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六

von 夏目漱石

野田は大嫌いだ。こんな奴は、沢庵石をつけて海の底に沈めてしまった方が、日本のためになると思う。赤シャツの声も気に入らない。あれは持ち前の声をわざと気取って、優しいように見せかけているのだろう。いくら気取っても、あの顔じゃ駄目だ。惚れるものがあったとしても、マドンナぐらいなものだ。しかし教頭だけに、野田よりも難しいことを言う。家に帰って、あいつの言い分を考えてみると、一応もっともらしいようにも思える。はっきりしたことは言わないから、見当がつきかねるが、どうやら山嵐が良くない奴だから用心しろということらしい。それなら、そうとはっきり断言すればいいのに、男らしくもない。そんな悪い教師なら、早く免職にすればいいのに。教頭なんて、文学士のくせに意気地がない。陰口を叩くのすら、公然と名前が言えないような男だから、弱虫に極まっている。弱虫は親切なものだから、あの赤シャツも女のような親切者なんだろう。親切は親切、声は声だから、声が気に入らないからといって、親切を無にするのは筋が違う。それにしても世の中は不思議なものだ。虫の好かない奴が親切で、気の合った友達が悪漢だなんて、人を馬鹿にしている。大方田舎だから、何事も東京の逆に行くのだろう。物騒なところだ。今に火事が氷って、石が豆腐になるかもしれない。しかし、あの山嵐が生徒を煽動するなんて、いたずらをしそうもないがな。一番人望のある教師だと言うから、やろうと思ったら大抵のことはできるかもしれないが、第一、そんな回りくどいことをしなくても、直接俺を捕まえて喧嘩を吹っかければ手間が省けるわけだ。俺が邪魔になるなら、実はこれこれだ、邪魔だから辞職してくれと言えばよさそうなものだ。物は相談次第でどうにでもなる。向こうの言い分がもっともなら、明日にでも辞職してやる。ここだけが米ができるわけでもない。どこの果てに行ったって、のたれ死にはしないつもりだ。山嵐もよっぽど話せない奴だな。

ここに来た時、最初に氷水を奢ってくれたのは山嵐だ。そんな裏表のある奴から氷水でも奢ってもらったら、俺の顔に関わる。俺はたった一杯しか飲まなかったから、一銭五厘しか払わせていない。しかし、一銭だろうが五厘だろうが、詐欺師の恩になっては、死ぬまで心持ちが良くない。明日学校に行ったら、一銭五厘返しておこう。俺は清から三円借りている。その三円は五年経った今日までまだ返していない。返せないんじゃない。返さないんだ。清は今に返すだろうなどと、仮にも俺の懐を当てにしてはいない。俺も今に返そうなどと他人事のように義理立てはしないつもりだ。こちらがこんな心配をすればするほど、清の心を疑うようなもので、清の美しい心にけちをつけるのと同じことになる。返さないのは清を踏みつけるのではなく、清を俺の片破れと思うからだ。清と山嵐とは元々比べ物にならないが、たとえ氷水だろうが、甘茶だろうが、他人から恵みを受けて黙っているのは、向こうを一人前の人間と見立てて、その人間に対する厚意の所作だ。割前を出せばそれだけのことですむところを、心の中で難有いと恩に着るのは、金銭で買える返礼ではない。無位無冠でも一人前の独立した人間だ。独立した人間が頭を下げるのは百万両より尊いお礼と思わなければならない。

俺はこれでも山嵐に一銭五厘奮発させて、百万両より尊い返礼をした気でいる。山嵐は難有いと思ってしかるべきだ。それに裏で卑劣な振る舞いをするとは、怪しからん奴だ。明日行って一銭五厘返してしまえば、借りも貸しもない。そうしておいて喧嘩をしてやろう。

