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七 (1/3)

作 夏目漱石

最近、私は運動を始めた。猫なのに運動なんて、と思う人もいるだろうが、そういう人たちだって、つい最近までは運動のことなど何も知らず、ただ食べて寝ることが自分の仕事だと思っていたはずだ。無事でいることを大切にし、座布団に座っているだけで、旦那の名誉を守るために、腐りかけた尻を動かさなかったことを覚えているだろう。

運動しろ、牛乳を飲め、冷水を浴びろ、海に飛び込め、夏になったら山にこもって霞を食べろなどと、くだらない注文をするようになったのは、西洋から日本に伝わった最近の流行病のようなものだ。ペストや肺病、神経衰弱の一族と同じくらいに思ってもいい。もっとも、私は去年生まれたばかりで、今年で一歳だから、人間がそんな病気にかかり始めた頃のことは記憶にないし、その頃の世の中は今とは全く違っていたに違いない。

猫の一年は人間の十年に相当すると言われるが、私たちの寿命は人間の二倍も三倍も短い。それでも、猫一匹の成長を考えると、人間の年月と猫の時間を同じように計算するのは大きな間違いだ。私が一歳にも満たないのにこれだけの見識を持っていることからも、わかるだろう。主人の三女は数え年で三歳だそうだが、知識の発達に関しては、実に鈍い。泣くこと、寝小便をすること、おっぱいを飲むこと以外、何も知らないのだから。世の中を憂い、時を怒る私に比べれば、なんとも無邪気な存在だ。

だから、私が運動や海水浴、転地療養の歴史を頭の中に詰め込んでいることに驚く人がいるなら、それは人間という二本足の生き物に限られる。人間は昔からそういう存在だ。だから最近になって運動の効能を声高に語ったり、海水浴の利点をまるで大発明のように考えたりするのだ。私などは生まれる前からそのくらいのことは知っている。

そもそも、海水がなぜ薬になるのか、ちょっと海岸に行けばすぐにわかることだ。あんな広い海に魚が何匹いるかわからないが、あの魚たちが一匹も病気になって医者にかかったことはない。みんな元気に泳いでいる。病気になれば体が動かなくなり、死ねば必ず浮く。だから魚の死を「往生」と言い、鳥の死を「薨去」と言い、人間の死を「寂滅」と呼ぶのだ。

洋行してインド洋を横断した人に、「魚が死ぬところを見たことがありますか?」と聞いてみれば、誰でも「いいえ」と答えるだろう。それも当然だ。いくら往復しても、一匹も波の上で息を引き取った魚を見たことがないからだ。あの広大な海を日夜探し回っても、古今東西、一匹も魚が浮かんでいるのを見たことがない。これを考えれば、魚は相当丈夫な生き物だとすぐに結論が出る。

では、なぜ魚がそんなに丈夫なのか。それは人間が知る前から明らかだ。要するに、彼らは常に海水を浴びているからだ。海水浴の効能は、魚にとっては明らかである。魚にとって明らかである以上、人間にとっても明らかでなければならない。

1750年にドクトル・リチャード・ラッセルがブライトンの海水に飛び込んで、400種の病気が即座に治ったと大々的に宣伝したのは、遅すぎると笑ってもいいだろう。猫だって、適切な時期が来れば、みんな鎌倉あたりに出かけるつもりでいる。ただし、今はまだその時ではない。物事には時期がある。明治維新前の日本人が海水浴の効能を味わえずに死んだように、今日の猫もまだ海に飛び込む機会に恵まれていない。

急いでは事を仕損じる。今日のように築地に出かけて行った猫が無事に帰ってこない限り、無暗に飛び込むことはできない。進化の法則によって、私たち猫の機能が激しい波に対して適切な抵抗力を持つようになるまで――言い換えれば、「猫が死んだ」と言う代わりに「猫が上がった」と言う言葉が一般的に使われるようになるまでは――簡単には海水浴はできないのだ。

