1〜3
von 太宰治
すぐにお返事をいただき、楽しく読ませていただきました。高校に入ると、勉強も忙しくなるでしょうに、こんなに長い手紙を書くのは大変だと思います。これからは、あまり長い返事は必要ありません。勉強の邪魔になるのではないかと心配していますから。
竹さんに対してあんなことを言うとは、けしからんとお叱りを受けました。恐縮です。しかし、「もう君をお見舞いに行けなくなった」という言葉には賛成できません。君もずいぶん気が小さいですね。こだわらずに竹さんに軽く挨拶できるようでなければ、新しい男とは言えません。色気を捨てることが大切です。詩には「思い邪なし」という言葉があるではありませんか。天真爛漫を心掛けましょう。
先日、隣の越後獅子に、「僕の友達で詩の勉強をしている男がいるんですが」と言いかけたら、越後は即座に「詩人は、きざだ」と乱暴に断定しました。僕は少しむっとして、「でも、詩人は言葉を新しくすると昔から言われているじゃありませんか」と言い返しました。越後獅子はにやりと笑って、「そう。今の新しい発明がなければいけない」と無造作に答えましたが、越後も少しあなどりがたいことを言うと思いました。賢明な君のことだから、すでに気づいていると思いますが、これからは詩の修行はもちろん、何事においても君の新しい男としての真の姿を見せてほしいと思います。なんて妙に思い上がった、先輩ぶった言い方をしましたが、竹さんのことは気にしないでください。勇気を出して、当道場を訪れて竹さんを一目見るといいでしょう。実物を見ると、君の幻想はすぐに消えてしまいます。何せ、彼は立派で、大鯛のような存在ですからね。それにしても、君はずいぶん竹さんに夢中になっていますね。僕があれほどマア坊の可愛らしさを強調して書いても、「マア坊なんて、出来損ないの映画女優のようだ」と言って、一向に認めようとせず、ひたすら竹さん竹さんですから、驚きました。しばらく竹さんに関する報告は控えようと思います。このまま君に熱をあげられて、寝込まれてしまったら大変ですから。
今日は、かっぽれさんの俳句でも紹介しましょうか。今度の日曜日の慰安放送は、塾生たちの文芸作品の発表会ということになり、和歌、俳句、詩に自信のある人は、明日の晩までに事務所に作品を提出するようにとのことです。かっぽれは、僕たちの「桜の間」の選手として、お得意の俳句を提出することになり、二、三日前から鉛筆を耳にはさみ、ベッドの上に正坐して首をひねり、真剣に句を考えていましたが、今朝、やっとまとまったそうで、十句ほど便箋に書き連ねたのを、同室の僕たちに披露しました。
まず、固パンに見せましたが、固パンは苦笑しながら「僕には、わかりません」と言って、すぐにその紙片を返しました。次に、越後獅子に見せて批評を求めました。越後獅子は背中を丸めて、その紙片をじっと見つめ、「けしからん」と言いました。下手だとか何とか言うならまだしも、「けしからん」という批評はひどいと思いました。
かっぽれは蒼ざめて、「だめでしょうか」と尋ねました。「そちらの先生に聞きなさい」と越後は、ぐいと僕の方を顎でしゃくりました。かっぽれは、僕のところに便箋を持ってきました。僕は不風流なので、俳句の妙味など全くわかりません。やっぱり固パンのように、すぐに返却してお許しを乞うべきところでもあったのですが、かっぽれが気の毒で、何とか慰めてやりたく、わかりもしないのに、とにかくその十句を拝読しました。そんなにまずいものではないように思われました。月並みとでも言うのか、ありふれたような句ですが、これを自分で作るとなると、なかなか骨の折れるものではないでしょうか。
「乱れ咲く乙女心の野菊かな」という句は少し変ですが、それでも「けしからん」と怒るほどの下手さではないと思いました。しかし、最後の一句に突き当たって、はっとしました。越後獅子が憤慨した理由もよくわかりました。
「露の世は露の世ながらさりながら」という句です。これは、いけないと思いました。しかし、それをあからさまに言ってかっぽれに赤恥をかかせるようなことはしたくありませんでした。「どれもみな、うまいと思いますが、この最後の一句は他のと取り換えたら、もっとよくなるんじゃないかな。素人考えですけど」と言いました。
「そうですかね」とかっぽれは不服そうに口をとがらせました。「その句が一番いいと思っているんですがね」。それは、いいはずです。俳句の門外漢の僕でさえ知っているほど有名な句ですから。
