ドグラ・マグラ (9/47)
von 夢野久作
「……脳髄論……」
「そうです。『脳髄論』と名づけられた三万字ほどの論文ですが、その内容は、先ほどお話しした『胎児の夢』とは正反対に、非常に厳粛で荘重なものでした。意味の誤解を避けるために、ドイツ語とラテン語の二つの言語で書かれています。この論文は、文献も何もない宿屋の二階で、わずか二、三週間の間に正木先生の頭脳と精力から生まれたもので、非凡を超えたものと言わざるを得ません。……しかも正木先生は、この論文によって、今まで誰も説明できず、立証も実験もできなかった脳髄の不思議な機能を、まるで鏡で見るように明らかにしたのです。そして同時に、精神病学界で疑問視されていた数々の奇怪な現象を、非常に簡潔に説明してしまったのです。……ですから、専門の関係上、この論文を最初に見た斎藤先生は、当然驚かれ、約一年間も寝食を忘れてこの論文を研究されたのですが、昨年……大正十四年の二月の末に、一通りの審査を終えると、翌日の早朝に、現松原総長を自宅に訪ねました。
「……私は今日限り、九大精神病科の教授を引退し、後任に正木君を推薦したいと思います。もし他の大学に彼を取られるようなことがあれば、この大学の恥辱になると思いますから……」
と涙を浮かべて懇願されたのです。しかし正木先生はその後、宿所も告げずにまた行方をくらましてしまいました。特に、斎藤先生の人格に深く敬服していた現松原総長は、急いでいる斎藤先生をなだめながら、留任を希望する一方で、この論文を学位論文として正木先生に学位を授与することに決定した……ということが、学界の美談として語り継がれています。もっとも、このことは誰かの口から漏れたらしく、新聞にも掲載されたそうですが……私はうっかりその記事を見逃してしまいましたけれども……」
若林博士はここまで話すと、その時の思い出に打たれたようで、感動した様子で静かに目を閉じた。私も敬慕の念に満たされつつ、斎藤博士の肖像を仰ぎ見たが、そう思って見るせいか、神のような気高い姿に見え、思わず軽いため息をついてつぶやいた。
「それじゃ、この斎藤先生は、正木先生に後を譲るためにお亡くなりになったようなものですね」
若林博士は、私のこの質問に耳を傾けると、さらに深く感動したらしく、目を閉じたままの眉間の皺が一層深くなった。そして、今にも咳が出そうな長い溜息を吐いたが、やがて静かに目を開くと、その青白い視線を私の視線と意味ありげに合わせつつ、少し語気を強めた。
「その通りです。斎藤先生は、正木先生が学位を受けられてから間もない昨年……大正十四年の十月十九日に、突然亡くなられたのです。しかも、変死でした」
「……え、変死……」
私は空虚な声を出した。話の流れがあまりにも唐突に変わったので、若林博士の蒼白い顔と、額縁の中の斎藤博士の微笑を交互に見比べた。こんなに立派な人格の持ち主が、どうして変死なんかしたのだろうと疑問に思いながら……。
しかし若林博士は、私の疑念を押し付けるかのように静かに私の顔を見つめた。そして再び少し語気を強めた。
「……そうです。斎藤先生は変死されたのです。斎藤先生は昨年、大正十四年の十月十八日……つまり変死される前の日の午後五時頃に、普段通り仕事を片付けて、医局の仲間に数件の用事を頼んでこの部屋を出られたのですが、それっきり筥崎、網屋町の自宅には帰られませんでした。そして翌朝早く、筥崎水族館の裏手の海岸に溺死体として浮かんでいたのです。発見者は水族館の掃除婦でしたが、急報によって警察や私たちが駆けつけて調査した結果、多量に飲酒していたことが判明しました。おそらく、自宅に帰る途中で、誰か非常に親しい人に出会って、久しぶりに飲みすぎてしまった結果、帰り道を間違え、あの石垣の上から落ちてしまったのだろう……ということになっています。