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ドグラ・マグラ (39/47)

von 夢野久作

一ヶ月が過ぎた頃、呉一郎は一度も解放治療場に姿を見せず、七号室に閉じこもっていた。その間に、彼の意識は徐々に回復していたと考えられる。時間や空間、そして自分自身の存在を認識する意識が、私の暗示をきっかけに、まるで夜明けの光が差し込むように蘇り始めたのだ。

「ここはどこで、今はいつで、俺は何という名前の人間なんだろう?」といった疑問や、「一体、何のためにこんなところに閉じ込められているんだろう?」といった思いが、彼の心の中で渦巻いていた。これらの様子は、呉一郎の日々の言動を、医師に命じて病床日誌に記録させていたため、観察することでその迷いの深さが手に取るようにわかる。

最近、呉一郎の頭の中では、そんな疑念が次第に一つの焦点に集まり、正気に近づいているようだった。「考えてもわからないが、いずれその中に解るだろう」という、諦めに似た安心感が彼に訪れているように見えた。実際、一ヶ月前に鍬を置いて自室に引きこもっていた頃は、かなりひどい憂鬱状態に陥っていた。食欲は減退し、体重もかなり減っていたが、その後、徐々に回復し、今では以前よりも元気になっていることが病床日誌に記されていた。だからこそ、彼は今、栄養状態も良く、精神状態も明るくなり、アンナに微笑みかけているのだ。

そんな呉一郎が、昨日まで部屋に閉じこもっていたのに、突然外に出てきたのは、意識の秩序が一段落したからなのか、栄養が良くなったことで再び性欲が刺激されたからなのか、まだはっきりとはわからない。しかし、彼の精神状態の回復は、ここでまた一つの転機を迎えようとしている予感が、私の頭を襲っていた。

私はその言葉や笑い声を耳にしながら、窓の下で舞踏狂の少女が何やら歌い出している声と共に、大卓子の燃え上がるような緑色を見つめていた。

「どんな名探偵が出てきても探り得ない精神科学応用の犯罪……お前自身が名探偵となって、この事件の真相を探ってみよ」と正木博士の言葉が頭の中で繰り返されていた。その時、正木博士の言葉が途切れ、カチッという音がした。驚いて顔を上げると、それは正木博士の頭上に掛かっている電気時計の針が、十時五十六分から七分へ移った音だった。

「どうだ。愉快な話だろう。この一例を見ても、今までの精神病学者の治療法が全然見当違いだったことがわかるだろう。同時に、私のこの解放治療の実験が、いかに素晴らしい、学界空前の……」