海水浴は後回しにして、まずは運動をすることに決めた。どうも、二十世紀の今日、運動をしないのは貧乏人のように思われて、周囲の目が気になる。運動をしないのではなく、運動ができないのだ。時間がないし、余裕もないのだと、周りから評価されるのだ。昔は運動をすることが笑いの種だったが、今では運動をしない人が下等に見なされる。人間の評価は時と場合によって変わるもので、私の目のように単純に大きくなったり小さくなったりするわけではない。人間の品格は、逆にひっくり返ることがある。ひっくり返っても問題はない。物には両面があり、両端がある。両端を叩いて、同じものの上で黒白の変化を起こすのが人間の柔軟性だ。逆さにして見ると、また新たな魅力がある。天の橋立を股倉から覗くと、また格別な趣がある。シェイクスピアも、いつも同じでは面白くない。たまには股倉からハムレットを見て、「君、これはダメだよ」と言う人がいないと、文学界も進歩しないだろう。だから、運動を悪く言っていた人たちが急に運動をしたくなり、女性までラケットを持って街を歩くことがあっても不思議ではない。ただ、猫が運動するのを見て笑うようなことがなければいいのだ。

さて、私の運動がどのようなものか疑問に思う人もいるかもしれないので、一応説明しておこう。ご存知の通り、残念ながら機械を持っていない。だから、ボールやバットの扱いに困る。次にお金がないので、買うこともできない。この二つの理由から、私が選んだ運動は「一文いらず、器械なし」と名づけるべきものだと思う。そうなると、のそのそ歩くか、あるいは鮪の切り身を咥えて走り出すことかと思われるかもしれないが、ただ四本の足を使って地球の引力に従って大地を横行するのは、あまりにも単純で興味がない。いくら運動と名がついても、主人が時々実行するような、読んで字のごとき運動は、どうも運動の神聖を汚すものだと思う。もちろん、ただの運動でも刺激があればやらないわけではない。鰹節競争や鮭探しなどは結構だが、これは肝心の対象物があってのことだ。この刺激を取り去ると、無味乾燥なものになってしまう。懸賞的な興奮剤がなければ、何か芸のある運動をしてみたい。私はいろいろ考えた。

台所の廂から家の屋根に飛び上がること、屋根の天辺にある梅花形の瓦の上に四本足で立つこと、物干し竿を渡ること――これはとうてい成功しない。竹が滑って爪が立たない。後ろから不意に子供に飛びつくこと――これは非常に興味深い運動の一つだが、滅多にやるとひどい目に遭うので、高々月に三度くらいしか試みない。紙袋を頭にかぶせられること――これは苦しいだけで、非常に興味が乏しい方法だ。特に人間の相手がいないと成功しないからダメだ。次に、書物の表紙を爪で引っ掻くこと――これは主人に見つかると必ず叱られる危険があるだけでなく、手先が器用でも全身の筋肉が働かない。これらは私のいわゆる旧式運動というものだ。

