十九〜二十一
作 夏目漱石
最初、私は理解のある女性として奥さんに接していた。私がその気で話を進めているうちに、奥さんの様子が次第に変わってきた。彼女は私の頭脳に訴えるのではなく、私の心を動かし始めた。自分と夫の間には何のわだかまりもないはずなのに、やはり何かがある。目を開けてそれを見極めようとしても、やはり何も見えない。奥さんの苦しみの核心はここにあった。
彼女は最初、世の中を見つめる先生の目が厭世的だから、その結果として自分も嫌われているのだと断言した。そう言いながらも、彼女は全く落ち着いていられなかった。心の底では、逆に先生が自分を嫌うことで、世の中まで嫌になったのではないかと考えていた。しかし、どんなに考えても、その推測を確かめることはできなかった。先生の態度はいつも良き夫らしく、親切で優しかった。疑念をその日その日の感情で包み込み、そっと胸の奥にしまっていた奥さんは、その晩、その包みを私の前で開けて見せた。
「あなたはどう思う?」と彼女が尋ねた。「私がああなったのか、それともあなたの言う人世観からああなったのか。隠さずに教えて」
私は何も隠すつもりはなかった。しかし、私の知らない何かがそこに存在しているとすれば、私の答えが何であろうと、それが奥さんを満足させることはないだろうと感じていた。そして、私はそこに私の知らない何かがあると信じていた。
「私にはわかりません」
奥さんは予期せぬ答えに、憐れな表情を浮かべた。私はすぐに言葉を続けた。
「でも、先生が奥さんを嫌っているわけではないと保証します。私は先生自身の言葉をそのままお伝えしているだけです。先生は嘘をつくような方ではありません」
奥さんは何も答えなかった。しばらくしてから、こう言った。
「実は、少し思い当たることがあるんですけれど……」
「先生がああいう風になった原因についてですか?」
「ええ。もしそれが原因だとすれば、私の責任はなくなるから、それだけでも私は楽になれるんですが……」
「どんなことですか?」
奥さんは、膝の上に置いた手をじっと見つめながら、言葉を選んでいた。
「あなたが判断してくれると言うから」
「私にできる判断ならします」
「みんなには言えないの。みんな言うと叱られるから。叱られないところだけよ」
私は緊張し、唾を飲み込んだ。
「先生がまだ大学にいる頃、大変仲の良い友達が一人いたの。その方が卒業する少し前に急に死んだのです」
奥さんは私の耳元で小さな声で、「実は変死したのです」と言った。それは「どうして?」と聞き返さずにはいられないような言い方だった。
「それっきりしか言えないの。でも、そのことがあってから、先生の性質が段々変わってきたの。なぜその方が死んだのか、私にはわからない。先生にもおそらくわからないでしょう。でも、その後に先生が変わったと思えば、そう思わないこともないのよ」
「その人の墓は、雑司ヶ谷にあるのですか?」
「それも言わないことになっているから言えないわ。でも、人間は親友を一人亡くしただけで、そんなに変わるものなのかしら。私はそれが知りたくてたまらないの。だから、そこを一つあなたに判断してほしいと思うの」
私の判断はむしろ否定的な方に傾いていた。
私は、私が知っている事実の範囲内で奥さんを慰めようとした。奥さんもまた、できるだけ私によって慰められたいように見えた。それで、二人は同じ問題をいつまでも話し合った。しかし、私はもともと事の本質を掴んでいなかった。奥さんの不安も、実はそこに漂う薄い雲のような疑念から生じていた。事件の真相に関して、奥さん自身も多くを知らなかったし、知っていることも私に話すことができなかった。したがって、慰める私も、慰められる奥さんも、共に波に浮いて、ゆらゆらしていた。ゆらゆらしながら、奥さんはどこまでも手を伸ばし、頼りない私の判断にすがりつこうとした。
十時頃、先生の靴音が玄関に響いたとき、奥さんは急に今までのすべてを忘れたように、私をそっちのけにして立ち上がった。そして、格子を開ける先生をほとんど出会い頭に迎えた。私は取り残されながら、後から奥さんに続いて行った。下女だけは仮寝でもしていたのか、結局出てこなかった。
先生はむしろ機嫌が良さそうだった。しかし、奥さんの調子はさらに良かった。今しがた奥さんの美しい目に溜まった涙の光と、黒い眉の根に寄せられた八の字を記憶していた私は、その変化を異常なものとして注意深く見守った。もしそれが詐りでなかったなら、(実際それは詐りとは思えなかったが)、今までの奥さんの訴えは感傷を楽しむために特に私を相手にした、無駄な女性の遊戯とも取れなくはなかった。もっとも、その時の私は奥さんをそれほど批判的に見る気は起こらなかった。奥さんの態度が急に輝き始めたのを見て、むしろ安心した。これならば、そんなに心配する必要もなかったのだと考え直した。