……もっとも、あの辺りは行ってみればわかりますが、街外れ特有のゴミ捨て場や草原、畑が続く大学の裏手で、よほどの泥酔者でなければ迷い込むことはない場所です。……ですから、当然他殺の疑いも十分にかけて、所持品なども徹底的に調査しましたが、紛失したものは一つもありませんでした。……また、遺族や友人たちの話を総合してみると、斎藤先生が外で酒を飲むのは、学内でも非常に親しい、気心の知れた人から誘われた場合に限られていることがわかります。その相手の顔は一人残らず判明しているほどで、他に一人でお酒を飲むのは自宅での晩酌以外には絶対にないと言っても過言ではありません。……さらに、外で深酔いをされた場合には、必ず誰かが自宅まで送り届けるのが慣例になっているため、今回は全く不思議な例外としか考えられない……という話もありました。そのため、様々な可能性を想像し、十分に研究を重ねましたが、何しろ先生が海に落ちていた近くは千代町方向から長く続く防波堤になっているため、どこからどのように歩いて来て、どこで踏み外して海に落ちたのか、足跡一つも発見できませんでした。同伴者の有無はもちろんのこと、仮に他殺とした場合でも、犯人の手がかりは全く掴めないのです……。
……一方で、今お話ししたような斎藤先生の人格から考えても、他人の恨みを受けるようなことはまずないとしか考えられませんので、結局はやはり過失であろうということになってしまいました。斎藤先生は滅多に酒を飲まれない代わりに、酔うと前後を忘れられるのが唯一の欠点でしたが、本当に惜しい人を亡くしたものです」
「……その一緒にお酒を飲んだ人は、まだ判明していないのですか?」
「……そうですね……今もってはっきりとはわかりませんが、これは非常に繊細な良心を持った人でなければ、名乗り出ることはできないでしょう」
「……でも……でも……名乗り出なければ、一生息苦しい思いをしなければならないのでは?」
「最近の人々の常識から言うと、そこまで良心的に考える必要はないようです。たとえ名乗り出たところで、斎藤先生が墓の下から蘇るわけではありません。ただ、自分一人が不愉快な汚名を背負い、何らかの制裁を受けるだけのことですから、結局、社会にとっては損害を増すだけ……そういう考え方をしているのではないでしょうか……いや、むしろ今頃はすっかり忘れてしまっているかもしれませんが……」
「……でも、それは卑怯じゃないですか……」
「……言うまでもないことです」
「……そもそも、そんなことを忘れられるのでしょうか……」
「……さあ……そのような問題は、故・正木先生の言う『記憶と良心』の関係に属する、興味深い研究事項ではないかと思いますが……」
「それでは、斎藤先生の死は、それだけの意味で終わったのですね」
「そうです。それだけの意味で終わったのです。実にあっけないものでしたが、その結果から言うと、非常に大きな意味を持つことになりました。つまり、斎藤先生の死は、やがて正木先生が九大精神病科の仕事を引き継ぎ、この椅子に座る直接の因縁となり、さらにあなたと、あの六号室の令嬢をこの教室に結びつける間接の因縁ともなったのです。ここでは仮に因縁と呼んでおきましょう。しかし、この因縁が果たして人為のものか、それとも天意によるものかは、やはりあなたが自分の過去の記憶を取り戻した後でないと、確定的な推測はできませんので……」
「えっ……そんなことまで、僕の記憶の中に……」
「そうです。あなたの過去の記憶の中には、そのような疑問を解くために必要な、大切な鍵が含まれているのです」
