七 (3/3)
von 夏目漱石
どんなに馬鹿でも病気でも、主人の存在は変わらない。一飯の恩を重んじる詩人もいるのだから、猫だって主人のことを思わないわけがない。気の毒だという思いが胸いっぱいになり、ついそちらに気を取られて流しの方を観察するのを怠っていると、突然、白い湯槽の方から罵声が聞こえてきた。ここでも喧嘩が起きたのかと振り向くと、狭い柘榴口には一寸の余地もないほどに化物たちが取りついて、毛のある脛と毛のない股が入り乱れて動いている。
初秋の日が暮れかけ、流しの上は天井まで湯気が立ち込めていた。化物たちがうごめく様子が、その湯気の中から朦朧と見える。熱い熱いという声が、私の耳を貫いて左右に響き渡る。その声には、黄色や青、赤や黒が混ざり合い、名状しがたい音響が浴場内に満ちていた。ただ混雑と混乱を表現するのに適した声であり、他には何の役にも立たない声だった。私は呆然とこの光景に魅入られ、立ちすくんでいた。
やがて、わーわーという声が混乱の極みに達し、もう一歩も進めないという緊張感が高まった時、突然、無茶苦茶に押し寄せ押し返している群の中から一人の大男がぬっと立ち上がった。彼の身の丈は他の人たちよりも確かに三寸ほど高い。顔には髭が生えているのか、髭の中に顔が隠れているのか分からない赤い顔を反り返らせ、日盛りに破れ鐘をつくような声で「うめろうめろ、熱い熱い」と叫んだ。この声と顔は、混乱する群衆の上に高く際立っていて、その瞬間、浴場全体がこの男一人になったように思えた。まさに超人だ。ニーチェの言う超人だ。魔の中の大王だ。化物の頭梁だと思って見ていると、湯槽の後ろで「おーい」と返事をする者がいた。
おやと思い、またそちらに目を向けると、暗がりの中で、例のちゃんちゃん姿の三介が砕けよと一塊の石炭を竈の中に投げ入れるのが見えた。竈の蓋をくぐって、この塊がぱちぱちと鳴るとき、三介の半面がぱっと明るくなる。同時に三介の後ろにある煉瓦の壁が、暗を通して燃えるように光った。私は少し物凄くなったので、早々に窓から飛び下りて家に帰ることにした。帰りながらも考えた。羽織を脱ぎ、猿股を脱ぎ、袴を脱いで平等になろうと力める赤裸々の中には、また赤裸々の豪傑が出てきて他の群小を圧倒してしまう。平等はいくら裸になったところで得られるものではない。
帰ってみると、天下は太平で、主人は湯上がりの顔をテラテラ光らせて晩餐を食べていた。私が椽側から上がるのを見て、「のんきな猫だなあ、今頃どこを歩いているんだろう」と言った。膳の上を見ると、銭のない癖に二三品の御菜が並んでいる。その中には焼いた肴が一匹ある。これは何と称する肴か知らないが、昨日あたり御台場近辺で捕れたに違いない。肴は丈夫なものだと説明しておいたが、いくら丈夫でもこう焼かれたり煮られたりしてはたまらない。多病で残喘を保つ方がよほど結構だ。こう考えて膳の傍に座り、隙があったら何か頂戴しようと、見るとも見ざるとも装っていた。こんな装い方を知らない者は、とうてい肴は食えないと諦めなければならない。主人は肴をちょっと突っついたが、うまくないという顔をして箸を置いた。正面に控える妻君も無言のまま箸を上下に動かし、主人の両顎の動きを熱心に研究している。
「おい、その猫の頭をちょっと撲ってみろ」と主人は突然、細君に頼んだ。
「撲てば、どうするんですか?」
「どうしてもいいから、ちょっと撲ってみろ」
こうですかと細君は平手で私の頭をちょっと叩く。痛くも何ともない。
「鳴かんじゃないか」
「ええ」
「もう一回やってみろ」
「何回やったって同じことじゃありませんか」と細君はまた平手でぽかっと叩いた。やはり何ともないので、じっとしていた。しかし、その目的が何なのかは、賢い私には理解し難い。これが理解できれば、どうにかこうにか方法もあろうが、「ただ撲ってみろ」と言われると、撲う細君も困るし、撲たれる私も困る。主人は二度まで思い通りにならず、少々焦れ気味で「おい、ちょっと鳴くように叩いてみろ」と言った。
細君は面倒な顔をして「鳴かして何になるんですか」と問いながら、またぴしゃりと叩いてきた。こうして先方の目的が分かれば、訳はない。鳴いてさえやれば主人を満足させることができるのだ。主人はこうした愚か者だから厭になる。鳴かせるためなら、早く言えば二回も三回も余計な手間をかける必要はないのだ。ただ叩いてみろという命令は、叩くことそのものを目的とする場合に使うべきものである。叩くのは向こうのこと、鳴くのはこっちのことだ。鳴くことを最初から予期してかかり、ただ叩くという命令の中に、こっちの自由であるべき鳴くことさえ含まれているように考えるのは失礼千万だ。他人の人格を重んじるというものだ。猫を馬鹿にしている。主人の蛇蝎のごとく嫌う金田君ならやりそうなことだが、赤裸々をもって誇る主人としては非常に卑劣である。しかし実のところ、主人はこれほどけちな男ではない。だから主人のこの命令は狡猾の極みから出たものではなく、むしろ智慧の足りないところから湧いた孑孑のようなものだと思う。飯を食えば腹が張るのは当然だ。切れば血が出るのも当然だ。殺せば死ぬのも当然だ。それだから叩けば鳴くのも当然だと早合点したのだろう。しかし、それはお気の毒だが少し論理に合わない。その理屈で行くと、川へ落ちれば必ず死ぬことになる。天ぷらを食えば必ず下痢することになる。月給をもらえば必ず出勤することになる。書物を読めば必ず偉くなることになる。必ずそうなっては少し困る人が出てくる。叩けば必ず鳴かなければならないとなると、私は迷惑である。目白の時の鐘と同じように見られては、猫として生まれた甲斐がない。まず腹の中でこれだけ主人を凹ましておいて、そして「にゃー」と注文通り鳴いてやった。
