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ドグラ・マグラ (11/47)

von 夢野久作

ああ、そうだ。二度と姿を見せないのが普通だ。どうせ治らない病気だと決まっているのだから、医者に見せるのは体裁だけのことだ。本当は見捨てに来るのが本音だ。生きる意味もないこの病気。どうかよろしくお願いしますと頼む挨拶の裏には、もし治ったら迷惑千万だという心が透けて見える。ここが患者の生死の境目で、医者が大いに儲かる場所だ。

「おっと、そんなに目の色を変えないでくれ。そんなことが……」と白い目で見られるのは、実際にこの目で見てきたことだからだ。ただし、日本のことではなく、唐や天竺、西洋の話だ。耳も無ければ目玉も持たない、物も言わない木魚の話だ。

ああ、物を言わない木魚の話だ。唐や天竺の話だ。男も女も区別しない。一度発狂した人間は、どんなに平気な顔をしていても、思いがけなく乱暴をしたり、人を斬ったり放火をしたりする。嫌な気持ちやおかしな所業を、あたり一面に撒き散らす。人の姿をした犬畜生だ。人間扱いするには及ばない。どんなに手酷い仕置きをしても、石や瓦を投げても、罪にはならない相手を覚えていない。たとえ立派に治ったようでも、いつ再発するかわからない。油断はできないと今の世まで言われている。昔から言うその上に、あれは血統だ、さて恐ろしい。何の祟りや応酬があるのか、世間では眼指し指さしする。そんな中に自分の身内に、思いがけない精神病者が現れたら、一大事だ。

ああ、現れたら大変だ。それも上流の金持ち社会で、物に不自由しない家なら、座敷牢でも作れば済む。治る見込みもない病院に入れる必要はないなどと、あっさり言うのは上流社会の辛さを知らない人だ。少し世間に知られた一家で、一度「キの字」を出したら最後だ。万劫末代、血統に障る。早い話が子供たちの縁が危なくなる。その上、近所の目下の連中に「あれは非道なお金の祟りだ」「無理な出世の報いだ」と白い目で見られ、舌を出され、後ろ指を指される辛さは、御門構えの估券にかかわる。そこで情実や権柄を使って、縁故を辿った手数を尽くして、赤い煉瓦の病院にこっそり入れる。もしも満員の時は、もっと手数を尽くして、無理な都合を院長に頼む。とにかくこの世はお金の沙汰だ。ましてや精神病院の沙汰だ。閻魔面をした院長でも、すぐに地蔵の笑顔に変わり、慈悲の手で迎える代わりに、ほかの患者を極楽に回す。金があってもまずこの通りだ。

ああ、金があってもまずこの通りだ。身分や家柄、名誉や地位があればあるほど、精神病者の自宅治療はますます困難になる。赤い煉瓦の病院へ人目を忍んで封じておかねば安心できない。しかし中流社会となると、決まった月給や年俸、細い収入が生命の綱だ。頼る主人や家族の中で、誰か一人が発狂したら、借家なら追い出される。座敷牢など思いも寄らない。少し患者に手間がかかると、貯金や恩給はあっという間に消えてしまう。それに介抱人が主人なら出勤できず、奥さんなら仕事ができない。子供が学校に行けば、「あれは『キの字』の卵だ」と寄って集って嘲弄される。言葉にできない切なさや辛さが、一度に皆に降りかかる。残る一つの頼みの綱は、赤い煉瓦の院長様だが、できない算段をして行ってみれば、どこへ行っても満員ばかりだ。

ああ、どこへ行っても満員ばかりだ。しかも自分は一段落ちて、その日暮らしのしがない稼ぎだ。妻は内職、娘は工場で働くような一家となったら、酷さや悲惨さは話にならない。介抱どころか、お薬もなく、すぐにそのまま一家が揃って、顎を天井に吊るさなければならない。いっそ狂って死んでくれたら、まだましだと恨んでみても、当の本人は狂うどころか、大飯を食らって、治る見込みもない顔をしている。

