ドグラ・マグラ (20/47)
作 夢野久作
何を隠そう、私の言う「極端な心理遺伝」という現象が、精神病者にだけ現れるものなら、それほど驚くことでも心配することでもないのだ。もちろん、これまで説明してきた研究が、そこらにいるオタマジャクシ学者たちにとっては目を見張るような大発見かもしれないが、私にとっては、ただの乞食が急に走り出した程度の新発見に過ぎないのだ。
私が「心理遺伝」の恐ろしさを声高に主張する理由は、それが精神病者だけに現れるのではなく、普通の人々、つまりあなた方や私自身にも、精神病者と同じように、たくさんの形で現れていることが明らかに証明できるからだ。
「何だって? 質問? いや、ちょっと待ってくれ。質問の意味はわかっている……それでは精神病者と普通の人との区別がつかなくなるじゃないか。そんな馬鹿な話があるものか……と、あなたは言うだろう。
しかし、純粋な科学者の立場から言うと、そんな馬鹿げた話が「ある」としか答えようがないから困るのだ。しかも、精神病者と同じ程度の問題ではない。私たち、もちろんあなた方も含まれているが、私たちの精神生活の中には、精神病者と寸分違わない、あるいはそれ以上の恐ろしい「心理遺伝」が、朝から晩まで、一分一秒の隙間もなく活躍している。眠っている間も夢となって現れ、執念深く私たちの心理を支配しているから困るのだ。そのために、自分の心が自分で自由にならない場合が非常に多く、新聞や雑誌の社会記事が無限に提供されていくことになるのだから、問題にしないわけにはいかなくなってくるのだ。
これはずっと前に新聞記者に話したことがある、心理遺伝の中でも非常に手軽な実例だが、「無くて七癖、あって四十八癖」という言葉があるように、精神病者と同様に、自分の気持ちが自分で自由にならない好適例である。しかも、それを他人からどんなに笑われても、自分自身で是非とも改めなければならないと感じていても、どうしても止めることができないのは、それが今言う心理遺伝の現れだからだ。泣くまいと思ってもつい涙が出る。怒るべきでないと思っても、思わずムラムラっときて、前後を忘れてしまうのも、やはり一時的な精神の偏りを自分で持ち直すことができないという性格を、先祖から遺伝してきたからであり、取りも直さず心理遺伝の現れに他ならないのだ。
そのほかにも、凝り性、飽き性、ムラ気、お日和気分、物忘れ、神経質、趣味の道楽、依存症、男あさり、女たらし、変態心理など、数え上げればきりがないが、百人が百人、千人が千人とも、多少の精神的な異常傾向を持たない者はいない。心理遺伝に支配されていない者などいないから、大変なことなのだ。
この理屈は、私がずっと前に書いた「胎児の夢」という論文を読めば、さらによくわかるが、人間の精神や霊魂というものは、要するに先祖代々の動物や人間から遺伝してきた、さまざまな動物心理や民衆心理の無限の集まりに過ぎない。それを「こんなことをしたら笑われる」とか「もし見つかったら大変だ」といった人間の皮一枚で包み、その上から倫理、道徳、法律、習慣などのテープで縛り、社交、礼節、身分、人格などのさまざまなリボンやレッテルで飾り立て、さらにその上からお化粧や油で塗り固めて、パラソルやステッキを振り回しながら「あなたが紳士なら、私も紳士です」「あなたが淑女なら、私も淑女です」「あなたが人間なら、私も人間です」といった風に、肩で風を切って白昼の大道を歩くのが、いわゆる普通の人、あるいは文化人に他ならないのだ。
