閉じる

ドグラ・マグラ (10/47)

作 夢野久作

私は若林博士の説明を、ここまでしか記憶していない。そんな説明を聞きながら、何気なく赤い表紙の小冊子を開いた。第一頁の標題に目を通しているうちに、いつの間にか本文に引き込まれ、無我夢中で読み続けていた。

「キチガイ地獄外道祭文」

――一名、狂人の暗黒時代――

墺国理学博士

独国哲学博士 面黒楼万児 作歌

仏国文学博士

「ああ、ああ、あああ。右や左の皆様へ。旦那様、新造様、紳士や淑女、お年寄りから若い方々まで、皆さん。お立ち会いの皆さん、しばらくご無沙汰していましたね。そんなことを言ったら驚かれるでしょう。驚かれて当然です、三千世界が。できないうちからご無沙汰続きですから。今日は初めてこの道端に、まかり出たキチガイ坊主が……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

……さあ、寄った寄った。寄ってみてください。聞いてください。話の種ですよ。お金は要りません。本当に無代償です。こちらへ寄ったり、押してはいけません。チャカポコチャカポコ……

……さっさ、来た来た。来て見て驚いて……スチャラカ、チャカポコ。チャチャラカ、チャカポコ……

「ああ、ああ。まかり出たキチガイ坊主です。背丈は五尺と一寸ほどで、年の頃は三十五六。頭はクルクル坊主で、眼は落ち込み、歯は総入れ歯。痩せた肋骨は洗濯板のよう。着ている布子は畑の案山子のようで、足に引きずる草履は泥で固めたカチカチ山。まるで狸の泥舟のような乞食まがいの変わり者です。流れ渡ってきた国々の風に晒され、天日に焼かれて、今日も同じ青空の下。道のほとりに鞄を広げて、スカラカ、チャカポコと外聞をさらけ出しています。曰く因縁、故事、来歴を尋ねてみたら……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

「ああ、ああ。曰く因縁、木魚に聞いたら、親子兄弟、親類眷族、妻も妾も持たない。ただ一人のスカラカチャンです。氏も素性もスカラカ、チャカポコ。鞄一つが身上一つ。親は木の股、風に吹かれるままの気楽な身の上。流れ渡った世界の旅です。北京、ハルピン、ペテルスブルグ、赤いモスクワ、四角いベルリン、酔うミュンヘン、歌うウィーン、踊るパリ、居眠るロンドン、海を渡れば自由のアメリカ。女の市場はあのニューヨーク、サンフランシスコの賭博、市俄古の酒。千鳥足でアメリカ気取りの、阿呆つくした十年がかりです。見たり聞いたりしてきた中で、ただ一つの土産というのが、なんと恐ろしい地獄の話です……スカラカ、ポクポク。チャチャラカ、ポクポク……

「ああ、さても恐ろしい地獄の話です。しかも私の凹んだこの眼で、ちゃんと見てきた事実の話です。今日が封切り、お金は要りません。要らぬばかりか、その聞き賃には、こんな書物を一冊差し上げます。私が今唄っている歌の文句の活版刷りです。後で何かマヤカシ物を無理に買わせる手段ではないかと疑う方がいるかもしれませんが、そんな心配は一切無用です。これは私の道楽仕事です。人類文化の宣伝事業です。何も参考にはなりません、話の種です。さあ、寄ったり、聞いたり見たり……外道――祭ア――エ――文。キチガ――ア――イ――地イ獄ウ――……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

一

「ああ、ああ。外道祭文キチガイ地獄。さて、地獄はどこかと問えば、娑婆というのがここいらあたりです。ここで作った私の因果が、やがて迎えに来る、クル、クルリと。眼玉を回して乗る火の車です。めぐり廻って落ち行く先が、修羅や畜生、餓鬼道を越えて、ドンと落ちたのが地獄の姿です。針の山から血の池地獄、大寒地獄に焦熱地獄、剣樹地獄や石斫地獄。火煩、熱湯、倒懸地獄と、数を作った八万地獄です。娑婆で作った因果の報いで、切られ、砕かれ、焙られ、煮られ。阿鼻や叫喚、七転八倒。死ぬに死なれぬ無限の責め苦です。もしその声を聞いたら最後です。頭が張り裂けてしまうなんて、高い処から和尚の談義です……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