ああ、治る見込みもない顔付きだ。こんな調子で人間世界に、麦の黒穂や菜種の馬、花や野菜の狂いと同様に、わけもわからず理屈も立てずに、ヒョクリヒョクリと現れ飛び出す数え切れない精神病者を、無料で引き受け入院させるのは、広い世間に大学ばかりだ。それも寝台が何百もあるが、慈善でするのではない。学生や教授の研究材料、生きた標本や講義の参考にされる。都合の良いものを選り取り見取りで、あとは要らないと玄関払いだ。私立はどうかと見れば、これは何しろ商売本位で、みんな金ずく権柄ずくめの、偉い患者で超満員だ。

ああ、偉い患者の大入満員。さてもこうして持て余された数も知れない狂人たちは、どこでどうして片付けられるのか。不思議に思ってみれば、さあ、これからまた聞いた話だ。耳も聞こえず目玉も見えない、口も動かない片輪の木魚が、見たり聞いたりしてきた話が、腹は空っぽで公平無私だ。叩き出します阿呆陀羅経だ。地獄めぐりのチョンガレ文句が、どんと一段、深みへ落ちる。

さあ、寄った寄った話の種だ。お金は要らない。聞いたらびっくりする……スカラカ、チャカポコチャカポコ。チャチャラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ。

ああ、ああ、ああ。さても皆さん、こうした次第で、一人の精神病患者が出ると、他の病気とは違って、残された正気の家族が、耐えがたい責め苦を受ける。とてもこうして自宅には置けない。どうにかせねばと思案しても、どうも方法が見当たらない。そうこうするうちに無理な算段をして、金は無くなる、仕事はできない。やがて一家が干からびるのが目の前に迫っている。さても切ないや、悲しいや、辛いや……チャカポコチャカポコ。

ああ、なんとも切ないことだ。悲しみが胸を締め付け、辛さが心をかき乱す。私自身はその苦しみを理解しているが、年老いた親や可愛い我が子の未来を思うと、どうしようもない気持ちになる。一人のために生きる意味が見出せず、捨ててしまうのが道理なのか。人に迷惑をかける前に、患者と共に命を絶つのが道なのか。何の因果でこんな苦しい目に遭わなければならないのか、泣いて恨んでも、肝心の患者は無気力な目をして、ただキョロキョロと周囲を見回しているばかりだ。

ああ、ただキョロキョロしているだけ。元の姿は残っているが、心は空っぽだ。人の形をしているだけで、犬や猫よりも始末が悪い。情けないと思う気持ちもあるが、もし代わってあげられるものなら、そうしたいと歎き悶える。切羽詰まった状況で、大罪を犯してしまうのだ。チャカポコ、チャカポコと音が響く。

ああ、切羽詰まった大罪を犯す。どこか遠くの国に移るふりをして、知らない病院に入れる振りをして、また二度と帰らぬ野山の彼方へ、泣きながら患者を捨ててしまう。しかし、こいつは捨て子とは違う。育ててくれる仏はいない。いないどころか、行く先々で打たれ、追い込まれる。飢え、凍え、倒れた先には、木の根や草の根があるかもしれない。それを承知で見捨てる鬼を、キョロキョロと探して見回す。憐れな患者の名残の姿を、遠くの物陰や木陰で、両手を合わせて祈る。

ああ、両手を合わせて祈る。古い伝えは延喜の昔に、あの蝉丸や逆髪様が、何の因果か二人揃って、盲人と狂女の姿で、父の御門に捨てられた。花の都を後にし、知らぬ憂目に逢坂山を越えていく物語は、勿体ないが、こんな浮世の切ない慣わしは、切羽詰まった秘密の処分で、古今東西を問わない。金の有無や身分の上下、是非と道理を問わないものだ。

ああ、是非と道理が言えないものだ。そんな事情で野山の涯に迷う憐れな患者の中でも、少し正気の残った者は、他所の掃溜をあさってみたり、物を貰ってまた生き延びる。やがて正気に帰るにしても、この世の悲しさや辛さが、身に沁み渡る。自分の姿に恥じて、残る家族のためと思い、人を諦め、世を諦めて流す涙は、乞食の姿だ。三日続けば止められないと、気楽な世界に落ち込む。それが名物乞食となり、野臥りや山窩に混じって、寺の門前や鎮守の森の陰、橋の袂の小屋で、虱を取りながら暮らしているのを、一人二人と集めてみれば、かなりの人数になる。しかも、そんなミジメな姿は、地獄のあわれを知らぬ国家や社会が、いっそ死ねよと言わんばかりの冷たい仕打ちに消えていく数は、千か万かの一人か二人だ。