「ちょっと待ってください」と、私は右手を挙げて、正木博士の言葉を遮った。得意げに輝く骸骨のような顔を見上げながら、回転椅子に座り直して尋ねた。

「……ちょっと待ってください。しかし、先生の治療の実験は、純粋な学術研究の目的でなさるのですか、それとも……」

「もちろん、純粋な学術研究を目的としているんだよ。精神病の治療というものはこうするものだ……ということを、全世界の学者たちに……」

「ま、待ってください。そうじゃありません。僕が尋ねているのは……」

「何だ……」

正木博士は不満そうに目を細め、肩を一つ揺らして椅子の背に反り返った。

「僕が尋ねようと思っているのは、こうなんです。呉一郎を発狂させた暗示が、この絵巻物だということは、まだ誰も知らないのですね?」

「ア、その話はまだしていなかったっけ。もちろん、誰も知らないよ。司法当局の連中だって知らないも同然だ。全く問題にしていないんだからね」

正木博士は再び顔を撫でまわし、鼻眼鏡をかけ直した。

「最初から話した通り、この絵巻物は、呉一郎の伯母の八代子が土蔵の二階から持ってきて隠していたのを、若林が見つけてそのまま私に渡したものだから、若林と私以外にこの絵を見た者は君だけだ。裁判所や警察の連中は、八代子が現場の机の上にこの絵巻物を置いていたところに、自分の鼻紙を広げておいたので、見事に騙されている上に『迷宮破りの若林博士が、事件の真相の説明に窮して迷信を持ち出した』と笑っているそうだ。確かその当時の新聞の編集余録のような欄に、素破が抜かれていたと思うが……逆に仙五郎爺から巻物の話を聞いた村の者が、いろいろ言っているそうだ。一郎が夢のお告げを受けて石切場に行ったら、巻物が高岩の陰に置いてあったとか、その時がちょうど日暮れの逢魔が時だったとか言ってね……また、そんな迷信を信じない連中は、誰かモヨ子に惚れ込んでいた奴が、叶わぬ恋の意趣晴らしに、古い言い伝えから思いついて、一郎にこんな悪戯をしかけたのが、見事に成功したんだとか何とか……」

「アッ……」

私は突然叫び、立ち上がりかけた。大卓子の端に両手を突いて、正木博士の顔を穴が開くほど見つめた。正木博士も私の叫び声に驚いたらしく、吐きかけた煙を頬張ったまま、目を丸くした。

私の呼吸と胸の動悸が、見る見るうちに息苦しく高まってきた。

……わかった。わかった……正木博士が何気なく言った一言が、事件の真相らしきものを私の頭に閃かせてくれたのだ。

私は、記録には残っていないが、呉青秀の血を引く青年、呉一郎に瓜二つの存在であることを確信していた。

二人の博士は、千世子が一人しか子を生んでいないという屍体解剖の結果から、私の存在を否定しているようだった。しかし、もしかしたらそれは、私をこの実験にかけるための一つのトリックに過ぎないのかもしれない。私の過去は、呉一郎と双子であり、幼い頃に何らかの理由で離れ離れになった片割れなのかもしれない。

人知れず故郷に帰り、モヨ子を密かに愛していたのかもしれない。呉一郎に似ていることを利用し、彼に気づかれないように巧妙に二役を演じながら、身を隠していたのかもしれない。そして、呉家にまつわる不思議な因縁話を知り、呉一郎の結婚式の前日に、こんな残虐なことを試みたのが私だったのだ。

しかし、私もまた呉青秀の心理遺伝を受け継いでいたため、呉一郎と同時に、あるいは前後して、同じように狂気に陥ってしまったのだ。どちらが本物なのか、本人同士でも分からなくなってしまった。

正木博士と若林博士は、その真相を見極めようと苦心している。被害者と加害者を鑑別しようとしているのだ。

そう考えれば、疑問の根本が解ける。そうだ、それに違いない。それ以外にこの不思議を解決する方法はないのだ。

ああ、私はこの事件の神秘の正体だったのか。ああ、この私が……。

その瞬間、私は考えを巡らせながら、椅子に身を縮めていた。正木博士は、微笑みを浮かべながら私を見つめていた。そして、私の呼吸が落ち着きかけると、わざとらしい驚きの表情で尋ねた。

「どうしたんだい。急に立ち上がったりして……」

私は喘ぎながら答えた。「もし僕が……呉一郎に……この絵巻物を……見せた本人だったら……」

正木博士は、私の言葉を半分も聞かぬうちに、大袈裟に笑い出した。「君が加害者で、呉一郎が被害者だと?それは面白い。探偵小説なら名トリックだが、そうなるだろうと思っていたよ。しかし、もし事実がその正反対だったら、どうなる?」

「正反対?……」

「君がそんなに遠慮して、加害者の憎まれ役を引き受けなくてもいいじゃないか。どうせ君と呉一郎は瓜二つなんだから、私の手のひとつで、加害者側にも被害者側にも回れるんだ。どうせ同じことなら、被害者側に回った方が得になるんじゃないか?」

私は、ドシンと椅子に腰を下ろした。再び何が何だかわからなくなってしまった。

「どうも、そんなに驚いていては困るよ。だから最初から注意しておいたじゃないか。この事件は、よほど頭を使って研究しないと、途中で錯覚に陥る恐れがあると警告しただろう。私は姪の浜、浦山の祭神、鶉の尾権現の御前にかけて誓う。君はそんな浅薄な意味でこの事件に関係しているのではない。もっと重大で深刻な意味で……」