「ああ、ああ。高い処から和尚のお談義。しかし、これは当てにはなりません。死ななければ行かれぬ地獄の噂です。生きた坊主の賽銭集めです。釈迦も知らない嘘八百です。私が見てきた地獄というのは、そんな地獄とは品が違って、鉦を叩かず、念仏を唱えず、十万億土の汽車賃も使わず、そんじょそこらにいくらもあります。生きたままのこの世の地獄です……チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

「ああ、ああ。生きたままのこの世の地獄です。それも貧乏暇なし地獄や、浮いた浮いたの川竹地獄。義理と人情のカスガイ地獄。または犯した悪事の報いで、御用、捕ったぞ、キリキリ歩めと。叩き込まれる有期や無期の。地獄なんぞと大きな違いです。そんな道理がミジンも通らない。息も吐かれず、日の目も見えず、広さ、深さもわからぬ地獄です。そこの閻魔は医学の博士で、学士連中が牛頭馬頭どころではありません。ただし地獄で名物道具の昔の罪科を見分けて嗅ぎ出す、見る眼、嗅ぐ鼻、閻魔の帳面。人の心を裏から裏まで透かし見通す清浄な玻璃の鏡なんぞは影さえ見えません。罪があろうが、また無かろうが、本気、狂気の見分けもつけずに、滅多矢鱈に追い込み蹴り込むと、聞いただけでも身の毛が逆立つ。地獄というのがそこにあります。見かけは立派な精神病院。嘘というなら入って見なされ。責め苦の数々お望み次第です。なんと恐ろしいキチガイ地獄……チャカポコチャカポコチャカポコ……

「ああ、ああ。なんと恐ろしいキチガイ地獄です。さても恐ろしい精神病院。そんなことを言っても皆様方には、まだまだ合点が行きかねるでしょうが、物は順序です。お聞きなさい。聞いているうちに、ああ、なるほど、そんな事とは知らずにいたわい。成る程そうかと合点が行きます。合点が行ったら八万四千の、身内の毛穴がゾクゾクと粟立つ。そんなところの地獄の話です……チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

ああ、これはただの地獄の話ではない。さて、この地獄の起源について考えてみよう。因縁の「イ」の字から始まるのだが、そもそもその始まりを尋ねるならば、文明開化のおかげであると言える。世界の文明開化は日進月歩で進んでおり、その根底には科学知識の尊さがある。特にお医者の仕事は、人の病気を治すことに特化しているのだ……チャカポコチャカポコ……

人の病気を治すというお医者の仕事の中でも、身体の狂いを直す外科や内科の治療法と、心の狂いを直す精神病院の手当ての方法を比べてみると、驚くべき進歩の違いがあることに気づく。身体は目に見える形をしているから、触れればわかる。五臓六腑も解剖すれば見える。打診や聴診、X線、血液検査など、診察道具は数多くある。たとえ何か分からない病気であっても、診察や治療が異なれば、死んだ後に解剖すればどこが悪かったのかすぐにわかる。しかし、神様でさえ人の心を診察することはできない……チャカポコチャカポコ……

人の心は診察できない。どんな名医であっても、精神や心の狂いをどうやって見抜くのか。どこの脈を見て、どの舌を出させ、どの苦労に注射をするのか。心の問題を解決するための道具もない。あなたが恋しいと思う熱情が、寒暖計に測れるものかどうか。偽の狂人と本物の狂人は、レントゲンでも透かして見えない。声も聞こえず、姿も見えない。心の正体は、屁よりも不思議だ。これがどうして診察されるのか。馬鹿に薬を与えることはできない。昔の教訓は今でも真実だ。結局、精神病は診察治療が絶対に不可能であり、科学知識では解明できない、わけのわからないものだと理解する……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