ここまで考えたら、眠くなってぐっすり寝てしまった。翌日は思うことがあるから、いつもより早めに学校へ出かけて山嵐を待ち受けた。ところが、なかなか出てこない。うらなりが出てくる。漢学の先生が出てくる。野田が出てくる。しまいには赤シャツまで出てきたが、山嵐の机の上には白墨が一本立てて寝ているだけで静かなものだ。俺は、控え室に入るや否や返そうと思って、家を出る時から、湯銭のように手のひらに入れていた一銭五厘を学校まで握ってきた。俺は汗っかきだから、開けてみると一銭五厘が汗をかいている。汗をかいている銭を返したら、山嵐が何か言うだろうと思ったから、机の上に置いてふうふう吹いてまた握った。すると、赤シャツが来て、昨日は失礼、迷惑でしたろうと言ったので、迷惑じゃありません、おかげで腹が減りましたと答えた。すると赤シャツは山嵐の机の上に肘を突いて、あの盤台面を俺の鼻の側面に持ってきたから、何をするのかと思ったら、君、昨日返りがけに船の中で話したことは、秘密にしてくれたまえ。まだ誰にも話してはいませんねと言った。女のような声を出すだけに心配性な男と見える。話さないことは確かである。しかしこれから話そうという心持ちで、すでに一銭五厘を手のひらに用意しているくらいだから、ここで赤シャツから口止めをされると、ちょっと困る。赤シャツも赤シャツだ。山嵐と名を指さないにしろ、あれほど推察のできる謎をかけておきながら、今さらその謎を解いちゃ迷惑だとは教頭とも思えぬ無責任だ。本来なら、俺が山嵐と戦争を始めて鎬を削っている真っ最中に出て、堂々と俺の肩を持つべきだ。それでこそ一校の教頭で、赤シャツを着ている意味も立つというものだ。

僕は教頭に向かって、まだ誰にも話していないが、これから山嵐と話をするつもりだと告げた。すると、赤シャツは驚きの表情を浮かべて、「君、そんな無法なことをしちゃ困る。僕は堀田君のことについて、特に君に何か言った覚えはないんだから。もしここで乱暴を働くようなことがあれば、僕は非常に困る」と言った。彼は妙に常識を外れた質問をしてきた。「君は学校に騒動を起こすつもりで来たわけじゃないだろう」と。そんなことは当たり前だ。月給をもらったり、騒動を起こしたりして、学校の方でも困るだろうと返した。

すると赤シャツは、「それじゃ、昨日のことは君の参考だけにして、口外しないでくれ」と汗をかきながら頼んできた。「よろしい、僕も困るんだが、そんなに君が迷惑ならやめよう」と応じた。赤シャツは「君、大丈夫かい?」と念を押した。どこまで女々しいのか、奥行きがわからない。文学士なんて、みんなあんな連中ならつまらないものだ。辻褄の合わない、論理に欠けた注文をして平然としている。しかも、僕を疑っている。恥ずかしながら男だ。約束したことを裏で反古にするような卑しい考えは持っていない。

その時、両隣の机の持ち主も出校してきたので、赤シャツは早々に自分の席へ戻っていった。赤シャツは歩き方からして気取っている。部屋の中を行き来する際も、音を立てないように靴の底をそっと落としている。音を立てずに歩くことが自慢になるとは、この時初めて知った。泥棒の練習ではないのだから、普通に歩けばいいのに。やがて始業の喇叭が鳴った。山嵐はとうとう現れなかった。仕方がないので、一銭五厘を机の上に置いて教室へ向かった。

授業の都合で一時間目は少し遅れて始まり、控え室に戻ると、他の教師たちはみんな机を囲んで話をしていた。山嵐もいつの間にか来ていた。欠勤だと思っていたら、遅刻したのだ。僕の顔を見るなり、「今日は君のおかげで遅刻したんだ。罰金を出せ」と言った。僕は机の上にあった一銭五厘を出して、「これをやるから取っておけ。先日通町で飲んだ氷水の代だ」と山嵐の前に置くと、彼は「何を言っているんだ」と笑いかけたが、僕が意外にも真面目でいるので、「つまらない冗談を言うな」と銭を僕の机の上に戻した。「おや、山嵐の癖にどこまでも奢る気だな」と思った。

「冗談じゃない、本当だ。僕は君に氷水を奢られる理由がないから、出すんだ。取らない理由があるか」と言った。山嵐は冷然と僕の顔を見て「ふん」と言った。赤シャツの頼みがなければ、ここで山嵐の卑劣さを暴いて大喧嘩をしてやるところだが、口外しないと約束したから動けない。人がこんなに真っ赤になっているのに「ふん」という理屈があるものか。

「氷水の代は受け取るから、下宿は出てくれ」と山嵐が言った。「一銭五厘受け取ればそれでいい。下宿を出ようが出まいが、僕の勝手だ」と返した。すると、「ところが勝手ではない。昨日、あの下宿の主人が君に出てもらいたいと言ってきたから、その理由を聞いたら、主人の言うことはもっともだと思った。それでも一応確かめるつもりで今朝あそこへ寄って詳しい話を聞いてきた」と山嵐は続けた。

