羅生門
作 芥川龍之介 · 2026-03-31
ある日の暮れ時、一人の下人が羅生門の下で雨が止むのを待っていた。
広い門の下には、この男の他に誰もいない。ただ、所々で丹塗りが剥げた大きな円柱に、一匹の蟋蟀がとまっている。羅生門が朱雀大路にある以上、他にも雨宿りをする市女笠や揉烏帽子の人々が二、三人いるはずなのに、ここにはこの男だけしかいなかった。
その理由は、ここ数年、京都では地震や辻風、火事、そして飢饉といった災害が続いていたからだ。町の衰退は目に見えており、古い記録によれば、仏像や仏具が打ち壊され、その丹や金銀の箔がついた木が路端に積まれ、薪として売られていたという。洛中がそのような状態であるため、羅生門の修理をする者もいなかった。荒れ果てたこの門には、狐狸や盗人が棲みつき、さらには引き取り手のない死体がここに捨てられるという習慣までできてしまった。日が暮れると、誰もが気味悪がって、この門の近くには近寄らなくなった。
その代わり、鴉がどこからともなく集まってきた。昼間には、何羽もの鴉が高い屋根の周りを飛び回り、啼きながら輪を描いていた。特に夕焼けの時には、鴉が胡麻をまいたように見えた。彼らは、もちろん門の上にある死体の肉を啄みに来ているのだ。だが、今日は刻限が遅いせいか、一羽も見えない。ただ、崩れかけた石段の上に、鴉の糞が点々と白くこびりついているのが見える。下人は七段ある石段の一番上に、洗いざらした紺の襖の尻を据え、右の頬にできた大きな面皰を気にしながら、ぼんやりと雨の降るのを眺めていた。
作者が先ほど「下人が雨やみを待っていた」と書いたが、実際には、雨がやんでも特にどうするつもりもなかった。普通なら、主人の家に帰るはずだが、その主人からは四、五日前に暇を出されてしまった。京都の町が衰退している中で、下人が長年使われていた主人から暇を出されたのも、この衰微の影響に他ならない。だから「下人が雨やみを待っていた」というよりも、「雨に降り込められた下人が、行き場を失い途方に暮れていた」と言った方が適切だろう。今日の空模様も、平安朝の下人の感情に少なからず影響を与えていた。申の刻から降り出した雨は、いまだに止む気配がない。下人は、何とか明日の暮らしをどうにかしようと、無駄に思考を巡らせながら、朱雀大路に降る雨の音を、聞くともなく聞いていた。
雨は羅生門を包み込み、遠くからざあざあという音を集めてくる。夕闇が次第に空を低くし、見上げると、門の屋根が斜めに突き出した瓦の先に、重たく薄暗い雲を支えている。
どうにもならない事をどうにかするためには、手段を選んでいる余裕はない。選んでいる間に、築土の下か、道端の土の上で飢え死にするだけだ。そして、この門の上に持って来られ、犬のように捨てられてしまうだけである。選ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を巡りながら、やっとこの結論に達した。しかしこの「すれば」は、いつまでたっても結局「すれば」であった。下人は、手段を選ばないということを認めながらも、その後に来るべき「盗人になるよりほかに仕方がない」ということを、積極的に認めるだけの勇気が出ずにいた。
下人は大きなくしゃみをし、それから大儀そうに立ち上がった。夕冷えのする京都は、もう火桶が欲しいほど寒い。風は門の柱と柱の間を、夕闇と共に遠慮なく吹き抜けていく。丹塗りの柱にとまっていた蟋蟀も、もうどこかへ行ってしまった。
下人は、首を縮めながら、山吹の汗袗に重ねた紺の襖の肩を高くし、門の周りを見回した。雨風の影響がなく、人目を気にせず、一晩楽に眠れそうな場所があれば、そこで夜を明かそうと思ったからだ。すると、幸いにも門の上の楼へ上る、幅の広い丹塗りの梯子が目に入った。上には人がいるにしても、どうせ死体ばかりだろう。下人はそこで、腰に下げた聖柄の太刀が鞘から抜けないように気をつけながら、藁草履を履いた足を、その梯子の一番下の段に踏み込んだ。