「でも……それ以上に重大で深刻な意味で関係が……」

「できないと言うんだろう。しかし、できるからこそ奇妙なんだ。もう一度言っておくが、私たちが住んでいるこの世界は、現代の唯物科学の原則だけで支配されているわけではない。精神科学の原則によっても支配されていることを忘れてはいけない。この事件の真相を理解するためには、それを肝に銘じておく必要がある。純粋な唯物科学の目で見ると、この世界は三次元の世界に過ぎないが、純粋な精神科学の感覚で見ると、さらに『認識』や『時間』を掛け合わせた四次元、あるいは五次元の世界が存在する。この高次元の精神科学の世界で行われている法則は、唯物世界の法則とは全く正反対だ。その不可思議な法則の働きは、君がこの部屋で見たり聞いたりしてきたことからも十分に察しられるだろう。その中からこの事件の解決の鍵を探し出せばいいのだ。いや、この事件の鍵は、もうずっと前に君のポケットに落ち込んでいるはずだ。つい今しがた、確かにその鍵を君の手に渡したことを、私ははっきりと記憶しているのだ。」

「それはどんな鍵……?」

「離魂病の話だ。」

「離魂病……それがどうしたんですか?」

「まだわからないようだね。」

「わかりません。」

「この事件で一番不思議に思えるところは、君とそっくりな人間がもう一人いることだ。そのもう一人の君のおかげで、事件がすっかり混乱しているのだ。それは君の離魂病のせいだと、今しがた説明したばかりじゃないか。」

「でも……そんな不思議な……馬鹿馬鹿しいことが……」

「まだ離魂病が信じられないようだね。まあ、無理もないさ。誰でも自分の頭が一番確実だと思っているからね。その方が結局、無事でいいし、話の筋道も面白くなるから、慌てて結論を出す必要はないだろう。呉一郎を発狂させた犯人は、あらゆる人間の中の一人か、あるいは呉一郎自身か、それとも絵巻物が独りでに動き出したのか……この三つを前提にして、ゆっくり考えた方がいい。冷静な気持ちで君の過去を思い出すことが早道だ。」

「しかし……そんな神秘的な……不思議な事実が……」

ここまで言いかけた私は、自分の考えに耐えられず、言葉を切った。

「だから、慌てるなと言っているんだ。今に神秘的なものでも何でもなくなるから……」

「……でも……今って、いつのことですか?」

「いつかはわからないが、今日は無理だよ。私は君の記憶力を回復させるために、先ほどからかなり強烈な精神科学の実験を行ってきたけれど、君はどうしても過去の記憶を思い出せないから仕方がない。今日の実験はこれで中止だ。つまり、君の頭がそこまで回復していないから、これ以上実験を続けても無駄だと私は……」

「しかし……それじゃ、最初のお約束に……」

「約束はしたが、仕方がない。お互いに無駄な努力をするよりも、もう少し君に休んでもらってから、再度実験をやり直すことにしよう……」

「待ってください……ちょっと……それじゃ、先生はその神秘の正体をすっかりご存知なんですね?」

「そうだ。知っているからこそ、君と関係があると言っているんじゃないか。」

「……じゃあ……それをすっかり僕に話してください。」

「……いけない……」

正木博士は、こうきっぱりと言い切ると、葉巻を横にくわえ直した。腕を組んで反り返りつつ冷やかに笑った。少しムッとしている私の顔を見ながら……。

「……なぜか考えてみなさい。この事件の神秘の正体を明かすためには、必ず呉一郎を発狂させた犯人の名前を明かす必要があるだろう。しかし、その犯人の名前は、君自身か呉一郎のどちらかが過去の記憶を回復したときに思い出さなければ、真実とは言えない。たとえ法医学者の若林博士が、いかに動かしがたい証拠を掴んでいても、または私自身がその犯人と犯行の現場を確認していても、君か呉一郎が万が一過去の記憶を回復した際に、その犯人を否定してしまえば何にもならないじゃないか。姪の浜の石切場で、私に絵巻物を見せてくれた人はこの人じゃありませんと主張すれば、それでおしまいだ。そこがこの事件の普通の犯罪事件と違うところだからね。……だから私は、そんな無価値なことを饒舌に語るのはごめんだ。」