ところが、こうした文化人の包装は、その低級で深刻、奔放無頼な心理遺伝の内容を漏らさないように、常に緊張している。その苦し紛れに、少しだけ息を抜きながら、人前だけを繕って知らぬ顔をしているのが普通の人だが、それがとても我慢しきれなくなって、どうかした拍子に大きく破れることがある。それが個人では癇癪、脱線、喧嘩、殺傷、詐欺、泥棒、姦通などの背徳行為となり、破れて復旧しないものは精神異常者となり、大勢の間では暴動や戦争、悪思想、堕落的風潮となる。こうした心理遺伝の曝露の実例は、毎日の新聞でうんざりするほど見せつけられているだろう。
私はあえて断言する……あなた方も私も共に、精神病者と五十歩百歩の心理状態で生きているのだ。普通の人と精神病者との区別がつけられないのは、刑務所の中にいる人間と外を歩いている人間との善悪の区別がつけられないのと同じことだ。つまり、地球表面上は古今東西、まったくそのまま「狂人の一大解放治療場」となっているので、九大の解放治療場は、その小さな模型に過ぎないのだ。その証拠に、その中にいる患者たちも、やはりあなた方や私と同様に「俺はキチガイではないぞ」と確信しつつ、盛んに心理遺伝を発揮しているではないか……と。
ハハハハハ……どうだい、皆さん。少々腹が立ってはいないか。何だって……? 立たない……? えらいえらい。なるほど、あなた方は立派な常識人だ。現代文化を代表するに足る紳士淑女たちだ……えっ、何だって……? そうじゃない。相手がキチガイ博士だから、初めから本当に聞いていない……?……うはっ。これは恐れ入った。そこまで常識が発達しているとは、敵わない。
よろしい。その儀ならば、こちらにも覚悟がある。そもそも、科学の研究は厚顔無恥、無礼無作法を本領とするものだ。お許しをいただき、さらに手近なところで人間たちの赤恥を突き出して、ぜひとも一つ腹を立てさせて進ぜることにしよう。
これは誰でも経験したことだと思うが、少し頭がぼんやりしてくると、さまざまな空想や幻覚が次から次へと浮かんでくるものだ。
空想や幻覚というものは、実は心理遺伝の影のような存在だ。学問的に言えば、脳の反射神経が疲れ、凝り固まった結果、理性や常識とのつながりを失った様々な心理遺伝の断片が、全身の反射神経の中で我が物顔に、勝手気ままな夢の中を彷徨い始めるのだ。
たとえば、女性が障子の陰で洗濯物をたたみながら、過去や未来のことを考えているうちに、いつの間にか無関係なことを思い始める。あのデパートで指輪を万引きして、もし見つからなかったらどうしようか、今の夫が早く死んでくれたら、あんな素敵な人と楽しい生活ができるのに、憎いあいつをこんな風にいじめてやったらどうだろう、義母に猫を着せたらどんなに清々しいだろうか、あの役者と心中したらどうなるのか、いっそのことヴァンパイアになってしまおうか、などと考えを巡らせる。
一方、男性もまた、電車の窓から外を眺めながら、長い欠伸をしつつ、あの紳士の頬を叩いたらどんな顔をするだろう、町に火を放って火の海にしたらどんなに美しいだろう、群衆を一掃したらどんなに痛快だろう、あの陶器屋にダイナマイトを仕掛けたらどうなるか、あの巡査の脛を折ったら、金魚屋の金魚を道路に撒き散らしたらどうなるか、あんなお嬢さんを妾にしたら、あの銀行の金庫をポケットに入れたら、などと、思いもよらない光景を頭に描いている。そして、ふと我に返り、一人で赤面しているのだ。