それから何分か後、羅生門の楼の上へ出る幅の広い梯子の中段に、一人の男が猫のように身を縮め、息を殺しながら上の様子を窺っていた。楼の上から差し込む火の光が、かすかにその男の右の頬を照らしている。短い髭の中に、赤く膿を持った面皰がある頬だ。下人は、最初からこの上にいる者は死体ばかりだと高を括っていたが、梯子を二、三段上って見ると、上では誰かが火をともしていて、その火を動かしているらしい。濁った黄いろの光が、隅々に蜘蛛の巣をかけた天井裏に揺れながら映っているのが見えた。この雨の夜に、羅生門の上で火をともしている者は、どうせただの者ではない。
下人は、守宮のように足音を忍ばせ、急な梯子を這うようにして一番上の段まで上りつめた。そして体をできるだけ平にし、首を前に出して、恐る恐る楼の内を覗いてみた。
楼の中には、噂に聞いた通り、いくつかの死体が無造作に放置されていた。火の光が届く範囲は思ったより狭く、正確な数はわからなかった。ただ、ぼんやりと見えるのは、裸の死体と着物を着た死体が混ざっているということだった。もちろん、そこには男も女も混在しているようだった。死体はまるで土で作られた人形のように、口を開いたり手を伸ばしたりしながら、床に転がっていた。肩や胸の高い部分がぼんやりとした火の光を受けて、低い部分の影を一層暗くし、永遠に黙っているかのようだった。
下人は、腐敗した死体の臭いに思わず鼻を押さえたが、次の瞬間にはそのことを忘れてしまった。強い感情が、彼の嗅覚をほとんど奪ってしまったからだ。
その時、下人は初めて、死体の中にうずくまる人間を見た。檜皮色の着物を着た、背の低く痩せた白髪の老婆だった。老婆は右手に火をともした松の木片を持ち、死体の一つの顔を覗き込んでいた。髪の毛が長いことから、恐らくその死体は女性のものだろう。
下人は、恐怖と好奇心が入り混じり、しばらく呼吸を忘れていた。旧記の記者の言葉を借りれば、「頭身の毛も太る」と感じた。すると、老婆は松の木片を床に挿し、今まで見ていた死体の首に両手をかけた。まるで猿の親が子の虱を取るように、その長い髪の毛を一本ずつ抜き始めた。髪は手に従って抜けていく。
その髪の毛が一本ずつ抜けるにつれて、下人の心から恐怖が少しずつ消えていった。そして同時に、この老婆に対する激しい憎悪が、少しずつ湧き上がってきた。いや、この老婆に対するというより、あらゆる悪に対する反感が、一分ごとに強くなっていった。この時、もし誰かが下人に、先ほど門の下で考えていた「飢え死にするか盗人になるか」という問題を持ち出したら、恐らく下人は何の未練もなく、飢え死にを選んだだろう。それほど、彼の中の悪を憎む心は、老婆の床に挿した松の木片のように、勢いよく燃え上がっていた。
下人には、なぜ老婆が死者の髪の毛を抜いているのか理解できなかった。したがって、合理的にそれを善悪のいずれに片づけてよいかもわからなかった。しかし、下人にとって、この雨の夜に羅生門の上で死者の髪の毛を抜くという行為は、それだけで許されざる悪だった。もちろん、下人は、さっきまで自分が盗人になる気でいたことなど、すっかり忘れていた。
そこで、下人は両足に力を入れ、いきなり梯子を飛び上がった。そして聖柄の太刀に手をかけながら、大股で老婆の前に歩み寄った。老婆が驚いたのは言うまでもない。
老婆は一目下人を見ると、まるで弩にでも弾かれたかのように飛び上がった。
「おのれ、どこへ行く。」
下人は、老婆が死体につまずきながら慌てて逃げようとするのを阻止し、罵った。老婆はそれでも下人を突きのけて行こうとする。下人は再びそれを阻止し、押し戻した。二人は死体の中でしばらく無言のまま掴み合ったが、勝敗は最初から明らかだった。下人はついに老婆の腕を掴み、無理にそこへ倒した。まるで鶏の脚のように、骨と皮ばかりの腕だった。
「何をしていた。言え。言わぬと、これだぞ。」
下人は老婆を突き放し、いきなり太刀の鞘を払って、白い鋼の刃を彼女の目の前に突きつけた。しかし、老婆は黙っていた。両手を震わせ、肩で息を切りながら、目を見開いて、まるで唖のように執拗に黙っていた。これを見て、下人は初めてこの老婆の生死が、全く自分の意志に支配されていることを意識した。そしてその意識は、今まで燃え盛っていた憎悪の心をいつの間にか冷やしてしまった。残ったのは、ただある仕事をして、それが円満に成就した時の安らかな得意と満足だけだった。そこで下人は、老婆を見下しながら、少し声を柔らげてこう言った。
