Schließen

十〜十二

von 夏目漱石

二人が帰る道すがら、しばらくの間、沈黙が続いた。そんな中、突然、先生が口を開いた。

「悪いことをした。怒って出てしまったから、妻は心配しているだろう。考えてみると、女というのは本当に可哀想なものだね。私の妻なんて、私以外に頼れる人がいないんだから。」

先生の言葉はそこで少し途切れたが、私に返事を期待している様子はなかった。すぐに話を続けた。

「そう言うと、夫の方は心強いようで、少し滑稽だが。君、私のことをどう思う?強い人に見えるか、弱い人に見えるか。」

「中くらいに見えます」と私は答えた。この返事は、先生にとって少し意外だったようだ。再び口を閉じ、無言で歩き始めた。

先生の家に帰るには、私の下宿のすぐ近くを通るのが道筋だった。そこまで来ると、曲がり角で別れるのが先生に悪い気がした。「ついでにお宅の前までお伴しましょうか」と言った。すると、先生は手で私を制止した。

「もう遅いから、早く帰りなさい。私も早く帰るから、妻のために。」

その時の「妻のために」という言葉が、妙に私の心を温かくした。そのおかげで、帰ってから安心して眠ることができた。私はその後も長い間、この「妻のために」という言葉を忘れなかった。

先生と奥さんの間に起こった波乱が、大したことではないと理解できた。それが滅多に起こることではないことも、私がその後も頻繁に出入りしていたため、ほぼ察しがついた。さらに、ある時、先生はこんな感想を私に漏らした。

「私は世の中で女というものをたった一人しか知らない。妻以外の女は、ほとんど私に訴えかけてこない。妻もまた、私をこの世で唯一の男だと思ってくれている。そういう意味で、私たちは最も幸福な人間の一対であるべきだと思う。」

私はその時、前後の経緯を忘れてしまったため、先生がなぜこんな自白を私にしたのかはわからなかった。しかし、先生の真面目な態度と沈んだ調子は、今でも記憶に残っている。特に、「最も幸福な人間の一対であるべき」という言葉が、私の耳に異様に響いた。なぜ先生は「幸福な人間」と言い切らず、「あるべき」と断言したのか。それだけが不審だった。先生は本当に幸福なのだろうか、それとも幸福であるべきなのに、そうではないのだろうか。私は心の中で疑わざるを得なかったが、その疑念は一時的にどこかへ葬られてしまった。

その後、先生が留守の間に、奥さんと二人で向かい合って話す機会があった。先生はその日、横浜を出帆する汽船に乗る友人を新橋まで見送りに行って留守だった。横浜から船に乗る人は、朝八時半の汽車で新橋を出発するのがその頃の習慣だった。私はある書物について先生に話してもらう必要があったので、あらかじめ先生の承諾を得て、約束の九時に訪問した。先生の新橋行きは、前日わざわざ告別に来た友人に対する礼義として、突然起こった出来事だった。先生はすぐに帰るから、留守でも私に待っているようにと言い残して出かけた。それで私は座敷に上がり、先生を待つ間、奥さんと話をした。

その時の私はすでに大学生で、初めて先生の家に来た頃から比べると、ずっと大人になった気がしていた。奥さんとも大分親しくなった後だったので、何の気負いも感じなかった。向かい合って色々な話をしたが、それは特に特徴のないただの談話で、今ではほとんど忘れてしまった。その中でただ一つ、私の耳に留まったことがある。しかし、それを話す前に、少し断っておきたいことがある。

先生は大学出身だった。これは初めから私に知られていた。しかし、先生が何もしないで遊んでいるということは、東京に帰って少し経ってから初めて分かった。私はその時、どうして遊んでいられるのかと不思議に思った。

先生は世間に名前を知られていない人だった。だから、先生の学問や思想については、私よりも外部の人が敬意を払うことはなかった。それを私は常に残念に思っていた。先生は「私のようなものが世の中に出て、口を利いては済まない」と答えるだけで、取り合わなかった。その返事は、私には謙遜すぎて、逆に世間を冷ややかに評するように聞こえた。実際、先生は時々、昔の同級生で今は著名になっている人たちに対して、ひどく無遠慮な批評を加えることがあった。それで私はその矛盾を指摘してみた。私の心は反抗の意味というよりも、世間が先生を知らないで平気でいるのが残念だったからだ。その時、先生は沈んだ調子で言った。

「どうしても私は世間に向かって働きかける資格のない男だから仕方がありません。」

先生の顔には深い表情が刻まれていた。それは失望なのか、不満なのか、悲しみなのか、私にはわからなかったが、とにかく言葉を失うほど強いものだったので、私はそれ以上何も言う勇気が出なかった。