私は、知らず知らずのうちに長いため息をついていた。自分の判断力が見る見るうちに迷妄に陥っていくのを自覚しながら……。

「……まだわからないかい。……それじゃ、もう一つ深刻な事実を説明してやろう。いいかい。……この事件で、ぜひともその不可思議な犯人の正体を突き止めなければならない当面の責任者は、誰が何と言おうと法医学者である若林だろう。仮に警察当局が、単なる呉一郎の発狂から起こった事件として放棄しているにしても、精神科学応用の犯罪を研究する学者として、ここまで深入りしてきた以上、肝心な点を放ったらかしたまま後に退くことは、学者としての良心が許さないだろう。つまり若林の立場としては、否が応でもこの事件の真犯人を有耶無耶に葬り去ることができない立場にいるのだ。……ところが、私の立場はどうかというと、必ずしもそうではない。若林の探偵的な努力や苦心に対しては助手ほどの責任もない。単なる私的な相談役の仕事をしてきただけなのだ。……いいかい……それよりも私の専門上、当然の責任として全力を挙げてきたのは君自身、もしくは呉一郎の『頭の回復』だったが、それにしてもその犯人の名前や顔を思い出させなければならない責任や必要は全然こちらにはないのだ。……というのは精神病学者としての私の立場から見ると、発病の原因と経過さえ判明すれば、発狂させた犯人の名前は目下不明と書いておいても、研究発表上何の差し支えもないからね。……呉一郎の発病の状態とこの絵巻物との関係は、心理遺伝学的な立場から立派に説明がつくことだし、学術上の発表としての価値は、もう十分、十二分に備わっているわけだからね。それを若林がやたらに犯人を探し出したいと騒ぎ立てるために、こうなってしまったんだが……とにかく私は、そんなわけで犯人になど用はないんだ……ハハン……」

こう言い放った正木博士は、悠然と椅子の上に両肘をついた。呆れている私を見下しながら、葉巻の煙を輪に吹いた。

私は、その学者然とした冷やかな態度に、言い知れぬ反感を抱かずにはいられなかった。そればかりか、その人を愚弄しておいて突き放すような態度に対して、たまらない不愉快を感じ始めたので、私は思わず座り直して咳払いをした。

「……そ、それは怪しからんじゃないですか、先生。……いくら学者だって、あまりにも冷淡すぎはしませんか?」

「冷淡すぎたって仕方がない。仮に私が大負けに負けて、若林の手助けをしてその犯人を探し出したとしても、そいつを捕まえる法律があるかどうか……」

私は目の中が何となく熱くなってくるのを感じた。言いたいことを一度に言って終わろうとして、言えなくなったような気がして……。

「……法律……法律なんてものは、どうでもいいんです。……その犯人を突き止めて八裂にでもしなければ、浮かばれない人間がいくらでもいるじゃないですか。八代子だって、モヨ子だって、またあの呉一郎だって……僕も連累を受けているなら僕もです。……何の罪も科もないのに、殺される以上の残虐を受けているじゃないですか。」

「……ふん……それで……」

と色も味もなく言い捨てたまま、正木博士は自分の吹いた煙の行く先をうっとりと見送った。私は自分の魂を吐き出すような気持ちで言った。

「……それで、もし僕の魂がこの身体を脱け出せるものなら、今でもある一人に乗り移って、その人間の記憶に残っている犯人の名前を怒鳴ってやります。白昼の大道で、公表してやります。死ぬまでその犯人に付き従って、殺す以上の復讐をしてやります。」