私は次々に押し寄せる疑問の氷塊に、全身を埋め込まれるような気がした。思わず目を閉じ、頭を左右に振ってみた。しかし、そこからは何の記憶も湧き出てこなかった。ただ、それに伴って目の前に惨酷な『狂人焚殺』の絵や、ニコニコしている斎藤博士の肖像、蒼白い真面目な若林博士、緑色に光る大卓子、そしてその上で欠伸をし続ける赤い達磨の灰までが、一つ一つ私の過去と深い関係を持っているかのように思われてきた。同時に、そんな因縁深い品々に囲まれながら、何一つ思い出せない私の頭の空っぽさを自覚させられ、しみじみと物悲しくなってきた。
私はしばらく途方に暮れたような気持ちになり、目だけをパチパチさせていたが、やがてふと思い出したように尋ねた。
「はあ。では、行方不明になられた正木先生は、どうしてこの大学に来られたのですか?」
「それはこういう事情です」
そう言いながら、若林博士は出しかけていた時計をまたポケットにしまい込んだ。弱々しい咳払いを一つして話を続けた。
「ちょうど斎藤先生の葬儀の式場に、正木先生がどこからともなくふわりと参列されてきたのです。おそらく、新聞の広告を見たのでしょう……それを松原総長が葬式の後に捕まえ、その場で斎藤先生の後任を押し付けてしまったのです。これは非常に異例なことでしたが、あれほど人格の高かった斎藤先生の遺志を、外ならぬ総長が引き継いだのですから、誰一人として総長のやり方を異様に思う者はいませんでした。むしろ感激の拍手で迎えられたくらいです……その当時の新聞を見れば、その時の様子が詳しく報じられていますが、正木先生は、見窶れた紋付袴の姿で、教授たちの拍手に囲まれながら、頭を抱えてこんな不平を言われたのです。
「弱ったなあ。僕はあくまで独力で研究したかったんだがなあ。大学の先生になると、好きな木魚も叩けないし、チョンガレ節も唄えなくなるだろう。第一、持って生まれた漂浪性が発揮できないからなあ……」
としょんぼりと呟かれましたが、これを聞いた松原総長が……
「今更文句を言われても取り返しはつきませんよ。これは斎藤先生の霊に招かれたあなたの方が悪いのですからね……木魚ぐらいは叩かれてもいいから、ぜひ一つ成仏していただきたい」
と言われたので、皆、場所柄を忘れて大笑いしたものでした。
……正木先生は、それから間もなく当大学に就任されると、今までキチガイ地獄のチョンガレ祭文の中で唄っていた『狂人の解放治療』という実験に実際に取り組まれ、またも異常な反響を一般社会に呼び起こすことになったのです。同時にその実験を始めたことがきっかけとなり、正木先生ご自身と、あなたと、あの六号室の令嬢との最近の運命的な関係が結ばれることにもなりました。これもやはり天意と言えるでしょうが……いずれにしても、こうして偉大な正木先生を当大学に迎え、思う存分に仕事をさせることができたのは、やはり故・斎藤先生の御遺徳に違いありません。正木先生もそのような意味から、この肖像をここに掲げられたのだと思います……」
私は再び深くため息をつき、斎藤博士の肖像を仰がずにはいられなかった。これほどの人格者である斎藤博士と、これほどの偉人である正木博士、そして目の前の若林博士と、あの六号室の美少女と、そして白痴同様の私とを一つに繋ぎ合わせている因縁の糸の不思議さを考えずにはいられなかった。
ある感銘深い静寂が、しばらくの間、部屋の中を流れた。しかし、それは間もなく、私が何の気もなく発した質問で破られた。
「……あっ……大正十五年の十月十九日……あの斎藤先生の写真の下に掛かっているカレンダーの日付は、斎藤先生が亡くなってからちょうど丸一年目の日付ですね」
私が振り返った瞬間、若林博士の表情が恐ろしいほど変わった。ほんの一瞬のことだったが、彼の大きな白い唇はピタリと閉じられ、顎を突き出し、青白い瞳が私をじっと睨みつけていた。その突然の変化に、私も思わず同じような表情をしてしまったように感じた。しかし、次第に若林博士は落ち着きを取り戻し、今度は満足そうに額を輝かせながら何度も頷いた。
