五 (3/3)
作 夏目漱石
これから作戦を立てることにした。鼠と戦う場所は、もちろん鼠が出てくるところでなければならない。いくらこちらに都合の良い地形だからといって、一人で待ち構えていても戦争にはならない。そこで、まずは鼠の出入り口を研究する必要がある。どの方向から来るのか、台所の真ん中に立って四方を見回す。何だか東郷大将のような心持ちだ。
下女はさっき湯に行って戻ってこない。子供は特に寝ている。主人は芋坂の団子を食べて帰ってきて、相変わらず書斎に閉じこもっている。細君は――何をしているのか分からない。おそらく居眠りをして、山芋の夢でも見ているのだろう。時々、門前を人力車が通るが、通り過ぎた後は一段と静かになる。私の決心、意気込み、台所の光景、四方の寂しさ、全体の雰囲気がすべて悲壮である。どうしても猫の中の東郷大将としか思えない。
こういう境遇に入ると、物凄い中に一種の愉快を覚えるのは誰しも同じだが、私はその愉快の底に一大心配が横たわっているのを発見した。鼠と戦争をする覚悟はできているから、何匹来ても恐くはないが、出てくる方向がはっきりしないのは不都合である。周密な観察から得た材料を総合してみると、鼠たちが出てくるには三つの行路がある。もし彼らがどぶ鼠なら、土管を沿って流しから、へっついの裏手へ回るに違いない。その時は火消し壺の影に隠れて、帰り道を絶ってやる。
あるいは、溝に湯を抜く漆喰の穴から風呂場を迂回して、勝手に不意に飛び出すかもしれない。そうなったら、釜の蓋の上に陣取って、眼の下に来たときに上から飛び降りて一気に捕まえる。それからまた周囲を見回すと、戸棚の戸の右下隅が半月形に食い破られていて、彼らの出入りに便利かもしれない。鼻を近づけて臭いを嗅ぐと、少し鼠臭い。もしここから吶喊して出たら、柱を盾にしてやり過ごし、横から爪をかける。
もし天井から来たらと上を仰ぐと、真っ黒な煤がランプの光で輝いていて、地獄を裏返しにしたように、私の手際では上ることも下ることもできない。まさかあんな高いところから落ちてくることもないだろうから、この方面だけは警戒を解くことにする。それにしても、三方から攻撃される懸念がある。一匹なら片目でも退治できる。二匹ならどうにかやり遂げる自信がある。しかし三匹となると、いくら本能的に鼠を捕るために予期される私も手の付けようがない。だからといって、車屋の黒猫のようなものを助けに頼むのも、私の威厳に関わる。どうしたらいいだろう。
どうしたらいいだろうと考えても、良い知恵が出ない時は、そんな事は起こる気遣いはないと決めるのが一番安心を得る近道だ。また、法のつかない者は起こらないと考えたくなるものである。まず世間を見渡してみろ。昨日もらった花嫁が今日死ぬとも限らないが、しかし新郎は玉椿千代も八千代もなど、おめでたいことを並べて心配らしい顔もしていない。心配しないのは、心配する価値がないからではない。いくら心配したって法が付かないからだ。私の場合でも三面攻撃が必ず起こらないと断言する根拠はないが、起こらないとする方が安心を得るには便利である。安心は万物に必要だ。私も安心を欲する。だから三面攻撃は起こらないと決める。
それでもまだ心配が取れないから、どういうものかと考えてみると、ようやく分かった。三つの計略のうち、どれを選ぶのが最も得策であるかの問題に対して、自ら明確な答えを得るのに苦しんでいるからの煩悶である。戸棚から出るときにはこれに応じる策がある、風呂場から現れるときはこれに対する計がある、また流しから這い上がるときはこれを迎える成算もあるが、その中のどれか一つに決めなければならないとなると、大いに当惑する。東郷大将はバルチック艦隊が対馬海峡を通るか、津軽海峡へ出るか、あるいは遠く宗谷海峡を回るかについて大いに心配されたそうだが、今私が自分の境遇から想像してみて、その困難さは実に察しがつく。私は全体の状況において東郷閣下に似ているだけでなく、この特別な地位においてもまた東郷閣下と同じように苦心している者である。
私が夢中になって智謀を巡らせていると、突然破れた腰障子が開いて御三の顔がぬうっと出てきた。顔だけ出るというのは、手足がないというわけではない。他の部分は夜目でよく見えないのに、顔だけが著しく強い色をして、はっきりと目に映るからだ。御三はその平常より赤い頬をますます赤くして、洗湯から帰ったついでに、昨夜のことを懲りてか、早くから勝手の戸締りをしている。書斎で主人が「俺のステッキを枕元に出しておけ」と言う声が聞こえる。何のために枕元にステッキを置くのか、私には分からなかった。まさか易水の壮士を気取って、竜鳴を聞こうという酔狂でもあるまい。昨日は山の芋、今日はステッキ、明日は何になるのだろう。
夜はまだ浅く、鼠はなかなか出そうにない。私は大戦の前に一休みが必要だ。
主人の勝手には引窓がない。座敷なら欄間というようなところが幅一尺ほど切り抜かれて、夏冬吹き通しに引窓の代理を務めている。惜し気もなく散る彼岸桜を誘って、颯と吹き込む風に驚いて目を覚ますと、朧月がいつの間にか差し込んでいて、竈の影は斜めに揚板の上にかかっている。寝過ごしはしないかと二、三度耳を振って家内の様子を窺うと、しんとして昨夜のように柱時計の音だけが聞こえる。もう鼠が出る時間だ。どこから出るのだろう。