新しい運動には、なかなか興味深いものがある。第一に蟷螂狩り。蟷螂狩りは鼠狩りほどの大運動ではないが、それほど危険もない。夏の半ばから秋の始めにかけて行う遊びとしては、最も上等なものだ。その方法を言うと、まず庭に出て、一匹の蟷螂を探し出す。時候が良ければ、一匹や二匹見つけるのは簡単だ。さて、見つけた蟷螂のそばに駆け寄ると、すぐに身構えて鎌首を振り上げる。蟷螂もなかなか健気で、相手の力量を知らないうちは抵抗するつもりでいるから面白い。振り上げた鎌首を右の前足でちょっと触れると、柔らかい首はぐにゃりと横に曲がる。この時の蟷螂の表情が非常に興味を引く。おや、という思い入れが十分にある。そこで一足飛びに君の後ろに回って、今度は背面から君の羽根を軽く引っ掻く。あの羽根は普段大事に畳まれているが、引っ掻き方が激しいと、ぱっと乱れて中から吉野紙のような薄色の下着が現れる。君は夏でも苦労して二枚重ねで、実に乙な姿をしている。この時、君の長い首は必ず後ろに向き直る。時には向かってくるが、大概の場合には首だけぬっと立てて、こちらからの手出しを待ち構えている。先方がいつまでもこの態度でいては運動にならないから、あまり長くなるとまたちょいと一本参る。これだけ参ると、目のある蟷螂なら必ず逃げ出す。それを私に向かってくるのは、よほど無教育な野蛮的蟷螂だ。もし相手がこの野蛮な振舞をするなら、向かってきたところを狙って、いやというほど張り付けてやる。大概は二三尺飛ばされる者だ。しかし、敵がおとなしく背面に前進すると、こちらは気の毒だから庭の立木を二三度飛び回ってくる。蟷螂君はまだ五六寸しか逃げ延びていない。もう私の力量を知ったから、手向かう勇気はない。ただ右往左往に逃げ惑うのみである。しかし、私も右往左往に追いかけるから、君はしまいには苦しがって羽根を振って一大活躍を試みることがある。元来、蟷螂の羽根は彼の首と調和して、非常に細長くできているが、聞いてみると全く装飾用だそうで、人間の英語、仏語、独語のように、全く実用にはならない。だから無用の長物を利用して一大活躍を試みたところが、私に対してあまり機能があるわけではない。名前は活躍だが、実際は地面の上を引きずって歩いているに過ぎない。こうなると少々気の毒な感はあるが、運動のためだから仕方がない。御免蒙って、たちまち前面へ駆け抜ける。君は惰性で急回転ができないから、やはりやむを得ず前進してくる。その鼻を叩きつける。この時、蟷螂君は必ず羽根を広げたまま倒れる。その上を前足で抑えて少し休息する。それからまた放す。放しておいてまた抑える。七擒七縦の孔明の軍略で攻め立てる。約三十分この順序を繰り返し、身動きもできなくなったところを見計らって、ちょっと口に咥えて振ってみる。それからまた吐き出す。今度は地面の上に寝たぎり動かないから、こちらの手で突っついて、その勢いで飛び上がるところをまた抑えつける。これもいやになってから、最後の手段としてむしゃむしゃ食ってしまう。ついでだから、蟷螂を食ったことのない人に話しておくが、蟷螂はあまり美味しいものではない。そして滋養分も意外と少ないようである。

蟷螂狩りに次いで、蝉取りという運動をやる。単に蝉と言っても、同じものばかりではない。人間にも油野郎、みんみん野郎、おしいつくつく野郎があるように、蝉にも油蝉、みんみん、おしいつくつくがある。油蝉はしつこくて捕まらない。みんみんは横風で困る。ただ取って面白いのはおしいつくつくである。これは夏の終わりにならないと出てこない。八つ口の綻びから秋風が断わりなく肌を撫でて、「はっくしょん」と風邪を引いた頃、盛んに尾を振り立てて鳴く。よく鳴く奴で、私から見ると鳴くのと猫に捕まること以外に天職がないと思われるくらいだ。秋の初めにこいつを捕まえる。これを称して蝉取り運動という。ちょっと皆さんに話しておくが、いやしくも蝉と名のつく以上は、地面の上に転がってはいない。地面の上に落ちているものには必ず蟻がついている。私が捕まえるのは、この蟻の領分に寝転んでいる奴ではない。高い木の枝にとまって、おしいつくつくと鳴いている連中を捕まえるのである。これもついでだから博学な人間に聞きたいが、あれはおしいつくつくと鳴くのか、つくつくおしいと鳴くのか、その解釈次第によっては蝉の研究上少なからざる関係があると思う。人間の猫に優るところはこんなところに存するので、人間の自ら誇る点もまたかような点にあるのだから、今即答ができないならよく考えておいたらよかろう。もっとも蝉取り運動上はどっちにしても差し支えはない。ただ声を頼りに木を登って行って、先方が夢中になって鳴いているところをうんと捕まえるだけだ。これは最も簡略な運動に見えて、なかなか骨の折れる運動である。私は四本の足を持っているから、大地を行くことにおいてはあえて他の動物に劣るとは思わない。少なくとも二本と四本の数学的知識から判断してみて、人間には負けないつもりである。しかし木登りに至っては、かなり私より巧者な奴がいる。本職の猿は別物として、猿の末裔である人間にも、なかなか侮るべき手合がいる。元々引力に逆らう無理な事業だから、できなくても別段の恥辱とは思わないが、蝉取り運動上には少なからず不便を与える。幸いに爪という利器があるので、どうにか登るものの、はたで見るほど楽ではない。しかも蝉は飛ぶものである。蟷螂君と違って、一たび飛んでしまったら、せっかくの木登りも、木登らずと何の選択肢もない悲運に遭遇することもある。最後に、時々蝉から小便をかけられる危険がある。あの小便が、ややもすると目を狙って飛んでくるようだ。逃げるのは仕方がないから、どうか小便だけは垂れないようにしてほしい。飛ぶ間際に排泄をするのは、一体どういう心理的状態が生理的器械に及ぼす影響だろう。やはり切なさのあまりかもしれない。あるいは敵の不意に出て、ちょっと逃げ出す余裕を作るための方便かもしれない。そうすると、イカの墨を吐き、ベランメーの刺身を見せ、主人が羅甸語を弄する類と同じ項目に入るべき問題となる。これも蝉学上、無視できない問題である。十分研究すれば、これだけで確かに博士論文の価値がある。それは余事だから、そのくらいにしてまた本題に戻る。

