閉じる

一〜三

作 夏目漱石

家に帰ると、意外なことに父の元気が前回見たときとあまり変わっていないことに気づいた。

「ああ、帰ったかい。そうか、それでも卒業できてよかったな。ちょっと待ってて、今顔を洗ってくるから」

父は庭で何かをしていた。古い麦わら帽子の後ろに、日除けのために結びつけた薄汚れたハンカチをひらひらさせながら、井戸のある裏手の方へ回って行った。

私は、普通の人間として当然のように学校を卒業することを考えていたが、予想以上に喜んでくれる父の前で恐縮してしまった。

「卒業できてよかった」

父はこの言葉を何度も繰り返した。私は心の中で、父の喜びと、卒業式の晩に先生の家で「おめでとう」と言われたときの先生の顔を比べていた。口では祝ってくれながら、心の底ではけなしている先生の方が、そんなに大したことではないと珍しがる父よりも、かえって高尚に見えた。私は次第に、父の無知から来る田舎臭さに不快感を覚え始めた。

「大学を卒業したくらいで、それほど大したことでもありません。卒業する人は毎年何百人もいますから」

私はついにそんな言葉を口にしてしまった。すると、父は変な顔をした。

「卒業したからといって、ただそれだけで喜んでいるわけじゃない。確かに卒業は素晴らしいことだが、私が言っているのはもう少し意味があるんだ。それがお前にわかっていてくれさえすれば……」

私は父からその先を聞こうとしたが、父は話したくなさそうだった。しかし、とうとうこう言った。

「つまり、私が喜んでいるということなんだ。お前も知っている通り、私は病気だろう。去年の冬、お前に会ったとき、もしかしたらもう三月か四月にはこの世にいないかもしれないと思っていた。それがどういうわけか、今日までこうしている。起き上がるのにも不自由なくこうしている。そこへお前が卒業してくれた。だから嬉しいのだ。せっかく丹精した息子が、自分のいなくなった後で卒業してくれるよりも、元気なうちに学校を出てくれる方が親としては嬉しいだろう。大きな考えを持っているお前から見たら、大学を卒業したくらいで喜ぶのは面白くないだろうが、私の立場から見れば、意味が違う。つまり、卒業はお前にとってよりも、私にとって結構なんだ。わかったかい?」

私は一言もなかった。謝る以上に恐縮してうつむいていた。父は平然と自分の死を覚悟しているようだった。そして、私が卒業する前に死ぬだろうと思い定めていたのだろう。その卒業が父の心にどれほど響くかを考えずにいた私は、全く愚かだった。私は鞄の中から卒業証書を取り出し、大事そうに父と母に見せた。証書は何かに圧し潰されて、元の形を失っていた。父はそれを丁寧に伸ばした。

「こんなものは巻いたまま持ってくるものじゃない」

「中に心でも入れておけばよかったのに」と母も傍から注意した。

父はしばらくそれを眺めた後、立ち上がって床の間の目立つところに証書を置いた。いつもの私ならすぐ何か言ったはずだが、その時の私はまるで普段とは違っていた。父や母に対して少しも逆らう気が起こらなかった。私は黙って父のすることに任せておいた。一度癖がついた証書は、なかなか父の思い通りにはならなかった。適当な位置に置かれるや否や、すぐに自然な勢いで倒れそうになった。

私は母を陰に呼んで父の病状を尋ねた。

「お父さんはあんなに元気そうに庭に出たりしているけれど、あれでいいんですか?」

「もう何ともないようだよ。大方、良くなっているんだろう」

母は意外に平気だった。都会から隔たった森や田んぼの中に住んでいる女性の常として、母はこういうことに関しては全く無知だった。それにしても、前回父が卒倒したときには、あれほど驚いて心配したのに、と私は心の中で独り異な感情を抱いた。

「でも、医者はあの時、到底難しいって宣告したじゃありませんか」

「だから人間の身体ほど不思議なものはないと思うんだよ。あれほどお医者さんが重い口調で言ったのに、今まで元気にしているんだからね。お母さんも最初は心配して、なるべく動かさないようにと思っていたんだけれど、あの気性だろう。養生はするけれども、強情でね。自分が良いと思い込んだら、なかなか私の言うことなんか聞かないんだから」

私はこの前帰ったとき、無理に床を上げさせて髭を剃った父の様子と態度を思い出した。「もう大丈夫、お母さんがあまり心配しすぎるからいけないんだ」と言ったその時の言葉を考えると、母だけを責める気にもなれなかった。「でも、傍でも少しは注意しなくちゃ」と言おうとしたが、結局遠慮して何も口に出さなかった。ただ父の病の性質について、私の知る限りを教えるように話して聞かせた。しかしその大部分は先生と先生の奥さんから得た情報に過ぎなかった。母は特に感動した様子も見せなかった。ただ「へえ、やっぱり同じ病気でね。お気の毒だね。いくつでお亡くなりになるのかしら、その方は」と聞いた。