戸棚の中から、ことことと音が聞こえてくる。小皿の縁を足で押さえつけて、中を荒らしているようだ。ここから出てくるつもりなのか、穴の横でじっと待っている。しかし、なかなか出てくる気配はない。皿の音がやんで、今度はどんぶりか何かにぶつかっているらしく、重い音が時折ごとごとと響く。しかも、その音は戸を隔てたすぐ向こう側で起きている。私の鼻先から三寸も離れていない距離だ。時々、ちょろちょろと足音が穴の口まで近づくが、また遠のいてしまう。一匹も顔を出す者はいない。戸一枚向こうで、敵が暴れまわっているというのに、私はじっと穴の出口で待たなければならない。なんとも気の長い話だ。鼠たちは、旅順椀の中で盛大に舞踏会を開いている。せめて、私が入れるだけの御三がこの戸を開けてくれればいいのに、気の利かない山出しだ。
今度は、へっついの影で私の鮑貝がことりと鳴る。敵がこの方向にも来たのだと、そっと忍び足で近寄ると、手桶の間から尻尾がちらりと見えたが、すぐに流しの下へ隠れてしまった。しばらくすると、風呂場でうがい茶碗が金盥にかちりと当たる。今度は後方だと振り向くと、五寸近くある大きな奴がひらりと歯磨きの袋を落として、椽の下へ駆け込む。逃がすものかと続いて飛び下りたが、もう影も姿も見えない。鼠を捕まえるのは思ったより難しいものである。私には生まれつき鼠を捕まえる能力がないのかもしれない。
私が風呂場へ回ると、敵は戸棚から飛び出し、戸棚を警戒しながら流しから飛び上がり、台所の真ん中で頑張っている。三方向から少しずつ騒ぎ立てる。小癪と言うべきか、卑怯と言うべきか、彼らはまったく君子の敵ではない。私は十五、六回、あちらこちらと気を使い、心を労して奔走したが、結局一度も成功しなかった。残念だが、こんな小人を相手にしては、どんな東郷大将も策を施すことができない。最初は勇気もあり、敵愾心もあり、悲壮という崇高な美感さえあったが、ついには面倒くさくなり、馬鹿らしく思えて、眠くなってしまった。台所の真ん中に座り込んで動かなくなった。しかし、動かなくても八方を睨んでいれば、敵は小人だから大したことはできない。目指す敵と思った奴が、意外とケチな野郎だと感じると、戦争が名誉だという気持ちが消えて、悪く思うだけが残る。悪く思うという念を通り過ぎると、張り合いが抜けてぼんやりとしてしまう。ぼんやりした後は勝手にしろ、どうせ気の利いたことはできないのだからと軽蔑し、極度に眠くなる。私はこのような経路をたどり、ついに眠くなった。私は眠る。休養は敵中にあっても必要である。
横向きに庇を向けて開いた引き窓から、また花吹雪が一塊り投げ込まれ、烈しい風が私を巻き込む。すると、戸棚の口から弾丸のように飛び出した者が、避ける間もなく、風を切って私の左耳に噛みついてきた。それに続く黒い影は、後ろに回るかと思う間もなく、私の尻尾にぶら下がる。瞬く間の出来事である。私は何の目的もなく、機械的に跳び上がる。全身の力を毛穴に込めて、この怪物を振り落とそうとする。耳に噛みついているのは、中心を失ってだらりと私の横顔にぶら下がっている。護摩管のように柔らかい尻尾の先が、思いもよらず私の口に入ってくる。屈曲の手掛かりに、砕けよとばかり尾を噛んで左右に振ると、尾だけが前歯の間に残り、胴体は古新聞で張った壁にぶつかり、揚板の上に跳ね返る。起き上がるところを隙間なく乗っかれば、毬を蹴るように、私の鼻を掠めて釣り段の縁に足を縮めて立つ。彼は棚の上から私を見下ろし、私は板の間から彼を見上げる。距離は五尺。その間に月の光が、大幅の帯を空に張るように横に差し込む。私は前足に力を込めて、やっと棚の上に飛び上がろうとした。前足だけはうまく棚の縁にかかったが、後足は宙でもがいている。尻尾には先ほどの黒いものが、死ぬとも離れまいとばかりに噛みついている。私は危うい。前足をかけやすくして、足掛かりを深くしようとするが、かけやすくする度に尻尾の重みで浅くなってしまう。二、三分滑れば落ちてしまう。私はますます危うい。棚板を爪で掻きむしる音ががりがりと聞こえる。これではいけないと、左の前足を抜きやすくする拍子に、爪を見事にかけ損ねたので、私は右の爪一本で棚からぶら下がった。自分と尻尾に噛みつくものの重みで、私の体がぎりぎりと回る。この時まで身動きもせずに様子をうかがっていた棚の上の怪物は、ここぞと私の額を狙って棚の上から石を投げるように飛び下りる。私の爪は一縷のかかりを失う。三つの塊が一つとなって、月の光を縦に切って下へ落ちる。次の段に置いてあった摺鉢と、摺鉢の中の小桶とジャムの空缶が同じく一塊となり、下にある火消し壺を誘って、半分は水甕の中、半分は板の間の上へ転がり出す。すべてが深夜に異様な物音を立て、死物狂いの私の魂を寒からしめた。
「泥棒!」と主人が胴間声を張り上げて寝室から飛び出してくる。見ると片手にはランプを提げ、片手にはステッキを持って、寝ぼけ眼よりは身分相応の鋭い光を放っている。私は鮑貝のそばにおとなしくして蹲っている。二匹の怪物は戸棚の中に姿を隠す。主人は手持無沙汰に「何だ、誰だ、大きな音を立てたのは」と怒気を帯びて相手もいないのに問いかけている。月が西に傾いたので、白い光の一帯は半分ほどに細くなった。