「……ふーん。そう願えたら面白いがね。しかし、誰に乗り移ろうというんだい?」

「誰って……わかりきっているじゃありませんか。犯人の顔を直接見知っている呉一郎がいるじゃありませんか。」

「ハッハッハッ。面白いことだな、遠慮せずに乗り移ってみるがいい。しかし、もしうまく乗り移れたら、拍手喝采どころの騒ぎじゃない。私の精神科学の研究はすべてやり直しだ。魂が『乗り移る』とか『取り憑く』とか『生まれ変わる』という事実は、その人自身の『心理遺伝』の作用に他ならないというのが、私の学説の中でも最も重要な一条になっているからね……フン……」

「それは理解しています。しかし、仮に先生が犯人に用がなくても、若林先生には用があるでしょう。若林先生が、あなたにこの調査書類を渡したのは、呉一郎の過去の記憶からその最後の一点を引き出してほしいという目的があったのではありませんか?」

「その通りだ。百も承知だ。今朝から私と若林が君をこの部屋に引き入れて、いろいろと実験を試みたのも、結局は同じ目的のためだった。しかし、私はもうこれ以上この事件の真相を追求したくないのだ。その理由は、犯人の名前がわかると同時に、他のこともわかってしまうからだ。」

正木博士は再び長々と煙を吹き上げて、空に向かって嘯いた。私はその顎を睨みつつ、腕を組んだ。

「それなら、僕が勝手にこの犯人を探し出すのは、問題ありませんね?」

「もちろん、君の自由だ。好きにして構わないが……」

「ありがとうございます。それでは、申し訳ありませんが、僕をこの病院から解放してください。ちょっと出かけて来たいのですから……」

そう言いながら、私は立ち上がり、卓子の端に両手を支えてお辞儀をした。しかし、正木博士は平然としていた。お辞儀を返そうともせず、悠々と椅子に踏み返り、葉巻の煙を高々と吹き上げた。

「出かけるって、どこへ行くんだい?」

「どこに行くかはまだ考えていませんが……帰ってくるまでには事件の真相を根こそぎ明らかにしてみせます。」

「フフン。明らかにして、胆を潰すなよ。」

「……えっ……」

「この絵巻物の神秘は、お互いに破らない方がいいだろう。」

「……………」

私は思わず立ち尽くした。正木博士の態度には、私を押さえつけて動かさない何か力強いものが満ちていた。……古の大事業……空前の強敵……絶後の怪事件……そんなものに取り巻かれ、嘘か本当か自殺の決心までさせられながら、それを片っ端から茶化してしまっている。その物凄い度胸の力……その力に押さえつけられるように、私は再びソロソロと椅子に腰をかけた。そして改めてその力に反抗するように、姿勢を正した。

「……よござんす……それじゃ、僕は出かけません。その代わり、この犯人を発見するまで、ここを動きません。僕の頭が回復して、この絵巻物の神秘を見破るまで、この椅子を離れませんが……いいですか、先生……」

正木博士は返事をしなかった。そして何を思ったのか、急に腰を落として、グズグズと椅子の中に屈まり込み始めた。短くなった葉巻を灰皿の達磨の口に突っ込み、背中を丸めて卓子に頬杖をついた。その時、ジロリと私を見た狡猾そうな眼つきと、鼻の横に浮かんだ小さな冷笑、そして一文字に結んだ唇の奥に、何か重大な秘密を隠しているような気配を感じた。

私は思わず身体を乗り出した。全身の皮膚が火照るほどの異常な興奮に包まれてしまった。

「いいですか、先生……その代わりに、万が一、僕がこの犯人を発見したら、勝手な時に、勝手な場所でその名前を発表しますよ。そうして呉一郎を初め、モヨ子、八代子、千世子の仇敵を取ります。そのためには、僕がどんな目に遭おうとも、また犯人がどんな人間であろうとも驚きませんが……いいですか、先生……。その残忍非道な人間のために、こんな狂人地獄に陥れられて、一生涯、飼い殺しにされているなんて……僕にはとても我慢ができないのですから……」

「うん……まあやってみるさ。」

正木博士は、どうにも気のなさそうにこう言った。そして、まるで操り人形のようにピッタリと目を閉じ、一種異様な冷笑を鼻の横に残して……。