これはすべて、先祖たちがやりたくてたまらなかった残忍性や争闘性、野獣性、あるいは変態的な心理が、現代的な姿で私たちの意識の中に現れているのだ。そんなことはないと言うのは、内省力のない石頭か、あっても忘れてしまった鈍感な人々に過ぎない。その証拠に、夢遊状態の一つが精神異常にまで進展しているのを見れば明らかだ。まるで小説の濃厚な場面に没頭し、その光景を意識の中に描きながら、思わず涎を垂らすように、精神病者の疲れた反射神経の中では、そうした遺伝的な心理が、現実の感情や感じ方以上に強烈に夢遊して現れている。そして、他の意識はほとんど消え去ってしまうため、本人は真剣にその夢遊意識を実行に移してしまうのだ。だから、彼らの行動は、すべて先祖から受け継いだ感情に従って進んでいく。これが私の学説とぴったり一致することになる。
今から三千年以上前、ここから三千里離れた天竺では、仏陀が菩提樹の下で過去、現在、未来の実相を明らかにし、無上正等正覚に達した。彼が「因果応報」と宣ったのは、まさにこのことだ。親の因果が子に報いるというのは、まさにそういうことだ。アハハハハハ。これは白骨の教えではない。投げ銭も放り銭も必要ない。現代科学の中でも、最新の精神科学の講義だ。皆さんが日常的に経験している恐ろしい精神生活の説明なのだ。
しかし、皆さん、まだ驚くのは早い。精神科学の原理原則は、もっともっと恐ろしい、驚くべき事実を提供しているのだ。
今までの説明で、すでにアラカタ理解されているだろう。人間の世代が変わるのは、私たちが眠ってまた目覚めるようなものである。一晩眠ったら、昨日のことなどすっかり忘れてしまうかもしれないが、さて、目が覚めてみると、ほとんど無意識に、大工は昨日建てかけた家の続きを建てに行き、左官も昨日の壁の続きを塗りに行く。そうすると、また昨日のことを思い出して、ああ、昨日ここで十銭玉を落としたな、昨日の今頃、あの美しい人が通ったな、などと思い出すのだ。
精神の遺伝も同じだ。親は昨日の自分で、子は明日の自分だ。夜は昨日の自分から今日の自分が生まれてくる、暗く無自覚な姿になる時間なのだ。
したがって、男女を問わず人間は、自分の先祖がかつてそのような気分や精神状態になった場面や品物、時候、天候などに触れると、今の大工や左官と同じように、昔の心理状態に戻るのだ。しかも、先祖代々から遺伝してきた心理は一つや二つではない。そうした心理の暗示となる場面や品物、天候などは、そこら中に満ち溢れていて、昼夜を問わず私たちの心理遺伝を刺激し続けている。目に見える限り、耳に聞こえる限り、一瞬たりとも休むことなく、私たちの一生を支配している「艮の金神」というのは、実にこの「心理遺伝」の原則なのだ。今に驚くべき証拠を示すぞ。
アハハハハハ。大本教のお筆先と間違えてはいけない。私たちが日常的に経験している極めて平凡な事実だ。私たちの気持ちは朝から晩まで次々と変化し、入れ替わっていく。活動に出かけるつもりが、途中で縁日の夜店に引っかかってしまったり、旅支度で家を飛び出した者が図書館に忍び込んだり、好きな人との結婚が近づくと急に嫌になったり、鉄の草鞋で探し当てた唯一の就職口をハガキ一本で断ったりするような、重大な心理の変化が次々と起こるのは、そうした様々な暗示が、私たちの心理遺伝を支配しているからであり、それに気づかないのは、暗示と心理遺伝の関係があまりにも瞬時的で、微妙で、深刻だからだ。
さて、どうだい、皆さん。こうした暗示と心理遺伝の関係をもっと深く、学理的に研究したら、いろんな面白いイタズラができそうだと思わないか?まるで物理や化学の実験を見るように、他人の精神に思い通りの変化を与えられるように思わないか?
