五 (2/3)
von 夏目漱石
「品物は一つ一つ、どうなっているのですか?」
「ええ、羽織は何点、代価はいくらと、表にして出すんです。でも、見たところで仕方がない。もう盗まれた後なんだから」と、彼は平然と言い残し、帰っていった。
主人は筆と硯を座敷の真ん中に持ち出し、妻を前に呼びつけて言った。「これから盗難の告訴を書くから、盗まれたものを一つ一つ言え。さあ、言え。」
「あら、いやだ。さあ言えだなんて、そんな権威で誰が言うものですか」と、細帯を巻いたまま、どっかと腰を下ろした。
「その姿はなんだ、宿場女郎の出来損ないのようだ。なぜ帯を締めて出てこない?」
「これが悪いなら、買ってください。宿場女郎でも何でも、盗まれたら仕方がないじゃありませんか。」
「帯まで盗られたのか、ひどい奴だ。それなら帯から書き付けてやろう。どんな帯だ?」
「どんな帯って、そんなにたくさんあるわけじゃありません。黒繻子と縮緬の腹合わせの帯です。」
「黒繻子と縮緬の腹合わせの帯一筋――価はいくらくらいだ?」
「六円くらいでしょう。」
「生意気に高い帯を締めているな。今度から一円五十銭くらいのにしておけ。」
「そんな帯があるわけありません。それだからあなたは不人情だと言うのです。女房なんて、どんな汚い姿をしていても、自分が良ければ構わないのでしょう。」
「まあいいや、それから何だ?」
「糸織の羽織です。あれは河野の叔母さんからもらったもので、今の糸織とは全然違います。」
「そんな講釈は聞かんでもいい。値段はいくらだ?」
「十五円です。」
「十五円の羽織を着るなんて、身分不相応だ。」
「いいじゃありませんか、あなたに買っていただければそれで済むのですから。」
「その次は何だ?」
「黒足袋が一足。」
「お前のか?」
「あなたのですよ。代価は二十七銭です。」
「それから?」
「山の芋が一箱。」
「山の芋まで持って行ったのか。煮て食うつもりか、とろろ汁にするつもりか?」
「どうするつもりか知りません。泥棒のところへ行って聞いてきてください。」
「いくらするか?」
「山の芋の値段までは知りません。」
「それなら、十二円五十銭くらいにしておこう。」
「馬鹿馬鹿しいじゃありませんか、いくら唐津から掘ってきたって、山の芋が十二円五十銭もするわけありません。」
「しかしお前は知らないと言うじゃないか。」
「知りませんが、知りませんが、十二円五十銭なんて法外ですもの。」
「知らないけれども十二円五十銭は法外だとは何だ。まるで論理に合わん。それだからお前はオタンチン・パレオロガスだと言うんだ。」
「何ですって?」
「オタンチン・パレオロガスだよ。」
「何です、そのオタンチン・パレオロガスっていうのは?」
「何でもいい。それからあとは――俺の着物は一向に出てこないじゃないか。」
「あとは何でも構いません。オタンチン・パレオロガスの意味を教えてください。」
「意味も何もないと言っただろう。」
「教えてくださってもいいじゃありませんか。あなたは私を馬鹿にしているのですね。きっと人が英語を知らないと思って悪口を言ったのでしょう。」
「愚かなことを言わずに、早く後を言え。早く告訴をしないと品物が返らんぞ。」
「どうせ今から告訴をしたって間に合いません。それより、オタンチン・パレオロガスを教えてください。」
「うるさい女だな、意味も何もないと言っているだろう。」
「そんなら、品物の方もあとはありません。」
「頑固だな。それでは勝手にするがいい。俺はもう盗難告訴を書いてやらんから。」
「私も品数を教えてあげません。告訴はあなたが自分でなさるのですから、私は書いていただかなくても困りません。」
「それじゃ、もういい」と主人はふいと立ち上がり、書斎へ入っていった。細君は茶の間へ引き下がり、針箱の前に座った。二人とも十分間ほど何もせずに黙って障子を睨みつけていた。