ああ、千か万かの一人か二人だ。皆さん、いかがですか。これが普通の病気であったなら、達者な者より大切にされて、医者や薬、看護婦が、柔らかい寝床や良い食べ物を用意してくれたことでしょう。人間だけでなく、犬や小鳥、金魚も場合によっては、後生大切に介抱される。しかし、精神病者は、病気の正体がわからないために、赤い煉瓦の中でも、野山の涯でも、いずれ免れぬ地獄の責め苦に遭うのだ。

ああ、いずれ逃れられぬ地獄の責め苦だ。しかし皆さん、私が今まで木魚を叩き出した地獄の話を聞いてください。病院地獄と野山の地獄は、正直正銘、金箔付きの精神病者が落ち行く地獄だ。尋常普通のキチガイ地獄だ。さて、これからもう一度馬力を入れて、親に不孝な馬鹿声を張り上げ、地獄の話を弁じ上げます。それにも一つ噛ませた、すごい、ドエライ地獄の話だ。罪も報いも何にも知らない、正気を狂わぬ普通の男女が、ちゃんと物事を弁えながら、不意に手足の自由を奪われ、声も出せぬ無理往生だ。無理や無体に引きずり込まれて、叩き込まれるキチガイ地獄だ。

しかもよくよく調べてみると、唐や天竺、西洋あたりに、ずらりと並んだ大建築がある。ああ、とても立派な大建築だ。磨き立てられた金看板や、新聞紙上の大広告には、何々病院、何々治療と、四角四面の能書きばかり。別に地獄と書いてはいないが、警察や探偵社が、ちゃんと中身を知り抜きながら、知らぬ顔をする不思議な商売だ。天下御免の扉の内側に、片足を入れたが最後、泣いても叫んでも狂っても藻掻いても、二度と出られぬ暗黒世界だ。そんな場所があるとも知らずに、二十世紀の文化の世界で、科学知識の万能時代で、法律や道徳、礼儀の世界と、威張り腐って歩いている。しかし、明日は自分が落ちるかもしれない。キチガイ地獄のドン底地獄だ。チャカポコ、チャカポコ、チャカポコ。

ああ、なんとこの世はお金が敵なのだろう。まずは財産相続の事件がある。政治や外交、軍事の秘密も絡んでいる。何か素晴らしい大金を手に入れたいと思うと、彼が邪魔だと感じるのだ。狙う相手は一人で歩いている。情婦の住まいや賭博場、あるいは秘密の相談場所かもしれない。静かに忍び込むための息抜き場所を探し、近くの道を突き止める。以前から雇っている精神科医を、欲望深い者として同行させる。彼は私の親友だが、少し精神的に不安定で、家に帰らずに寂しい場所をさまよっている。そこで医者に診てもらいたいのだが、彼は「自分は何ともない」と言って、暴れ出すかもしれない。仕方のない非常手段だ。いつもこの辺りを通ることを知っているので、捕まえるために張り込むのだ。そこで仲間の数人に協力をお願いする。お金をいくらか渡して、医師の口添えを得て、思い通りに手続きを進める。ドンと落とせば、相手は奈落の底に落ち、生きて出られない精神病の地獄に陥るのだ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

ああ、出るに出られない精神病の地獄だ。これが家の騒動で、狙う相手がまだ若い息子や娘であれば、もっと洗練された手段がある。特に近代思想に影響を受けた敏感な連中なら、手間が省けるのだ。少し皮肉に扱ったり、立場を利用すれば、すぐに神経衰弱の症状が現れる。頬が青ざめ、目がキラキラと輝き、言動が変わってくる。これをしっかりと掴んだ医者に見せれば、こちらの思い通りになる。静養させるのは表向きの口実で、花の蕾が開かぬままに、あわれ、無間の地獄に落ちていくのだ……チャカポコチャカポコ……