僕には山嵐の言うことが何を意味するのか分からなかった。「主人が君に何を話したのか、僕が知るわけがない。自分だけで決めたって仕方があるまい。理由があるなら、理由を話すのが筋だ。そもそも主人の言うことがもっともだなんて、失礼千万なことを言うな」と言った。

「うん、そんなら言ってやろう。君は乱暴であの下宿で持て余されているんだ。いくら下宿の女房だって、下女とは違う。足を出して拭かせるなんて、威張りすぎるさ」と山嵐が言った。「僕が、いつ下宿の女房に足を拭かせた?」と反論した。「拭かせたかどうかは知らないが、とにかく向こうでは君に困っているんだ。下宿料の十円や十五円は、懸物を一幅売ればすぐに浮いてくると言っていたぞ」と山嵐は続けた。

「利いた風なことを言う野郎だ。だったら、なぜ置いたんだ?」と僕は尋ねた。「なぜ置いたか、僕は知らないが、置くことは置いたんだ。いやになったから出ろと言うんだろう。君、出てやれ」と山嵐は言った。「当たり前だ。居てくれと手を合せたって、居るものか。一体そんな言いがかりを言うようなところへ周旋する君が不埒だ」と僕は言った。

「僕が不埒か、君が大人しくないのか、どっちかだろう」と山嵐も負けじと声を張り上げた。控え室にいた連中は何が始まったのかと思って、みんな僕と山嵐の方を見て、顎を長くしてぼんやりしている。僕は別に恥ずかしいことをした覚えはないので、立ち上がりながら部屋中を見回した。みんなが驚いている中で、野田だけは面白そうに笑っていた。僕の大きな目が、「貴様も喧嘩をするつもりか」と言う権幕で、野田の干瓢のような顔を射抜いた時、野田は突然真面目な顔をして、大いに気を引き締めた。少し怖がったようだ。そのうちに喇叭が鳴った。山嵐も僕も喧嘩を中止して教室へ出た。

午後は、昨夜僕に対して無礼を働いた寄宿生の処分法についての会議がある。会議というものは生まれて初めてだから、全く様子が分からないが、職員が集まって自分勝手な意見を述べ、それを校長が適当にまとめるのだろう。まとめるというのは、黒白の決めかねる事柄について言うべき言葉だ。この場合のように、誰が見ても不都合としか思われない事件について会議をするのは暇つぶしだ。誰が何と解釈したって異論が出るはずがない。こんな明白なことは即座に校長が処分してしまえばいいのに。随分と決断のないことだ。校長というものが、これなら何のことはない、煮え切らない愚図の異名だ。

会議室は校長室の隣にある細長い部屋で、普段は食堂の代わりを務めている。黒い皮で張られた椅子が二十脚ほど、長いテーブルの周りに並べられ、まるで神田の西洋料理屋のような雰囲気だ。テーブルの端には校長が座り、その隣には赤シャツが構えている。あとは自由に席に着くのだが、体操の教師だけはいつも控えめに席の端に座るという話だ。私は状況が分からなかったので、博物の教師と漢学の教師の間に入った。向こうを見ると、山嵐と野だが並んでいる。野だの顔はどう考えても劣っている。喧嘩をしても、山嵐の方が遥かに趣がある。父の葬式のとき、小日向の養源寺の座敷にかかっていた懸け物は、この顔によく似ている。坊主に聞いてみたら、韋駄天という怪物だそうだ。今日は怒っているらしく、目をぐるぐる回しながら、時々私の方を見ている。そんなことで威嚇されてたまるものかと、私も負けじと目をぎょろっとさせて、山嵐をにらみ返した。私の目は形は良くないが、大きさでは大抵の人には負けない。清が「あなたは目が大きいから、役者になったらきっと似合う」とよく言っていたくらいだ。

「もう大体揃ったでしょうか」と校長が言うと、書記の川村が一つ二つと頭数を数え始めた。一人足りない。考えていると、唐茄子のうらなり君が来ていないことに気づく。おれとうらなり君とはどういう宿命の因縁か知らないが、彼の顔を見て以来、どうしても忘れられない。控え室に行くと、すぐにうらなり君が目に入るし、道を歩いていても、うらなり先生の様子が心に浮かぶ。温泉に行くと、うらなり君が時々青白い顔をして湯船の中に膨れている。挨拶をすると、へえと恐縮して頭を下げるから、気の毒になる。学校に出て、うらなり君ほど大人しい人はいない。めったに笑ったこともないが、余計なことを口にしたこともない。私は「君子」という言葉を本で知っているが、これは辞書にあるだけで、生きているものではないと思っていた。しかし、うらなり君に会ってから、やっぱり正体のある文字だと感心したくらいだ。