先生は笑いながら「どうもご苦労さま、泥棒は来ませんでしたか」と私に尋ねた。そして「来ないと張合が抜けやしませんか」と言った。
帰る時、奥さんは「どうもお気の毒さま」と会釈した。その調子は、忙しいところを暇を潰させて気の毒だというよりも、せっかく来たのに泥棒が入らなくて気の毒だという冗談のように聞こえた。奥さんはそう言いながら、先ほど出した西洋菓子の残りを紙に包んで私の手に持たせた。私はそれを袂に入れ、人通りの少ない夜寒の小路を曲がりながら賑やかな町の方へ急いだ。
その晩の出来事を、私は記憶の中から引き出してここに詳しく書き記すことにした。書く必要があったからだが、実を言うと、奥さんから菓子をもらって帰るときの気分では、当夜の会話をそれほど重く受け止めていなかった。翌日、学校から帰ってきて昼食をとると、机の上に置いてあった菓子の包みが目に入った。私はすぐにその中からチョコレートを塗った鳶色のカステラを取り出し、頬張った。その瞬間、私にこの菓子をくれた二人の男女が、幸福な一対として世の中に存在しているのだと感じながら味わった。
秋が過ぎ、冬が訪れるまで特に変わったことはなかった。私は先生の家に出入りするついでに、衣服の洗い張りや仕立てを奥さんに頼んだ。これまで繻絆を着たことのなかった私が、シャツの上に黒い襟のついたものを重ねるようになったのは、この時からだった。子供のいない奥さんは、そうした世話を焼くことで退屈を紛らわせていたようで、「これが身体の薬だ」と笑って言っていた。
「これは手織りね。こんな良い地の着物は今まで縫ったことがないわ。でも、縫い方が悪いのよ。まるで針が立たないんですもの。おかげで針を二本折ってしまったわ」と、奥さんは苦情を言ったが、その表情には面倒くさそうな様子はなかった。
冬が来たとき、私は偶然にも国に帰らなければならないことになった。母からの手紙には、父の病気の経過が良くない様子が書かれており、今が今という心配もあるまいが、年が年だから、できるなら帰ってきてほしいと頼む内容が添えられていた。
父は以前から腎臓を病んでいた。中年以降の人にしばしば見られるように、父の病は慢性であった。しかし、要心さえしていれば急変はないと、本人も家族も信じて疑わなかった。実際、父は養生のおかげで今日まで何とかやり過ごしてきたと、客に話していた。しかし、母の手紙によると、父が庭で何かをしているときに突然眩暈がして倒れたという。家族は軽症の脳溢血だと思い込んで、すぐに手当てをしたが、後に医者からはそうではないらしい、やはり持病の結果だろうと判断された。
冬休みが来るにはまだ少し時間があった。私は学期の終わりまで待っていても問題ないだろうと思い、一日二日そのままにしておいた。しかし、その間に父の寝ている様子や、母の心配している顔が時々思い浮かび、心苦しさを感じた。結局、私は帰る決心をした。国から旅費を送らせる手間と時間を省くため、私は先生のところへ行き、必要な金を一時立て替えてもらうことにした。
先生は少し風邪気味で、座敷に出るのが億劫だと言って、私を書斎に通した。書斎の硝子戸からは、冬にしては珍しい和らかな日差しが机の上に差し込んでいた。先生はこの日当たりの良い部屋に大きな火鉢を置き、五徳の上にかけた金盥から立ち上る湯気で、呼吸の苦しさを和らげていた。
「大病はいいが、ちょっとした風邪は厄介ですね」と先生は苦笑しながら私の顔を見た。先生は病気という病気をしたことがない人だったので、彼の言葉を聞いて私は笑いたくなった。
「私は風邪ぐらいなら我慢しますが、それ以上の病気はごめんです。先生も同じことではありませんか?試しにやってみるとよくわかりますよ」と言った。
「そうかね。私は病気になるくらいなら、死病に罹りたいと思っている」と先生は言った。
私は先生の言葉に特に注意を払わず、母の手紙の話をして、金の無心を申し出た。
「それは困りますね。そのくらいなら今手元にあるはずだから、持って行きなさい」と先生は言った。
先生は奥さんを呼び、必要な金額を私の前に並べさせてくれた。奥さんは、白い半紙の上に丁寧にお金を重ねながら、「それはご心配ですね」と言った。
「何度も卒倒したんですか?」と先生が尋ねた。
「手紙には何とも書いてありませんが……そんなに何度も繰り返るものですか?」
「ええ」と先生は答えた。
先生の奥さんの母親も、私の父と同じ病気で亡くなったことが初めて私にわかった。
「どうせ難しいんでしょう」と私は言った。
「そうですね。私が代われるなら代わってあげてもいいのですが……嘔気はあるんですか?」
「どうでしょう、何とも書いてないから、大方ないんでしょう」と答えた。
「吐き気さえ来なければまだ大丈夫ですよ」と奥さんが言った。
私はその晩の汽車で東京を立った。