人間の犯罪心理について考えると、実に興味深いことが多い。身近な例を挙げると、何の前触れもなく、全く関係のない暗示によって、意外なほど強い刺激を受けることがあるのだ。たとえば、赤いインクのペン先をじっと見つめていると、隣にある女優の写真の目に突き刺したくなる衝動に駆られたり、青空や白い壁を見ているうちに、ふと残酷な気持ちになったりすることがある。窓の外の霧を見つめていると、ピストルの手入れをしたくなったり、大風の音を聞いていると、短刀を懐に忍ばせて歩きたくなったりするのだ。
また、よく切れる剃刀を見て、自分の顔と見比べてニヤニヤと笑ってしまったり、寝床の中で女性が冗談で「殺してもいいわよ」と笑顔で言ったのを聞いて、本当に殺す気になったりすることもある。応接間に響く小鳥のさえずりが、今まで真面目だった男女の間に不倫の情緒を引き起こすきっかけになったりする。こうした気持ちの変化を見ると、理屈では説明できない部分があり、心理的な遺伝の現れであることは間違いない。そして、これらはすべて、犯罪心理の最初の芽生えであることは言うまでもない。
古い講談や随筆、伝説、記録を読んでいると、先祖が見てはいけないと残した幽霊の掛軸を見て妙なことを口走るようになったり、抜いてはいけないと禁じられている伝家の宝刀を抜いてみたときに血相が変わったりする話がたくさん出てくる。これは、恐ろしい心理遺伝の暗示の力を、誰にでもわかる形で表現しているのだ。私が調査記録の中で見つけた例も、山のようにある。
さて、このような暗示の恐ろしい作用を学問的に研究し、実際に応用できるようになったら、どんなことになるだろうか。犬山道節や石川五右衛門、天竺徳兵衛、自来也以上の幻魔術が現代に行われることになるのだろうか。
それほどでなくとも、この種の暗示を巧みに利用すれば、出会い頭に他人を発狂させることができる。音を立てたり血を流したりしないため、白昼の往来で通り過ぎる人々も怪しまない。どんな名探偵が駆けつけても、全く手がかりを掴むことができない犯罪が行えるのだ。いや、実際に今、そこらで行われているとしたらどうだろう。
フフフ……そんなに固くなって座り直さなくてもいい。いくら私が精神科学の専門家でも、このスクリーンの中から暗示を与えて、全員を一斉に発狂させる術はまだ発見していないからね。とはいえ、そんなことができたら面白いだろうとは思っているんだが……ハッハッハッ。
いや、これは冗談だが、こうした犯罪手段はすでに空想や推測の範囲を超えて、目の前の問題となってきている。事実は常に研究に先立って存在するものである……と言ったら、少し眉に唾液を付けたくなるかもしれない。
ところが驚かないでほしい。実際に私の友人である九州帝国大学医学部長、若林鏡太郎君の名著『精神科学応用の犯罪とその証跡』の草稿の緒論には、こんな愚痴が並べられている。ちょうどその緒論だけが私のところに校閲を頼んできたので、少し失敬して抜き読みをしてみると、こんな内容だった。
「私の調査研究によれば、すでに往昔よりこの種の犯罪が行われてきた事実を認めざるを得ない。たとえば、役行者や阿部晴明、弘法大師などの密教や陰陽術を伝える者たちは、長年の経験から得た一種の精神科学的暗示法を口伝心伝しており、これを理智や理性の発達が不十分な女子や小児、あるいは無知蒙昧な男子に応用して、その精神作用に何らかの変化や傷害を与え、利益を得ている形跡がある。すなわち、古来伝わる「狐を使う」「真言秘密の呪法にかける」「生霊、死霊を憑ける」「神罰、仏罰を当てる」といった霊験や神業、行力に類似した所業は、精神科学の立場から見ても絶対に不可能なことではない。その高等なものに至っては、催眠術や心霊術、降神術の技術者が、文明社会の裏面で異常な力を持っていることがあり、玄怪で捕まえにくい犯罪事件の裏には、しばしばこの種の技術の活躍が見られることがある。これらはすべて理智的詐術であると断じることが難しいものもある。」
「現今、我が国においても、あちこちの精神病院や行路病者収容所、また街頭を彷徨う精神異常者の中に、こうした犯罪行為の犠牲者が存在しないとは断言し難い。ただし、これを合理的に探査追求して犯人を検挙することは、現時点ではほとんど不可能である。なぜなら、このような手段を用いて精神的に人を殺傷する場合、他の犯罪手段のように物的証拠を一切残さず、一滴の血も、一瞬の音も、煙さえも認めることができないからである。被害者もまた、直ちに一切の証言をする資格を喪失し、その精神の異常を回復するためには長い年月を要し、時には永久に回復しないこともある。万が一回復したとしても、その被害当時の回想や犯罪手段に対する記憶が残っているかどうかは、非常に疑問であり、調査上は非常に困難に直面することになるだろう。」
「思うに、現代の文化は所謂、唯物科学の文化である。故に、その間に行われる犯罪の種類もまた、唯物科学の原理を応用したものが多いのは自然の理である。ならば、将来、精神科学の諸般の学理が一般の常識として普及するに至れば、同様にこれを応用した犯罪が旺盛に流行することは明らかであり、その犯行の恐怖は、現代の所謂、唯物科学応用の犯罪に比べても決して劣らないことは自明である。そして、このような犯罪に対して、私たち法医学者は、いかにして犯罪を調査し、凶器を研究すべきか、どのような基礎知識に照らして、犯行の経路や手段の内容を明らかにすべきか、考えなければならない。」
「皆さん、聞いてください。私が敬愛する法医学者、若林鏡太郎さんは、近い将来、全世界に広がるであろう「精神科学応用の犯罪」を研究し、その流行を未然に防ぐために、実例を探し続けています。精神病者や自殺者が至る所に存在しているにもかかわらず、その犯罪の手がかりとなる暗示材料や証拠が見つからないため、真の研究を発表できないという悲惨な状況に直面しています。彼は、あらゆる人間の身振りや言葉、目の動き、手の動きに至るまで、精神科学応用の犯罪の疑いを持ち続けているのです。
さて、皆さん、どう思いますか?