これほど関係の深い人のことだから、会議室に入るや否や、うらなり君がいないのにすぐ気がついた。実を言うと、この男の隣に座ろうかと、ひそかに目標にしてきたくらいだ。校長は「もうやがて見えるでしょう」と言いながら、自分の前にある紫の袱紗包をほどいて、蒟蒻版のようなものを読み始めた。赤シャツは琥珀のパイプを絹のハンカチで磨き始めた。この男はこれが道楽なのだ。赤シャツに相応しいところだろう。他の連中は隣同士で何だか私語を交わしている。手持ち無沙汰なのは、鉛筆の尻に着いているゴムの頭でテーブルの上に何かを書き続けている。野だは時々山嵐に話しかけるが、山嵐はまったく応じない。ただ「うん」とか「ああ」と言うばかりで、時々怖い目で私の方を見る。私も負けずににらみ返す。

その時、待ちに待ったうらなり君が気の毒そうに入ってきて、「少々用事がありまして、遅刻いたしました」と丁寧に狸に挨拶をした。「では、会議を開きます」と狸はまず書記の川村君に蒟蒻版を配布させる。見ると、最初が処分の件、次が生徒取締の件、その他二、三の条項がある。狸は例の通りもったいぶって、教育の生霊という名目で、こんな意味のことを述べた。「学校の職員や生徒に過失があるのは、みんな自分の寡徳のせいで、何か事件がある度に、私はよくこれで校長が勤まるとひそかに慚愧の念に堪えませんが、不幸にして今回もまたこういう騒動を引き起こしたことは、深く皆さんに謝罪しなければなりません。しかし、一度起こった以上は仕方がない、どうにか処分をしなければなりません。事実はすでに皆さんのご承知の通りですから、善後策について腹蔵のないことを参考のためにお述べください。」

私は校長の言葉を聞いて、なるほど校長や狸というものは、えらいことを言うものだと感心した。こう校長が何もかも責任を受けて、自分の咎だとか不徳だとか言うくらいなら、生徒を処分するのはやめにして、自分から先に免職になった方がよさそうだ。そうすれば、こんな面倒な会議を開く必要もなくなるわけだ。第一、常識から言っても分かっている。私が大人しく宿直をしているのに、生徒が乱暴をする。悪いのは校長でもなければ、私でもない、生徒だけに極まっている。もし山嵐が煽動したとすれば、生徒と山嵐を退治すればそれで十分だ。人の尻を自分で背負い込んで、「私の尻だ、私の尻だ」と吹き散らかす奴が、どこの国にあるものか、狸でなければできない芸当だ。彼はこんな条理に適わない議論を吐いて、得意気に一同を見回した。しかし、誰も口を開く者はいない。博物の教師は第一教場の屋根にとまっている烏を眺めている。漢学の先生は蒟蒻版を畳んだり、延ばしたりしている。山嵐はまだ私の顔をにらんでいる。会議というものが、こんな馬鹿げたものなら、欠席して昼寝でもしている方がましだ。

私はじれったくなったので、一番大いに弁じてやろうと思って、半分尻をあげかけたが、赤シャツが何か言い出したので、やめにした。見ると、パイプをしまって、縞のある絹のハンカチで顔を拭きながら、何か言っている。あのハンカチはきっとマドンナから巻き上げたに違いない。男は白い麻を使うものだ。「私も寄宿生の乱暴を聞いて、非常に教頭として不行届であり、かつ平常の徳化が少年に及ばなかったことを深く慚じております。こういう事は、何か欠陥があると起こるもので、事件そのものを見ると、生徒だけが悪いように思われますが、その真相を極めると責任はかえって学校にあるかもしれません。だから表面上に現れたところだけで厳重な制裁を加えるのは、かえって未来のためによくないかとも思われます。かつ少年は血気盛んなもので、活気があふれ、善悪の考えはなく、半ば無意識にこんな悪戯をやることもないとも限りません。しかし、処分法は校長のお考えにあることですから、私の口を挟む限りではありませんが、どうかその辺をご斟酌になって、なるべく寛大なお取り計りをお願いしたいと思います。」