わけのわからないものだと理解すると、ここでもまた理屈のわからない奇妙な事実に気づく。そもそも、人の精神や心の狂いが診察や治療できないとなると、現在の世界のどこでも精神病院や神経治療が行われているが、果たしてそれはどういうことなのか。四角四面の看板を掲げ、意匠を凝らした玄関を構え、高価な診察や治療の料金を取り立てる精神病医は、果たしてどんな仕事をしているのか。詐欺師か、何かの道具に過ぎないのではないかと、誰もが疑問に思うだろう。しかし、ちょっと待ってほしい。話には順序がある。世にも馬鹿げた内幕話がある。診察治療ができないおかげで、お医者がうまく儲かるという話なのだ。これが本当の阿呆陀羅経だ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

ああ、昔のそのまた昔、科学知識が進まなかった頃、人の身体の病気も心の病気も、何が何やらわからなかったため、診察治療は当てずっぽうだった。家相や方角、星占いなど、何かの障りだと考え、祈祷や禁厭、御神水やお守りをいただいて、どうにかこうにか済ませていた。しかし、それでは治療にならない病気が多かった。そこで薬が発見され、服用すれば病気がすぐに良くなることがわかった。それを頼りに調べた結果、人の病気は身体の中の狂いが原因であることがわかり、これが医学の始まりとなった。今では解剖や生理、病理、医化学、細菌、薬物など、外科や内科、皮膚科、耳鼻科、眼科、整形、婦人科、小児科と、隅々まで手に入る器械や薬が揃い、人の身体の狂いを治療するための科学知識の大光明が、日々明るく輝いている……スカラカ、チャカポコチャカポコ……

しかし、精神病に関してはどうだろう。人の心の狂いを治療する医者の診察や手当ては、どれほど進歩したのか。昔は精神病者は神の心が移ったものと畏れられ、敬われ、礼拝されたり、または生き霊や死霊の所業とされ、物を供えて大切に扱われていた。しかし、時には悪魔が憑いたとされ、僧侶や巫女が医者や裁判官の役割を果たし、見つけ次第に指を指し、槍や刀剣、投げ縄、弓矢、棍棒を持った役人たちが、片っ端から頭を砕き、手足や胴体をバラバラにし、焼いたり埋めたりしていた。まるで今の狂犬退治と同じ仕置きである。これが精神病者に対する最初の診察であり、最初の治療であった。キチガイ地獄の始まりである……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

これがキチガイ地獄の始まりであり、精神病の原因が何かを理解できないことから、迷信や邪法を使って悪事を働く者たちが現れた。しかも、非常に狡猾な者たちで、物の恨みや嫉妬、毛嫌い、あるいは政敵や商売の敵に対する道理を外れた憎しみを抱き、邪魔だと思った相手を、何の前触れもなく巫女や坊主、役人たちに賄賂を使って引っ捕まえさせる。無理やりキチガイ扱いされ、国の掟によって死刑にされることもあれば、軽い場合は牢屋に入れられることもあった……チャカポコチャカポコ……

軽いところで牢屋の住居となる。世界の歴史を調べてみると、高い身分や爵位、名誉、財産、領地の引き継ぎ、女出入りや跡取りの争いなど、家の内輪の揉め事から、邪魔な相手を排除するために、こうした手段を使った実例がちらほらと残っている。では、今の時代はどうかと考えると、同じことが行われていると言いたいが、言えないどころか、今は少しばかり非道い状況である……スカラカ、チャカポコ。スチャラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