ああ、あわれ無間の地獄に落ちていく。こんな患者を専門にして生計を立てるのが、ホントウ国でも名高いマッタク博士だ。彼も初めは普通の医者だったが、この種の患者から得られる謝礼が非常に大きいことに気づき、次第にその専門になっていった。今では大繁盛している。驚くべきことに、彼の病院は現代文化の粋を集めた拷問道具が並ぶ場所で、息も漏らさぬ殺人設備が整っている。一目見れば、真夏の土用も零下何度の大寒地獄のようだ。それに対して表通りは、光り輝く玄関があり、並ぶ自動車の数は数えきれない。しかも富豪や名士の家庭の秘密を握っているのが強みだ。強請次第でお金を取ることができる。もしその手が利かない時には、本人の秘密を無理に作り上げた正気の患者として誤診したと発表するだろう。すぐに全快退院させるか、患者の味方となってその秘密を世間に暴露するか、なんとかして相手を揺すり、破産させたり、こちらの不正が露見することを恐れれば、入院患者に注射一本、水薬を一滴。後で解剖してみても、そんな薬を使わなければならないほどに暴れた患者かどうかは、今の医学ではわからない。これがマッタク博士の手品の種なのだ……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコチャカポコ……

ああ、精神病医の手品の種だ。しかもまだまだ不思議が続く。さすがキチガイ地獄の本場、ホントウ国のタマゲタ市で、マッタク博士は大胆不敵にそんな商売をしているのに、同じ仲間の地道な医者たちから指一本指されることもなく、文句を言われず批判も受けない。政府、警察、新聞記者まで、静かに見守っているだけだ……スチャラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

ああ、静かに見守っているだけだ。続く不思議がホントウ国の機密費用の大きな箱だ。そこから漏れ出す巨万のお金が、マッタク博士のポケットの中に入っていく。そろりそろりと音も立てずに。そればかりか、マッタク博士の広い肩幅と大きな胸には、並ぶメダルや勲章がある。それも国家に偉大な功労を捧げた文官や武官が滅多に貰えないようなものだ。独逸、仏蘭西、英吉利、露西亜。日本は無かったかのようだが、それにしてもマッタク博士が、そんな世界の強国相手にどれほど偉大な功労を残せば、こんな勲章を貰えたのか、驚くばかりだ……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ。ああ、さて皆さん、退屈だと思われるかもしれませんが、ここで止めてしまっては、仏を作って魂を入れずということになってしまいます。破れカブレの封切り序に並べ上げた不思議の数々、目にも止まらず耳にも聞こえない、科学文化の地獄の正体を、底の底まで叩き破って暴露し、広げていくのだ。これは本当に驚くべき話だ。マッタク凄い、なるほどそうかと、お立ち会いの皆さんが合点がいくまで、ざっとご機嫌伺いをします。またと聞かれぬ地獄のチョンガレ、世にも不思議な木魚の話だ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

ああ――ア。聞くこともない地獄のような世界。聾唖の木魚が響く阿呆陀羅経のようだ。さても、スカラカ、チャカポコ。そもそも本当の民衆国は、表向きには世界の強国として自慢されている。自由と正義の本場だと、そう呼ばれるが、日本とは違って、誰でも国の元首になれるわけではない。お金が全てを支配する力の国だ。忠義という言葉も存在しない。すべてはお金が物を言う。正義や法律も、お金で買える。良心や貞操も、もちろんのことだ。自由や民権の手段を選ばず、掴んで離さない熊鷹のような根性を持つ億万長者たちが、国の利益を自分の利益とし、盤石に動かない算盤を使って政治の実権を握っている。政府が交代しても、億万長者の威光は変わらない。上は大臣や議員から、下は巡査や兵隊たちまで、国の繁栄を一手に握っているのだ。一流の億万長者たちの、お金儲けの番頭として、法律や正義の仮面をかぶり、弱い正しい人々の自由や道徳、義理人情を片っ端から踏みにじる。

そんな富豪たちの非道な栄華を心から憎む正義の味方である学者や牧師たちが、言論の自由の名の下に富豪いじめの演説を始める。あるいは書物にその思いを綴ると、皆が賞賛する。下層社会の人気が集まり、資本家を倒せという声が高まる……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

