序〜二
作 芥川龍之介 · 2026-03-31
これはある精神病院の患者、通称「第二十三号」の話である。彼は三十を過ぎているはずだが、一見すると若々しい狂人のように見える。彼の半生の経験について語ることは、今はどうでもいい。彼はただ静かに両膝を抱え、時折窓の外を見つめていた。鉄格子のはめられた窓の外には、枯れ葉一つない樫の木が一本、雪曇りの空に向かって枝を広げている。
院長のS博士や僕に向かって、彼は長々と話を続けた。身ぶりを交えないわけではなく、「驚いた」と言うときには急に顔をのけぞらせたりもした。
僕は彼の話をできるだけ正確に記録したつもりだ。もし、誰かが僕の筆記に満足しないなら、東京市外の××村にあるS精神病院を訪ねてみるといい。年齢よりも若く見える第二十三号は、まず丁寧に頭を下げ、蒲団のない椅子を指さすだろう。そして憂鬱な微笑を浮かべながら、静かにこの話を繰り返すに違いない。最後に、彼の話が終わったときの彼の顔色を覚えている。彼は身を起こすと、たちまち拳を振り回しながら、誰にでもこう怒鳴りつけるだろう。「出て行け! この悪党めが! 貴様も馬鹿な、嫉妬深い、猥褻な、ずうずうしい、うぬぼれきった、残酷な、虫のいい動物なんだろう。出ていけ! この悪党めが!」
三年前の夏のことだ。僕はリュックサックを背負い、上高地の温泉宿から穂高山に登ろうとした。穂高山へ登るには、梓川をさかのぼるしかない。以前、穂高山や槍ヶ岳にも登ったことがあるので、朝霧の立ち込める梓川の谷を案内者なしで登っていった。しかし、その霧はいつまでたっても晴れそうにない。むしろ、ますます深くなるばかりだ。
一時間ほど歩いた後、上高地の温泉宿に引き返そうかと思ったが、霧が晴れるのを待たなければならない。だが、霧は一刻ごとに深くなる。「いっそ登ってしまえ」と思い、梓川の谷を離れずに熊笹の中を進んだ。
しかし、目の前を遮るのはやはり深い霧だけだった。時折、霧の中から太い毛生欅や樅の枝が青々と葉を垂らしているのが見えた。また、放牧の馬や牛も突然目の前に現れたが、すぐに霧の中に隠れてしまった。足が疲れ、腹も減り始め、霧に濡れ透った登山服や毛布の重さも感じるようになった。とうとう我を折り、岩にせかれている水の音を頼りに梓川の谷へ下りることにした。
水際の岩に腰を下ろし、食事を始めた。コーンビーフの缶を開け、枯れ枝を集めて火をつけているうちに、十分ほどが経った。その間に意地の悪い霧はほのかに晴れかかっていた。パンをかじりながら腕時計を見た。時刻はもう一時二十分を過ぎていたが、それよりも驚いたのは、何か気味の悪い顔が円い腕時計の硝子の上にちらりと影を落としたことだ。驚いて振り返ると、そこには河童がいた。片手で白樺の幹を抱え、もう片手で目の上をかざしながら、珍しそうに僕を見下ろしていた。
僕は呆然としてしばらく動けなかった。河童も驚いているようで、目の上の手さえ動かさなかった。そのうち、僕は飛びかかるように岩の上の河童に向かって行った。同時に河童も逃げ出した。いや、逃げたのではなく、ひらりと身をかわして、たちまちどこかへ消えてしまった。驚きながら熊笹の中を見回すと、河童は逃げ腰になり、二、三メートル離れたところで振り返ってこちらを見ていた。それは不思議ではなかったが、意外だったのは河童の体の色だった。岩の上で見た河童は灰色だったが、今はすっかり緑色に変わっている。
「畜生!」と大声をあげ、もう一度河童に飛びかかった。河童はもちろん逃げ出した。僕は三十分ほど、熊笹を突き抜け、岩を飛び越え、必死に河童を追い続けた。
河童も足が速く、決して猿に劣らない。夢中で追いかけるうちに何度もその姿を見失い、足を滑らせて転んだこともあった。しかし、大きな橡の木の下に来ると、幸運にも放牧の牛が一頭、河童の行く手を阻んでいた。それは角の太い、目を血走らせた牡牛だった。河童はその牡牛を見ると、悲鳴をあげながら高い熊笹の中に飛び込んだ。僕も「しめた」と思い、いきなりその後を追った。すると、そこには僕の知らない穴があったのだろう。滑らかな河童の背中に指先が触れた瞬間、僕は深い闇の中に転げ落ちてしまった。
人間の心は、こういう危機一髪の際にも途方もないことを考えるものだ。僕は「あっ」と思った瞬間、上高地の温泉宿の近くに「河童橋」という橋があるのを思い出した。それから先のことは覚えていない。ただ目の前に稲妻のようなものを感じた瞬間、いつの間にか正気を失っていた。