なるほど、狸が狸なら、赤シャツも赤シャツだ。生徒が騒ぐのは、生徒が悪いのではなく、教師が悪いのだと公言している。気狂が人の頭を叩くのは、叩かれた人が悪いから、気狂が叩くのだそうだ。なんとも難儀な幸せだ。活気に満ちて困るのなら、運動場に出て相撲でも取ればいい。無意識に床の中にバッタを入れられてたまるものか。この様子では、寝首をかかれても、無意識だと言って許すつもりだろう。

私はこう考えて、何か言おうかなと考えたが、言うなら人を驚かせるように滔々と述べなければつまらない。私の癖として、腹が立ったときに口をきくと、二言か三言で必ず行き詰まってしまう。狸でも赤シャツでも、人物から言うと私よりも劣っているが、弁舌はなかなか達者だから、まずいことを喋って揚げ足を取られるのは面白くない。ちょっと腹案を考えてみようと、心の中で文章を作っていると、前にいた野田が突然起立したので驚いた。野田が意見を述べるなんて、生意気だ。彼は例のへらへらした調子でこう言った。「実に今回のバッタ事件及び咄喊事件は、我々心ある職員にとって、ひそかに我が校の将来に危惧の念を抱かせるに足る珍事でありまして、我々職員はこの際、奮って自らを省みて、全校の風紀を振粛しなければなりません。それで、ただ今校長及び教頭のお述べになったお説は、実に肯綮に中った剴切なお考えで、私は徹頭徹尾賛成致します。どうかなるべく寛大なご処分を仰ぎたいと思います」と言った。野田の言うことは言葉はあるが意味がない。漢語を並べるだけで、訳が分からない。分かったのは「徹頭徹尾賛成致します」という言葉だけだ。

私は野田の言う意味は分からないけれども、何だか非常に腹が立ったので、腹案もできないうちに立ち上がってしまった。「私は徹頭徹尾反対です……」と言ったが、その後が急に出てこない。「……そんな頓珍漢な、処分は大嫌いです」と付け加えたら、職員たちが一同笑い出した。「一体生徒が全然悪いです。どうしても詫まらせなくちゃ、癖になります。退校させても構いません。……何だ失敬な、新しく来た教師だと思って……」と言って着席した。すると右隣にいる博物が「生徒が悪いことも悪いが、あまり厳重な罰などをすると、かえって反動を起こしてはいけないでしょう。やっぱり教頭のおっしゃる通り、寛大な方に賛成します」と弱いことを言った。左隣の漢学は穏便説に賛成すると言った。歴史も教頭と同じ意見だと言った。忌々しい、大抵の者は赤シャツ党だ。こんな連中が寄り合って学校を立てているのでは、世話はない。私は生徒を謝らせるか、辞職するかの二つのうち一つに極めているのだから、もし赤シャツが勝ったら、早速家に帰って荷作りをする覚悟でいた。どうせ、こんな手合を弁口で屈伏させる手際はないし、屈伏させたところでいつまでご交際を願うのか、こちらでご免だ。学校にいないとすれば、どうなったって構わない。また何か言うと笑われるに違いない。誰が言うものかと澄ましていた。

すると今まで黙って聞いていた山嵐が奮然として立ち上がった。あいつも赤シャツ賛成の意を表するのか、どうせ、貴様とは喧嘩だ、勝手にしろと見ていると、山嵐は硝子窓を振わせるような声で言った。「私は教頭及びその他諸君のお説には全然不同意であります。この事件はどの点から見ても、五十名の寄宿生が新来の教師某氏を軽侮して翻弄しようとした所為としか認められません。教頭はその原因を教師の人物に求めるようですが、失礼ながらそれは失言かと思います。某氏が宿直にあたられたのは着任早々のことで、まだ生徒に接してから二十日にも満たない頃です。この短い二十日間において、生徒は君の学問や人物を評価する余地がありません。軽侮されるべき理由があって軽侮を受けたのなら、生徒の行為に斟酌を加える理由もあるでしょうが、何らの原因もないのに新来の先生を愚弄するような軽薄な生徒を寛容に扱っては学校の威信に関わると思います。教育の精神は単に学問を授けるばかりではなく、高尚で正直な武士的な元気を鼓舞すると同時に、野卑で軽躁な暴慢な悪風を掃蕩することにあると思います。もし反動が怖い、騒動が大きくなると姑息なことを言った日には、この弊風はいつ矯正できるか分かりません。かかる弊風を杜絶するためにこそ、我々はこの学校に職を奉じているので、これを見逃すくらいなら始めから教師にならない方がいいと思います。私は以上の理由で寄宿生一同を厳罰に処し、当該教師の面前で公に謝罪の意を表させるのが至当の措置だと考えます」と言いながら、どんと腰を下ろした。一同は黙って何も言わない。赤シャツはまたパイプを拭き始めた。私は何だか非常に嬉しかった。私が言おうと思っていたことを、山嵐がすっかり言ってくれたようなものだ。私はこういう単純な人間だから、今までの喧嘩はまるで忘れて、大いに難有いという顔をして、腰を下ろした山嵐の方を見たが、山嵐は一向知らん面をしている。

