだから、できるだけ避けた方がいいと言います。私が決して世話の焼ける人間ではないから大丈夫だと言うと、世話は焼けなくても、気心の知れない人は嫌だと返されました。それでは今、私が厄介になっているのも同じことではないかと問い詰めると、私の気心は初めからよく分かっていると弁解されました。私は苦笑しました。すると、妻はまた理屈を変えて、そんな人を連れてくるのは私のために悪いからやめてほしいと言い直しました。なぜ私のために悪いのかと尋ねると、今度は向こうで苦笑するのです。

実を言うと、私も強いてKと一緒にいる必要はなかったのです。しかし、月々の費用を金の形で彼の前に並べて見せると、彼はきっとそれを受け取る時に躊躇するだろうと思ったのです。彼はそれほど独立心の強い男でした。だから私は彼を私の家に置き、二人分の食料を彼の知らない間にそっと妻の手に渡そうとしたのです。しかし、私はKの経済問題について、一言も妻に打ち明けるつもりはありませんでした。

私はただKの健康について話しました。一人にしておくと、ますます偏屈になってしまうからです。それに加えて、Kが養家とうまくいっていなかったことや、実家と離れてしまったことなど、いろいろと話をしました。私は、溺れかけた人を抱きしめて、自分の熱を彼に移してやる覚悟で、Kを引き取るつもりだと告げました。そのために、奥さんやお嬢さんにも、温かく面倒を見てほしいと頼みました。ここまで来て、ようやく奥さんを説得できたのです。しかし、何も知らないKは、この経緯をまるで理解していませんでした。私もそれを逆に満足に思い、のっそりと引き移ってきたKを、知らん顔で迎えました。

奥さんとお嬢さんは、親切に彼の荷物を片付けたり、いろいろと世話をしてくれました。すべてが私に対する好意から来ているのだと解釈し、心の中で喜びました。――Kが相変わらずむっちりした様子をしているにもかかわらず。

私がKに新しい住居の感想を尋ねたとき、彼はただ一言「悪くない」と言っただけでした。私からすれば、悪くないどころではありません。彼が今までいた場所は、北向きで湿っぽく、臭いのする汚い部屋でした。食事もそれに相応しい粗末なものでした。私の家に引き移った彼は、まるで幽谷から喬木に移ったような気持ちでした。それをあまり気にしていない様子なのは、彼の強情さから来ているのですが、彼自身の信念からも来ているのです。仏教の教えに影響された彼は、衣食住についての贅沢を不道徳のように考えていました。昔の高僧や聖者の伝記を読んだ彼には、精神と肉体を切り離したがる癖があったのかもしれません。肉体を鍛えることで、霊的な光が増すと感じることさえあったのです。

私はなるべく彼に逆らわない方針を取りました。氷を日向に出して溶かす工夫をしたのです。やがて溶けて温かい水になれば、彼自身が気づく時が来るに違いないと思ったのです。