そのうち、僕はふと気がつくと、仰向けに倒れたまま、たくさんの河童に囲まれていました。さらに、太い嘴の上に鼻目金をかけた一匹の河童が、僕のそばにひざまずき、聴診器を僕の胸に当てていました。その河童は、僕が目を開けたのを見て、静かにするようにと手で合図をしました。そして、後ろにいる別の河童に「Quax, quax」と声をかけました。すると、どこからか二匹の河童が担架を持って歩いてきました。僕はその担架に乗せられ、河童たちの群れの中を静かに何町か進んでいきました。僕の両側に並んでいる町は、まるで銀座通りと変わりありませんでした。毛生欅の並木の影に、さまざまな店が日除けを並べ、その間を自動車が何台も走っていました。
やがて、担架は細い横町を曲がり、ある家の中に運び込まれました。それは後に知ったことですが、あの鼻目金をかけた河童の家、つまりチャックという医者の家でした。チャックは僕を小ぎれいなベッドの上に寝かせ、透明な水薬を一杯飲ませてくれました。僕はベッドの上に横たわったまま、チャックのするままになっていました。実際、僕の体はろくに動かせないほど、節々が痛んでいたのです。
チャックは一日に二、三度は必ず僕を診察に来ました。また、三日に一度くらいは、最初に見かけた河童、バッグという漁夫も訪ねてきました。河童たちは、我々人間が河童のことを知っているよりも、ずっと人間のことを知っています。それは、我々人間が河童を捕まえるよりも、河童が人間を捕まえることが多いからでしょう。捕獲というのは当たらないまでも、我々人間は僕の前にも何度も河童の国に来ているのです。そして、一生河童の国に住んでいた者も多くいました。なぜなら、我々はただの河童ではなく、人間であるという特権のために働かずに食べていられるのです。実際、バッグの話によれば、ある若い道路工夫は偶然この国に来た後、雌の河童を妻に迎え、死ぬまで住んでいたということです。その雌の河童は、この国で一番の美人であり、夫の道路工夫をうまくごまかす才能も持っていたそうです。
一週間ほど経った後、僕はこの国の法律により、「特別保護住民」としてチャックの隣に住むことになりました。僕の家は小さい割にとてもおしゃれにできていました。もちろん、この国の文明は我々人間の国の文明、少なくとも日本の文明とはあまり大差がありません。往来に面した客間の隅には小さなピアノが一台あり、壁には額縁に入れたエッティングも飾られていました。ただ、家をはじめ、テーブルや椅子の寸法は河童の身長に合わせてあるため、まるで子どもの部屋にいるようで、それだけは不便に感じました。
僕はいつも日暮れが近くなると、この部屋でチャックやバッグを迎え、河童の言葉を習いました。いや、彼らだけではありません。特別保護住民である僕に、誰もが好奇心を持っていましたから、毎日血圧を調べてもらうために、わざわざチャックを呼び寄せるゲエルという硝子会社の社長も、この部屋に顔を出しました。しかし、最初の半月ほどの間に一番僕と親しくなったのは、やはりあのバッグという漁夫でした。
ある生暖かい日の夕暮れ、僕はこの部屋のテーブルを挟んで漁夫のバッグと向かい合っていました。すると、バッグは突然黙り込み、大きな目をさらに大きくしてじっと僕を見つめました。僕は妙に思い、「Quax, Bag, quo quel, quan?」と言いました。これは日本語に訳すと、「おい、バッグ、どうしたんだ?」という意味です。しかし、バッグは返事をしません。さらに、いきなり立ち上がると、べろりと舌を出し、まるで蛙が跳ねるように飛びかかる気配を見せました。僕はますます不気味になり、そっと椅子から立ち上がって、一足飛びに戸口へ逃げ出そうとしました。ちょうどその時、幸いにも医者のチャックが顔を出しました。
「こら、バッグ、何をしているのだ?」
チャックは鼻目金をかけたまま、バッグをにらみつけました。すると、バッグは恐れをなしたようで、何度も頭に手をやりながら、チャックに謝りました。
「どうも申し訳ありません。実は、この旦那が気味悪がるのが面白かったものですから、つい調子に乗って悪戯をしてしまいました。どうか旦那も堪忍してください。」