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二十六〜二十七

von 夏目漱石

Kと私は同じ学科に在籍していましたが、専攻が異なっていたため、出入りの時間が自然とずれていました。私が早く帰るときは、彼の部屋を通り過ぎるだけでしたが、遅くなると簡単な挨拶を交わして自分の部屋に入るのが常でした。Kはいつも本から目を離し、私が襖を開けるのをちらりと見て、「今帰ったのか?」と尋ねます。私は何も答えずに頷くこともあれば、「うん」とだけ返事をして通り過ぎることもありました。

ある日、私は神田に用事があり、帰りがいつもより遅くなりました。急ぎ足で門前にたどり着き、格子をがらりと開けた瞬間、Kの部屋からお嬢さんの声が聞こえました。玄関からまっすぐ行くと茶の間とお嬢さんの部屋が続いていて、左に折れるとKの部屋、そして私の部屋がある間取りなので、誰の声がしたのかはすぐに分かりました。私はすぐに格子を閉めました。その瞬間、お嬢さんの声もすぐに止みました。靴を脱いでいる間、私はその時流行りの手間のかかる編上靴を履いていたのですが、Kの部屋からは誰の声も聞こえませんでした。私は不思議に思いました。もしかしたら私の勘違いかもしれないと考えました。しかし、いつものようにKの部屋を通り抜けようと襖を開けると、そこには二人がちゃんと座っていました。Kは「今帰ったのか」と言い、お嬢さんも「お帰り」と挨拶しました。その挨拶は、私には少し硬く聞こえました。どこか自然ではない調子が、私の鼓膜に響いたのです。

私はお嬢さんに「奥さんは?」と尋ねましたが、その質問には特に意味はありませんでした。家の中がいつもより静かだったので、つい聞いてみただけです。

奥さんは留守でした。下女も一緒に出かけていたのです。つまり、家にはKとお嬢さんだけが残っていたのです。私は少し首を傾げました。長い間世話になっていたけれど、奥さんが私とお嬢さんだけを残して出かけたことはなかったからです。何か急用でもできたのかとお嬢さんに尋ねると、彼女はただ笑っていました。私は、こんな時に笑う女性が嫌いでした。若い女性に共通することかもしれませんが、お嬢さんもくだらないことでよく笑うタイプでした。しかし、彼女は私の顔色を見て、すぐに普段の表情に戻りました。「急用ではないけれど、ちょっと用事があって出かけたの」と真面目に答えました。下宿人の私にはそれ以上問い詰める権利はありませんでしたので、私は黙っていました。

私が着物を整えて席に着くか着かないうちに、奥さんと下女が帰ってきました。そして、晩ご飯の食卓でみんなが顔を合わせる時刻がやってきました。下宿した当初はすべて客扱いだったので、食事のたびに下女が膳を運んでくれましたが、いつの間にかそれが崩れ、飯時には向こうへ呼ばれる習慣になっていました。Kが新しく引っ越してきたときも、私は彼を私と同じように扱わせることにしました。その代わり、私は薄い板で作った折りたたみ式の華奢な食卓を奥さんに寄付しました。今ではどこの家でも使われているようですが、その頃はそんな卓を囲んで食事をする家族はほとんどいませんでした。私はわざわざ御茶の水の家具屋に行き、自分のアイデア通りに作らせたのです。

その卓上で、奥さんからその日、いつもの時間に肴屋が来なかったので、私たちに食べさせるものを買いに町へ行かなければならなかったという説明を受けました。なるほど、客を置いている以上、それも当然のことだと私が考えたとき、お嬢さんは再び私の顔を見て笑い出しました。しかし、今度は奥さんに叱られてすぐにやめました。

一週間ほどして、私はまたKとお嬢さんが一緒に話している部屋を通り抜けました。その時、お嬢さんは私の顔を見るや否や笑い出しました。私はすぐに何が面白いのか尋ねればよかったのですが、黙って自分の居間まで来てしまいました。だからKもいつものように「今帰ったのか」と声をかけることができなくなりました。お嬢さんはすぐに障子を開けて茶の間へ入ったようでした。

夕飯の時、お嬢さんは私を変な人だと言いました。その時もなぜ変なのか聞かずにしまいました。ただ、奥さんが睨むような目をお嬢さんに向けているのに気がついただけでした。

食後、私はKを散歩に連れ出しました。二人は伝通院の裏手から植物園の通りをぐるりと回り、再び富坂の下へ出ました。散歩としては短い方ではありませんでしたが、その間に話したことは極めて少なかったのです。性格的に言えば、Kは私よりも無口な男でした。私も多弁な方ではありませんでしたが、歩きながらできるだけ話を彼に振ってみました。私の話題は主に二人の下宿している家族についてでした。私は奥さんやお嬢さんを彼がどう見ているのか知りたかったのです。しかし、彼は海のものとも山のものとも見分けのつかないような返事ばかりし、しかもその返事は要領を得ないくせに非常に簡単でした。彼は二人の女性に関してよりも、専攻の学科に多くの注意を払っているように見えました。もっとも、それは二学年目の試験が迫っている頃でしたから、普通の人間の立場から見れば、彼の方が学生らしい学生だったのでしょう。その上、彼はシュエデンボルグについてどうだこうだと話し、無学な私を驚かせました。

私たちが無事に試験を終えたとき、奥さんは喜びの声を上げました。「もうあと一年だね」と言いながら、彼女の表情には誇らしさが溢れていました。そんな奥さんの唯一の誇りとも言える娘の卒業も、もうすぐそこまで来ていたのです。

Kは私に向かって、「女というものは、何も知らずに学校を出ていくんだ」と言いました。彼はお嬢さんが学問以外に、縫い物や琴、活け花などを学んでいることにはまるで関心がないようでした。私は彼の無知を笑い飛ばしました。そして、女の価値はそんなところにあるわけではないという、昔の議論を再び彼の前で繰り返しました。彼は特に反論することもなく、ただ黙っていました。その様子が私には愉快でした。彼の「ふん」というような調子は、依然として女性を軽蔑しているように見えたからです。私の知っているお嬢さんを、まるで物の数とも思っていないようでした。今振り返ると、その時点で私のKに対する嫉妬は、すでに十分に芽生えていたのです。

夏休みにどこかへ行こうかと、私はKに相談しました。すると、彼は行きたくないという様子を見せました。もちろん、彼は自分の自由意志でどこへも行ける身体ではありませんが、私が誘えばどこへでも行けるはずでした。私はなぜ行きたくないのかと尋ねてみましたが、彼は理由もなく、家で本を読む方が自分の好きだと言いました。私が避暑地に行って涼しい場所で勉強した方が体に良いと主張すると、彼は「それなら、君だけ行けばいいじゃないか」と言いました。しかし、私はK一人をここに残して行く気にはなれませんでした。彼と家の人たちがどんどん親しくなっていくのを見ているのが、あまり心地よくなかったのです。私が最初に望んだ通りになるのが、どうして私の気持ちを悪くするのかと言われれば、それまでですが、私は馬鹿なのかもしれません。

果てしない二人の議論を見かねて、奥さんが仲裁に入ってきました。結局、二人は一緒に房州へ行くことになったのです。