その時、威勢よく玄関を開けて、山の芋の寄贈者である多々良三平君が上がってきた。多々良三平君は元々この家の書生だったが、今では法科大学を卒業し、ある会社の鉱山部に雇われている。これも実業家の芽生えで、鈴木藤十郎君の後進生である。三平君は以前の関係から時々旧先生の草庵を訪れ、日曜などには一日遊んで帰るくらい、この家族とは遠慮のない間柄である。
「奥さん、いい天気ですね」と、唐津訛りで細君の前にズボンのまま立て膝をつく。
「おや、多々良さん。」
「先生はどこかに出かけましたか?」
「いいえ、書斎にいます。」
「奥さん、先生のように勉強しなさると毒ですよ。たまの日曜なんだから。」
「私に言ってもダメだから、あなたが先生にそうおっしゃい。」
「それはそうですが……」と言いかけた三平君は座敷中を見回して、「今日はお嬢さんも見えないですね」と、半分妻君に聞いていると、次の間からとん子とすん子が駆け出してきた。
「多々良さん、今日はお寿司を持ってきてくれた?」と姉のとん子は先日の約束を覚えていて、三平君の顔を見るや否や催促する。多々良君は頭を掻きながら、
「よく覚えているね。この次は必ず持ってくるよ。今日は忘れた」と白状する。
「いやーだ」と姉が言うと、妹もすぐに真似をして「いやーだ」とつける。細君はようやく機嫌が直り、少し笑顔になる。
「寿司は持ってこなかったが、山の芋はあげたよ。お嬢さん、食べたかな?」
「山の芋って何?」と姉が聞くと、妹もまた真似をして「山の芋って何?」と三平君に尋ねる。
「まだ食べていないのか、早くお母さんに煮てもらって。唐津の山の芋は東京のとは違って美味しいから」と三平君が自慢すると、細君はようやく気が付いて、
「多々良さん、せんだっては親切にたくさんありがとう。」
「どうです、食べてみましたか? 折れないように箱を作って、しっかり詰めてきたから、長いままであったでしょう。」
「ところが、せっかくいただいた山の芋を昨晩泥棒に取られてしまって。」
「泥棒が? 馬鹿な奴ですね。そんなに山の芋が好きな男がいるなんて?」と三平君は大いに感心している。
「お母さん、昨晩泥棒が入ったの?」と姉が尋ねる。
「ええ」と細君は軽く答える。
「泥棒が入って――それで――泥棒が入って――どんな顔をして入ったの?」と今度は妹が聞く。この奇問には細君も何と答えてよいかわからず、
「恐い顔をして入ってきました」と返事をして、多々良君の方を見る。
「多々良さんの顔って、なんだか怖い顔に見えるわね」と、姉が気の毒そうに言い返した。
「そんな失礼なことを言わないでください」と多々良君は反論した。
「ハハハ、私の顔がそんなに怖いですか。困ったな」と頭を掻きながら笑った。多々良君の頭の後ろには、直径一寸ほどの禿げができていた。それは一か月前からでき始め、医者に見てもらったが、なかなか治りそうもなかった。この禿げを最初に見つけたのは、姉のとん子だった。
「あら、多々良さんの頭はお母さまみたいに光ってるわよ」
「黙っていてほしいのに」と多々良君は少し困った様子で言った。
「お母さま、昨晩の泥棒の頭も光ってたわよ」と妹が質問した。細君と多々良君は思わず笑い出したが、あまりにも煩わしくて話も何もできなかった。細君は「さあ、あなたたちは少しお庭で遊びなさい。今にお母さまが美味しいお菓子をくれるから」と子供たちを追い払った。
「多々良さんの頭はどうしたの?」と真面目に尋ねた。
「虫が食ったんです。なかなか治りません。奥さんも何かされてますか?」
「いやだわ、虫が食うなんて。髷を結ぶところは女だから、少しは禿げますよ」
「禿げはみんなバクテリアのせいです」
「私のはバクテリアじゃありません」
「それは奥さん、意地を張りたいんですね」
「何でもバクテリアじゃありません。でも、英語で禿げのことを何て言うんでしょう?」
「禿げはボールドって言います」