蝉の最も集まるのは――集まるが変なら集合だが、集合は陳腐だからやはり集まる――蝉の最も集まるのは青桐である。漢名を梧桐と呼ぶそうだ。しかしこの青桐は葉が非常に多く、しかもその葉は皆団扇くらいの大きさであるから、彼らが生い重なると枝がまるで見えないくらい茂っている。これが非常に蝉取り運動の妨害になる。「声はするが姿は見えず」という俗謡は、特に私のために作られたのではないかと疑われるくらいだ。私は仕方がないからただ声を頼りに行く。下から一間ばかりのところで梧桐は注文通り二叉になっているから、ここで一休みして葉裏から蝉の所在地を探る。もっともここまで来るうちに、がさがさと音を立てて飛び出す気の早い連中がいる。一羽飛ぶと、もういけない。真似をする点において蝉は人間に劣らぬくらい馬鹿である。後から続々飛び出す。やっと二叉に到着する頃には、満樹寂として片声も聞こえないことがある。かつてここまで登って来て、どこをどう見回しても、耳をどう振っても蝉気がないので、出直すのも面倒だからしばらく休息しようと、叉の上に陣取って第二の機会を待ち合せていたら、いつの間にか眠くなって、つい黒甜郷裡に遊んでいた。おやと思って目が覚めたら、二叉の黒甜郷裡から庭の敷石の上へどたりと落ちていた。しかし大概は登る度に一つは取ってくる。ただ興味の薄いことには樹の上で口に咥えてしまわなくてはならない。だから下へ持って来て吐き出す時には、大方死んでいる。いくらじゃらしても引っ掻いても、確かな手応えがない。蝉取りの妙味は、じっと忍んで行って、おしい君が一生懸命に尻尾を延ばしたり縮めたりしているところを、わっと前足で抑える時にある。この時、つくつく君は悲鳴を上げ、薄い透明な羽根を縦横無尽に振る。その速さ、美しさは言語道断、実に蝉世界の一偉観である。私はつくつく君を抑える度にいつでも、つくつく君に請求してこの美術的演芸を見せてもらう。それがいやになると、御免を蒙って口の中に頬張ってしまう。蝉によると、口の中に這入ってまで演芸を続けているのがある。