「……よくあれにお気づきになりましたね。あなたの過去の記憶が、いよいよ鮮明に目覚めてきています。もう皮一枚のところまで回復しているようです……。実は、今の質問が出た瞬間、あなたの過去の記憶が一気に蘇るのではないかと心配していました。何を隠そう、あのカレンダーは約一ヶ月前の日付を示しています。今日は大正十五年の十一月二十日ですから……」
「それが……どうして、そのままになっているのですか?」
若林博士は再び荘重に頷いた。先ほど六号室の少女の前で見せた、神に祈るような態度で、屈んだ胸をぐっと伸ばし、両手をしっかりと握り合わせた。
「その疑問が、あなたの過去に関する大きな謎を解く鍵の一つです。つまり、正木先生はあのカレンダーをここまで破った後、もうそれ以上は破ることを止められたのです。」
「……それは、なぜ……?」
「正木先生は、あの翌日亡くなられたのです……しかも、ちょうど一年前に斎藤先生が溺死したのと同じ場所、筥崎水族館の裏で、自ら命を絶たれたのです。」
青天の霹靂という言葉がぴったりの瞬間だった。私は何とも言えない奇妙な驚きに打たれ、思わず叫び声を上げたように感じた。そして、やっと気を落ち着けたときには、口を動かしていたのだと思う。
「……正木先生が……自殺……」
その声が自分の耳に入ると、私は再び自分の耳を疑った。正木先生のような偉大な達人が自殺するなんて、果たしてあり得るのだろうか。
それだけではない。この精神病科の主任教授が二人とも、ちょうど一年おきに、同じ場所で変死するという恐ろしい暗合が果たしてあり得るのか……と驚き、迷い、呆れながら若林博士の蒼白い顔を凝視した。
すると、若林博士も今までになく、姿勢を正して私を見返した。そして、神に祈るような敬虔な声で言った。
「……繰り返します。正木先生は自殺されたのです。お話ししたように、二十年の長い間、準備を重ねて前代未聞の解放治療の大実験に取り組んできた正木先生は、遂にその刀を折り、矢を尽くされたのです。どうしても自殺せざるを得ない状況に追い込まれてしまったのです。……まだお分かりにならないでしょうから、もう少し具体的にお話ししますと、正木先生の独創的な精神科学の実験は、あなたと六号室の令嬢がそれぞれ自分の過去の記憶を回復し、この病院を退院して楽しい結婚生活に入ることによって完成されるはずだったのです。しかし、ある思いもよらぬ悲劇的な出来事のために、途中で行き詰まってしまったのです。……しかも、その悲劇が正木先生の過失であったかどうかは、誰も知らなかったのです。……しかし、その日が偶然にも斎藤先生の一周忌、正命日に当たっていたため、一種の『無常』を感じたのかもしれません。正木先生は、その責任を全うするために人間界を去られたのです。その実験の中心材料であるあなたと六号室の令嬢、そしてそれに関する書類や事務など、すべてを私に託されたのです……」
「……それでは……」
私は言葉を詰まらせた。形容しがたい興奮に全身が青ざめたように感じながら、辛うじて唇を動かした。
「……それじゃ……もしや僕が……正木先生の命を呪ったのでは……」
「……いや。違います。その正反対です。」
若林博士は厳然とした口調で言い切った。依然として私を見つめながら、頭をゆっくりと左右に振った。
「その反対です。正木先生は、当然あなたから自分の運命を受け入れる覚悟を持って、この研究に取り組まれたのです。……否、もう一歩踏み込んで言いますと、正木先生は、そうした結果になることを二十年前から覚悟し、計画的に仕事を進めてこられたのです。彼は自ら発見した古代の理論の実験と、あなたの運命を完全に一致させるための計画を立て、その研究を進めてこられたのです。」
その説明は、私にさらなる恐怖と戦慄を与えた。知らず知らずのうちに息苦しくなり、私は吐き出すように尋ねた。