「いいえ、それじゃないの、もっと長い名前があるでしょう」
「先生に聞いたら、すぐわかりますよ」
「先生はどうしても教えてくれないから、あなたに聞いてるんです」
「私はボールドよりは知りませんが、長いのはどうなんですか?」
「オタンチン・パレオロガスって言うんです。オタンチンが禿げで、パレオロガスが頭なんでしょう」
「そうかもしれませんね。今度、先生の書斎に行ってウェブスターを引いて調べてみましょう。でも、先生もかなり変わっていらっしゃいますね。この天気のいいのに、家にじっとして――奥さん、あれじゃ胃病は治りませんよ。ちょっと上野にでも花見に出かけることを勧めてあげてください」
「あなたが連れ出してあげてください。先生は女性の言うことは決して聞かない人ですから」
「最近でもジャムを舐めていらっしゃいますか?」
「ええ、相変わらずです」
「先日、先生がこぼしていらっしゃいました。どうも妻が俺のジャムの舐め方が激しいと言って困るが、俺はそんなに舐めるつもりはない。何か勘違いだろうと言いなさるから、きっとお嬢さんや奥さんが一緒に舐めているに違いない――」
「いやな多々良さん、なんでそんなことを言うんですか」
「でも、奥さんだって舐めそうな顔をしていらっしゃいますよ」
「顔でそんなことがどうしてわかるの?」
「わからないけれど、じゃあ奥さんは少しも舐めないんですか?」
「そりゃ少しは舐めますよ。舐めたっていいじゃありませんか。うちのものなんだから」
「ハハハ、そうだろうと思った――でも、本当に泥棒は飛んだ災難でしたね。山の芋ばかり持って行ったんですか?」
「山の芋ばかりなら困りませんが、普段着を全部取られてしまいました」
「それはすぐ困りますね。また借金をしなければならないんですか。この猫が犬だったらよかったのに――惜しいことをしましたね。奥さん、大きな犬をぜひ飼ってください。猫はダメです、飯を食うだけで――少しは鼠でも捕りますか?」
「一匹も捕ったことはありません。本当に横着でずうずうしい猫ですよ」
「いや、それはどうにもならない。早々に捨てなさい。私がもらって煮て食べようかしら」
「あら、多々良さんは猫を食べるの?」
「食べました。猫は美味しいですよ」
「随分豪快ね」
下等な書生の中には猫を食べるような野蛮人がいると聞いたことがあったが、平素から多々良君を大切に思っていた私が、彼がその同類であるとは夢にも思わなかった。ましてや彼はすでに書生ではなく、卒業して間もない堂々たる法学士で、六つ井物産会社の役員なのだから、私の驚きもまたひとしおだった。「人を見たら泥棒と思え」という格言は寒月第二世の行為によって証明されたが、「人を見たら猫食いと思え」とは、私も多々良君のおかげで初めて気づいた真理である。世に住めば事を知り、事を知ることは嬉しいが、日に日に危険が増し、油断がならなくなる。狡猾になるのも卑劣になるのも、身を守るための二重の防具を着けるのも、すべて事を知る結果であり、事を知ることは年を取る罪である。老人にろくなものがいないのはこの理だな、私も今のうちに多々良君の鍋の中で玉ねぎと一緒に成仏する方が得策かもしれないと考え、隅の方に小さくなっていた。
その時、細君と喧嘩をして一反書斎へ引き上げた主人が、多々良君の声を聞きつけて、のそのそと茶の間に出てきた。
「先生、泥棒に遭ったそうですね。なんて愚かなことです」と、最初に言い放った。
「侵入する奴が愚かなんだ」と主人はどこまでも賢者であると自任している。
「侵入する方も愚かですが、取られた方もあまり賢くはないようですね」
「何も取られるもののない多々良さんのようなのが一番賢いんでしょう」と細君が今度は夫の肩を持った。
「しかし一番愚かなのはこの猫です。本当に、どういう了見なんでしょう。鼠は捕らず、泥棒が来ても知らん顔をしている。――先生、この猫を私にくれませんか。こうしておいても何の役にも立ちませんから」