蝉取りの次にやる運動は松滑りである。これは長く書く必要もないから、ちょっと述べておく。松滑りと言うと松を滑るように思うかもしれないが、そうではなく、やはり木登りの一種である。ただ蝉取りは蝉を取るために登り、松滑りは登ることを目的として登る。これが両者の違いである。元来松は常磐にて最明寺の御馳走をしてから以来今日に至るまで、いやにごつごつしている。従って松の幹ほど滑らないものはない。手掛かりのいいものはない。足掛かりのいいものはない。――換言すれば爪掛かりのいいものはない。その爪掛かりのいい幹へ一気呵成に駆け上る。駆け上っておいて、駆け下がる。駆け下がるには二法ある。一は逆さになって頭を地面に向けて下りてくる。一は上ったままの姿勢を崩さずに尾を下にして降りる。人間に問うが、どっちが難しいか知っているか。人間の浅はかな見解では、どうせ降りるのだから下向きに駆け下りる方が楽だと思うだろう。それが間違っている。君たちは義経が鵯越を落としたことだけを心得て、義経でさえ下を向いて降りるのだから、猫なんぞは無論下向きでたくさんだと思うのだろう。そう軽蔑するものではない。猫の爪はどっちへ向いて生えていると思う。みんな後ろに折れている。それだから鳶口のように物をかけて引き寄せることはできるが、逆に押し出す力はない。

今、私が松の木を勢いよく駆け登ったとする。すると私は元来地上の者であるから、自然の傾向から言えば、私が長く松樹の頂に留まることは許されないに違いない。放っておけば必ず落ちる。しかし手放しで落ちては、あまり早すぎる。だから何らかの手段をもってこの自然の傾向を幾分か緩めなければならない。これが降りるということだ。落ちるのと降りるのは大変な違いのようだが、その実、思ったほどのことではない。落ちるのを遅くすると降りるので、降りるのを早くすると落ちることになる。落ちると降りるのは、ちょっとした差である。私は松の木の上から落ちるのはいやだから、落ちるのを緩めて降りなければならない。即ち、何かをもって落ちる速度に抵抗しなければならない。私の爪は前に言う通り、皆後ろ向きであるから、もし頭を上にして爪を立てれば、この爪の力は悉く、落ちる勢いに逆らって利用できるわけである。従って、落ちるが変じて降りるになる。実に見易い道理である。

しかるにまた身を逆にして義経流に松の木越えをやってみなさい。爪はあっても役には立たない。ずるずる滑って、どこにも自分の体重を持ちこたえることはできなくなる。ここにおいて、せっかく降りようと企てた者が変化して落ちることになる。この通り、鵯越は難しい。猫の中でこの技ができる者は恐らく私だけであろう。だから私はこの運動を松滑りと呼ぶのである。