私が奥さんと話している間に、自然と先生のことが話題に上った。

「先生はなぜああやって、家で考えたり勉強したりするだけで、世の中に出て仕事をしないのでしょうか?」

「彼は駄目ですよ。そういうことが嫌いなんですから。」

「つまり、下らないことだと悟っていらっしゃるのでしょうか?」

「悟るかどうかは、私にはわかりませんが、おそらくそんな意味ではないでしょう。やっぱり何かやりたいのでしょう。それでいてできないんです。だから気の毒ですわ。」

「でも、先生は健康からいって、特にどこも悪いところはないように見えますが。」

「丈夫ですとも。何の持病もありません。」

「それでなぜ活動ができないのでしょう?」

「それがわからないのよ、あなた。それがわかるくらいなら、私だってこんなに心配しません。わからないからこそ、気の毒でたまらないんです。」

奥さんの語気には、深い同情が感じられた。それでも、彼女の口元には微笑みが浮かんでいた。外から見れば、私の方がむしろ真面目な表情をしていた。私は難しい顔をして黙っていたが、すると奥さんが急に思い出したように口を開いた。

「若い頃は、あんな人じゃなかったんですよ。若い頃はまるで違っていました。それが全く変わってしまったんです。」

「若い頃って、いつ頃ですか?」と私は尋ねた。

「書生時代よ。」

「書生時代から先生を知っていたんですか?」

奥さんは急に薄赤い顔をした。彼女は東京の出身で、そのことは先生からも彼女自身からも聞いて知っていた。奥さんは「実を言うと、合の子なんですよ」と冗談めかして言った。彼女の父親は確か鳥取出身だったが、母親はまだ江戸時代の市ヶ谷で生まれた女性だったので、奥さんは半分冗談でそう言ったのだ。しかし先生は全く異なる新潟県の出身だった。だから、もし奥さんが先生の書生時代を知っているとすれば、郷里の関係からではないことは明らかだった。しかし、薄赤い顔をした奥さんはそれ以上の話をしたくない様子だったので、私も深くは聞かずにおいた。

先生と知り合ってから、先生が亡くなるまでの間に、私は様々な問題を通じて先生の思想や感情に触れることができたが、結婚当時の状況についてはほとんど何も聞き出せなかった。時には、それを善意に解釈してみた。年長の先生だから、艶っぽい回想を若い者に聞かせるのはわざと控えているのだろうと思ったこともあった。時には、逆にそれを悪く考えた。先生も奥さんも、私に比べると、一つの時代前の因習の中で育ったため、そういう艶っぽい問題について正直に自分を開放する勇気がないのだろうと考えた。もっとも、どちらの考えも推測に過ぎなかったが、その推測の裏には、二人の結婚の背後に横たわる華やかなロマンスの存在を仮定していた。

私の仮定は、実際には間違っていなかった。しかし、私はただ恋の片面だけを想像することしかできなかった。先生は美しい恋愛の裏に、恐ろしい悲劇を抱えていた。そして、その悲劇がどれほど先生にとって惨めなものであったかは、奥さんには全く知られていなかった。奥さんは今でもそれを知らずにいる。先生は、奥さんの幸福を壊す前に、自らの命を絶ってしまったのだ。

私は今、この悲劇について何も語らない。その悲劇のためにむしろ生まれたとも言える二人の恋愛については、先ほど言った通りだった。二人とも私にはほとんど何も話してくれなかった。奥さんは慎みのために、先生はそれ以上の深い理由のために。

ただ一つ、私の記憶に残っていることがある。ある時、花の季節に私は先生と一緒に上野へ行った。そこで、美しい一対の男女を見かけた。彼らは仲睦まじく寄り添って、花の下を歩いていた。場所柄、花よりも彼らに目を奪われている人がたくさんいた。

「新婚の夫婦のようだね」と先生が言った。

「仲が良さそうですね」と私が答えた。

先生は苦笑さえせず、二人の男女を視線の外に置くように足を向けた。それから私にこう尋ねた。

「君は恋をしたことがありますか?」

私はないと答えた。

「恋をしたくはありませんか?」

私は答えなかった。

「したくないことはないでしょう?」

「ええ。」

「君は今、あの男と女を見て、冷静に評判を下したね。その冷評の中には、君が恋を求めながら相手を得られないという不快感が混ざっているでしょう。」

「そんな風に聞こえましたか?」

「聞こえました。恋の満足を味わっている人は、もっと暖かい声を出すものです。しかし……君、恋は罪悪ですよ。わかっていますか?」

私は急に驚かされ、何も返事をすることができなかった。