「やってもいいよ。何にするんだ?」
「煮て食べます」
主人はこの一言を聞いて、うふっと気味の悪い笑いを漏らしたが、特に返事もしなかったので、多々良君もぜひ食べたいとも言わなかったのは、私にとって望外の幸福であった。主人はやがて話題を変えて、
「猫はどうでもいいが、着物を取られたので寒くていかん」と大いに沈んだ様子で言った。なるほど寒いはずだ。昨日までは綿入れを二枚重ねていたのに、今日は袷に半袖のシャツだけで、朝から運動もせずに枯坐しているから、不十分な血液はすべて胃のために働き、手足の方には少しも巡回してこない。
「先生、教師などをしていてはとうていダメです。ちょっと泥棒に遭っただけで、すぐ困る――今から考えを変えて実業家になったらどうですか?」
「先生は実業家が嫌いだから、そんなことを言っても無駄よ」と、細君が多々良君に返事をした。彼女はもちろん、主人には実業家になってほしいと思っている。
「先生、学校を卒業してから何年になりますか?」
「今年で九年目です」と細君は主人を振り返る。主人は頷くでも否定するでもなく、ただ黙っている。
「九年経っても月給は上がらず、いくら勉強しても誰も褒めてくれない。郎君は独り寂しいですね」と、中学時代に覚えた詩の一節を細君のために朗読すると、細君は少し戸惑った様子で返事をしなかった。
「教師はもちろん嫌だけど、実業家はもっと嫌いだ」と主人は心の中で何が好きなのか考えているようだった。
「先生は何でも嫌なんだから……」
「嫌でないのは奥さんだけですか?」と多々良君は、普段の彼らしくない冗談を言った。
「一番嫌だ」と主人は簡潔に答える。細君は横を向いて少し考えたが、再び主人の方を見て言った。
「生きているのもお嫌なんでしょう」と、主人を少し凹ませたつもりで言う。
「あまり好いてはいない」と意外にも呑気な返事が返ってきた。これではどうしようもない。
「先生、ちょっと活発に散歩でもしないと、体を壊してしまいますよ。――それから実業家になってください。お金を儲けるのは、本当に簡単なことですから」
「全然儲けてない癖に」
「まだあなた、去年やっと会社に入ったばかりですもの。それでも先生より貯金がありますよ」
「どのくらい貯金したの?」と細君は熱心に尋ねる。
「もう五十円になります」
「あなたの月給はどのくらいなの?」これも細君の質問だ。
「三十円です。そのうち毎月五円を会社の方で預かって積んでおいて、いざという時に渡します。――奥さん、小遣いで外濠線の株を少し買ってみませんか?今から三、四ヶ月すると倍になります。本当に少しお金さえあれば、すぐに二倍にも三倍にもなりますよ」
「そんなお金があれば、泥棒に遭っても困りませんわ」
「だから実業家がいいんです。先生も法科をやって会社か銀行にでも行けば、今頃は月に三、四百円の収入があったのに、惜しいことです。――先生、あの鈴木藤十郎という工学士を知っていますか?」
「うん、昨日来たよ」
「そうですか、先日ある宴会で会った時、先生の話をしたら、ああ、君は苦沙弥君のところの書生だったのか、僕も昔、小石川の寺で一緒に自炊をしていたことがある、今度行ったらよろしく言ってくれ、僕もそのうち尋ねるからと言っていました」
「最近東京に来たそうだね」
「ええ、今まで九州の炭鉱にいましたが、最近東京に転勤になりました。なかなかいいですよ。私なんかにも友達のように話しかけてくれます。――先生、あの男がいくらもらっていると思いますか?」
「知らない」
「月給が二百五十円で、盆暮れには配当がつくので、平均して四、五百円になります。あんな男が、いい思いをしているのに、先生はリーダー専門で十年も一緒にいるなんて、馬鹿みたいですね」