しばらくして山嵐はまた立ち上がった。「ただ今ちょっと失念して言い落しましたので、申し上げます。当夜の宿直員は宿直中に外出して温泉に行かれたようですが、あれはもっての外の事と考えます。いかに自分が一校の留守番を引き受けながら、咎める者のないのを幸いに、場所もあろうに温泉などに入湯するなどというのは大きな失態です。生徒は生徒として、この点については校長から特に責任者にご注意をいただきたいと思います。」

妙な奴だ。褒めたと思ったら、すぐに人の失敗を暴いている。私は何の気もなく、前の宿直が出かけたことを知り、そんな習慣だと思って温泉まで行ってしまった。言われてみれば、確かに私が悪かった。攻撃されても仕方がない。そこで私は立ち上がり、「私は宿直中に温泉に行きました。これは全く悪いことです。お詫びします」と言って席に戻ると、一同がまた笑い出した。私が何か言うたびに笑う。つまらない奴らだ。お前たち、これほど自分の悪いことを公然と認められるか? できないから笑っているんだろう。

その後、校長は「もう大抵ご意見もないようですので、よく考えた上で処分を決めましょう」と言った。ついでにその結果を言うと、寄宿生は一週間の禁足になり、私の前で謝罪をした。謝罪しなければその場で辞職して帰るところだったが、私の言う通りになったので、結局大変なことになってしまった。それについては後で話すが、校長はこの時、会議が続いていると宣言し、こう言った。「生徒の風紀は、教師の影響で正していかなくてはならない。その一手段として、教師はなるべく飲食店などに出入りしないようにしたい。もちろん送別会などの際は特別ですが、単独であまり上等でない場所へ行くのは控えたい――たとえば蕎麦屋や団子屋など」と言いかけると、また一同が笑った。野だが山嵐を見て天ぷらと言って目くばせをしたが、山嵐は取り合わなかった。いい気味だ。

私は頭が悪いから、狸の言うことなんかよく分からないが、蕎麦屋や団子屋に行って、中学の教師が務まらなければ、私のような食いしん坊には到底無理だと思った。それなら、それでいいから、最初から蕎麦と団子が嫌いなものを注文して雇えばいい。黙って辞令を下げておいて、蕎麦を食うな、団子を食うなと罪なお布令を出すのは、私のように道楽のない者にとっては大変な打撃だ。すると赤シャツがまた口を出した。「元々、中学の教師は社会の上流にいるべき存在だから、物質的な快楽だけを求めるべきではない。その方に耽ると、つい品性に悪い影響を及ぼすことになる。しかし人間だから、何か娯楽がないと、田舎に来て狭い土地では到底暮らせない。それで釣りに行ったり、文学書を読んだり、新体詩や俳句を作ったり、何でも高尚な精神的娯楽を求めなくてはいけない……」

黙って聞いていると、勝手な熱を吹き上げる。沖へ行って肥料を釣ったり、ゴルキがロシアの文学者だったり、馴染みの芸者が松の木の下に立ったり、古池に蛙が飛び込んだりするのが精神的娯楽なら、天ぷらを食べて団子を飲み込むのも精神的娯楽だ。そんな下らない娯楽を授けるより、赤シャツの洗濯でもしてやった方がいい。あまり腹が立ったので、「マドンナに会うのも精神的娯楽ですか?」と聞いてやった。すると今度は誰も笑わない。妙な顔をして互いに目を見合わせている。赤シャツ自身は苦しそうに下を向いた。それ見ろ、効いただろう。ただ気の毒だったのはうらなり君で、私がこう言ったら、青い顔をますます青くした。