ああ――ア。富豪を倒せという声が高まる中で、富豪たちは厄介な存在となる。そんな主張や声を掲げた雑誌や新聞に投げ出し、政府を責めるのだ。政府は大いに困る。困るのは当然だ。富豪の番頭たちに機嫌を取らなければ、次の選挙の資金が得られないからだ。しかし、個人の自由は自由だ。国の掟に触れることはない。筋道の通った立派な人物である正義の味方の学者や牧師を、まさか追い立てたり、牢屋に入れたりすることはできない。そんなことをすれば、反対の声が高まるのは明らかだ。そこで思案に詰まった政府は、裏の裏を行く狂気の地獄に陥る。そんな学者や牧師の中でも、首領株だけを狙い、手の内にあるならば刑事を使って狙う。タッタ一人で寂しい場所を歩くその後ろに、足音を忍ばせて、あっという間に引きずり倒し、精神病者として押さえつける。大きな手錠と足錠をかけ、顔に麻酔薬のハンカチを当てがい、待たせたマッタク博士の病院の自動車に投げ込む。あとは言うまでもない……チャカポコチャカポコ……

ああ――ア。あとは言うまでもない。これを感づく文明国では、国家と個人の区別を問わない。悪い思案に詰まった連中が、こんな便利な手段はないと、皆が秘密の頼みをする。入る患者は政治家や学者、軍事探偵、大発明家、富豪、名家の跡取りや名優スターの類だ。他人の野心や不正の利得、秘密の計画事業の邪魔をするほどの手腕があった者たちが、エライ立場にいたのだ。予審や公判、宣告もなしに、無期や有期の徒刑はもちろん、電気椅子よりも手軽な死刑も、注文次第で行われる。まさにこれこそ地獄の沙汰だ……チャカポコチャカポコ……

ああ――ア。本当にこれこそ地獄の沙汰だ。そこに落ちていく患者の中には、狂人や瘋癲病者もいるが、その中には優れた人物もいる。英雄や豪傑、天才たちが、白い服を着た鹿爪のような者たちに手取り足取り連れ去られ、金や勲章の山を築く上から、ニヤリと見送るマッタク博士がいる……チャチャラカ、チャカポコ。スチャラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

ああ――ア。なんと皆さん、紳士や淑女よ。お立ち会いの大勢さまよ。これが私の洋行土産だ。現代文化の影に付随する、この世からなる地獄の話だ。鳥が囀り、木の葉が茂り、花に紅葉に極楽浄土の中にさまよう精神病者たち。身寄りに突き放され、罪も報いも泣こうにも泣けない、キチガイ乞食のあわれな姿だ。ここでの村里や彼処の町で、夜毎日毎に追いまくられ、石や瓦を投げつけられ、雨に打たれ、風に晒され、雪や氷に消え入るばかり。そんな地獄をこの世に作ったのは、丸い明るい天道様まで、クルリクルリと顔を背けて、「俺は知らない」と言ったか言わないか、ピカリピカリと笑っている……チャカポコチャカポコ……

ああ――ア。ピカリピカリと笑っているが、それはまだしも気楽な地獄だ。昼夜不断の電燈やガス灯、唯物科学の文化の光が、明るく光れば光るほど、暗くなるのが精神文化だ。金や女、権利や義務と、手段を選ばぬ悪知恵の競争だ。道理外れた生存競争が、電車や自動車、空を飛ぶ飛行機のように、縦横無尽に行き交い、飛び交う。人の運命は一寸先だ。暗に隠れる秘密の扉があり、連れて来られた老若男女は、狂気と本気の区別を問わない。馬鹿も賢者も一列平等に、ドンと蹴り込まれ、ピタリと閉じられたら、タッタ一呑み、文句を言わせぬ。音も香もなく落ち行く先は、娑婆の道理や人情の光が影も映さない暗黒世界だ。鉄筋や煉瓦、セメントで作られた科学知識のこの世の地獄の中に、重なるキチガイ地獄があり、その上に親切地獄があり、次が軽蔑や冷笑の地獄、下は虐待や暗殺の地獄があり、底は何やらわからぬ地獄だ……チャカポコチャカポコ……

ああ――ア。あとは何やらわからぬ地獄の次に並ぶのは、もう一つすごいよ。これは何でもわかった地獄だ。おのれ彼奴が正気の俺をこんな処へ投げ込んでいるのかと、歯噛みし、身もだえ、地団駄を踏んでも、踏めば踏むほど親切地獄だ。それでも止めなければ虐待地獄だ。あとは無念の白骨地獄で、化けても出られぬ奈落へ抜ける……チャカポコチャカポコ……