最後に、垣巡りについて一言する。主人の庭は竹垣で四角に囲まれている。椽側と平行している一片は八九間もあろう。左右は双方共四間に過ぎない。今、私が言った垣巡りという運動は、この垣の上を落ちないように一周することである。これはやり損うこともままあるが、うまくいくと嬉しい。特に所々に根を焼いた丸太が立っているから、ちょっと休むのに便利がある。今日は出来が良かったので、朝から昼までに三回やってみたが、やるたびに上手くなる。上手くなる度に面白くなる。とうとう四回繰り返したが、四回目に半分ほど巡りかけたら、隣の屋根から烏が三羽飛んできて、一間ばかり向こうに列を正して止まった。これは推参な奴だ。人の運動の妨げをする、特にどこの烏だか籍もない分際で、人の塀に止まるという法があるものかと思ったから、「通るんだ、おい、どかせ」と声をかけた。真先の烏はこっちを見てにやにや笑っている。次のは主人の庭を眺めている。三羽目は嘴を垣根の竹で拭いている。何か食べてきたに違いない。私は返答を待つために、彼らに三分間の猶予を与えて、垣の上に立っていた。烏は通称を勘左衛門と呼ぶそうだが、なるほど勘左衛門だ。私がいくら待っても挨拶もしなければ、飛びもしない。私は仕方がないから、そろそろ歩き出した。すると真先の勘左衛門がちょいと羽を広げた。やっと私の威光に恐れて逃げるのかと思ったら、右向から左向に姿勢を変えただけである。この野郎! 地面の上ならその分に捨ておくのではないが、いかんせん、ただでさえ骨の折れる道中に、勘左衛門などを相手にしている余裕がない。といってまた立ち止まって三羽が立ち退くのを待つのもいやだ。第一、そう待っていては足が続かない。先方は羽のある身分だから、こんな所に止まっているのだ。従って気に入ればいつまでも逗留するだろう。こちらはこれで四回目だ。ただでさえ大分疲れている。いわんや綱渡りにも劣らざる芸当兼運動をやるのだ。何の障害物がなくてさえ落ちるとは保証ができないのに、こんな黒装束が三つも前途を遮っては容易ならざる不都合だ。いよいよとなれば、自ら運動を中止して垣根を下りるより仕方がない。面倒だから、いっそそうしようか、敵は大勢のことではあるし、ことにはあまりこの辺には見馴れぬ人体である。口先が尖がっていて、何だか天狗の啓し子のようだ。どうせ質の良い奴ではないに決まっている。退却が安全だろう、あまり深入りをして万一落ちでもしたら、なおさら恥辱だ。と思っていると、左向をした烏が「阿呆」と言った。次のも真似をして「阿呆」と言った。最後の奴は御丁寧にも「阿呆、阿呆」と二声叫んだ。いかに温厚なる私でも、これは看過できない。第一、自分の邸内で烏に侮辱されたとなれば、私の名前にかかわる。名前はまだないから関わりようがないと言うなら、体面に関わる。決して退却はできない。諺にも「烏合の衆」と言うから、三羽だって存外弱いかもしれない。進めるだけ進めと度胸を据えて、のそのそ歩き出す。烏は知らん顔をして何かお互いに話をしている様子だ。いよいよ肝癪に障る。垣根の幅がもう五六寸もあったら、ひどい目に合わせてやるのだが、残念なことに、いくら怒っても、のそのそとしか動けない。ようやくのことで先鋒を去ること、約五六寸の距離まで来て、もう一息だと思うと、勘左衛門は申し合わせたように、いきなり羽を打って一二尺飛び上がった。その風が突然私の顔を吹いた時、はっと思ったら、つい踏み外して、すとんと落ちた。これはしくじったと垣根の下から見上げると、三羽共元の所に止まって、上から嘴を揃えて私の顔を見下している。図太い奴だ。睨みつけてやったが、一向利かない。背を丸くして、少々唸ったが、ますます駄目だ。俗人に霊妙なる象徴詩がわからぬごとく、私が彼らに向かって示す怒りの記号も、何の反応も示さない。考えてみると、無理のないところだ。私は今まで彼らを猫として扱っていた。それが悪い。猫ならこのくらいやれば確かに応えるのだが、残念ながら相手は烏だ。烏の勘公とあってみれば、致し方がない。実業家が主人苦沙弥先生を圧倒しようとあせるように、西行に銀製の私を進呈するがごとく、西郷隆盛君の銅像に勘公が糞をひるようなものである。機を見るに敏なる私は、とうてい駄目と見て取ったから、きれいさっぱりと椽側へ引き上げた。もう晩飯の時刻だ。運動もいいが、度を過ごすといけないもので、体全体が何となく緊張がなく、ぐったりした感じがある。