ここに、素晴らしい研究材料が私の元に転がり込んできました。最初にこの材料を発見したのは若林鏡太郎さんで、彼はこれが空前の「精神科学応用の犯罪」であると確信し、調査を進めてきました。一方で、私にとっては「心理遺伝」の参考材料としても、計り知れないほど素晴らしい価値があります。しかし、私がその材料に引き込まれ、うっかり手を出してしまったのが運の尽きでした。私もまた、十万億土行きの片道切符を買い、裸一貫で逃げ出さなければならない状況に追い込まれたのです。それほど恐ろしい研究材料だったのです。
その発狂の動機となる驚くべき暗示材料の正体はもちろんのこと、心理遺伝に支配された夢中遊行の開始前後の奇怪で悲惨な状況、心臓がトロトロと溶けて流れていくような心地よさを持つ心理遺伝の詳細まで、何一つ欠けることなく完備した、途方もない調査記録が手に入ったのです。実に、国宝とも世界の宝とも言うべき、極めて科学的でありながら、徹底的にロマンチックな、エロティックでグロテスク、そしてノンセンスな要素が120パーセント以上含まれた、空前絶後の超特大スケールの作品であり、そのストーリーの深刻さを示しています。
ああ、失礼しました。わかりました、拍手はお控えください。形容詞ばかり並べてしまって申し訳ありません。どうもアルコールが不足してくると、頭の反射神経が鈍くなってしまうのです。少し失礼して、キング・オブ・キングスの喇叭を吹いてもらおう。ついでにハバナの方も一つ吹いて……ああ、これはまずい。私はまだ教壇の前にいるのですね。早速スクリーンの中から退いて、代わりに今言った怪事件の内容を映写しながら、弁士の役を引き受けることにします。そして、皆さんの常識を一撃で粉々にしてしまおうと……。
何ですって?私がスクリーンの外に出たって、同じことだと言うのですか……?ああ、これはまた一本参りました。頭が良すぎるのも困りものですね。実は、もう少しすると、別の私が銀幕の中に現れ、その奇怪な心理遺伝事件の内容を「解放治療」の実験にかけて実況することになるのです。だから、その時にはそのもう一人の私が、ぜひとも映写幕の外に出て、説明役に回らなければならないのです。未来派の芝居とは違いますからね……。
さて、もったいないことにK・C・MASARKEY社の超特作として『狂人の解放治療』という、今回が封切りの天然色、浮出し、発声映画です。出演俳優は皆、関係者本人の実演に基づく実物応用ばかりで、稀代の美少年と絶世の美少女を中心に、渦巻く不可解な出来事と驚異が続きます。二十余名の男女の血と肉と霊魂がいつの間にか入り乱れ、遂にはこの「狂人解放治療場」において、悲惨で無残な、目も当てられない結末を告げるか告げないかの際どいクライマックスに達するのです。どうぞ、皆さん、満腔の期待を持って……【溶暗】……」