「実際、馬鹿みたいだな」と主人のような超然とした人でも、金銭に対する感覚は普通の人と変わらない。いや、困窮している分、余計にお金が欲しいのかもしれない。多々良君は実業家の利益を語り尽くしてしまったので、もう言うことがなくなった。
「奥さん、先生のところに水島寒月という人が来ますか?」
「ええ、よくいらっしゃいます」
「どんな人物ですか?」
「大変学問のある方だそうです」
「好男子ですか?」
「ホホホ、多々良さんくらいなものです」
「そうですか、私くらいですか」と多々良君は真面目な顔をしている。
「どうして寒月の名を知っているのか?」と主人が尋ねる。
「先日、ある人から頼まれました。そんなことを聞く価値のある人物でしょうか?」多々良君は、聞く前からすでに寒月以上に構えている。
「君よりよほど立派な男だ」
「そうですか、私より立派ですか?」と笑いもせず、怒りもせず、これが多々良君の特徴である。
「近々博士になりますか?」
「今、論文を書いているそうです」
「やっぱり馬鹿ですね。博士論文を書くなんて、もう少し話せる人物かと思ったら」
「相変わらず、えらい見識ですね」と細君が笑いながら言う。
「博士になったら、誰かの娘をやるとかやらないとか言っていましたから、そんな馬鹿がいるのでしょうか。娘をもらうために博士になるなんて、そんな人物にくれるより、僕にくれる方がよほどましだと、言ってやりました」
「誰に?」
「私に水島のことを聞いてくれと頼んだ男です」
「鈴木じゃないか」
「いいえ、あの人には、まだそんなことは言い切りません。向こうは大物ですから」
「多々良さんは影の弁慶ですね。うちに来たら大変威張っても、鈴木さんの前では小さくなっているのでしょう」
「ええ。そうしないと、危ないですから」
「多々良、散歩をしようか」と突然主人が言った。先ほどから袷一枚で寒かったので、少し運動でもしたら暖かくなるだろうという考えから、主人はこの前例のない提案をしたのだ。行き当たりばったりの多々良君は、もちろん躊躇する理由がなかった。
「行きましょう。上野にしますか?それとも芋坂へ行って団子を食べましょうか。先生、あそこ団子を食べたことがありますか?奥さん、一度行って食べてみてください。柔らかくて安いですよ。酒も飲ませてくれます」と、いつものように秩序のないおしゃべりをしながら、主人はすでに帽子をかぶって、靴を脱いで下に降りていった。
私は少し休養が必要だ。主人と多々良君が上野公園で何をしていたのか、芋坂で団子を何皿食べたのか、その辺のことは探偵を使うまでもなく、尾行する勇気もないから、ここは省略して休養を取らなければならない。休養は万物が持つ権利であり、この世に生きる者はその義務を果たすために休む必要がある。もし神が「あなたは働くために生まれたのではなく、寝るために生まれたのだ」と言うなら、私はこう答えよう。「私は働くために生まれたのだから、働くために休養を求めるのです」と。
主人のように機械に不平を言う木強漢ですら、時には日曜以外に自分で休養を取ることがある。多感で多くを思い悩む私のような者は、たとえ猫であっても主人以上に休養が必要なのは当然だ。ただ、先ほど多々良君が私を休養以外に何の能力もない贅沢品のように罵ったのは少し気になる。物に使役されるだけの俗人は、五感の刺激以外に何の活動もなく、他を評価する際も表面的なことしか見ようとしないのは厄介だ。何でも尻を使って汗をかかないと働いていないと思っている。
達磨という僧侶は、足が腐るまで座禅をしていたと言うが、たとえ壁の隙間から蔦が這い込んで大師の目や口を塞ぐまで動かなくても、彼は寝ているわけでも死んでいるわけでもない。頭の中では常に活動していて、廓然無聖などという理屈を考え込んでいる。儒家にも静坐の工夫があるそうだが、これも一室に閉じこもって安穏に修行するのではない。脳の中の活力は人一倍燃えている。ただ外見上は非常に静かで端正な態度を保っているため、世の凡人はこれらの知識の巨匠を無用の長物や穀潰しと見なして誹謗するのだ。
