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十二〜十四

von 芥川龍之介

その間の出来事について特にお話しすることはありません。ただ、強いて言うなら、あの頑固な老爺が、なぜか妙に涙もろくなり、人のいないところでは時々一人で泣いていたという話くらいでしょうか。特にある日、弟子の一人が庭先に来たとき、廊下に立ってぼんやりと春の近い空を眺めている師匠の目が、涙でいっぱいになっていたそうです。弟子はその様子を見て、逆に恥ずかしい気持ちになり、黙って引き返したということです。五趣生死の図を描くためには、道端の屍骸さえ写したという、傲慢なあの男が、屏風の絵が思うように描けないことで子供のように泣き出すなんて、随分と異様なことではありませんか。

一方で、良秀が夢中になって屏風の絵を描いている間に、あの娘はなぜか次第に気鬱になり、私たちにさえ涙を堪えている様子が見受けられました。元々愁いを帯びた、色白で控えめな彼女だけに、こうなると何だかまつ毛が重くなり、目の周りに隈ができて、余計に寂しい印象を与えます。最初は父を思う気持ちのせいだとか、恋煩いをしているからだとか、いろいろと憶測を立てていましたが、次第に「大殿様が彼女を意のままにしようとしているのだ」という噂が立ち始め、そこからは誰も彼女の話をしなくなってしまいました。

ちょうどその頃のことです。ある夜、遅くなってから、私が一人で廊下を通りかかると、あの猿の良秀が突然どこからか飛び出してきて、私の袴の裾をひっぱるのです。確かに、梅の香りが漂いそうな薄い月明かりの中、暖かい夜でしたが、その光の中で見ると、猿は真っ白な歯をむき出しにし、鼻の先に皺を寄せて、気が狂ったかのようにけたたましく鳴き立てていました。私は気味が悪いのが三分、新しい袴を引っ張られる腹立たしさが七分で、最初は猿を蹴飛ばしてそのまま通り過ぎようかと思いました。しかし、思い返してみると、以前にこの猿を叱ったために若殿様のご機嫌を損ねた侍のこともありました。それに、猿の様子がどうも普通ではないように思えました。そこで、私は思い切って、その引っ張る方へ五、六間歩いて行きました。

廊下が曲がり、夜目にも薄白い池の水が、優雅な松の向こうに広がっているところまで来た時、近くの部屋から人の争っているような気配が慌ただしく、また妙に静かに私の耳に響きました。周りはどこも森のように静まり返り、月明かりとも霧ともつかないものの中で、魚が跳ねる音以外は何も聞こえません。そんな中でこの物音ですから、私は思わず立ち止まり、もし狼藉者でもいたら目にもの見せてくれるだろうと、そっとその扉の外に身を寄せました。

ところが猿は、私の動きが遅かったのか、良秀はもどかしそうに二、三度私の足元を駆け回ったと思うと、まるで喉を絞められたような声で鳴きながら、いきなり私の肩に飛び乗りました。私は思わず首を反らせて、その爪にかけられないようにし、猿はまた水干の袖にかじりついて、私の体から滑り落ちまいと必死です。その拍子に、私は知らず知らず二、三歩よろめいて、その扉に体を打ちつけました。こうなってはもう一刻も躊躇している場合ではありません。私は急いで扉を開け放ち、月明かりの届かない奥の方へ飛び込もうとしました。しかし、その時、私の目を遮ったものは――いや、それよりも、同時にその部屋の中から、弾かれたように駆け出そうとした女の方に驚かされました。女は出会い頭に危うく私に衝き当たりそうになり、そのまま外に転び出ましたが、なぜかそこに膝をついて、息を切らしながら私の顔を、何か恐ろしいものでも見るように、戦きながら見上げているのです。

それが良秀の娘だったことは、わざわざ申し上げるまでもありません。しかし、その晩の彼女は、まるで人が変わったように生々しく私の目に映りました。目は大きく輝き、頬も赤く燃えていました。その上、乱れた袴や袿が、いつもの幼さとは打って変わった艶やかさを添えていました。これが本当にあの弱々しい、何事にも控えめな良秀の娘なのでしょうか。私は扉に身を寄せて、この月明かりの中にいる美しい娘の姿を眺めながら、慌てて遠ざかって行くもう一人の足音を指さすように指差し、「誰ですか?」と静かに目で尋ねました。

