下
von 泉鏡花 · 2026-03-31
九年前のことだった。高峰はその頃、まだ医科大学の学生だった。ある日、私は彼と一緒に小石川の植物園を散策することにした。五月五日、躑躅の花が見事に咲き誇っていた。私たちは手をつないで、芳しい草花の間を出たり入ったりしながら、園内の池を巡り、咲き揃った藤の花を楽しんだ。
歩を進めて、躑躅の丘に上ろうと池のそばを歩いていると、遠くから一群の観客がやって来るのが見えた。洋服を着た、煙突帽をかぶった立派な髭を生やした男が、三人の婦人を囲んでいた。その後ろにも同じような服装の男が続いていた。彼らは貴族の御者だった。三人の婦人たちは、皆同じように深張りの涼傘を差し、裾捌きの音をさせながら、優雅に歩いてきた。行き違いざま、高峰は思わず後ろを振り返った。
「見たか」と彼は言った。
私は頷いた。「うん、見たよ。」
丘に上がって躑躅を見た。躑躅は美しかったが、ただ赤いだけだった。
その時、近くのベンチに座っていた商人風の壮者が口を開いた。「吉さん、今日はいいことをしたな。」
「そうだね、たまにはお前の言うことを聞くのもいいかな。浅草に行ってここに来なかったら、拝まれることもなかっただろう。」
「それにしても、三人とも揃っているから、どれが桃やら桜やら分からないな。」
「一人は丸髷じゃないか。」
「どちらにしても、相談になるわけじゃない。丸髷でも束髪でも、どんな髪型でもいいさ。」
「ところで、あの様子じゃ、ぜひ高島田で来ると思ったが、銀杏と出たな。どういう気だろう。」
「銀杏、合点がいかないな。」
「ええ、わりい洒落だ。」
「なんでも、あなた方がお忍びで、目立たないようにという腹だ。ね、真ん中の水際が立っていたろう。今一人が影武者というのだ。」
「そこでお召し物はどう思った?」
「藤色と踏んだよ。」
「え、藤色だけじゃ、本読みが納まらないぜ。足元のようでもないじゃないか。」
「眩しくてうなだれたね。おのずと天窓が上がらなかった。」
「そこで帯から下へ目をつけたんだろう。」
「バカを言うな、もったいない。見たかどうかも分からない間だったよ。ああ、残念だ。」
「また、歩き方といったらなかったよ。まるで霞に乗って行くようだった。裾捌きや褄はずれなんてことを、今日初めて見た。どうもお育ちが違うな。あれはもう自然、天然と雲上になったんだ。どうして下界の奴らが真似できるものか。」
「ひどく言うな。」
「ほんの冗談だが、あなたがたが北廓を三年も断ったというのは知っている。ところが、なんのことはない。肌守りをかけて、夜中に土堤を通ろうじゃないか。罰が当たらないのが不思議だ。今日という今日は発心を切った。あの醜婦たちをどうするものか。見なさい、あちらこちらに赤いものがちらついているが、どうだ。まるで芥塵か、蛆が蠢いているように見えるじゃないか。バカバカしい。」
「これは厳しいね。」
「串戯じゃない。あれを見な、やっぱり手があって、足で立って、着物も羽織も揃えて、同じような蝙蝠傘で立っているところは、憚りながらも人間の女だ。しかも女の新造だ。女の新造に違いはないが、今拝んだのと比べてどうだい。まるでくすぶって、なんと言っていいか汚れ切っている。あれでも同じ女だ、へん、聞いて呆れる。」
「おやおや、大変なことを言い出したね。しかし本当にそうだよ。私も今までは、ちょいとした女を見ると、ついそのなんだ。いっしょに歩くお前にも、ずいぶん迷惑をかけたけど、今のを見てからもう胸がすっきりした。なんだか清々しい、以来女はふっつりだ。」
「それじゃあ生涯ありつけないぜ。源吉とやら、自らはあの姫様が言いそうもないからね。」
「罰が当たる、あてにならない。」
「でも、あなたはどうする?」
「正直なところ、私は逃げるよ。」
「足元もか?」
「え、君は?」
「私も逃げるよ。」と目を合わせた。しばらく言葉が途絶えた。
「高峰、ちょっと歩こうか。」
私は高峰とともに立ち上がり、遠くの壮者たちを離れたとき、高峰は何かを感じたような顔をして言った。
「ああ、真の美の人を動かすことはああいうことさ、君はお手のものだ、勉強したまえ。」
私は画師だから動かされることはない。数百歩進むと、あの樟の大樹の鬱蒼とした木陰の、やや薄暗いところで、藤色の衣の端を遠くからちらりと見た。
園を出ると、丈高く肥えた馬が二頭立ち、磨りガラスの入った馬車に三人の馬丁が休んでいた。その後、九年が経ち、病院のあのことがあったまで、高峰はその婦人について私に一言も語らなかった。しかし、年齢や地位においても、高峰は結婚するべき身でありながら、家を持つ夫人がいなかった。それでも彼は学生時代から品行が一層厳格であった。私は多くを語るべきではない。
青山の墓地と谷中の墓地は場所こそ変わったが、同じ日に前後して相逝けた。
語るに、天下の宗教家、彼ら二人は罪悪があり、天に行くことを得るべきではなかったのか。