ああ……今は文明開化の時代だ。科学の知識があらゆるものを支配する時代だというのに、精神病だけは昔のままの暗黒時代に取り残されている。診察や治療ができないなんて、うっかり言ったら、まるで冗談のようだ。そんなことを言う人がいるかもしれないが、そういう人を私は好ましく思う。理性や常識、科学の知識を忘れない立派な人だ。そんな方にお願いしたい。時間があるときに、ちょっと精神病院や学校、図書館に足を運んでみてほしい。世界中の博士や学士たちが、次々と精神病について研究し、その成果をまとめた書物が並んでいる。その内容を調べてみれば、病気の名前がずらりと並び、丸い洋文字や四角い漢字が押し合いへし合いしている。指を折るのも一苦労だ。

今や精神病者も外科や内科の患者と同じように、科学の光に照らされ、診察や治療が行われていると思われている。しかし、感謝しているのは素人ばかりだ……チャカポコチャカポコ……

ああ、感謝しているのは素人だけだ。憎まれ口を叩くわけではないが、驚かないでほしい。西洋や日本で、天の果てから地の底まで調べ尽くした科学者たちが集まって研究しても、最も大切な自分の頭の中にある脳みその働きについては、全くわからないのだ。それを嘘だと思う人は、古今東西の学者たちが人間の脳を調べた書物を一度読んでみてほしい。脳は物事を聞いたり見たり、判断するための倉庫なのだ。知識や経験、昔の記憶を保存している場所だ。何がどうなっているのか、浪花節のように前置きばかりが多いが、確かな事実は一つもわからない……チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

ああ、確かな事実は一つもわからない。わからないのは当然だ。天下は広いと言っても、人の脳を本当に調べてみれば、腹立たしいほど簡単明瞭なことがわかる。奇妙で珍妙な脳の働きを見抜いた者がいるなら、私がここにいるのだ……なんて言ったら、皆さんは「お前の脳みそだけが毎日天日に焼かれたおかげで、性格が変わってしまったのだろう」と笑うかもしれないが、もしかしたら本当にそうかもしれない。それが私の道楽でもある。世界中の博士や学者を驚かせる研究を成し遂げ、二十億人の人類社会の頭を入れ替えるのが楽しみだ。いずれその論文がある大学から発表されるだろう。それを見ればわかるだろう。他の世界の学者たちは脳の研究の仕方を知らず、見当違いの思惑ばかりで、真実めかしたことを言っている。ひとつの道理は説明できても、他の事実が解釈できない。あちらを立てればこちらが立たない。九尺二間に雨戸が二枚だ……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

ああ、九尺二間に雨戸が二枚だ。ましてや朝から晩まで、走馬燈のように次々と変わる。猫の目玉や七面鳥のように、泣いたり笑ったり、クルクルと変わる。人の心の正体がどんな姿をしているのか、それがどうして狂ってしまうのか、酒屋の半七さんのように、どこにどうしているのか、ただの一つもわからない。それが証拠に、今の精神病科の書物には、並び並んだ病気の名前がある。そんな書物を作った学者たちが、何が何やらわからないままに、患者の表面を眺めて、身振りや素振りを見て、似合いの名前を付けて診察を終えるのだ。赤い煉瓦の中に打ち込むだけだ。中には診察違いの者もいるかもしれないが、これもやっぱり心配無用だ。ほかの病気とは違って、精神病だけは誤診がわからない。一度「キの字」と決まれば、二度と出られない煉瓦の地獄だ。「違う違う」と言い訳したところで、それがそのまま「キの字」の証拠となる。今も昔も変わらぬ運命だ。放火狂と診断されて八百屋お七を解剖したら、何かの計らいで色情狂だとわかる。窃盗狂者の標本と思って石川五右衛門を入院させたら、誇大妄想狂者とわかった。そんな心配は決してないから、気楽なものだ。診察できない患者は、何が何やらわからない病気だ。さても気楽なキチガイ医者だ……スカラカ、チャカポコ。チャチャラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

