注文の多い料理店 (2) (2)
von 宮沢賢治
青い目が二つ、こちらを覗いていました。
「うわあ。」と、震える声が響きます。
「うわあ。」また震えが続きます。
ふたりは、思わず泣き出しました。
その時、戸の向こうでは、こそこそと話し声が聞こえます。
「だめだよ。もう気がつかれたよ。塩をもみこまないようだ。」
「当然さ。親分の書き方がまずいんだ。あそこへ、いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう、お気の毒でしたなんて、間抜けなことを書いたもんだ。」
「どっちでもいいよ。どうせ、俺たちには骨も分けてくれやしないんだから。」
「それはそうだ。でも、もしあいつらがここに入ってこなかったら、それは俺たちの責任だぜ。」
「呼ぼうか、呼ぼう。おい、お客さんたち、早くいらっしゃい。お皿も洗ってありますし、菜っ葉ももうよく塩でもんで置きました。あとはあなたたちと、菜っ葉をうまく取り合わせて、真っ白なお皿にのせるだけです。早くいらっしゃい。」
「はい、いらっしゃい、いらっしゃい。それともサラダはお嫌いですか?それなら、これから火を起こしてフライにしてあげましょうか。とにかく早くいらっしゃい。」
ふたりは心を痛めすぎて、顔がまるでくしゃくしゃの紙くずのようになり、お互いの顔を見合わせて震え、声もなく泣きました。
中では、ふっふっと笑いながらまた叫んでいます。
「いらっしゃい、いらっしゃい。そんなに泣いていたら、せっかくのクリームが流れちゃうじゃありませんか。はい、ただいま。すぐにお持ちします。さあ、早くいらっしゃい。」
「早くいらっしゃい。親方がもうナフキンをかけて、ナイフを持って、舌なめずりして、お客さまを待っていらっしゃいます。」
ふたりは泣いて泣いて泣いて、また泣きました。
その時、突然後ろから、
「わん、わん、ぐゎあ。」という声がして、白熊のような犬が二匹、扉を突き破って室内に飛び込んできました。鍵穴の目は瞬時に消え、犬たちはううとうなりながらしばらく室内をぐるぐる回っていましたが、再び一声
「わん。」と高く吠えて、次の扉に飛びつきました。戸はがたりと開き、犬たちは吸い込まれるように飛び出して行きました。
その扉の向こうの真っ暗な中で、
「にゃあお、くゎあ、ごろごろ。」という声がして、それからがさがさと音がしました。
室は煙のように消え、ふたりは寒さに震えながら草の中に立っていました。
見ると、上着や靴、財布、ネクタイピンが、あちらの枝にぶら下がったり、こちらの根元に散らばったりしています。風が吹き抜け、草はざわざわ、木の葉はかさかさと音を立て、木はごとんごとんと鳴りました。
犬がふうとうなって戻ってきました。
そして後ろから、
「旦那あ、旦那あ、」と叫ぶ声が聞こえます。
ふたりは急に元気を取り戻し、
「おおい、おおい、ここだぞ、早く来い。」と叫びました。
簔帽子をかぶった専門の猟師が、草をざわざわ分けてやってきました。
そこでふたりはやっと安心しました。
猟師が持ってきた団子を食べ、途中で十円だけ山鳥を買って東京に帰りました。
しかし、さっき一度紙くずのようになったふたりの顔だけは、東京に帰っても、お湯に入っても、もう元の通りには戻りませんでした。