「私は検非違使の役人ではない。今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。だからお前に縄をかけてどうしようというわけではない。ただ、今この門の上で何をしていたのか、それを私に話せばいいのだ。」
すると、老婆は見開いていた目をさらに大きくし、じっと下人の顔を見守った。赤くなった肉食鳥のような鋭い目で見つめていた。それから、皺でほとんど鼻と一体になった唇を、何かを噛んでいるように動かした。細い喉で尖った喉仏が動いているのが見える。その時、その喉から、鴉のような声が喘ぎながら下人の耳に届いた。
「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、鬘にしようと思うたのじゃ。」
下人は、老婆の答えが意外にも平凡であることに失望した。そして失望と同時に、再び前の憎悪が冷ややかな侮蔑とともに心の中に戻ってきた。すると、その気持ちは老婆にも伝わったのだろう。老婆は片手にまだ死体の頭から奪った長い抜け毛を持ちながら、蟇のような声で口ごもりながら、こう言った。
「なるほど、死人の髪の毛を抜くなんて、どれほど悪いことか分からない。しかし、ここにいる死人たちは、皆そのくらいのことをされても仕方のない人たちだよ。今、私が髪を抜いた女なんて、蛇を四寸ほどに切って干したものを干魚だと言って、太刀帯の陣に売りに行っていたんだ。もし疫病にかかって死ななかったら、今でも売りに行っていたはずだ。それに、この女が売る干魚は味が良いと評判で、太刀帯の者たちが欠かさず菜料に買っていたそうだ。私は、この女のしたことが悪いとは思っていない。そうしなければ、飢え死にするしかなかったのだから、仕方がないことだ。だから、今私がしていることも悪いとは思わない。これもまた、しなければ飢え死にするのだから、仕方がないことなんだ。そういう仕方がないことをよく知っていたこの女は、きっと私のすることも大目に見てくれるだろう。」
老婆は、そんな意味のことを語った。
下人は、太刀を鞘に収め、太刀の柄を左手で押さえながら、冷静にその話を聞いていた。もちろん、右手では赤く腫れた大きな面皰を気にしながら。しかし、その話を聞いているうちに、下人の心にはある勇気が芽生えてきた。それは、さっき門の下でこの男に欠けていた勇気だった。そして、さっきこの門の上で老婆を捕えた時の勇気とは、全く逆の方向に動こうとする勇気だった。下人は、飢え死にするか盗人になるかに迷うことはなかった。その時の彼の心の中では、飢え死にという考えはほとんど意識の外に追い出されていた。
「なるほど、そうか。」
老婆の話が終わると、下人は嘲笑うような声で念を押した。そして、一歩前に出ると、突然右手を面皰から離し、老婆の襟をつかみながら、噛みつくように言った。
「では、私が引剥をしようと恨むな。私もそうしなければ、飢え死にする体なのだから。」
下人は素早く、老婆の着物を剥ぎ取った。それから、足にしがみつこうとする老婆を手荒く死骸の上に蹴倒した。梯子の口までは、わずか五歩ほどの距離だ。下人は剥ぎ取った檜皮色の着物を脇に抱え、瞬く間に急な梯子を夜の底へ駆け下りた。
しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中からその裸の体を起こしたのは、それから間もなくのことだった。老婆はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ燃えている火の光を頼りに梯子の口まで這って行った。そして、そこから短い白髪を倒にして、門の下を覗き込んだ。外には、ただ黒々とした夜が広がっているだけだった。
下人の行方は、誰も知らない。