すると娘は唇を噛みながら、黙って首を振りました。その様子がまた、口惜しそうに見えました。

そこで私は身をかがめながら、娘の耳に口を寄せるようにして、今度は「誰ですか?」と小声で尋ねました。しかし、娘はやはり首を振るだけで、何も返事をしませんでした。いや、それと同時に長いまつ毛の先に涙を一杯ためながら、前よりも緊く唇を噛みしめているのです。

愚かな私には、分かりすぎるほど分かっていること以外は、残念ながら何一つ飲み込めませんでした。ですから、私は言葉をかけることも知らず、しばらくはただ娘の胸の動悸に耳を澄ませるような気持ちで、じっとそこに立ちすくんでいました。尤も、これは一つには、何故かこの上さらに問い詰めるのが悪いような気がして、心苦しくなったからでもあります。

それがどれほどの時間続いたのか、私にはわかりませんでした。しかし、やがて明け放たれた遣り戸を閉めながら、少し上気したような娘の方を振り返り、「もう曹司へお帰りなさい」とできるだけ優しく言いました。私自身も、何か見てはいけないものを見たような、不安な気持ちに襲われ、誰にともなく恥ずかしい思いをしながら、そっと元来た方へ歩き出しました。

ところが、十歩も歩かないうちに、誰かが私の袴の裾を、後ろから恐る恐る引き止めるではありませんか。驚いて振り向くと、そこには私の足元に、あの猿の良秀が、人間のように両手をついて、黄金の鈴を鳴らしながら、何度も丁寧に頭を下げている姿がありました。

それから半月ほど経ったある日、良秀は突然御邸にやって来て、大殿様に直接お目通りを願いました。彼は卑しい身分の者でしたが、日頃から特に大殿様のご機嫌を取っていたため、誰にでも容易に会うことのない大殿様が、その日も快く承知し、早速お召しになりました。良秀は例の通り、香染めの狩衣に萎えた烏帽子をかぶり、いつもより一層気難しそうな顔をしながら、恭しく御前に平伏しました。そして、やがて嗄れた声でこう言いました。

「兼ねて御云いつけになりました地獄変の屏風でございますが、私も日夜丹誠を込めて筆を執りました結果、もはやあらましは出来上がった次第でございます。」

「それは目出度い。私も満足だ。」と大殿様はおっしゃいましたが、その声には妙に力がなく、張りのないところがありました。

「いえ、それが一向に目出度くはございません。」良秀は少し腹立たしそうな様子で、じっと目を伏せながら言いました。「あらましは出来上がりましたが、唯一つ、今もって私には描けぬところがございます。」

「何、描けぬところがあるのか?」と大殿様は驚きました。

「その通りです。私は総じて、見たものでなければ描けません。たとえ描けても、納得がいかなければ、それでは描けないのと同じことではありませんか。」

これを聞いた大殿様の顔には、嘲るような微笑が浮かびました。

「では、地獄変の屏風を描こうとすれば、地獄を見なければならないな。」

「その通りです。しかし、私は先年の大火事の際、炎熱地獄の猛火を目の当たりにしました。「よぢり不動」の火焰を描いたのも、実はあの火事に遭ったからです。御前もあの絵はご存知でしょう。」

「しかし罪人はどうだ。獄卒は見たことがないだろう。」大殿様はまるで良秀の言うことが耳に入らないかのように、さらに尋ねました。

「私は鉄の鎖に縛られた者を見たことがあります。怪鳥に悩まされる者の姿も、しっかりと写し取っています。だから罪人の苦しむ様子を知らないとは言わせません。また獄卒は――」良秀は気味の悪い苦笑を漏らしながら続けました。「獄卒は、夢の中で何度も私の目に映りました。あるいは牛頭、あるいは馬頭、あるいは三面六臂の鬼の姿が、音もなく手を拍ち、声も出さずに私を虐めに来るのは、ほとんど毎日毎夜のことです。――私が描こうとして描けないのは、そのようなものではありません。」

それには大殿様も流石に驚いたことでしょう。しばらくはただ苛立たしそうに良秀の顔を睨んでいましたが、やがて眉を険しく動かしながら言いました。

「では、何が描けないというのだ。」