十二〜十三
von 夏目漱石
私が国を離れる時、すでに心は厭世的でした。他を頼りにすることができないという考えが、まるで骨の髄まで染み込んでしまったかのように感じていました。私の心には、敵視する叔父や叔母、その他の親戚たちが、まるで人類全体の代表のように思い浮かびました。汽車に乗ると、隣の人の様子を無意識に観察し始め、話しかけられるとますます警戒心が強まりました。心は沈んでいて、まるで鉛を飲み込んだかのように重苦しく感じることもありました。それでも、神経は鋭く尖っていました。
東京に来て下宿を出ようとしたのも、この緊張感が大きな原因だったように思います。金銭的に余裕があれば、一戸建てを持ちたいと思うのも当然ですが、元の私なら、たとえ懐に余裕ができても、面倒なことは好んではしなかったでしょう。
小石川に引っ越してからも、私はこの緊張した気分を和らげることができませんでした。周囲をきょろきょろと見回す自分が恥ずかしくなるほどでした。不思議なことに、頭と目はよく働くのに、口は次第に動かなくなっていきました。家の人々の様子を猫のように観察しながら、黙って机の前に座っていました。時には、彼らに対して気の毒に思うほど、注意を怠らずに注いでいました。自分がまるで物を盗まない巾着切のようだと考え、自己嫌悪に陥ることもありました。
あなたはきっと不思議に思うでしょう。そんな私が、どうしてあの娘を好んでいるのか。彼女の下手な活花を、どうして嬉しそうに眺める余裕があるのか。下手な琴をどうして喜んで聞く余裕があるのか。そう質問されれば、私はただそれが事実だからとしか答えようがありません。解釈はあなたに任せるとして、一つだけ付け加えます。私は金に対して人類を疑ったけれど、愛に対してはまだ人類を疑っていなかったのです。だから、他人から見れば変に思えることでも、自分で考えてみても矛盾しているように思えても、私の心の中では平気で共存していたのです。
私は未亡人のことを常に「奥さん」と呼んでいましたので、これからも未亡人とは呼ばずに「奥さん」と呼びます。奥さんは私を静かな人、大人しい男だと評しました。そして、勉強家だとも褒めてくれました。しかし、私の不安な眼差しや、きょろきょろした様子については、何も言いませんでした。気づかなかったのか、遠慮していたのか、どちらかは分かりませんが、少なくとも彼女はその点に全く注意を払っていないように見えました。それどころか、ある時には私を鷹揚な方だと称賛し、尊敬の念を込めて話したこともありました。その時、正直な私は少し顔を赤らめ、彼女の言葉を否定しました。すると奥さんは「あなたは自分で気づいていないから、そうおっしゃるのです」と真面目に説明してくれました。
奥さんは、最初は私のような書生を家に置くつもりではなかったようです。どこかの役所に勤める人に部屋を貸すつもりで、近所の人に仲介を頼んでいたらしいのです。俸給が豊かでない人が、やむを得ず素人屋に下宿するだろうという考えが、奥さんの頭のどこかにあったのでしょう。奥さんは、自分の想像した客と私を比較して、私を鷹揚だと褒めたのです。確かに、そんな切り詰めた生活をする人に比べれば、私は金銭に関しては鷹揚だったかもしれません。しかし、それは性格の問題ではなく、私の内面にはほとんど関係のないことでした。奥さんはまた、女性だけにそれを私全体に当てはめようとしたのです。
「奥さんのこの態度は、自然と私の気分に影響を与えました。しばらくすると、私の目は以前ほどきょろきょろしなくなり、自分の心が今座っている場所にしっかりと落ち着いているように感じられるようになりました。要するに、奥さんや家族が、私の僻んだ目や疑い深い様子に全く取り合わなかったことが、私に大きな幸福をもたらしたのです。私の神経は、相手からの反射がないために次第に静まっていきました。
奥さんは心得のある人でしたから、わざと私をそのように扱ってくれたのかもしれませんし、また実際に私を鷹揚だと観察していたのかもしれません。私のこせつき方は頭の中の現象で、外に出なかったようにも思えますから、奥さんの方で私を誤解していたのかもしれません。
私の心が静まるにつれて、家族との距離が近づいていきました。奥さんともお嬢さんとも笑いながら話すようになりました。お茶を入れたからといって、向こうの部屋に呼ばれる日もありました。また、私の方からお菓子を買ってきて、二人をこちらに招く晩もありました。急に交際の範囲が広がったように感じました。そのため、大切な勉強の時間を潰されることも何度かありましたが、不思議なことに、その妨害が私には全く邪魔にならなかったのです。奥さんは元々暇な人でしたし、お嬢さんは学校に通い、花や琴を習っているため、忙しいだろうと思っていましたが、意外にも彼女たちは時間に余裕があるように見えました。だから、三人は顔を合わせると一緒に集まり、世間話をしながら楽しく過ごしました。
私を呼びに来るのは、たいていお嬢さんだった。お嬢さんは、縁側を直角に曲がって私の部屋の前に立つこともあれば、茶の間を抜けて、隣の部屋の襖の影から姿を見せることもあった。彼女はそこに立ち止まり、私の名前を呼んで、「ご勉強?」と尋ねるのだ。
私は大抵、難しい書物を机の前に広げて、それをじっと見つめていたから、傍から見れば勉強熱心な学生のように映ったのだろう。しかし実際には、そんなに真剣に書物を研究していたわけではなかった。ページの上に目をやりながら、お嬢さんが来るのを待っているだけだった。待っている間に彼女が来なければ、仕方なく自分から立ち上がり、向こうの部屋の前に行って、「ご勉強ですか?」と声をかけるのだった。
お嬢さんの部屋は、茶の間と続いている六畳の部屋だった。奥さんはその茶の間にいることもあれば、お嬢さんの部屋にいることもあった。つまり、この二つの部屋は仕切りがあっても、実質的には同じ空間で、親子二人が行き来しながら、どちらの部屋も占有していたのだ。私が外から声をかけると、「おはいんなさい」と返事をするのは、たいてい奥さんだった。お嬢さんはそこにいても、めったに返事をすることはなかった。
時折、お嬢さんが一人で用事があって私の部屋に入ってくることもあった。その際、彼女がそこに座って話し込むこともあったが、そういう時には私の心に妙な不安が広がってくるのだった。若い女性とただ向かい合って座っていることが不安なのだとは思えなかった。何だかそわそわしてしまうのだ。自分自身を裏切るような不自然な態度が、私を苦しめていた。しかし、相手の方は意外にも平気だった。あの琴を弾く時には声すら出せなかった女とは思えないほど、恥ずかしがる様子がなかった。あまり長くなると、茶の間から母に呼ばれても、「はい」と返事をするだけで、なかなか腰を上げようとしなかった。それでも、お嬢さんは決して子供ではなかった。私にはそれがよくわかっていた。彼女が自分を理解しているかのように振る舞う様子も、明らかに見て取れた。