しかも、まだ秋の取り付きで運動中に照り付けられた毛皮は、西日を思う存分吸収したと見えて、ほてってたまらない。毛穴から染み出す汗が、流れればと思うのに毛の根に膏のようにねばり付いている。背中がむずむずする。汗でむずむずするのと、ノミが這ってむずむずするのは、はっきりと区別ができる。口の届く所なら噛むこともできるし、足の届く範囲は引っ掻くことも心得ているが、脊髄の縦に通る真ん中となると、自分の及ぶ限りではない。こういう時には人間を見かけて、やたらにこすり付けるか、松の木の皮で充分摩擦術を行うか、二者のうちどちらかを選ばなければ、不愉快で安眠もできない。人間は愚かなものであるから、猫なで声で――猫なで声は人間が私に対して出す声だ。私を目安にして考えれば猫なで声ではなく、撫でられ声である――よろしい、とにかく人間は愚かなものであるから、撫でられ声で膝の傍へ寄って行くと、大抵の場合、彼もしくは彼女を愛するものと誤解して、私のために任せるのみか、折々は頭さえ撫でてくれるものだ。しかるに近頃、私の毛の中にのみと呼ばれる一種の寄生虫が繁殖したので、滅多に寄り添うと、必ず頸筋を持って向こうへ投げ出される。わずかに目に入るか入らないか、取るにも足らぬ虫のために愛想を尽かしたと見える。手を翻せば雨、手を覆せば雲とはこのことだ。たかが千疋や二千疋で、よくまあこんなに現金な真似ができたものだ。人間世界を通じて行われる愛の法則の第一条にはこうあるそうだ。「自己の利益になる間は、すべて人を愛すべし。」人間の取り扱いが急に豹変したので、いくら痒くても人力を利用することはできない。だから第二の方法として松皮摩擦法をやるよりほかに分別はない。しからばちょっとこすってみようかとまた椽側から降りかけたが、いや、これも利害相償わぬ愚策だと気づいた。というのは、ほかでもない。松には脂がある。この脂は非常に執着心の強いもので、もし一たび毛の先にくっつけようものなら、雷が鳴ってもバルチック艦隊が全滅しても決して離れない。しかも五本の毛にこびりつくが早いか、十本に蔓延する。十本やられたなと気が付くと、もう三十本引っ掛かっている。私は淡泊を愛する茶人的猫である。こんな、しつこい、毒悪な、ねちねちした、執念深い奴は大嫌いだ。たとえ天下の美猫であっても、御免蒙る。いわんや松脂においてをやだ。車屋の黒の両眼から北風に乗じて流れる目糞と選ぶところのない身分をもって、この淡灰色の毛衣を大なしにするとは怪しからん。少しは考えてみるが、あいつはなかなか考える気遣いはない。あの皮のあたりへ行って背中をつけるが早いか、必ずべたりとくっついてくるに決まっている。こんな無分別な頓痴奇を相手にしては、私の顔に関わるのみならず、引いて私の毛並みにも関わる。いくらむずむずしたって我慢するよりほかに致し方はない。しかしこの二つの方法が共に実行できないとなると、非常に心細い。今において一工夫しておかないと、しまいにはむずむず、ねちねちの結果、病気に罹るかもしれない。何か分別はないかと、後ろ足を折って思案したが、ふと思い出したことがある。うちの主人は時々手拭いと石鹸を持って、どこかへ出かけることがある。三四十分して帰ってくると、彼の朦朧とした顔色が少しは活気を帯びて、晴れやかに見える。主人のような汚い男にこのくらいの影響を与えるなら、私にはもう少し利目があるに違いない。私はただでさえこのくらいの器量だから、これより色男になる必要はないようなものの、万一病気に罹って一歳何が月で夭折するようなことがあっては、天下の蒼生に対して申し訳がない。聞いてみると、これも人間の暇潰しに考案した洗湯なるものだそうだ。どうせ人間の作ったものだから、ろくなものでないには決まっているが、この際のことだから試しに入ってみるのもよかろう。やってみて功験がなければよすまでのことだ。しかし人間が自己のために設備した浴場に異類の猫を入れるだけの余裕があるだろうか。これが疑問である。主人がすまして入るくらいのところだから、よもや私を断ることもないだろうが、万一お気の毒様を食うようなことがあっては外聞が悪い。これは一先ず様子を見に行くに越したことはない。見た上で、これならよいと当たりをつけたら、手拭いを咥えて飛び込んでみよう。と、ここまで思案を定めた上で、のそのそと洗湯へ出かけた。