ああ、なんて気楽な精神科医なんだろう。さて、治療の方法はどうなるのか。心配するだけでは何も始まらない、素人の考えだ。これも診察と同じで、まるで真っ暗な闇の中を手探りしているようなものだ。すぐに脳天を砕かれることはないのが、今の世の中のおかげかもしれないが、患者の立場から言わせてもらえば、どうにも理解できないことが目の前にある。どこでも構わず、精神病院を覗いてみてほしい。鉄の格子の牢屋はもちろん、今の未決監や監獄には影も見せない道具が並んでいる。鉄の鎖や袖のない白衣、手枷や足枷、磔刑の寝台、そして小窓の開いた石箱がずらりと並ぶ光景。どんな極悪人でも、五体が震えるような拷問道具が揃っている……チャカポコチャカポコ……

ああ、五体が震える拷問道具だ。それに引き換え、入院患者の心の狂いを本当に治すための薬や器具は、まったく見当たらない。眠らない患者には麻酔の注射、騒ぐ者には鎮静剤。食べ物を摂らなければ栄養を注入するための注射や浣腸ぐらいしかない。下手な内科や外科にも劣る。あとは治癒すれば医者の手柄で、死んでしまえば運が悪かったと済ませるのだ。アハハと笑って平気な顔をしているが、実際は恐ろしい精神病院の地獄だ……スカラカ、チャカポコチャカポコ……

ああ、恐ろしい精神病院の地獄だ。しかし、ここはまだ小手調べに過ぎない。精神病院の三途の川だ。聞いたばかりで身の毛がよだつ。八万地獄は愚かなことだ。阿呆なことを無限に続け、精神病者をこの世から追い出す地獄……めぐりは、さてこれからだ……スカラカ、チャカポコ。スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ。ああ、皆さん、驚かないでほしい。これは日本の話ではない。唐や天竺、あちらの話だ。世界中の精神科医が、こんな無慈悲な心で建てた立派な病院地獄は、愚かな亡者の患者で一杯だ。それも当然だ。地獄の寝台の数を今の千倍、万倍にしても、人間の世界では精神病者の数には足りない。しかも、一旦入院したら治癒までの期間が長いのはまだしも、一生出られない患者もいるのだから、否が応でも満員になってしまう。そこで医者は威張り散らし、どんなことでも患者に押し付ける。面倒くさくなってお金を渋ると、すぐに退院させられる。自宅治療の許可付きで、無事に出てくる患者もいれば、他の病気の診断書を持って棺に入って出ることもある。後の代わりはアトカラアトカラ、押すな押すなの改札口だ……チャカポコチャカポコ……

ああ、押すな押すなの改札口だ。しかし、これは話が怪しい。奇妙で不思議だ。そんなところにお金を出して、何のために入院させるのか、疑問に思う方もいるだろう。精神病者が身内にいる経験がない方だ。まずはゆっくり聞いてほしい。もっと驚く話がこれから飛び出す。チャカラカ、チャカポコ……

ああ、私は知らないが木魚が知っている。もっと驚く事実がある。しかも、どこでも共通している。精神病院の関係者なら、誰でも知っていることだ。極秘の話だが、ここを限りの話とするなら、ちょっと辻褄が合わないかもしれないが、ちゃんと合うのが木魚の話だ。すべての精神病患者を連れて、赤い煉瓦の玄関先へお辞儀しに来る連中の中でも、親や兄弟、妻子などは、どうか治癒してくださいと涙を流して頼むことが少なくない。しかし、そんな骨肉の中でも、本当に心から治療を願って介抱するのは、実のところ母親だけだ。それも、真実に自分の腹を痛めた息子や娘が患者の場合だ。他の親族は、同じ血を分けた兄弟でも、実に冷淡無情だ。特に若い妻などは、申し訳程度に二、三日側にいて溜息を吐くかと思えば、里から迎えに来るのを待っているように、すぐに帰ってしまう。それもまだましな方だ。医者に患者を渡すと、間もなく部屋がどこかも決まらないうちに、電話をかけたり便所に行ったり、帯の間の鏡を覗いて鼻の頭をパタパタやっているうちに、スラリと姿を消してしまう。二度と姿を見せないのだ……チャカポコチャカポコ……