主人は細君に向かって言った。「今、猫が鳴いた声は感動詞か副詞か、どちらだと思う?」
細君は突然の質問に驚いて、何も答えられなかった。実を言うと、私もこの問いは主人の気分がまだ洗湯の興奮から覚めていないせいだろうと思った。元々、主人は近所でも有名な変わり者で、ある人は彼を神経病だとまで言い切ったことがある。しかし、主人は自信満々で、「俺が神経病なわけがない。世の中の奴らが神経病だ」と主張している。近所の人々が主人を「犬々」と呼ぶと、主人は公平を保つためだと称して彼らを「豚々」と呼び返す。実際、主人はどこまでも公平を貫こうとしているようだ。困ったものだ。こんな男だから、こんな奇妙な質問を細君に投げかけるのも、主人にとっては朝食前の小さな出来事かもしれないが、聞かされた方からすれば、少し神経病に近い人の言いそうなことだ。だから細君は煙に巻かれたような気分で、何も言えなかった。私ももちろん、どう答えようもなかった。
すると、主人は突然大きな声で呼びかけた。「おい!」
細君は驚いて「はい」と答えた。
「その『はい』は感動詞か副詞か、どっちだ?」
「そんなこと、どうでもいいじゃありませんか」と細君は言った。
「いいものか。これが実際、国語学者たちの頭を悩ませている大問題なんだ。」
「猫の鳴き声がですか?いやなことですね。だって、猫の鳴き声は日本語じゃないじゃありませんか。」
「だからこそ、それが難しい問題なんだ。比較研究というんだ。」
「そう」と細君は賢いので、こんな馬鹿げた問題には関わらない。「それで、どっちだか分かったんですか?」
「重要な問題だから、そう簡単には分からないさ」と言いながら、例の肴をむしゃむしゃ食べる。隣にある豚と芋の煮ころがしも食べる。「これは豚だな」「ええ、豚でございます」「ふん」と大きな軽蔑の調子で飲み込んだ。「酒をもう一杯飲もう」と杯を出す。
「今夜はなかなか上がってますね。もうだいぶ赤くなっていますよ。」
「飲むとも――お前、世界で一番長い字を知ってるか?」
「ええ、前の関白太政大臣でしょう。」
「それは名前だ。長い字を知ってるか?」
「字って、横文字ですか?」
「うん。」
「知らないわ。――お酒はもういいでしょう、これでご飯になさいな、ねえ。」
「いや、まだ飲む。一番長い字を教えてやろうか。」
「ええ。そうしたらご飯ですよ。」
「Archaiomelesidonophrunicherataという字だ。」
「出鱈目でしょう。」
「出鱈目なものか、ギリシャ語だ。」
「何という字なの、日本語にすれば。」
「意味は知らん。ただ綴りだけ知ってるんだ。長く書くと六寸三分くらいになる。」
他人なら酒の席で言うべきことを、正気で言っているところが非常に奇妙だ。もっとも今夜に限って酒を無暗に飲んでいる。普段なら猪口に二杯と決めているのに、もう四杯飲んだ。二杯でも随分赤くなるところを倍飲んだのだから、顔が焼火箸のようにほてって、かなり苦しそうだ。それでもまだやめない。「もう一杯」と杯を出す。細君はあまりのことに、
「もうおよしになったら、いいでしょう。苦しいばかりですわ」と苦々しい顔をする。
「何が苦しくても、これから少し稽古するんだ。大町桂月が飲めと言った。」
「桂月って何です?」さすがの桂月も細君に会っては一文の価値もない。
「桂月は今の一流の批評家だ。それが飲めと言うのだから、いいに決まっているさ。」
「馬鹿をおっしゃい。桂月だって、梅月だって、苦しい思いをして酒を飲めなんて、余計なことですわ。」
「酒ばかりじゃない。交際をして、道楽をして、旅行をしろとも言った。」
「なお悪いじゃありませんか。そんな人が第一流の批評家なの。まあ、あきれた。妻子のある者に道楽をすすめるなんて……。」
「道楽もいいさ。桂月が勧めなくても、金さえあればやるかもしれない。」
「なくて幸いだわ。今から道楽なんぞ始められちゃあ大変ですよ。」
「大変だというなら、よしてやるから、その代わりもう少し夫を大事にして、晩にもっとご馳走を食わせろ。」
「これが精一杯のところですよ。」
「そうかしらん。それじゃ道楽は追って金が入ったらやることにして、今夜はこれでやめよう」と飯茶碗を出す。何でも茶漬けを三膳食べたようだ。私はその夜、豚肉三片と塩焼きの頭をいただいた。