「……それは……どんな手順……?」
「それはここにある書類を見れば分かります。」
若林博士は、今まで話しながら手に持っていた書類の綴りをパタンと閉じ、恭しく私の前に差し出した。
私は、それが何か重要な書類の集まりであることを察し、同じように丁寧に受け取った。そして、とりあえずパラパラとめくって内容を確認してみたが、それは赤い表紙のパンフレットのようなものを一番上に、西洋の大判罫紙や新聞の切り抜きを貼り付けた羅紗紙の綴りと一緒に、キャンバス張りのボール紙に挟んだもので、表紙には何も書かれていなかった。しかし、かなり重たいものだったので、私はもう一度パタリと表紙を閉じて、卓上に置き直した。
その向こうから、若林博士は青白い瞳を私の瞳にしっかりと合わせていた。
「……それは、正木先生の遺稿とも言うべき貴重な書類です。先ほどお話しした正木先生の精神科学に関する研究の中でも、特に重要な精神解剖学、精神生理学、同病理学、そして心理遺伝学という四つの原稿が含まれています。これらは、以前から手元にあった『脳髄論』の本文と共に、自殺の直前に焼いてしまわれたため、現在、正木先生の研究内容を知るための文献はそれだけしか残っていないのです。正木先生は、自決の直前にその通りの順序で重ね合わせておられたため、書類の発表された年代順にはなっていませんが、その順序に従って読むことで、正木先生の研究内容が、研究を進めた順に容易に、そして面白く理解できる仕組みになっています。
……まず最初に綴じられている赤い表紙のパンフレットは、正木先生が日本各地を巡る合間に、大通りで人々を集めて配布された『キチガイ地獄外道祭文』という阿呆陀羅経の歌です。これは、現代における精神病者の虐待の実情を見て、救済を求めて精神病の研究を始めた動機が歌われています。
……次に、羅紗紙の台紙に貼り付けられているのは、地元の新聞に掲載された正木先生の談話を自身で保存しておいた切り抜きです。その中でも最初に『地球表面上は狂人の一大解放治療場』というタイトルで、正木先生が狂人救済の動機から精神病の研究に着手した最初の立場を、辛辣なユーモアを交えて新聞記者に説明しています。「この地球上に住む人間の中で、精神異常者でない者はいない」という精神病理学の根本原理が、極めて痛快かつ率直に論証されています。
……さらに、その次にある『脳髄は物を考える処に非ず』というタイトルの部分では、正木先生が今日まで研究不可能とされていた『脳髄』の真の機能を明らかにし、従来の科学が解決できなかった精神病やその他の心霊現象を次々と解決していった大論文『脳髄論』の内容を、面白おかしく新聞記者に説明しています。
……その下にある日本罫紙に毛筆で書かれたのは、『脳髄論』の逆定理とも言える『胎児の夢』という論文です。これは、自分を生んだ両親の心理生活や先祖代々の様々な習慣、心理の集積が、どのように胎児自身に伝わっていくのかという『心理遺伝』の内容が明示されています。この論文は、当大学の第一回卒業論文の審査で大きなセンセーションを巻き起こしたものでした。……同時に、正木先生があれほどの才能を持ちながら、最終的に自決に至った遠い原因も、この一篇の中に潜んでいると言えるでしょう。
次にある西洋大判罫紙の走り書きは、正木先生がこれらの研究に対する最後の結論を付けるために書き残した『解放治療の実験の結果報告』とも見なされる遺言書です……ですから、あなたがそれらの書類をその順序で読めば、正木先生が精神科学の道を切り開くために、生涯を賭けて研究を続けた痛快な事跡が、容易に、そして順序正しく理解できるでしょう。同時に、あなた自身の経歴を裏から支配し、今日の運命に至らせた、古代の大学理の流動や旋転が、一つ一つ大光明を発し、万華鏡のように華やかに、あなたの目の前で回転しているのです……」