私は仕方がないから、母をそのままにしておいて直接父に向かった。父は私の注意を母よりは真面目に聞いてくれた。「もっともだ。お前の言う通りだ。しかし、自分の身体は結局自分の身体で、その身体についての養生法は、多年の経験上、自分が一番よく知っているはずだからね」と言った。それを聞いた母は苦笑した。「それご覧な」と言った。

「でも、あれでお父さんは自分でちゃんと覚悟だけはしているんですよ。今度私が卒業して帰ったのを大変喜んでいるのも、全くそのためなんです。生きているうちに卒業はできないと思ったのが、元気なうちに免状を持って帰ったから、それが嬉しいんだって、お父さんは自分でそう言っていましたよ」

「それは、お前、口ではそう言っているけれども、心の中ではまだ大丈夫だと思っているんだよ」

「そうでしょうか」

「まだまだ十年も二十年も生きるつもりでいるんだよ。とはいえ、時々は私も心細くなることがあるけれどね。私もこの調子じゃ、長くはないだろう。もし私が死んだら、お前はどうするつもりだ? 一人でこの家にいる気か?」

父の言葉に、私は急に彼がいなくなったときのことを想像した。広い田舎の家に母一人が取り残される姿。父がいなくなった後、この家はどうなるのだろう。兄はどうするのだろうか。母は何を思うのだろうか。そんなことを考えながら、私は東京で気楽に暮らしていけるのだろうかと不安になった。目の前の母を見つめながら、父が元気なうちに、分けてもらうものは分けてもらっておけという先生の言葉を思い出した。

「自分が死ぬ死ぬって言う人に限って、実際には死なないから安心して。お父さんも、死ぬ死ぬって言いながら、まだまだ何年も生きるか分からないよ。それより、黙っている丈夫な人の方が危ないからね。」

私は母の言葉を黙って聞いていた。理屈や統計から来たような、陳腐に思えるその言葉の裏には、母の深い思いが隠れているのだろうと感じた。

その後、父と母の間で、私のために赤飯を炊いて客を招くという話が持ち上がった。帰った当日から、こんなことになるのではないかと心の中で恐れていた私は、すぐに断った。

「そんなに大げさなことはやめてください。」

私は田舎の客が嫌いだった。彼らは飲んだり食べたりすることを目的にやってくる人たちで、何かあれば好いといった風の人ばかりだった。子供の頃から、彼らの席にいることが心苦しかった。まして、自分のために彼らが来るとなると、私の苦痛はさらに増すように思えた。しかし、父や母の前で、あんな野暮な人たちを集めて騒ぐのはやめてほしいとは言えなかった。だから、私はただ「大げさだから」と主張した。

「大げさだなんて言っても、全然大げさじゃないよ。生涯に二度とないことなんだから、お客を招くのは当たり前だよ。そんなに遠慮しなくてもいい。」

母は、私が大学を卒業したことを、ちょうど嫁をもらったのと同じくらいに重く見ているようだった。

「呼ばなくてもいいけれど、呼ばないとまた何か言われるから。」

これは父の言葉だった。父は彼らの陰口を気にしていた。実際、彼らはこういう場合に、自分たちの期待通りにならないと、すぐに何か言いたがる人々だった。

「東京とは違って、田舎はうるさいからね。」

父はこうも言った。

「お父さんの顔もあるんだから。」と母がさらに付け加えた。

私は我を張るわけにもいかず、どうにか二人の都合の良いようにしようと思った。

「つまり、私のためにやめてほしいというだけなんです。陰で何か言われるのが嫌だからという理由なら、それはまた別の話です。あなたたちに不利益なことを私が強いて主張しても仕方ありません。」

「そう理屈を言われると困るな。」

父は苦い顔をした。

「何もお前のためにするんじゃないと言っているわけじゃないけれど、お前だって世間への義理くらいは分かっているだろう。」

母はこうなると、女だけにしどろもどろなことを言った。その代わり、口数から言えば、父と私を二人寄せても、彼女には敵わないほどだった。

「学問をさせると、人間がどうしても理屈っぽくなってしまう。」

父はただこれだけしか言わなかった。しかし、その簡単な一言の中に、父が普段から私に対して抱いている不満の全てを感じ取った。私はその時、自分の言葉遣いの角張ったところに気づかず、父の不平ばかりが無理に思えた。

その夜、父はまた気を使って、客を呼ぶなら何日にするかと私の都合を尋ねてきた。都合の良いも悪いもない、ただぶらぶらと古い家の中で寝起きしている私に、こんな問いをかけるのは、父が折れて出たのと同じことだった。私はこの穏やかな父の前で、頭を下げた。父と相談の上、招待の日取りを決めた。

その日取りが来る前に、ある大きな出来事が起こった。それは明治天皇のご病気の報道だった。新聞で日本中に広まったこの事件は、一軒の田舎家で少しずつまとまろうとしていた私の卒業祝いを、塵のように吹き飛ばしてしまった。

「まあ、ご遠慮した方がよさそうだね。」

眼鏡をかけて新聞を見ていた父はこう言った。父は黙って自分の病気のことも考えているようだった。私はついこの間の卒業式に、例年通り大学に行幸になった陛下の姿を思い出した。