「いいことは、いいに違いないでしょうけど」と僕は少し途方に暮れました。「わかりますかね」とかっぽれは図に乗ってきました。「今の日本国に対する私のまごころも、この句には織り込まれていると思うんだが、わからないかな」と、少し僕を軽蔑するような口調で言いました。
「どんなまごころなんですか」と僕も、もはや笑わずに反問しました。「わからないかな」とかっぽれは、君もずいぶんトンマな男だねえと言わんばかりに眉をひそめ、「日本の今の運命をどう考えます。露の世でしょう?その露の世は露の世である。さりながら、皆さん、光明を求めて進もうじゃないか。いたずらに悲観することはない、といったような意味になってくるじゃないか。これがすなわち私の日本に対するまごころというわけなんだ。わかりますかね」と言いました。
僕は内心、驚きに打たれていた。この句は、一茶が子供を失った悲しみを表現したもので、露の世をあきらめつつも、どうしてもその悲しみから逃れられないという気持ちが込められているはずだった。それを、こんな風に意味をひっくり返すなんて、ひどいじゃないか。これが越後の言う「新しい発明」なのかもしれないが、あまりにも無礼だ。かっぽれの真心には賛同するが、古人の句を盗んで勝手な意味をつけて遊ぶのは良くないし、この句をそのままかっぽれの作品として事務所に提出されるのは、「桜の間」の名誉にも関わると思った。だから、僕は勇気を出して、はっきりと伝えた。
「でも、これと似たような句が昔の人の句にもあるんです。盗んだわけじゃないと思いますが、誤解を招くといけませんから、他の句に取り替えた方がいいと思います。」
「似たような句があるんですか?」
かっぽれは目を丸くして僕を見つめた。その目は、ため息が出るほど美しく澄んでいた。盗んでいることに気づかないという奇妙な心理も、俳句の天狗たちにはあり得ることかもしれないと、僕は考え直した。彼は本当に無邪気な罪人だった。まさに、何も疑わずにいる。
「それは、面倒なことになったな。俳句には、時々こういうことがあるから困るんだ。何せ、たった十七文字だからね。似た句ができるのも無理はない。」どうやら、かっぽれは常習犯らしい。「ええと、それじゃあこれを消して、」と耳に挟んでいた鉛筆で、あっさりと露の世の句の上に棒を引き、「代わりに、こんなのはどうでしょう。」と、僕のベッドの枕元の小机で何やら素早く書いて見せた。
「コスモスや影おどるなり乾むしろ」
「けっこうです。」僕はほっとして言った。下手でも何でも、盗んだ句でさえなければ、今は安心できる気持ちだった。「ついでに、コスモスの、と直したらどうでしょう。」と、安心のあまり余計なことまで言ってしまった。
「コスモスの影おどるなり乾むしろ、ですかね。なるほど、情景がはっきりしてきますね。偉いねえ。」と言って、僕の背中をぽんと叩いた。「隅に置けねえや。」
僕は赤面した。
「おだてちゃいけません。」落ち着かない気持ちになった。「コスモスや、の方がいいのかもしれませんよ。僕には俳句のことは全くわからないんです。ただ、コスモスの、とした方が、僕たちにはわかりやすくていいような気がしたものですから。」
そんなこと、どっちでもいいじゃないか、と内心の声は叫んでいた。
けれども、かっぽれはどうやら僕を尊敬してくれたようで、これからも俳句の相談に乗ってくれと、まんざらお世辞だけではない真顔で頼んできた。そして、意気揚々と、いつものように爪先立ちでお尻を軽く振って歩き、自分のベッドに戻っていった。僕はそれを見送り、どうにもかなわない気持ちになった。俳句の相談役など、実際、文句入りの都々逸以上に困ると思った。どうにも落ち着かず、閉口の気持ちで、僕は、
「とんでもない事になった。」と思わず越後に向かって愚痴をこぼした。さすがの新しい男も、かっぽれの俳句にはまいったようだ。
越後獅子は黙って重く頷いた。
しかし、話はこれだけでは終わらなかった。さらに驚くべき事実が明らかになった。
今朝の八時の摩擦の時間、マア坊がかっぽれの番に当たっていて、かっぽれが彼女に小声で言っているのを聞いて驚いた。
「マア坊の、あのコスモスの句、あれは悪くないけど、でも気をつけろ。コスモスや、ってのはまずいぜ、コスモスの、だ。」
驚いた。あれは、マア坊の句だったのだ。