このような凡人たちは、形を見て心を見ない不具な視覚を持って生まれてきた者たちで、特に多々良三平君のような人は、形を見て心を見ない第一流の人物であるから、私を乾屎同然に思うのも無理はない。しかし、少しは古今の書籍を読んで、事物の真相を理解した主人までもが、浅薄な三平君に同意してしまうのは、実に残念なことだ。
しかし、一歩退いて考えてみると、彼らが私を軽蔑するのも無理ではない。大声は耳に入らず、陽春白雪の詩には和する者が少ないという例えも古くからある。形体以外の活動を見ようとしない者に向かって、己の霊の光輝を見よと強いるのは、坊主に髪を結えと迫るようなもので、鮪に演説をしてみろというような無理な要求だ。結局、無理な注文に過ぎない。
しかし、猫であっても社会的な動物である以上、どれだけ自らの価値を高く掲げても、ある程度までは社会と調和して生きていかなければならない。主人や細君、さらには三平連が私を適切に評価してくれないのは仕方がないとしても、無知ゆえに私を皮を剥いで三味線屋に売り飛ばし、肉を刻んで多々良君の膳に上げるような無分別なことをされては困る。私は頭を使って活動すべき天命を受けてこの世に現れた猫であり、非常に大事な存在なのだ。千金の子は堂の中に座らないという諺もあるように、好んで危険を求めるのは自己の災いであるだけでなく、天意に背くことでもある。
猛虎も動物園に入れば糞豚の隣に住み、鴻雁も鳥屋に捕らえられれば雛鶏と同じ場所にいる。庸人と共にいる以上は、下って庸猫と化さざるを得ない。庸猫たらんとすれば、鼠を捕らざるを得ない。――私はとうとう鼠を捕ることに決めた。
先日、日本はロシアと大戦争をしていると聞いた。私は日本の猫だから当然日本を応援したい。できれば混成猫旅団を組織してロシア兵を引っ掻いてやりたいと思うほどだ。こうして元気な私だから、鼠一匹や二匹は捕まえようと思えば、寝ていても簡単に捕れる。昔、ある有名な禅師に「どうしたら悟れるでしょうか」と尋ねたところ、猫が鼠を狙うようにと答えたそうだ。猫が鼠を捕るようにとは、そうすれば外れはないという意味だ。
「女賢しゅうして」という諺はあるが、「猫賢しゅうして鼠捕り損う」という格言はまだ存在しないだろう。そう考えると、いかに賢い私のような者でも、鼠が捕れないはずはない。捕れないはずはないどころか、捕り損うはずもない。今まで捕らなかったのは、捕りたくなかったからだ。
春の日は昨日のように暮れ、時折の風に誘われる花吹雪が台所の腰障子の破れから飛び込んできて、手桶の中に浮かぶ影が薄暗い勝手用のランプの光に白く映る。今夜こそ大手柄を立てて、家中を驚かせてやろうと決心した私は、あらかじめ戦場を見回って地形を把握しておく必要がある。戦闘線はもちろん、あまり広くはない。畳数にしたら四畳敷もあろうか、その一畳を仕切って半分は流し、半分は酒屋や八百屋の用を聞く土間である。
へっついは貧乏な勝手には似合わぬ立派なもので、赤の銅壺がぴかぴかしている。後ろは羽目板の間を二尺残して、私の鮑貝の所在地である。茶の間に近い六尺は膳や皿、小鉢を入れる戸棚となって狭い台所をさらに狭く仕切り、横に差し出すむき出しの棚とすれすれの高さになっている。その下には摺鉢が仰向けに置かれ、摺鉢の中には小桶の尻が私の方を向いている。大根卸しや摺小木が並んで掛けてある傍らに、火消壺だけが静かに控えている。真黒になった樽木の交差した真ん中から一本の自在を下ろし、先には平たい大きな籠をかける。その籠が時折風に揺れて優雅に動いている。この籠が何のために吊るされているのか、この家に来た当初は全くわからなかったが、猫の手の届かないところに食物を入れるためだと知ってから、人間の意地の悪さをしみじみと感じるようになった。